第13話 女王と騎士の誓い

 

 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 駐車場



「はァ!?なんでお前と戦わなきゃいけねえんだ!」


 有野は戸惑っていた。

 敵を倒すと言ったら、その敵の敵からダメだと言われたのだ。

 頭が混乱していた。


「うるさい!せっかく生徒会長としてじゃなく、男としてかっこいい方選んだのに余計なこと言うな!僕だってあいつと戦いたかったのに!今日こそ勝つつもりだったのに!」


 すると突然、"怒りの書"と書かれた本が現れ、西園寺がこれまで出てきた本を、全て蹴飛ばして飛んでいく。

 蹴飛ばされた本は、どんどん消えていき、最後に残ったのは"怒りの書"のみとなった。

 怒りの書は中を開く度に、イライラしているかのように、ページが全て高速でめくれていく。


「いや、あの……」


 有野がどうしていいか分からず、何を聞いていいかも分からない状況で、ちょっと待つよう手を前に出した。


「待っ--」

「武器の書!」

「え。」

「剣の項!」


 武器の書と書かれた本から剣の文字が浮かび上がる。

 さらに、怒りの書が本をカバーするように覆い被さると、文字の世帯が変わり、色が赤くなり、刃も含めて赤い剣となって顕現した。


 そして、その赤い剣を携えた西園寺が、有野に向かって突撃した。


「えええええええええ!?」


 パワードスーツで強化された腕で、西園寺の攻撃を受ける。


「ちょちょちょ!んな事どうでもいいって!今はあれ!止めないと!」

「だったらいいさ。あれは能力によるものだ。幻想組のトップのな。」

「なにィ!?」


 驚きと衝撃で声を上げた。

 あんな巨大なものを能力で作ることが出来るやつがいるなんて。


「あれが……だったら、あいつを止めれば--」

「だけどね。あのバカは今、多分初めて自分が本気出せる相手と戦ってる。男と男も勝負にだ。それを邪魔するのは無粋だとは思わないか?」

「男と男の勝負にか?うーん……それは……そうだ……かも。」


「そこで耳寄りな情報だ。」


 混乱と質問と情報量で既にパンクしそうな有野に、西園寺から助け舟が出された。


「現実組の代表は僕だ。」

「おお……!そうか……!」


 まるで電球が光るエフェクトが付いたように、話の意図を理解したという表情だ。


「じゃあ、お前を倒せば現実の能力者たちは止まるってことか!」

「その通りだよ。」

「でも幻想の能力者の方は止まらな--」


 西園寺からしてみれば、ああ言えばこう言う状態に見える有野。

 しびれを切らした彼が、とうとう爆発した。


「ああもう!いいから、僕のストレスは最高潮なんだ!発散させてもらうよ!」


 西園寺の赤い剣がさらに赤く光り、有野を押し切った。


「くっ……!」

「あっちも全力でやってるんだ。来い!」


 そう言って、西園寺がさらに攻撃してきた。


「お前が来るのかよ!」


 迷いを振り切るように頭を振ると、有野は西園寺を見据えた。


「ええい、やるか!」




 ========€



 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 階段踊り場



しゃくだけど……ちょうどいいわ。あなたには聞きたいことが、沢山あるの。」


 そう言って立ち上がり、幼なじみである朱莉を見据える白。

 その目は氷のように冷たかった。


「白……」


 込み上げる思いはあるが、決して感動によるものでは無い。

 敵として相見えたことによる緊迫、そしていざ敵対して彼女の恐怖。

 懐かしさなどない、どこで道をたがえたのか。

 複雑な気持ちを胸に、朱莉は請うた。


「お願い。あの氷を……溶かして。」

「あなたが私の質問に答えるか、あるいは私を倒せば……解除されるかもね。」


