第9話 優生思想
幻想組の集会所から脱した3人。
夕紗は片方に未咲希を抱え、もう片方には助っ人を抱えていた。
その助っ人は、未咲希もよく知るいじめの中心人物であった赤髪の女生徒であったからだ。
「た、高……!」
驚く赤髪であったが、空を飛ぶのが2度目の未咲希は驚きはしなかったが--
「またあああ!?」
まさか2度も味わうとは思っておらず、泣き叫んでいた。
「っと……」
そんなことは全く気にせず、夕紗はしっかりと着地した。
「ゲホッ……とにかく、身を隠すぞ。」
VRゴーグルを外し、別棟があることを確認すると、本棟からなるべく離れるようその場所へ駆け込んだ。
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日本喜望峰専門大学校
別棟A
食堂
「とりあえず、ここなら一息つけるだろう。」
「一息つくなら、なにか頼まないと。ここ休憩所じゃないんだし。」
「そうなのか?」
未咲希がコップへボトルから水を注ぎ、3人に配り始めた。
体を震わせ、赤髪は夕紗の方へ向かって叫んだ。
「お、おいどうしてくれる!私も上級生に喧嘩を売った形になったじゃないか!」
泣きべそかきながら、叫ぶ赤髪であったが、全く素知らぬ顔で水を飲んでいた。
「そういう約束だったではないか。仕方ないだろう、この女の危機だったのだから。」
「お前一人でもなんとかできただろう!ああ、白になんて言えば……」
「その割に、迷いなかった気がしたがな。」
「それは……」
そう言って、チラッと未咲希を見た。
だが当の本人は、ジトーっと夕紗を見ていた。
「いつから繋がってたのよ。」
「昨日、散歩している時に偶然な。今日こうなるだろうという話を予めしておいて、付けてきてもらっていた。」
「やっぱり何かあったじゃない!」
「話す程ではなかったからな。」
なんで言わなかったんだと言いたげに、未咲希は拳を震わしていた。
すると隣にいた赤髪が、突然涙を流してしまい、思わず「うっ」となってしまった夕紗。
それを見かねた未咲希が近寄って慰める。
「ほんともう、女の子泣かせるなんて最低ね!」
「ぬ……私はそのいじめた相手を抱き込むお前の度量が怖いがな。」
ふと、目が合った。
赤髪と目が合った。
ゾクッ
全身から脂汗がどっと出る。
自分が落ちていく時に見た赤い目。
自分が見下されていた時の赤い目。
自分が苦しむ度にチラついた赤い目。
椅子からも落ちてしまい、夕紗が駆け寄る。
その姿を見て、察した夕紗。
「気のせいだったか……まあ、そのトラウマはゆっくりと治していくことだな。」
「あ、ありがとう……」
未咲希を椅子に座らせると、水を与え、落ち着きまで待った。
そして、諭すように夕紗は話し始めた。
「お前、あの惨状を見てもまだ言えるか。このままここに通い続けると。」
ぐっと唇を噛み締めた未咲希、そんな姿を見て言葉をかける。
「ゆっくり考えろ。」
そして、夕紗は赤髪に向き直った。
「それで、貴様はどうしてこの女をいじめたのだ。ちゃんと理由を聞かせてもらおうか。」
「……わ、分かんない。」
「なに?」
いじめていた原因が分からないという回答。
空気が変わったと感じた赤髪が必死で弁明し始めた。
「ほ、本当なんだ。あの先生が担任になってから、みんな人が変わっていったんだ!股ない先生が担任になってから……」
「どういうことだ?」
「股ない先生?」
たった1人の人間による影響で、ここまで好戦的かつ人を見下すようになるものかと考える夕紗。
対して、変なネーミングに驚く未咲希。
夕紗も「そこに驚くか?」と呟いた。
「うん、あの先生……股間がないんだ。厳密には股間についたヤツが。」
「……なんで知ってるんだ貴様」
夕紗が尋ねると、赤髪はカッと顔が赤くなった。
「ち、違う!違う!わたしが調べた訳じゃない!周知の事実だったんだって!みんながそう言ってたんだ!」
慌てて弁明する赤髪だったが、一連の流れを聞いた未咲希は驚いているようだった。
「えっ、あの先生アソコなかったの?」
「おい、お前。そこじゃないだろ。」
「だって、股ない先生しか基本的に関わりが--」
「おい、貴様。まるで苗字みたいに言っているが、絶対違うだろ。なんだその不名誉なあだ名は。」
「そっ、そんなこと言われても……そう、呼ばれてたし……」
「……まあいい、話したいことはこんなことではない。」
「じゃあその股ない先生とやらが、怪しいんだな」
「わ、分からないけど……」
結局、原因の解明には至らず、夕紗は考え込んだ。
「当たってみるしかないのか……?」
