第7話 勧誘
「どうしたものか。」
夕紗がそう呟くのにも、一応訳があった。
考えていたのは、目立つべきか、目立たないべきかという点である。
目立つことによって、未咲希の先輩であるというあの男に、未咲希のことを気づかせたくない。
目立たないことで一般人を装った場合に、今この場をかいくぐっても、後から監視カメラで映った自分について言及された時、どう言い訳するか。
とりあえず静観することに決め、VRゴーグルを外した。
「あ、あー……お、面白かった。」
「ど、どんな性格してんのよ、危ない目にあって面白いとか。」
「ずぶとい性格だな。泣きながらよく言う。」
「泣いてないもん。」
「まあ、いい。おいお前、」
「なに?」
「あの男はなんだ。敵か、味方か。」
指をさす方向には、先程乱入した未咲希の言う"先輩"がいた。
先輩はキッチリとした制服には似合わぬ槍と盾を装備していた。
「
「……意外と知っているな。」
「君子危うきに近寄らず」
「む?」
「徳とか知識のある人は、自分からわざわざ危険な所なんかには行かないって意味よ。え、知らないの?知らないんだ?」
嬉しそうにニマニマ笑う未咲希を見て、力が抜けたように夕紗はため息を吐いた。
「お前が
「あんた、私結構頭いいんだからね……?これでも日本で一番の学校にいるんだけど。」
「ぬう……」
じっと詰め寄られる夕紗はただただ反論することなく萎縮していた。
「お前ら、なんなんだよ……!」
「?」
「なんでJCRAが来ない……!」
ギリリ……!
男の歯ぎしりが、眼前に起きた想定外に対する苛立ちを示していた。
「来るよ。でも、」
「あなたのような犯罪者によって被害が出されても困る。だから、僕たちは足止めさ。」
槍を天に掲げ、相手へと向ける。
「皆、下がっていろ。敵は一人!……一人!?」
目を点にして、二度見した。
相対する男の背には、倒れた複数人の仲間がいた。
「聞いてた話と違うが……」
目を点にして、独り言を無意識でしてしまうほどに彼、風瀬守は動揺していた。
他に何かがあったのではないかと、別の可能性も考えるも、一体何があったかを予想できない。
「委員長!敵はあの現実の能力者のみです!それ以外は倒れています!」
「い、委員長ではない!隊長と呼べ!呼んで!」
クラスメイトの声がけで正気に戻り、改めて槍を向けた。
「角出せ槍出せ!」
「下がれ!プロテクトナイト!」
ガキィン!
男によって発せられた槍を、軽々と防いだみせた風瀬。
盾を前に出すと、目に見えない光のようなものが攻撃を弾いたのだ。
それを弾き返し、槍での攻撃を仕掛ける。
「ほう。分かりやすくあの男の力量が、頭ひとつ抜けているな。」
槍での突きに動じることなく、男は両肩から槍を出し攻撃を仕掛けるも、風瀬の槍と盾に阻まれる。
一見捌き切ったように見えたが、男の額から槍が強襲し、風瀬は反射でかわすも額から血を流す。
「油断したか、甘く見たな。」
「呑気に観戦してる場合?」
「ほう、私に乱入してこいと?」
「いや、そうじゃないけどさ……その、あんたが止めれば、終わるかなって。」
「私は便利屋かなにかか?」
「ごめん、甘えてた。あたし、あんたに戦わせてばっかりで--」
「フッ、いいさ。だがな、ああいうのは放っておけ。怒りの矛先を向ける相手が、私であってはいけない。彼にとって私は関係者でもなければ、何の因果もない。介入したとて、彼の殺す相手が増えるだけだ。怒りを治めるには……彼の根幹、その怨恨の原因や関係者に倒されるか、自分の実力を悟り諦めてもらうことか。あるいは--」
「殺すだけ……」
「分かってきたな。お前は安心していろ、何かあってもお前は私が守る。」
夕紗がいることによる安心感はある。