 白は挑発的に言う。

 自分に勝てないと分かっていて言っている。


「今のあなたの言う通りにしても、氷を消すなんて思えない……」

「それでも、あなたに選択肢はないんじゃなくて?」


 その通りである。

 実力差をよく知っているからこそ、一縷の望みとなる"質問に答える"こと以外に無かった。


「……質問って、なに。」

「なぜ、彼女を守ろうとするの。」


 淡々と。


「恩。彼女には恩がある。それを返すため。」

「くだらない。」


 淡々と。


「なぜ、あなたは私を裏切ったの。」

「裏切りたくて裏切った訳じゃない。命を救って

「だったら、」

「言ったところで、話を聞いてくれた……?」


「わたしがあの男に助けられた後……あなたを見た時、何も話せなかった!あなたがあなたじゃないように感じた!ここにいたらあなたの殺される、そう思った!だから、だからあの男との取引をのんだのよ!」


 淡々と、質問がされる。

 しかし、朱莉の感情は徐々にヒートアップしていく。


「なぜ--」



「もういい!!」



 朱莉の甲高い叫びが、当たり一体に響き渡った。


「はァ……はァ……」


 なんの抑揚もない。

 なんの感情もない。


 これが仲の良かった幼なじみの会話か。

 朱莉には到底、耐え難いものであった。


「今のあなたに何かを答えても……何も変わらない。」

「私との約束は守ってくれないの。」


「……!」


 言葉を失った。

 その質問は、幼き時に交した約束だったから。


「あなたが、私に仕えるって言ったのよ。」

「白……その質問に答えて欲しいなら、私の質問に答えて。」

「あなた、自分が私に何かを言える立場?」

「……!」


「まあ、いいわ。女王の慈悲のより、あなたが私に問いかけることの許しを与えます。」


 毅然とした態度で言い放った。


「どうして……どうして、彼女を殺そうとするの?」

「何を今更。」

「わたしたち上に立つ者は、下にいる者を導くのが役目だと。上に立つ者が上に立つ理由は、下にいる者が守るため。違う?」

「肯定するわ。」

「じゃあ、どうして守るべきはずの彼女を殺そうとするの。」

「仕方ないでしょう。上に立つべき人に噛み付いた彼女が悪いのだから。」

「じゃあ彼女が何をしたの。」

「私たちと"同じステージ"に立った。」


 同じステージ。

 同じ学校に通うだけで。

 能力者と同じ学校に通うだけで、粛清の対象になる。

 まさに、理不尽の権化。


 震える声で、朱莉は続ける。


「それだけで……?」

「何が。」

「それだけで……殺そうと、したんだよ……」

「悪いこと?それが。」


 何も感じていないような反応に、朱莉は絶句した。


「当然--」

「今更何を言っているの。殺そうとした?今まで何度も彼女を殺し損ねて来たあなたが言うの?」


 冷酷で冷淡な事実が、朱莉に現実を思い返させる。


「……!」

「彼女の腕を燃やし、彼女の髪を燃やし、彼女の机や椅子を燃やし、彼女へ殴る蹴るなどの暴力を振るい、彼女を炎で襲い、彼女を屋上から落とす。」


 犯した罪の数々が、背筋を伝う。


「涙を流す彼女を前にしても止めはせず、お前が悪いのだと罵り、理不尽な暴力を与え続けた。同じステージにいるからと、泣く無抵抗で力のない彼女に、暴力を振るったあなたが言うの。」


「やめて……」


「あなたがこれまで彼女にやってきた行動はね、全部社会的に赦されないことなのよ。あなたはただの殺人未遂の犯罪者。本来であれば、一生罪を背負っていけなければならない立場。私に言われたからといって、どうにでも言い訳出来る立場じゃない。」


「やめて……!」


「あなたが赦されてきたのはね、私と一緒に幻想の能力者として、人の上に立ってきたから。人の上に立つどころか、自ら下に落ちていったあなたに、赦される訳ないでしょう。」


