第8話 幻想組
「なぜお前に着いていかねばならんのだ。」
今日も着いてきてと言ったら、この
夕紗は昨日作ったカレーを今日の朝も食しながら、大きなひと口で食べたカレーを飲み込んでこう言った。
「あんた、本読むんじゃないの?」
「行ったら行ったで、
「あんたいなかったらいなかったで、あたしが目を付けられるんですけど!」
「あの女がいるではないか、あの炎女が。」
「無理無理無理!守ってくれる保証あるの!?」
「約束したからな。」
「口約束で安心できるか!」
「いや、待て……」
「?」
そう言って、勝手に黙り、そのまま考える素振りを見せた夕紗。
「……気が変わった、私も行こう。」
「ど、どうしたの、気が変わったって……」
「はっきり言うが、あの炎女を味方につけたとしても、あの女が雪女や盾男に敵うとは思えん。何かあっては遅いな。」
おもむろにカレーをかきこむと、ゆっくり味わうように噛み締め、飲み込み完食した。
「うむ、美味かったぞ。それでは行くとするか。」
夕紗は椅子から立ち上がり、食べ終えた食器を手に持ち、キッチンまで持っていく。
「行く前に口拭きな。」
「うむ」
「口拭いたら、顔洗ってきな。」
「うむ」
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日本喜望峰専門大学校
校門付近
「そういえば、昨日外出てたけど何かあった?」
「昨日も言ったが、散歩だ。特に変なことはしてないぞ。」
「うぅ、昨日もおんなじこと言ってた。」
「なんだ、そんなに怪しいか。そんなに私を疑うか?」
そんな会話をしながら、2人で通学路を歩いていく。
校門が近づいていくと、待ちわびた様子で校門の前に立つ男がいた。
「やあ、待ってたよ。堂々と来るとは--」
校門の前に立っていたのは、風瀬。
昨日、銀行強盗が起こった際に指揮を執っていた男だ。
「貴様らのように陰湿ではないからな。会いたくはなかったが、正々堂々と来てやった。」
「言ってくれるね。そういう減らず口嫌いじゃないけど。」
「じゃあ塞いでみるかこの口、騎士は大好きだろう?故郷に待たせた女の唇を塞ぐというエンドロールは。」
「いや、そんな、趣味……ないから……」
風瀬が引き気味でそう答えている間に、その傍を夕紗が通ろうとする。
しかし、夕紗の腕を掴み、行かせまいとした。
「ちょ、ちょっと……!」
「どけ。」
「退く前に、ちょっと着いてきてくれないかな。」
「断る。メリットがない。」
「あるさ。
「冗談を言っているなら、笑えないな。全くもって私の
ここまで言われてしまうと、風瀬も思わずたじろいだ。
常識で考えれば、無条件でのむほどのものだろう。
それを興味無いとまで言われてしまうと、この男を引き込む理由が無くなってしまう。
自分もこのネームバリューに惹かれた身だ。
だからこそ、分からなかった。
何故ここまで簡単に、この話を蹴られるのか。
「……一体何が不満なんだ、日本で一番の教育を受けられて、能力者を唯一受け入れてくれる学校なんだぞ。君も能力者なんじゃないのか……!」
「全員が全員、『そうしたい』と思うな。貴様のやっていることはただの押しつけでしかない。消えろ。」
何を言っても大木のように耳を傾けるつもりのない夕紗に対し、風瀬は頭を下げた。
「頼む、この通りだ!君の力が借りたい!」
その姿を見かねたのか、奥から誰かが現れた。
里中と呼ばれていた女生徒だ。
「頭下げる必要ないでしょ、2年のトップともあろうあなたが。」