直接この学校に問いただした方が、早いのかもしれない。
どうやら、この学校の仕組みそのものに問題があるらしい。
誰かは忘れたが、そう言っていたのを覚えている。
「お、お前……どうして、こんな強いのに、あいつの言うこと聞いてるんだ。」
「答える義理はない。」
夕紗はキッパリそう言うと、赤髪はビクッと怯えたように身を震わせ、顔を背けた。
すると突然、夕紗は立ち上がった。
あるものを察したのだ。
気配、そして足音。
ここに誰か来る--
それを確信した。
「誰か来る。おいお前、そして赤髪……下がってろ。貴様、間違ってもこの女を攻撃するなよ。その瞬間、貴様を真っ先に殺すぞ。」
(コクコクコクコク)
「よかろう。」
バッと背に2人が隠れるよう前に出ると、いよいよバタバタと大勢の足音が聞こえてきた。
「先生!あの男だ!」
ざっと数えて目の前には30人の能力者。
恐らくその背後にはもっといる。
先陣切って現れたのは、勇者・剣崎。
そしてその近くには、あの氷の女王もいた。
何より異彩を放っていたのは、キッチリとスーツを着た男だった。
色白で趣味の悪いメガネとネクタイをしており、ナチュラルメイクがされた顔が印象的だ。
「おい、あの男が……」
「股ない先生……」
「私は
赤髪はショックを受けていた。
先生がいたことではなく、親友がいたことであった。
「
「残念よ、
氷の女王は侮蔑した目つきで、赤の騎士を見据えた。
また、安孫子は夕紗の方をじっと見ていた。
「それにしても、アナタ会ったことありますか?」
夕紗にとっては、全くもって心当たりはない。
変に怪しまれても困るので、夕紗は即答する。
「いや。」
「あら、気のせいデスか。」
「貴様、アメリカ人か?」
「いや、れっきとした日本人デス。」
「ああそう。それで、こんなところまで何のようだ。」
「キミ達の処分デスよ。」
「ふむ。その理由を聞こうか。」
「アナタたち、暴れすぎデス。ワタシたちに歯向かう邪魔者であれば排除するのみデス。」
「そうか。……貴様、この女の担任だな。」
「ダレデス。そいつは……」
夕紗が指さした未咲希を見て、本当に心当たりがないような声を出した安孫子。
その発言を聞いた未咲希はグッと下唇を噛んだ。
「貴様の生徒だ。」
「……ああ、無能力者デスか。」
安孫子は心底つまらなそうに、そう呟く。
「無能力者に価値はない、デス。いくら学校が無能力者の入学を許しても、無能力者。人間が自分の邪魔者を排除しようと精一杯足の引っ張り合いをする生き物デスが、そんなことに労力を使うより、弱者にその労力を向けて排除し、有能な人達で結束を固めた方がいい。」
「ほぉ……」
「我々は選ばれた人間デス。覚醒する可能性があるというだけで、実際は覚醒していないただの凡人。我々より下であることに変わりないでしょう?上に立つものは、下にいるものを導くのが役目デスが……上に立つものが下の人間の世話をしなければいけないというルールはないデス。むしろ思い知らせるべきだ、自分は下であるのだと。下でありながら、同じステージに立てていることを光栄に思えと!」
「成程。全く--」
彼の青い目が、色相応に冷たくなっていくのを感じる。
「叶いもしない夢に、ここまでの幻想を抱いているのを見ると……ずいぶん哀れに見えるものだな。」
「何を言う。これから変わっていく……いや、変えるのだよ。」
「この学校に未来はないな。ろくな教師を見抜けもしない優生思想の集まり。」
ふーっと大きく息を吐き、夕紗はVRゴーグルを装着した。
「行け。」
彼の指示で、一斉に数多の生徒が飛びかかった。
「
まるで狙いを定めたかのような精密な射撃。
本人はものの数秒もかからず、踊るように撃っていく。
近寄るものは容赦なく、発砲していく。
「氷の妖精よ、いきなさい。」
「遅い。」
氷の女王が妖精に支持し、周囲に冷気を帯び始めもなく、肩が射抜かれた。
もう片方の手に持つ
そして、氷の女王を撃ち抜いた後にさらに攻撃で圧をかけ、足を撃ち抜いた。
だが、それでも立ち上がる。
氷の女王もまた、立ち上がった。
戦闘の最中、夕紗はあることに気づいた。
というのも、相手全員の攻め方がずいぶん規則的であった。
ワンパターンでは無いが、ゲームに例えるなら、1ウェーブ目、2ウェーブ目といった感じで個々が自分の意思で好きなように攻めていないという感じだ。
読まれていると分かったら、攻め方を変える。
読まれていると分かったら、攻め方を変える。
この繰り返しである。
(この男の号令ひとつで、ここまで人が動くものか?)