「あなたが、そうするよう指示したんじゃ--」


「今更何を言っているの。殺人未遂の犯罪者が。」


「っ……!」


 パキッ


 心が完全に、折れた音がした。


「ああ……あああああああああああぁぁぁ!」


 自分がそんなこと、やる訳ないと思っていた。

 人を守るための騎士になるという夢を自分から踏みにじるような行為を。

 だが、現実は騎士である自分が女王の為にと自ら進んで行った罪の数々。

 それを改めて自覚させられてしまった彼女は、その場に項垂れ、顔面蒼白で今にも吐きそうな過呼吸をしていた。


「今になって、彼女を守る。それが何の罪滅ぼしになるの?」


 慈悲深い氷の女王は、その場に跪いて、手を差し出す。


「あなたがその苦しみから、その罪から赦されるには、私と一緒に人の上に立つしかないの。」


「じゃあ、彼女は助けられないの……」


「話を聞いていたの?彼女は同じステージに立ってしまった。しかし、それだけじゃなくなった。幻想組への反逆、今起こっていると現実組の抗争。その原因になったのも、彼女の一因でしょう。無理よ。彼女はやり過ぎた。退学だけじゃ済まされない。ここで殺すしかないの。」


 優しく諭すように、女王は告げる。


「彼女はもう助けられない。」


 だが、騎士は差し伸べられた女王の手を払い除けた。


「朱莉--」


「黙れ……」


 今にも泣き出しそうなかすれた声が、自身の主君を拒絶した。


「黙れ!」


 今度は泣きながらも強い声が、自身の主君を再び拒絶した。


「人を助けるに早いも遅いもない!」


 自分にも言い聞かせるように、叫ぶ。


「あんたは!」


 涙は止まらない。

 涙に濡れたその目で、主君を見据える。


「なんでそこまで変わった!」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ。」

「……!」

「なぜ暴力的で、粗暴で、強気で、忠誠心の塊だった騎士であるあなたが……ここまで変わったのかしら。」


「騎士たるもの!汝、須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし!」


 自身を惑わさないために、自身に力を入れるために、彼女は自身の誓いに向かって叫ぶ。


「……それで?」


 しかし、それを白が言った瞬間、朱莉の顔から血色が抜け落ち、全身から力が抜け、手が震えていた。

 何か武器を持っていたら、脱力のあまり落としていたほどだろう。


 手の震えはやがて行き渡るように全身が震え、ワナワナと強く震えていった。

 怒りは言葉となって、発せられる。


「あなたが!」


 だが、それ以上に……悲しかった。


「……教えてくれたのよ。」



 ========€



『あなたが私の新しい遊び相手ね!』


 初めて会った時、身体の弱い彼女に友達はいなかった。


『は、はい!お嬢様!』

『わたしの名前は冷泉院 白!」


 高飛車な性格。

 だが、それ以上に課された条件が、年端もいかない子供にとっては酷過ぎた。


『わたしの友達になるなら、これを覚えてきなさい!』


 そう言って渡されたのは、騎士道スピリットオブ精神キャバルリーと書かれた辞典のように大きな本だった。


『代わりに、わたしはがんばって"ていおーがく"?を勉強します!です!』


 この条件に、大抵の遊び相手が根を上げて、泣き出した。


 でも、覚えた。

 何日かかったかな。

 何ヶ月かかかったかもしれない。

 でも、がんばった。


 初めて屋敷に来た時、あの子が覚えられなかった友達に色々言われて、隠れて泣いていたのを見てしまったからかな。


 あの子が泣きながらも、がんばっていたからかな。


 泣かないで勉強をがんばっていたからかな。


 お父さんとお母さんがすごいがんばってたのをみたからかな。


 そして、


『すごい!すごい!すごーい!』


 やりきったわたしを涙目で喜んで、手を掴んでブンブン振って喜んでくれた。


 そして、女王と騎士ごっこがなんの前触れもなく始まって。


『あなたをわたしの騎士に任命します!だから、ずっとわたしに仕えなさい!』