が、戦いを見るその青い目の中に黒が見えた気がした。
子供っぽさの欠片もなかった。
どこか遠くを見ているような。
「おおー……すっげえ!すっげえ!」
そんな中で、呑気なキラキラした声が聞こえた。
男の子だ。
あんな目にあったというのに、まるでヒーローショーを見る子供のように目を輝かせている。
未咲希は気付かされた。
子供の時まで、目の前に見える異能力はフィクションでしかなかった。
いつからだったか。
皆が夢想し、妄想したこんな人智を超えた能力が、頭の中から飛び出したのは。
こんな幻想が、現実に現れてしまったのは。
変化というのは、こうも突然起こることなのか。
「貴様、次は無いぞ。」
「ビビらすな。」
未咲希が注意を受けて、またもや沈黙した夕紗はさておき。
眼前の戦いは熾烈化していた。
とうとう風瀬以外の生徒も乱入したのだ。
「どけよ!どけええええええええええ!」
全身から血を吹き出しながら暴れる男。
その様はまさに狂戦士。
怒りのままに暴れる男から流れる血潮は留まることを知らない。
「委員長!こいつ現実使い!」
「……そうか。遠慮はいらない、力で押せ!」
「なんの事かさっぱり分からんが、俺の目的はあの男だけだ!俺はあのJCRAのクソ野郎どもを、あの世まで引きずり落とさなきゃ気がすまねえ!」
「やはり復讐か。」
これでここまで躍起になっている理由が分かった。
逆に言えば、ここまでしなければ出てこなかった連中なのだろう。
その異能警察、JCRAとやらは。
そんな中で抗う
「あいつも能力の使い方が体に馴染んできたようだが……」
しかし、限界が見えてきている。
「数には敵わない、か。」
言葉の通り、いくら能力で凌ぐことが出来ていても数の暴力には敵わない。
何より、男は元々能力の使い方がなっていなかったのだ。
その差はこの戦いで埋まるわけがない。
埋まらない相手が複数いる時点で、勝負は見えていた。
むしろよく戦ったものだ。
「くそ、くそぉおおおおおおおお!」
「!」
悪あがきと言わんばかりに、全身からボコボコと波打たせている様子が伺える。
(何か来る……!)
「フーっ……
咄嗟にVRゴーグルをかけ、夕紗は備えた。
風瀬も何かを察し、言葉よりも先に指で合図を反射的に出していた。
「背後に!プロテクトナイト!」
彼らの予感は当たったとばかりに、槍が吹き出した。
ハリネズミのように自分を守る針……ならぬ槍が吹き出す。
ギリギリ射程距離に入ってしまっていた警備員に襲いかかる。
「しまった……!」
時すでに遅し。
風瀬の前には粉塵が舞う。
そのせいで周囲はもちろん、正面の様子など見ることが出来なかった。
「全く……何が手を出すつもりは無いだ。自分の復讐のために、手を出すつもりのない人間にまで攻撃をするなど……言っていることとやっていることが違うではないか。」
VRゴーグルを付けた男が、警備員2人を両肩に抱えていた。
その男は犯人の背後に立っており、彼のいる場所にはもちろん、風瀬が守った箇所以外に発せられていた数本の槍が破壊されていた。
「全く……骨が折れる。」
雑にその場へ警備員2人を置くと、目の前の男を足蹴にし、踏みつけた。
「おい、何とか言ったらどうだ。無駄な労力を使わせおって……」
邪智暴虐な王様かのように振る舞う彼は、ゴキブリを踏みつけるかのようにグリグリと踏みつけていた。
「いで、いででで……」
「ちょっと、目立ちすぎ……!」
「ふむ、そうだな。私たちはこの場で去るとしよう。」
「行けるわけないでしょ!こんな状況で出ていったら、色々と面倒でしょ!」
「それもそうだ。むしろ私は人を助けたのだから胸を張っておくべきだな。お前との約束を守ったのだ。今日は2回も。……夕食は贅沢にしてもらおう。」
