限りの旅路

草葉野 社畜

第1話 悪夢

 飛び交う銃声、逃げ惑う人々、真っ赤に染まった大通り。

 ――僕のことはいい、逃げろ!!

 あちらで男が叫ぶ。

 ――おかあさん!おかあさん!

 そちらで子どもが悲鳴を上げる。


 バン!という音とともに、

 私の手を引いていた、愛しい人の頭から、血が、倒れて、動かな

 あ、あああっ…




「――――っうあぁあ!!」

 勢いよく体を起こし周りを見渡すが、そこは見慣れた自分の部屋だった。

 まだ荒い息を整えるために、深い溜息を吐く。…もう何度目だろう、この悪夢を見るのは。


 知らない街、見知らぬ人々。ただ、夢の中の自分はそこに住んでいたようだった。

 街の人たちは優しく、お互いに助け合って暮らす。そんな穏やかで平和な場所に、この世で最も愛する人と暮らしていたのだ。

 あの日までは。


「違う、違う…! 全部夢の中の話、夢、夢なんだってば…」

 自分に言い聞かせながら布団を頭までかぶって横になる。空はほんのり白んでいるけど、まだ時間はある、ちょっとでも寝なきゃいけない。

 それなのに、耳の奥には、誰かの悲鳴が残っていた。




 キーンコーンカーンコーン、と耳慣れたチャイムが4時間目の終わりとお昼休みを告げる。

 普段であれば我先にと購買にダッシュするけど、今日はその気力もない。なんなら食欲もない。

「はぁ~……」

「つむちゃーん、つむつむー、…おーい、紬希つむぎ、大丈夫? なんか顔色悪いけど」

「大丈夫じゃないよあおい…夢見が悪すぎてちょっとだいぶ寝不足気味で…」

「それは大変、そんなあなたにおすすめなのはヤク〇ト1000!」

「ジャ〇ネット並みのスピードで売り込んでくるじゃん…」

 友人の葵がヤク〇トを顔に押し付けてくるけど、それを突き返す気も起きない。頭が机に引っ付いている。眠いというより疲労感がすごい。


「…ほんとに大丈夫?保健室行ったほうがいいんじゃない?」

「ありがと。昼休みゆっくりして、ダメそうなら行くよ」

 私のぐったり加減に流石に心配になったのか、葵も真面目なトーンで聞いてきた。この友人はふざけたところが目立つけど、優しいんだ昔から。だからあの時も――


 ん?


「いや昔ってなんだ」

「え、つむっちどうした?」

「いや、今変な思考回路に…というか、さっきから私のあだ名がごちゃ混ぜ…」

「だって、つむちゅんと会ってまだ1か月だし、色々試して一番しっくりくる奴選びたいじゃん!」

「あー…そっか、そうだよね、クラス一緒になったの初めて、だもんね…」

「そーだよ? ねぼすけつむむん、そこまでぼんやりしちゃってるなら、昼休みの間だけでも保健室行っておいで?」

「うん…そうする……」


 いってらー!と教室の窓越しに手を振る葵に見送られ、ふらふらと廊下を進む。


 歩きながらも、考えるのはさっき自分の頭によぎった感覚。

 

 葵は「昔」から優しい、確かに私はそう考えた。

 でもそれはおかしい。だってさっき葵も言ってた、私たちは出会って1か月。クラス替えがきっかけで話すようになったのだ。


 じゃあ、「昔」って何…?


 ふらふら、ふわふわ、まるで自分がここにいないような感覚のまま、保健室に向かっていった。



 人は思い出の中で生きていられる。

 これは、私が愛する人を殺すまでの物語。

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