「……関係ないよ。このことは僕個人で決めたことだし、既に喜多さんにも話は通してる。どうしようが、僕の勝手でしょ。」
「その行動で、こっちにも迷惑かかるかもってこと考えてくれる?来といて正解だったわ。」
ズカズカと風瀬の前に詰め寄ると、くどくど説教のように話す。
「この話は無い方が良さそうだな。その方が、私にとっても都合がいい。」
夕紗の声を聞き、初めて夕紗と未咲希のいる方を向くと、汚物を見るような目で見据えた。
「ええ、こっちから願い下げ。物分りの悪い能力者に、無能力者。得体の知れない奴ら、相手にするわけないでしょ。」
「貴様、黙って聞いていれば。百歩譲って私に問題があったとして、この無能力者が何かしたか。」
そう言って、夕紗は未咲希を頭に腕を置く。
「だって相応しくないじゃない。私たちの学校に。」
「その理屈は?」
「いや、理屈じゃなくて伝統だし。元々は人の上に立つ能力者を育成するための機関よ。そもそも、能力があって当然の学校で、資質があるから入れてもらっているのに覚醒しないのもいる意味ないじゃない。覚醒しない方が問題よ。」
「……好き勝手言うものだな。」
「好き勝手言えるのよ。その立場にいるんだから。」
「傲慢だな。」
夕紗がそう言った瞬間、彼の視線は里中の指先へ向いた。
そして、彼女が攻撃を仕掛けようとしていることを確信した。
「傲慢はどっち、ぐえっ……!」
誰よりも速くいや、誰にも捉えられないように動いた。
夕紗の動きを捉えられなかった里中の首が握られる。
夕紗は音もなく、フッと里中の前に現れると、そのまま首を絞めにいった。
彼女が言葉を発すると同時に、何か仕掛けることを確信して動いたのだ。
そして、攻撃を仕掛けそうであったその指先を折る寸前まで固定し、攻撃出来ないようにまでしていた。
「能力なんぞ使わずとも、貴様のような未熟者など……呼吸のように容易く殺せる……!そんな奴相手にこのまま死んでいく貴様は一体何者なのか!阿呆、馬鹿者、愚か者!それとも、
「プロテクトナイト!」
夕紗の指が里中の首にくい込み、そのまま首を貫通しそうになっているのを見兼ねた風瀬が自身の"幻想"の能力を使い、夕紗に構えた。
「待て!待ってくれ!」
「能力を使っていない相手に対して、能力を使ってまでわざわざ言うセリフでは無いな。敵だと認識された以上、抵抗しただけだ。貴様の言うことを聴く義理は--」
「あんた!」
未咲希の叫び声が響いた。
声を聞いてスっと振り向く夕紗、そして叫び声に驚いたように風瀬と里中が振り向いた。
「す、ストップ……。」
注目されたためか、声量を抑えて声を発した。
それでも、彼女の視線は夕紗にのみ向いている。
露骨にため息を吐いた夕紗は、ゴミを捨てるようにポイッと里中を投げた。
「里中!」
「……まあ、こういうことだ。」
風瀬が里中の元へ駆け寄り、夕紗を見据える。
そして、先程彼に対して声を上げた未咲希へ一瞥した。
「彼女が……なにか?」
「私は雇われの身でな。私への話は、この女を通してもらおう。」
「なに?」
「彼女に頭を下げられないのなら、この話は無しだな。」
キッパリとそう言った夕紗に対して、これ以上の譲歩は無理だと判断した。
だからこそ、風瀬は行動に出た。
「……分かった。」
「風瀬!」
「頼む、君の力を借りたいんだ……」
迷うことなく頭を下げた風瀬。
風瀬の頭を下げさせた夕紗に対して、里中は何かを言いたげに夕紗を睨むも、睨み返されて体をゾクッと震わせた。
「どうする、お前?」
「どうするって……」
(なんであたしに決めさせるのよ……!)