「ああ……あたしの食費が、生活費が……」
こんな状況にも関わらず、人を惹くように目立つ2人。
「な、なんなんだ……あの2人は……」
「委員長。あの不審者は分からないけど、もう1人は日喜……うちの生徒です。冷泉院から、日喜唯一の無能力者と聞いていた。」
「よく知ってるね、もしかして"干渉"してる?幻想組である心理創造科は上下生徒による干渉は禁じられているのは……知ってるよね。」
「まさか。やったら既に学科中に広まっているはず。あなたが欠席していた日の代表会議、代理で私が出席した際に知った情報です。」
「……じゃあ、目の前の彼は知らないわけだ。」
「ええ、全く。」
「……質問変えるけど、槍撃ってきたあの男の攻撃……力づくで壊したのはここにいる誰か?」
風瀬のクラスメイト各々首を横に振った。
風瀬の能力も守り寄りの能力とはいえ、彼を含めて全員が今回の主犯の力は防ぐのが精一杯である。
いや、むしろ防ぐことが出来ていた時点で100点なのだ。
それを上回る力で、力技で相手を地に伏せるなど出来なかった。
「そうか……」
おそらく、この男だろう。
こんな場所でVRゴーグルを付けた奇天烈な男。
なにか能力を使えるに違いないと、風瀬は踏んでいた。
「おい、いい加減に起きんか。阿呆。」
「ぐ……」
自分でトドメをさした男の背中でしゃがみ、髪を引っ張って顔を上げた。
なんとも無邪気に行って見えるものだからこそ、風瀬たちの目には異質にしか映らなかった。
「このクソガキ……」
「息があるようで何より。せっかくだ、貴様にひとつ聞こうと思ってな。」
「は……?」
「貴様の復讐相手とは誰だ?」
突拍子な問いかけに、男は思わず声を潜めた。
「なんだと……?」
「たった一人の為にお前が名を挙げれば、彼奴らの心にはダメージを与えられるかもしれんぞ。彼奴らの信じているものにヒビが入れば、貴様の望んだ形ではなくとも、間接的に瓦解するかもしれぬ。」
「……そんなこと、どうでもいい。だが……確かに、仇の名前だけでも広めるのは……」
そう言うと、男は声量を元に戻すどころか、声を上げて叫んだ。
「
「「「!」」」
「ほう。……貴様ら、聞き覚えがあるのか?」
風瀬を含めた面々に反応が見えたのを、夕紗は見逃さなかった。
対して、興味深そうに聞いてくる夕紗に対して、訝しんでいた。
「伴野正……あいつだけは許さねえ!まるで虫を殺すように俺たちを攻撃し、アイツを……!妹尾を殺したんだ!」
「!デタラメを--」
「待って、里中さん。」
制したのは風瀬。
他のクラスメイトが蔑み、呆れと言った表情を見せる中……風瀬だけが考えた。
嫌な予感を考えてしまった。
「今の話、もう少し詳しく--」
「おや、もう抑えちゃった?」
声が聞こえ、風瀬たちは振り返った。
背後には、黒と白髪の入り交じった髪の男が立っていた。
黒い口紅が目立つ。
「伴野さん……早かったですね。」
「可愛い後輩のためだ。お前たちのような優秀な人材は、こちらに来てもらいたいからね。」
「伴野……!」
目の色が変わったという表現が正しく合う瞬間を見た。
「ダメです!」
「伴野ぉおおおおおおおお!」
伴野と呼ばれた白と黒混じりの髪の男に向かって、男は立ち上がり、向かっていく。
彼の手からは槍が出ており、その槍を振り下ろして真っ二つにしようとした。
が--
「はい」
胸にあった羽根ペンでそれをいとも軽々と防ぐと、乱雑に掴んだ羽根ペンのペン先で槍をぶっ刺し、勢いのままに砕いた。
男の顔から憎しみが消えた。
消えた代わりに、絶望が滲み出た。
「伴野ぉぉぉおおおおおお!」
折れた気持ちを奮い立たせるべく、憎き相手の名を叫ぶも伴野にとってはそれが滑稽でしかない。
「無力だなあ。無力だなあ!あー……傑作!」
頭を抱えて嘲笑する伴野。
