第11話 水と油

 

 日本喜望峰専門大学校

 学長室



 コンコンコン



「失礼致します。」



 ノックをして現れたのは、幻想組キャンパスの図書館にいた図書館司書。


「お帰りなさいませ。昨日までの出張、ご苦労様です。」

「ありがとう。」

「お忙しい中恐縮ですが、お耳に挟んで頂きたいことが。」

「聞こう。」

「先程、幻想組と現実組の抗争が本格的に始まりました。」


 それを聞いた学長は目を見開いて驚き、顔を覆った。


「そうか……夢であって欲しいことが、現実となってしまったか。」


 おもむろに立ち上がり、彼に背を向けた。

 生徒の姿が見えるはずのない窓から、外の景色を見た。


「私は悲しい。」


 やるせない気持ちが、震える唇に現れていた。



「誰が望んだのだ、未来ある子供たちのいくさなど!」



「……止めに行かれますか。」

「お前は、私に死ねと申すか。」

「失礼いたしました。」

「いや、冗談が過ぎた。受け取り手では無い私なんぞ、行ったところで何が出来る。巻き込まれて死ぬだけだ。まあ、その内能力者の校長に代わるのだから、私が死んだところで何も代わりはせんだろうが。ある意味では、それがいいのかもしれないな。」

「そんなことはさせません。そう言いたいところですが、実は重要なことがございます。」

「聞こう。」

「巌影の者が、現れました。」

「!」


 そう言って、図書館司書は"来訪者記録シート"を見せた。


「……そうか。時間を有する可能性も考え、今日の予定は全てキャンセルだ。すぐに私の方から連絡を入れる。」

「かしこまりました。」



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 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 駐車場



「現実組さん出ておいで〜出ないと学校ぶっ壊すぞこの野郎!」

兼城かねしろ、うるさい。で、どうすんの剣崎。」


 幻想組の女生徒が、彼に話しかけた。


 先頭に立つのは勇者・剣崎。

 自身の手には自身の能力「マイ・カーレッジ」による剣を携えている。


「どうするもこうするも、仕掛けたのは向こうからだ。こっちの看板に泥塗っといて、タダで返すわけいかないだろう。」


 剣崎が、自身の剣を天に掲げた。


「行くぞ!勝利は我らの手に!」



 うおおおおおおおおおお!



 ピンポーンパンポーン


『全員、戦闘準備』


 現実組生徒会長、西園寺の放送が現実組キャンパス内に流れた。


「現実組も、動くか。」



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 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス



「さて、じゃあ僕らも動こう。竜胆りんどう、起きて。」

「起きんかい竜胆!」


 稲生いのうが髪を結った寝ている男にチョップをかました。


「もう食えないって稲生……あ、おはようございます。」

「先輩付けんかい!その男らしくない髪切られたいんか!」

「筋肉ダルマ先輩、痛いです!」

「名前に先輩つけんか!誰じゃそいつはあ!」

「いいからさっさといけえ!」

「はっ!」

「がってん」


 痺れを切らした西園寺が叫ぶと、稲生が竜胆の服の襟を掴んだ。

 あ゛ーという断末魔を喉から垂れ流し、稲生に引っ張られて行った竜胆。


「なんか、ヤバいことなってきたね。坂崎く--」

「いよっしゃー!待ちに待ってた戦闘じゃあ!」

「ええええええ!なんかやる気出してるやん!」

「ばか、こういう時はな。しっかり目立つチャンスなんだよ。」


 坂崎は肩を組んで、野々宮に言い聞かせる。

 そして、西園寺の方へと向いた。


「んじゃ、先輩。俺らも行ってくるんで。」

「うん。初陣になるだろうけど、頑張って。」

「余裕よ。」


 坂崎はガッツポーズでアピールし、部屋を退室しようとするも、思い出したかのようにズカズカと夕紗の方へと近づいた。


「おいてめえ、後で挑みに来るからな。」


 坂崎は夕紗の胸を指さしながら、そう宣言し、野々宮を連れて

 出ていく前に、野々宮はペコりと一礼をして出て行った。


「ふぅ……じゃあ並木なみきさん、傷の手当てお願いしてもいい?」


 来ていた生徒会役員がいなくなったのを見計らって、西園寺は彼女に傷の手当を依頼した。

 そして、彼はゆっくりと椅子に座り、夕紗たちの方を向いた。


「……行きなよ。とりあえず、今のところ君たちへの用は無くなったから。……それどころじゃ無くなったしね。」


「そうか。」


 夕紗は即答し、未咲希と赤髪に部屋を出るようドアを指さした。


「行くぞ。」


 3人が部屋を出ていったのを確認すると、西園寺はふぅっと息を吐いた。

 そして、治療が終わるのを待っていた。

 もう動ける、そう感じた瞬間に椅子から立ち上がった。


「ありがとう、並木さん。並木さんは、早くみんなの所へ。僕はとりあえず目立ってくる。視線は僕に向くはずだから、その間に。」

「無理だけは……しないでください。」

「大丈夫、大丈夫。こう見えて、現実組のトップだしね。」


 並木が出ていったのを確認して、彼は深呼吸する。



「"魔本まほん軌跡きせき"」



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 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 駐車場



「おい、あれ!」


 幻想組の誰かが、空を指さして叫んだ。


 指をさした先には、西園寺が本を片手に宙を浮いている姿があった。


「会長!」


 西園寺が注目を浴びる中、彼自身はあることが気がかりになっていた。


(喜多がいない……?)


 これは罠なのか。

 それとも、ただいないだけなのか。


 考えながら浮遊していると、幻想組から攻撃を受ける。

 新たにもう一冊の本を召喚すると、その本が盾を生み出し、西園寺を守る。


「相変わらず、幻想みたいな能力使いやがる……!」


(どちらにせよ、今が好機か。)


 どちらにせよ、喜多がいないというだけで罠を顧みずに向かうだけの価値があると踏んだ西園寺。


 地に降り立ち、周囲を見回す。

 何人かと目が合う。

 中でも、生徒会の役員は余裕そうだ。


「喜多が来る前に叩くぞ!」


 鼓舞するように西園寺が声をあげると、現実組からもそれに答えるような声が上がった。


「喜多なんかいなくても……」


 ダッと光がぐおんと、弧を描いて飛び上がった。


「俺がいる!」


 振り下ろされる聖剣が、西園寺を襲う。


「竜胆」

「あいあいさー」


 刀を構えた竜胆が、勇者に真っ向から立ち向かう。


 竜胆は花弁をまとった竜巻となり、そのまま光に立ち向かっていき、両者の間で鍔迫り合いが発生する。


「く……おおおおおお!」


 竜胆が、勇者に押し勝った。


「ぐっ!」


「あれ、またやられにきた?剣崎、だっけ……あれ?一個上だっけ?」


 竜胆 菖蒲りんどう しょうぶ

 日喜2年 社会創造科

 現実組 2年代表


「竜胆ぉ……!」


 剣崎 日輪けんざき ひのわ

 日喜3年 心理創造科

 幻想組 3年トップ



「"この大地は我が味方"!」


 稲生がそう言うと、大きな戦斧せんぷが現れた。

 それを手に取り、大地を叩くと、ヒビ割れそこからエネルギーが噴出した。


「させない!"プロテクトナイト"!」


 ヒビ割れが終わっているギリギリで能力を使用し、バリアを展開した。


「う、おお……!うおおおおお!」


 容赦ない攻撃が、バリアへ向かって襲いかかる。

 強力な攻撃は、バリアにヒビを入れた。


「防いだかぁ!」


 稲生 匡高いのう ただたか

 日喜3年 社会創造科

 現実組 3年代表


(強い……!)


 風瀬 守かざせ まもる

 日喜2年 心理創造科

 幻想組 2年トップ



「"アイスフェアリーズ"」


 彼女の白く細い腕から、氷の妖精が現れた。

 楽しそうにクルクル回ると、彼女の近くで踊り始めた。


「舞え。」

「てめえがな!」


 上空から、金色の杖を装備した男が彼女目掛けて杖を振り下ろした。


「"風王の錫杖"!」


 彼女は人を容易に貫けるであろう氷柱を、彼に向かって放つ。

 だが、彼もまた杖で起こした風によっていとも容易く無効化して見せた。


「熱風……」


 冷泉院 白れいぜいいん しろ

 日喜1年 心理創造科

 幻想組 1年トップ


「そこそこやりそうな奴、発見!ぶっ倒す!」


 坂崎 始さかざき はじめ

 日喜1年 社会創造科

 現実組 1年代表


「やっぱり、喜多いなかったのは不味かったんじゃない?」


 パチンと指を鳴らすと、3冊目の本が現れた。


「手加減する読みはしない方がいいよ。攻めてきたのは、そっちだもんね。」


 西園寺 錐葉さいおんじ きりは

 日喜4年 社会創造科

 現実組 4年代表 生徒会長



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 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 階段踊り場