その疑問に答えるように、彼は静かにあたしに近づき、こう言うのだ。
「場合によっては、お前の待遇も変わるかもしれん。話だけでもする価値があるのではないか?」
悪魔の誘いにも聞こえかねないこの言葉。
下手をすれば、この行動のせいで逆にあたしの立場は悪くなるかもしれない。
でも、彼がそんなことを言うとは……今は思えない。
だって--
「安心しろ。何かあってもお前は私が守る。」
こう言ってくれるから。
「変えるなら、今が
悪魔から守るヒーローがいる。
それに応えるために、あたしも前に進まなきゃ。
「行く。その先輩のところまで、話をする場まで……行くわ。」
それを聞いて肩をすくめた夕紗は、不気味に笑うのだった。
「だそうだ、私もそれに着いていくとしよう。手荒な真似はしないでもらおうか。」
「そんなことしなくても……手荒な真似はしないって……」
「……どうかな。」
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心理創造科
幻想組
集会所
「お、やっと来た。待ァたせやがって……」
「お待たせしました。剣崎さん。」
待ちくたびれたように、男は風瀬を迎えた。
そして、風瀬の後に着いてきた2人を見るやいなや、すぐに敵視した。
周囲を見渡し、警戒した夕紗は臨戦態勢を取っている。
「……そういう事か、癖あるタイプね。伴野さんはともかく、俺……基本的に悪属性嫌いなんだけど。仲間に手を出すようなやつ。あの人同胞には手を出さないでしょ。」
「まるで、私が身近な人を手にかけるような言い方だな。」
「いや、実際昨日の騒ぎはお前のせいじゃないのか?どんなやつであれ、後輩は俺の同胞。目の前に犯人がいて、黙って見逃してやるほど……俺は優しくない。」
「仕掛けられたのはこっちの方だが。だとしても、貴様の身内など知ったことか。貴様自身のことなど尚更な。」
「てめぇ……」
剣崎が真横に手を伸ばすと、ゴテゴテした装飾の剣が彼の手元に現れ、それを握る。
剣の放つ輝きは、まるでおとぎ話に出てくる勇者のようだ。
「マイ・カーレッジ!」
「剣崎さん、ストップ!ストップ!」
「おーおー……ずいぶん派手な剣だな。」
剣先を夕紗に向けるも、その間に風瀬が割り込む。
「風瀬!里中!下がっていろ!」
「……やはり相容れぬ。」
小さく聞こえたその言葉に、風瀬は冷や汗をかいた。
恐る恐る振り向くと、連れてきたことは間違いだったのかと思わざるをえなかった。
「貴様が守るという存在の中に、こいつは入っていないのだろう?」
「なに?」
夕紗はそう言いながら、未咲希を親指で指していた。
「こいつはここの生徒だ。貴様がこの2人を守るのだと言うのなら、なぜ今下がれと指示した名の中にこの女の名前が入っておらぬのだ。」
静かな淡々とした声が室内に響く。
「使えない人を守るために僕らがいる。当然、世の中には優先順位というものがある。この世の中でどんな犠牲があっても、生き残るべきは人の上に立つ優秀な人材が第一だろう?上に立つ人が残ってこそ、下にいる人が守られるのだから。下にいる人を守るために、上の人が優先されるのは当たり前のことじゃないか?」
「……では質問を変えよう。守ると言いながら、守ることが出来ていないのはどう説明する?」
「はぁ?」
「この女が受けているいじめの事だ。無能力者だからという理由で、なぜいじめを受けなければならない。そのいじめを受けている事実を知りながら、どうして守ろうと動かないのだ。」
「いじめ?なんの事だ。」
「とぼけるな。なぜ下級生の問題が耳に入らない。」
「それはクラスの問題だ、私には関係ない。それにその女、無能力者だろう?下に見られることは、致し方ないんじゃないか?」
それを聞いた夕紗は、首にかかったVRゴーグルに手をかけた。
彼の瞳は、完全に敵を見定める目に変わった。
「何が仲間だ。能力を使えん奴は仲間だと、微塵も思っておらんだろう。」
そう言うと、すぐにVRゴーグルを装着した。