『は、はい!仕えます!』


 そこからだ、始まりは。



 ========€



『私ね、やっぱり家を継ぐわ。』

『……そっか。』

『でも、私は傍にあなたがいてくれないと嫌よ。お父様にもその条件ならって言っちゃったんだから。』

『でも、わたしバカだし、あなたみたいに強くないし。あなたを守れる自信なんて--』


『なにそれ。』


 カラカラと馬鹿らしくなって、わたしの女王様は思わず笑ってしまった。


『だって--』

『私が、あなたじゃなきゃ嫌なのよ!』


 わたしの手をぎゅっと握って、強く訴えかけた。


『あなたは私の騎士になってくれるって、そう約束してくれたじゃない!』

『覚えてるけどさあ。そんなちっちゃい時の約束--』

『でもも何も無いですー』

『やめへ!いひゃい!ひろ!』


 女王様は両頬をつねってきた。


『あはは!変な顔。でもね、私。夢が出来たの。』

『夢?』

騎士道スピリットオブ精神キャバルリー!』

『白にちっちゃい時からずっと言われてたやつね。』


 もう見飽きた、聞きたくないと言わんばかりの反応をしてしまった。


『汝、須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし!』


 彼女は強く言うと、何かを宣言するように両手を大きく広げた。


『2人でこの学校のいじめを終わらせて、私たち2人で支配しちゃったみたいに、この力とこの家だからこそ出来ることで、たくさんの弱い人たちを救いたいの。』


『白--』


 いじめを見ていられず、2人でいじめていた複数人に手を出した。

 上級生に立ち向かった時もあった。

 2人で全部乗り越えてきた。


『私もあなたの主君に相応しくなれるよう頑張る。』


 夕日に染まるその笑顔で、彼女は絶対的信頼を寄せる自分の騎士に告げる。


『だから、お願いね。朱莉。』




 ========€



 一筋の涙が、汚れのない涙が……彼女の頬を伝った。


「あ……」


 何か目が覚めたような声が、自分から漏れた。


「……そうだったかしら。」

「変わったのは、あなた。いえ、変えられたのはあなた。今のあなたは白じゃない!」


 とうとう涙腺が壊れ、溢れる涙が止まらくなった。

 だが、どんなに悲しくとも、彼女は立ち上がった。


「こんなこと言わせんな!ちくしょおおおおっ!」


 彼女の心の叫びに、能力が呼応するかのように髪が燃え盛った。


「誰が、誰が白を……わたしの幼なじみを……お前をこんなになるまで変えたんだぁあああああああああああああ!!」


 涙が蒸発し、顔つきも泣き顔から何かを決意したかのように


「あなたを倒して、私は彼女を救う!」


「イ゛グナイトおおおおおおお!」

「あら、まだ私に勝てるつもりでいたの?」


 白はそういうと、激高した彼女に向けて手を前に出す。


「アイスフェアリーズ」


 誰だ……?

 思い当たる人物を片っ端から探して思い出せ。

 誰に彼女は変えられた!?

 誰に会ってから彼女は変わった!?


「あなたは炎だけど、無理よ。あなたじゃ、私の氷は溶かせない。」


 いくつもの氷柱に襲われる。

 傷つきながらも彼女は、自身の火で抵抗し、全身に火を纏って突撃する。


 だが、それを白は全身で受止めた。

 白相手だからこそ、朱莉は無意識に一瞬怯んだ,


 ブシュッ


「ァ……」


 火が消えた一瞬の隙を、氷柱で貫いた。


 そして、距離が出来るように廊下へ蹴り飛ばした。


 薄れゆく景色の中、聞き覚えのある声が脳裏から聞こえる。



『ケッ、股のないゲス野郎が。また何かしやがったか?……終わったな、この学校も。弱いだけならまだしも、こうなってくると未来も希望もねえな。』


 入学式で祝辞を述べていた幻想組、4年トップの男が職員室から出てきて、すれ違いざまに言っていた--

 どこか悲愴感が感じられたのを覚えている--


『皆さんコニチハ。ワタシの名前は安孫子あびこデス。アナタたちの担任なります。』


 入学式後の挨拶--



 そして、彼女は答えに辿り着いた。

 白が変わってしまった犯人。

 そんなの、ひとりしかいないじゃないか!