「ゴホッ……さて、どうするか。」


 VRゴーグルを外し、夕紗は思案する。


「外は戦場、今出るのも危険だ。別の出口から出たいが……生憎、この場所を把握していない私たちでは、迷うのは目に見えてる。迷っている間に、先程のように教員と会うのは面倒だから避けるべきだ。」

「じゃあどうするの?」

「屋上だ。屋上に行けばある程度、構内の全貌が見回せる。人がいないところに、私がお前と赤髪2人を背負って降りる。」

「ま、また高いところからかあ……」


 未咲希は先が思いやられると感じている最中、赤髪は抗争が起きているであろう外に目を向けていた。

 それに気づいた夕紗が声をかけた。


「貴様が行っても、幻想組からは裏切り者扱いされ、現実組からは敵扱いで両軍から攻められて終わるぞ。」

「でも白が--」

「命が惜しければ、止めておけ。」


 諭すように言われた赤髪はシュンとしてしまった。


「……気になるだろうが、今はこっちを気にしてもらおう。貴様には、この女を守ってもらわねば困るのだ。」


 屋上はすぐそこ。

 急ぐに越したことはない。


「行くぞ。」



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 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 屋上



「ここだな。」


 あとはこの扉を開ければ、到着というところだが、扉に手をかけると鍵はかかっておらず、いとも容易く扉は開いてしまった。


「鍵は……開いてる。」

「私たち以外の人間がきているやもしれぬ。だが、このまま戻るRiskリスクもある。……倒すまでだ。」


 扉を開け、周囲を警戒する。


「誰も……いない?」


 夕紗が気づいた。

 高架水槽の上に、誰かいる。


「そこにいるのは誰だ。」


 顔を覗かせたのは、大男。


「あ……誰だ?」


 3人の顔を伺うと、あくびした。


「なんだ、いるのバレたかと思ったぜ。」

「あ……」


 赤髪にとって、それは見覚えのある顔であった。

 なぜなら、そこには--


「さっき剣崎共に茶々入れてたお前らか。」

「喜多、さん……」


 幻想組の頂点がいた。


「下がれ。」


 夕紗は自身の後ろに下がるよう、未咲希を後ろに移動させた。


「にしてもなあ……剣崎のやつも、ずいぶん弱くなったな。ここまで来ると……もう哀れだ。」


 剣崎が竜胆と戦っている様を見ながら、喜多はこの戦況を眺めていた。


「悪いな、戦う気は無いとみても?」

「ああ……いいが。別に。」


 まるで高架水槽を自分の部屋のようにポテトチップスとコーラを広げており、.おもむろにポテトチップスを頬張った。


 バリバリという音が、聞こえる。


「そうか。行くぞ。」

「あー、待ってくれ。」

「What's?」

「1個だけ聞きたいことあった。」


 塩の付いた手で静止を促すよう手を広げて、待つように言った。


「急いでいる。手短に頼してもらおう。

「正直に聞かせてくれ。お前、あの時……幻想組の集会所にいたよな。」

「……」

(下手に嘘を吐いたところで--)

「嘘はつくなよ、殺すから。」

(この男の怒りを買うだけか。)


 少々悩んだが、この男の血走った目を見た夕紗は、嘘がバレたら必ず攻撃してくることを今のことで確信し、正直に話すことにした。


「……ああ。」

「お前、教室入った時……オレがどこにいたか、気づいてたよな?」

「……ああ。」


 夕紗がそう答えると、喜多の目は大きくなった。


「どこにいた、俺は。」


 期待するように、また試すように問いかける。

 蛇が獲物を見据えるような目付きで問いかけるその目は、失敗したら殺すと言わんばかりであった。


「あの教室の隣のベランダ。貴様は元々、今のように屋上にいて、その屋上から直接ベランダへ降りたな。だが、降りると同時に気配消した。だから降りた時の音もせず、私たちの話を聞いていた。私が教室に入った時、感じた違和感はそれか。」