「ずいぶん都合のいいように話を解釈するものだ。言ってしまえば見て見ぬフリだろうに。考え方まで力に溺れた阿呆な勇者とは。武勇がある分、不貞を犯したランスロットの方が"勇者"としては相応しいと言える。」
「初対面相手に……ずいぶん好き勝手言うじゃねえか。」
「その言葉、そのまま返してやろう。……おい、貴様。」
夕紗は風瀬に呼びかける。
その顔は実に淡々としており、何とも思っていない気持ちと、その奥では怒りを滲ませていることを感じていた。
「残念ながら、話は決裂のようだ。貴様の努力は虚しいことに阿呆な勇者が踏み潰してしまったよ。それとも、初めからその算段だったか?」
「……!」
おどけている様子は一切ない。
だからこそ、最後の一言は余計なものとは思えなかった。
本心だろう。
だからこそ、だからこそだ。
もうこの男とは、これまでだと。
もうこの男を取り入ることは出来ないのだということを悟った。
自分は理想を重視する幻想組の中でも、変わっている方だということを自負していたが、とんでもない。
変わっているのはこいつらだ。
自分が伴野と同等レベルの相手から、いつ殺意を向けられても致し方ない状況になってしまったのだということを実感した。
「何が自分には関係ないだ。何が上に立つから守るだ。理想や過程がどれだけ凄かろうと、結果がゴミであれば意味などない。」
「でも、結果だけ見ると人は苦しくなるだろう。」
「結果が出せないやつの言い分だ。」
「世の中は結果が出せない奴の方が多いんだけどね。だからこそ、そ能力という結果を出している僕らが上に立って然るべきだろう?」
「夢見がちな阿呆どもめ。」
夕紗は一蹴した。
「貴様らは実力で得ていない
呆れたように物言う彼を、幻想組の面々は理解できなかった。
……一部を除いて。
「やはり貴様らとは相容れぬ。この話はなかったことにしてもらおう。」
「上等だよ!」
剣を持ち距離を詰める剣崎を、まるで遊ぶように片手で軽くいなした。
「遅い」
「ぐっ……ちぃ!」
剣崎が振り返ったその時、もう既に遅かった。
「
「ッ!」
(速……!)
そう思った時、既に自分の腕は貫かれていた。
剣を握らせないために、狙って撃ち抜かれたのだ。
「ガ……!」
パチン。
夕紗が指を鳴らす。
「おい、待たせたな。存分に燃やせ。」
「いっ、イグナイト!」
合図と同時に、火の手が回った。
「火!?他にも協力者が……」
その間に夕紗VRゴーグルを外すと、未咲希と
「くっ、逃げられたか!?」
「オイ、どういうことだ……なんだこのザマ。」
普通の一般男性より一回り大きく、髪の長い男が現れた。
音もなく、気配もない。
だからこそ、皆が声を聞くまで気づけなかった。
同時に、火は一瞬で消え去った。
「剣崎、テメーなにしてんだ。」
「ああ?」
「クソが。だからヤダったんだよ、テメーらと絡むのなんざ……」
大男に対する剣崎の目つきは鋭いものであり、敵対視しているものであった。
しかし、それを見た大男は呆れ、周囲の怯えたような視線に思わずため息を吐いた。
「今すぐ追いかけた方がいいんじゃねえの?伴野並にツエー奴が現実組に引き抜かれてみろ。もっとメンドーになるだろ。だから風瀬?はここに連れてきたんだろ。」
見下すような威圧感が、話しているような感覚に襲われる。
そんな中で本人はぶっきらぼうに話し続ける。
「テメー、ホント変わんねえな。オレが魔王だっつって斬りかかってきた時から、なんも変わってねえ。」
剣崎はビクッと体を震わせ、何も言えずに踵を返し、反対側の廊下を走っていった。
「さっさといけ。邪魔だ。」
「き、
「四度寝だ。邪魔したらコロス。」
欠伸しながら、彼は屋上までの階段を登っていく。
「チッ、めんどくせーことしやがる……」
(……剣崎を倒したヤツ、オレの存在に気づいていたか。)
誰にも聞かれない独り言は、廊下に響きはしなかった。
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