「あ、安孫子あびこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああ!!!!!」


 立ち上がり、意を決して火をまとい、火炎と共に攻撃を試みるが、氷柱が再び襲う。


 氷は溶けるが、溶けきらずに鋭くなり、氷の針が自身に突き刺さった。


「がハッ……!」


 倒れながらに、無意識に手を伸ばした。

 だが、一番欲しいものには手が届かない。


「白……!」

「無様ね。」


 見下し、冷たく言い放つ。

 挑発するように嘲笑する。


「ほら、早く私を倒さないと、彼女……死ぬわよ。」


「見つけたァ!」


 次の瞬間にとんでもない突風が吹きすさんだ。


 白は抵抗し、飛ばされることなくその場に立っていたが、無抵抗だった朱莉は白より後ろまで飛ばされてしまった。


「くっ……!」


 廊下の壁を壊して飛んできたのは、先程まで相対していた生意気な男。


 現実組1年代表、突風皇子こと坂崎 始であった。


「逃げようったって、そうはいかねえぞ高飛車イカレ女!てめえを倒すのは……この俺だ!」

「ずいぶん遅かったわね。」

「お陰さんでな!」


 彼はここまで、自身にかかってくる幻想組1年を十数人倒していた。


 自身の邪魔をする幻想組の1年や、その他幻想組の上級生は、相棒である野々宮に任せ、相対するべき白を探してここまで来たのだ。


 戦闘が再開され、自身の風による飛行能力を活かす坂崎と空中にいる彼を撃ち落とすべく、氷柱を連射する白。


 そんな中、薄れゆく意識で朱莉は血を流しながらも立ち上がった。


『おい、赤髪!頼むぞ。』


 そうだ。

 立て、わたし。


「ハァ、ハァ……」


 託されたんだ。

 わたししか、いない……!


 ボロボロになりながら、足を氷漬けにされた未咲希元へ戻った。

 顔面蒼白で震え、意識が遠のいており、血の巡りも良くない。

 足の状態も早くしないと壊死してしまうだろう。


(やばい、早く溶かさないと……壊死なんかさせてたまるか……!)


「イ、イグナイト……」


 力を振り絞り、能力を発動した。


「助ける、助ける、助ける……!」


 溶けない……


 違う!助けるんだ!


 償い?そんな気持ちはもちろんある!

 でも、それ以上に助けなきゃ!

 これ以上、安孫子あいつの思い通りにさせてたまるか!


「うわあああああああああああ!」


 彼女の思いが情炎となり、さらに力が増幅し、火力が上がっていく。


 ジュウウウ……


 氷が、溶け始めた!?


「どらああああああ!」

「っく……」


 白が、押され始めたんだ。

 氷自体が、弱まり始めた。


「あああああああああああぁぁぁ!溶けろぉおおおおおおおおおおお!」


 パキィン……


 とうとう氷は全て溶けた。


 未咲希の足は解放され、力が入らない足は踏ん張ることが出来ず、そのまま倒れた。


「……!」


 自身の力がさらに上昇した現象に驚きつつも、それ以上に未咲希が助かったことに安堵した。

 安心しきってしまい、気が緩んだ彼女は、再び涙を流した。

 今度は悔し涙ではない、嬉し涙であった。


「あ、ありが--」

「よかっ……」


 未咲希が緊張しながら礼を言おうとしたが、朱莉はそのまま目を瞑って動かなくなってしまった。



「え、ちょ、ちょっと!大丈夫!ねえ!」



 未咲希の声が、どんどん遠くなっていった。


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