そして、安孫子は全く動いていない。
だからこそ、彼女自身身動きが取れなかった。
おかしかったのは、その後だ。
まるで人が変わったかのように--
「貴様まさか、
珍しく声を上げた夕紗。
しかし、目の前でバツを作り、安孫子は否定する。
「多分、思っているのとは違いますデス。そういう類ではあるデスが。」
そんな話をしている最中に、能力に気づいた夕紗が安孫子を撃った。
(先に消すべきはこの男だ。)
だが、安孫子はなんとかわしたようだった。
「!」
そして、安孫子は走って夕紗の元へ向かうと即座に急所を狙って拳と蹴りを振るっていく。
対する夕紗も呼んでいたかのように軽々とかわし続けていた。
(体術とはいえ、なかなかやるが--)
夕紗は
スキを見つけてまた撃つと、安孫子の肩を掠め、彼は肩を押さえて退いた。
しかし、安孫子に攻撃させまいと、次々に幻想組の生徒が攻撃を仕掛ける。
やってもやってもキリがない。
急所を外して撃っているから、尚更決着がつかず、立ち上がってくる。
このままじゃ、いつから急所は撃ちかねない。
どうせ殺るなら、早い方がいい。
「流石にこの人数相手を庇いながらは面倒だな。……おい、お前!」
そう腹を決めた夕紗は、未咲希に呼びかけた。
「なに!?」
「全員殺していいか?」
「ダメに決まってるでしょ!そんなことしたら昨日の異能警察が--」
「本心か?殺したいとは思わぬのか。」
「思ったらあっちと一緒でしょ!?」
しかし、ここまで人数が多いと流れ弾に被弾する可能性だってありうる。
自分の攻撃をかいくぐる、あるいは攻撃を受けても無事な者がいるかもしれない。
人数が多いからこそ、何が起きるか分からないのだ。
だからこそ、夕紗は迷わず殺す選択を取る事にした。
同時に、それは未咲希にとっては望まない選択であるということも理解している。
故に、この人数はどうにでも出来るからこそ、彼女へどう誤魔化すかを考えていた。
(……悪いな、お前。少々目を瞑ってもらうぞ。流石にこの人数相手に、手加減することは出来ん。お前の身に、何かあってからでは遅いのだ。)
「お前を守ることを、優先する。」
意を決し、夕紗は未咲希に指示を出す。
「私が目を閉じろと言ったら、目を瞑れ。いいな。」
「わ、分かった!」
夕紗は、両手に持つ銃を捨てた。
「
そう言うと、今度は両手でひとつの銃を持つように構えた。
だが確かに夕紗は、まるで手に持っているかのようにしっかりと構えていた。
--その時だった。
「あ、いたいた!」
「ちょっと、待ってくれやん!ぼくインドアだからー!」
突然、ふたつの声が聞こえてきた。
ずいぶんと余裕がありそうだ。
「なんですかこの騒ぎ。……っ!」
「次から次へと……!」
夕紗と安孫子の両者がすると、乱入した面子の顔を見た幻想組は酷く驚き、ざわつき始めた。
動揺が広がる。
1人は小柄で生意気そうだが、高貴な雰囲気を身にまとっており、インドアなもう1人はハンチング帽が印象的であった。
「げ、現実組!ここは幻想組の区画だ、貴様らの侵入は認められん。」
「いやいや、"現実"見ろって。お前ら、そんなルール以上にやべーことしてんだろーが。」
小柄な男は小馬鹿にした笑みを浮かべ、幻想組を指さして言った。
そして、臨戦態勢の彼らを見て、目を輝かせた。
「なんだなんだ!うおっ、おもしろそー!」
「んな事言って
「へいほーい。じゃあ、時間稼ぎよろ。」
「うっす!」
指示された男がそう言うと、両手を上げた。
両手にはそれぞれ爆弾のようなものを持っていた。
「んじゃ、幻想組の諸君--」
爆弾を持っていない、小柄な男が声高らかに言う。
「一度に相手できないんで逃げます!」
爆弾が投げ込まれると、途端に煙が蔓延した。
どうやら爆弾ではなく、煙幕のようであった。
夕紗もこれ好機と、夕紗は未咲希と赤髪を担ぎ、この場を離れることを優先する。
だが、2人を抱えた時、現実組の1人である小柄な男が話しかけてきた。
「こっち来なよ。幻想組相手に面倒でしょ。着いてくれば、一応、幻想組が入れない"ライン"があるからさ。」
「あ、あんた--」
どうしよう、未咲希はそう言いたげな顔であったが、夕紗は即断した。
「いくぞ。とにかくこの場を離れる。」
未咲希は頷くよりも早く夕紗は煙に紛れ、現実組の生徒と共に姿を消した。
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