第10話 現実組

 

「こっちこっち!」

「はしゃいでる場合バヤイじゃないやい!」


 現実組の2人に連れられて、外へ出て移動する夕紗たち。


「追ってくるやい、坂崎!」

「あーい、"風王ふうおう錫杖しゃくじょう"」


 小柄な男が、歩みを止めると金色の錫杖が現れた。

 男が杖を強く地面に向けて叩くと、勢いよく強烈な逆風が吹いた。


(この男、強い!)


 赤髪がその実力を警戒する中、夕紗はこの場を離れることだけを考え、未咲希は彼の疲れを心配していた。


「早くするやい!回り込まれたら面倒やい!」

「急かすな!」


 パチンと頭をはたく、小柄な男。

 走りながら、インドアな男が頭を抱えた。


「痛いやい!」

「上等だよ、来るなら来るで迎え撃つだけだっつの!行くぞ野々宮!」

「うっす!」


(……いや、来ないだろうな。あの男がまだ自分の能力を使っているなら、追えという指示をしているなら、追い込みという指示は出来ないはず。追うことを止めない以上、こちらの勝ちだな。)


 夕紗の読み通り、玄関・校門付近には誰もいなかった。


「いねえじゃねえか!」

「良かったやい!」


 勢いそのままに外へ出て、道路を横断すると、奥に見えてきたのは先程までいた本棟並に大きな建物だった。


「ふーっ、ここまで来ればさすがに大丈夫じゃない?」

「ぜェ、ぜェ……もう無理、もう無理……」


 夕紗が未咲希たち2人を下ろし、VRゴーグルを外した。


「ゲホッ、ゲホッ……ここは?」



「ようこそ、現実組のキャンパスへ。」



 ========€



 日本喜望峰専門大学校には、ふたつの学科がある。

 心理創造学科しんりそうぞうか、そして社会創造科しゃかいそうぞうかである。

 それぞれにキャンパスがあり、心理創造学科が通称:幻想組と呼ばれるのに対し、社会創造学科は通称:現実組と呼ばれるのだが、双方の間柄はとても悪い。

 実際、キャンパスを挟む道路を"ライン"という名の境界線とし、双方の不可侵が定められていたほどだった。


「幻想と現実の能力者って……仲悪いの。」


 それは、無能力者と言われ、いじめを受けていた未咲希でも分かっている程、周知の事実であった。


「仲が悪い……?そんな単純な問題か?」


 先程、現実組が見せたリアクションを思い出し、夕紗は疑問を呈した。


「幻想組と現実組が古くから仲が悪いんだって。それを大人が子供に伝えて、子供世代まで影響されているんじゃない?」

「……くだらん。」

「本当にね。……それで、このまま着いて行くの?」


 未咲希が問いかけた。

 無理もない、先程風瀬に着いていき、話に進展があるどころか、幻想組の襲撃を受けてしまうことになったのだから。

 現実組の罠かもしれない。

 だがそれでも、夕紗は即答した。


「決まっている。このTableテーブルにつかなければ、何も変わらんだろう。」


 夕紗は未咲希と顔を合わせ、しっかり目を見据えて、諭すように話し始めた。


「先程の連中では、お前の処遇は変わらなかった。動かなかった。だが、あの者らがこの学校における、お前の何かを変えてくれるかもしれぬ。どちらにせよ、こちらから動かねば何も変わらぬ。」