 未咲希は思い出していた。

 夕紗は幻想組の集会所に入った時、周囲を見渡していた。

 その際、何かを感じ取ったのか、すぐに臨戦態勢をとっていた。


 その気配が、この人--


「オイオイ、マジかよ!ホントに気づいてたって言うのかよ!あっひゃっはっはっは!」


 即座に答えて見せた夕紗に思わず笑ってしまった様子だが、この反応は当たりと認めているようであった。

 ポテトチップスを乱雑に袋から口に入れ、バリボリと食べ終えていた。


「そう、正解だ。我ながら変な降り方したと思ったんだよ!気づいていたか。しかも、気配を消す瞬間も分かっただぁ?世界は広いな、よく気づく奴がいるもんだ。伴野も誤魔化したんだぞ、これ。」


 夕紗がVRゴーグルに手を当てた。

 逃げられないということを確信したからだ。

 先程、戦う気がないというのは嘘ではないだろう。

 だから、夕紗の答えの中で彼の何らかのスイッチが入ったのだ。


「おい、赤髪!」

「!」


 突然、夕紗に呼ばれた彼女はビクッと驚いたように体を震わせた。


「頼むぞ。」


 戦う気だ--


 彼女もまた、確信した。

 夕紗の顔を見て、確信した。

 私が無理だと思っているこの相手と。

 私が勝てないと思っているこの相手と。

 白でも、あの先輩たちでも勝てない、幻想組の頂点と戦うのだと。


 この狭い場所で。

 彼女を、未咲希を守る為に戦うのだと。


 そして、何かあった時では遅いから、わたしに頼んだのだと。


「これも気づくか。相当やるな……」


 その一連の動きを見て、自分が戦闘準備に入っていることを気づかれていると察した喜多。

 だが、それに対して……彼は喜んでいた。


 全力を出せる。


「なんで、戦う気ないんじゃ……」

「気が変わったらしいな。」

「そんな……」

「案ずるな、私が負けると思うか。」

「……ううん。」

「安心しろ。何かあってもお前は私が守る。」

「うん……!」


 そう言うと、夕紗は深呼吸して首元のVRゴーグルを装着した。


空気銃エア・ガン


 夕紗は両手に二丁拳銃を持つように構えた。


「隙があればすぐに建物の中に入れ!いいな!」

「う、うん!」

「赤髪、貴様もだ!」

「わ、わかった!」


「"カラフルマジシャン"」


 どうやら、喜多の準備も出来たようだ。

 彼は力を解放すると、赤、青、黄、緑の水晶のような球体を周囲に浮遊させていた。


「四大元素か。」


「さて、タネと仕掛けしかない原初の魔法の一端を、とくとお前に見せてやる!」


 喜多 楓きた かえで

 日喜4年 心理創造科

 幻想組 4年トップ




 ========€



 奇妙だった。

 大きな猛禽類の鳥に捕まって、人が宙を飛んでいたのだが……

 たった今目の前で、鷹のような鳥はその場にポイッと落として行った。


 人を。



「うわああああああああああああああ!!!!」


「!」

「なんだ……まあいい。」


 夕紗と喜多も気づいた。


「うあばい……高い高い高い……」


 勢いが死ぬこと無く、そのまま地面に墜落した。


「うわばばばっばばば!!」


 当然のように、周囲では幻想組、現実組関係なく警戒し、何が起きたのかを飲み込めずにいた。


 人が墜落した場所には穴ができ、とても人が起き上がってくるようには思えない。


「いってぇええええええ……でも、俺が来た場所は間違ってなかった!」


 だが、青年は今起きたことがまるでなかったかのように起き上がり、キョロキョロと周囲を見渡した。


 立ち上がり、ボロボロの服に着いた汚れを手で払うと、堂々と前を進む。


「よお……君たち。」


 青年は叫んだ。



「今すぐに、戦いをやめろ!」


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