「だ、大丈夫?」


 期待より、不安が先に来た。

 だからこそ先に、この言葉がきた。

 だがその不安すら、一蹴するかのごとく、夕紗はまた即答した。


「安心しろ。何かあってもお前は私が守る。」

「うん。」

「代わりに、本当にこの件がお前にとっていい方向に進めば、ご馳走でもてなしてもらうぞ。」


 冗談なのか本気なのか。

 どちらとも取れるこの言葉を、本意なのかは別にして、いたずらっぽく笑って言ったように見える。

 だが、それに答えるように未咲希も笑って見せた。


「いいよ。でも、ほんとに出来たらね。」


 夕紗にならって、未咲希も笑った。


「フッ、では行くぞ。赤髪、お前もだ。」


 夕紗と未咲希は校内に向かって歩き始める。

 しかし、当の本人はどこか気が抜けたというか、少々気が落ちていた。


「……わたし、いつになったら名前で呼ばれるんだろ……?」


 消え入る声でぽつりと呟いた。


「白……」


 後ろの幻想組キャンパスを眺める。

 心が寂しくなり、暖かい風が冷たく感じる。


 顔を下に向けるも、夕紗と未咲希の背を追いかけて行った。



 ========€



 日本喜望峰専門大学校

 現実組キャンパス

 廊下



「講義室……」


 廊下を渡っていると、物珍しげな目で未咲希と赤髪は周囲を見ていた。

 それもそうだ、前提として境界線がある上に、不可侵のキャンパスを拝む機会なんてなかなかない。


 未咲希はあることに気づいた,

 これはある意味、無能力者であった彼女だからこそ気づいた。

 志望校を決め、オープンキャンパスへ行き、受験勉強をしたこそ。

 ちなみに、日本喜望峰専門大学校はなかった。


「まるで……普通の大学みたい。」

「システムはそこらの大学と一緒さ。幻想組は高校と同じ学年制でその上、単位を落とせないシステムだったっけ。時間割があって担任がいるような高校の延長みたいな感じだけど、現実組に担任はいない上に、大学同様に単位制で授業は自分で取らなきゃないから、幻想組なんかより俺らは自由なんだ。」

「その分、責任がある場合バヤイが多いってことやねん。」


「まあ、そんなことは言いんだが。」


 バッサリと会話の流れを切った夕紗。


「貴様ら、こんなところで悠長にしていていいのか?」


 夕紗が疑問を呈す。


「今からにでも、幻想組が貴様らのように襲撃してもおかしくないのではないか?貴様らは、幻想組とやらの境界線を越えて来たのだろう。」


 それを聞いた小柄な男がニヤリと笑った。


「そうよ。別にそれはいいんだけどさ、どうせ勝つし。」


 自信を覗かせる小柄な男。

 それ以上に、戦いたくてたまらないようだった。


「そのために、お前らを呼んだんよね。」



 ========€



 現実組

 生徒会室



「おつかれざーす」

「お疲れ様っす!」


「お、帰ってきた。まじかよ。」

「絶対、野々宮動けなくなると思ってた。」

「何笑ってんすかー!」


「なんか……不良マンガみたい。」


 未咲希がそう言うのも、目の前に広がる生徒会は、未咲希のイメージする"真面目"とはかけ離れていた。

 机に座って本を読んだり、ふつうにご飯食べてたり、カードゲームをしていたり、寝ていたりとまさに"自由"であった。


「よし、じゃあさっさとはじめよっかな。時間ないし、いつ幻想組が来るかも分からないしね。」


 読書をしていた眼鏡をかけた男が、眼鏡を外してモノクルに付け替えた。


「ようこそ現実組へ。僕は現実組・生徒会長、西園寺さいおんじ錐葉きりは。君たちに分かりやすく言うと、あの髪長大男・喜多の立場……つまり、この学科のトップが僕ということになる。」

「それで、一体何の用だ。」

「うん、単刀直入に言うと……君たち、現実組に来ない?」


「「!?」」


 未咲希と赤髪は声が出ないほどに驚愕していた。

 無理だ、というのが分かっていたからだ。


「普通、日喜の入学条件は成績だけではなく、"幻想"あるいは"現実"の能力の素質がある必要がある。その入学条件は幻想、あるいは現実の能力を使えること。そして、幻想の力を持つ者は心理創造科に、現実の力を持つ者は社会創造科に必ず入ることになる。数年前にその入学条件が緩和され、能力を使う"素質"があれば入学できるようになった……でも、能力を扱えない者は、それでも冷遇される。入学のために用意された国内最難関のテストを潜り抜けても、能力を使えないやつはそれ以下だと、学業関係なく冷遇される。それが君だね、想矢 未咲希。」


「……」

「で、できるわけない……」


 赤髪が震えた口で呟いた。


「まさか、赤の騎士と呼ばれる君までいるとは驚いたよ。しかし、既に転入届は3枚既にもう確保している。我々が手続きし、直接学長に進言して現実組への転属を進めよう。安心して欲しい、学長から許可は頂いている。」

「!」

「必ず普通の学校生活を送らせる。」

「条件は?」


 夕紗が問いかけた。


「無くていいよ。幻想組は夢とか目先しか見ないからね。だったら覚醒に賭けて、予め覚醒していない生徒たちを味方につけた方がいいだろう?僕らが欲しいのは、君たちの"声"だ。数があれば学校での"声"も大きくなるし、仮に覚醒してくれたら貴重な戦力だ。」

「何が無くていいだ。それは建前だろうに。」


 西園寺の言葉を、夕紗は真っ向から否定した。


「貴様らは幻想組と戦うために、この女と赤髪の手を汚させるために、彼女を勧誘したのではないのか?」


 だが、それだと矛盾が生じる。

 あくまでも、この赤髪は偶然に違いない。

 赤髪は幻想の能力者、だからこそ本来であれば幻想組に属しているはずの存在なのだから。

 となると--


「いや、違うな……目的は、私か。」

「!」


 初めて、西園寺の表情がピクリと動いた。


「いくら別のCampusキャンパスとはいえ、私が騒ぎを起こしたことを知っていたのだろう。ましてや、先のように敵対勢力のCampusキャンパスに侵入出来るくらいだ。一人で幻想使いを複数人抑えられるのではないかと考えたな、この現実主義者共め。この女を懐柔すれば、私を好きに動かせると思ったか。」

「……力があるのは知ってたけど、ここまで読まれるともう隠し通しても印象が悪くなるだけか。」


 やれやれといった様子で諦め、冗談らしく手を上げる。


「そうだよ、僕の……僕らの狙いは、君だ。これから始まるであろう、現実組と幻想組の戦争に向けてね。」

「何が始まるだ、引き金を引いたのは貴様らだろう。貴様らの方から、Borderボーダー-Lineラインを越えておいてよく言う。」

「結果的に助かっただろう?僕らとしては、あの伴野並、あるいはそれ以上に実力があると見込める君の実力……ぜひ引き込みたいと考えてね。」


「ちょっと、ちょっと待ってよ!」


 それを聞いた未咲希が、思わずといった様子で声を上げた。

 これには、赤髪や現実組の面々が驚いているようであった。


「彼を、巻き込むの……!?」

「……無能力者である君は、少し静かにしていてくれ。これから始まる戦いは、君ではどうしようもない。」

「そっちが勝手に始めた戦いでしょ!尚更彼は関係ないじゃない!」

「だから、関係してもらうようこうやって話をしているんだけどね。彼にはこちらの戦力になってもらわねば、困るんだ。」

「それはあなたたちの都合でしょ、そっちの都合をこっちにまで押し付けないで。」


 怒りによるものか、はたまた恐怖によるものか。

 目をうるませ、今にも泣き出しそうな顔は、それ以上に強さを感じさせた。


「いい加減にしないか。無能力者である君は、役に立たない。理由どうこうではない、協力してもらわねば困るのだ。彼が動かないというのなら、彼に付き従う君を人質に取る事も考える。」


「クク……ハッハッハッハッハ!」


 生徒会室に、夕紗の笑いが響いた。


「今ので、貴様らへの協力は無くなった。」


 そして、VRゴーグルを装着して、コンマ数秒レベルの一瞬で--


(空気銃エア・ガン)


 西園寺の肩を撃った。


「っぐ……!」

「会長!」


 周囲の生徒会役員が、寝ている一人を除いて会長の方へ視線が向いた。

 女性役員のひとりが、西園寺へ駆け寄った。


「動くな。」


 夕紗が女性役員にそう言うと、キッと睨みつけられた。


 そしてその傍から、学生とは思えない体格と、髭を生やした大柄な生徒会役員の男が睨みつける。


「待て、稲生いのう!」


「これくらいは許してもらおう。この女を人質に取られる可能性があるなら、私も手加減するつもりは無いぞ。」


 はっきりとそう言う夕紗。

 感情を露わにはしないが、行動でそれを示した。


「貴様らはふたつ。貴様らはひとつ読み違いをしている。」


 もう片方の手で持つ空気銃エア・ガンで、小柄な男へ銃口を向けた。

 そばにいるインドアな男も含めて、すぐに撃てるように警戒する。


「ひとつ、私を舐めすぎだ。私から人質を取ると?取れるものなら取ってみろ。今の攻撃に対応出来ない阿呆に、私が遅れを取ると思うか。」


 いつでも、稲生と呼ばれた大柄な男と西園寺をまとめて撃てるよう狙いを定めておく。


「ふたつ、彼女が私に付き添っていると思ったか?だとしたら、情報収集力が甘かったな。」

「それは、読みが外れたな……」


 この状況で、西園寺はニィと笑って見せた。


「それに……いくら貴様が取り繕うと、貴様の発言はこの女を無能力者だという理由で、多少なりとも見下しているということだ。……他人の意見を度外視し、目的遂行のために行動する。実に現実能力者リアリスタらしい。」

「リアリスタ……?」


 聞いたことがないという反応を見せた西園寺。


「貴様ら"現実リアル"の"受け取り手レシーヴァー"のことだ。……そう呼ぶのではないのか?」

「……現実使いとか、現実能力者って呼ぶの、幻想使いとか、幻想能力者みたいにね。」


 すかさず、未咲希が助け舟を出した。


「そうか。ならば改めて、現実組の諸君。私は貴様らにつく気は無い。」





 ドカァアアアアアアアアアアン!!!!!





 外から物凄く大きな爆発音が聞こえた。

 音だけで、ただ事では無いということが分かる。


「か、会長!幻想組が!」

「ああ、わざわざご苦労。来たな、幻想組。来る前に、君たちを引き込みたかったが……時間切れか。」


 立ち上がり、マイクのある方へ歩いていく。

 女性役員が不安そうに声をかけた。


「会長……」

「手当ては後でいい。」


 マイクのスイッチをONにし、校内に向けて放送を行った。


「全員、戦闘準備。」


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