絶望する男の前で足を上げ、カカト落としで地に伏させると、そのまま頭を踏みつけた。
「罪人が。大人しく捕まれ。正義の味方はこの俺だ。全てはこの
「何が理想だ。叶えもしない理想を語るだけ語って何が残る。」
「なに?」
伴野が声のするほうを向くと、そこには公道で意味不明にVRゴーグルをかけた青年がいた。
その姿は珍妙にしか見えない上に、滑稽にも見える。
思わず構えるほどには、後から来た異能警察も彼の実力を察していた。
伴野は男の頭を蹴ると、夕紗の元へと近づいた。
夕紗はそれを察し、自分の後ろへ下がるよう未咲希へ誘導させる。
そして、夕紗自身も前に出た。
「ホォ……公務執行妨害で捕らえられたいのか。」
「クク……ハハハハハ!ずいぶんと民の声に不満があるようだ。聞き流すこともせず、真っ向からその意見をねじ曲げるよう脅すとは!……傑作はどっちだ?」
「ハァ?傑作はお前らだろう、それすらも分からないか!弱いくせに力量すら分からずに挑むバカと、公道で珍妙な格好をするバカ。これらを傑作と言わずどう言うんだ!教えてみろよ"バカ"。」
「そこまで血気盛んにならずとも聞こえている。息を上げながら吠える様はまるで発情した犬だぞ。貴様はSNSでのそれとない呟きを本気で受け止めるタイプか?それとも……シンプルに私の発言が図星だったか……?」
「事実を言ったまでじゃないか。お前こそ何を調子に乗っているんだ?調子に乗るのは、強者のみに限られる!」
「全く、弱い犬ほどよく吠える。今度は本当に発情した犬のように吠えてみせるのか?それとも、腰でも振ってみせるか?」
ズオッ
先に仕掛けたのは伴野だった。
夕紗はかわして、さらに指でこっちに来いと挑発してみせる。
「!」
「……」
たった一刹那--
その中で数手、数十手のやり取り。
面白いのことに、夕紗は全てかわすということだけをしていた。
公務執行妨害を恐れているのか。
いや、そんなことはない。
やがて、スっと空気銃の銃口をが顎下に向けられた。
目に見えない銃口。
目に見えないからこそ、伴野は1回躊躇した。
このまま攻撃していいものかを。
しかし、この目に見えない引き金が引かれてしまえば、自身が死んでしまうということを、異能警察の彼は身をもって察していた。
引かれれば、死ぬと身体が危険予知の警報を鳴らしていたのだ。
だからこそ、手を止めてしまった。
このまま手を下そうとすれば、それよりも早く彼の引き金が引かれることは、想像に難くなかった。
この間、1分どころかその半分にも満ちていない。
「!」
「ふむ、私の勝ちだな。ここにいる中で私を除いて一番力量はあるのは認めるが、私の足元には及ばないようで残念だ。」
一方で、この"間"に介入することが出来ず、ただただ見ていることしか出来ていなかった風瀬たち。
夕紗に対する敵対心は、もうとっくに失せていた。
「おい、今の……見えたか。」
「いや……見えなかった。」
「……!」
同級生がザワつく中、風瀬だけは息を飲んで見ていた。
風瀬だけはその目でなんとか動きを捉えていたが、動きを追えていただけで、いざ自身があの場にいたとしたら……着いていくどころか、手も出せていなかったと、見えていたからこそ尚更実感したのだ。
自分はあのステージに立てていないのだと。
「能力出してない相手に勝って、威張ることが出来て良かったねー!楽しかったかナ?」
「むしろこの一瞬で能力が使えなかった時点で、貴様の程度が知れたというもの。満足したぞ、本気を出さずとも貴様はいつでも殺せるということが分かったからな。」
「……お前に勝てると確信してるから遊んでやってるのに……イライラさせるなよ、この現場での"やむを得ない"執行が希望か?」
「止めなさい。」
白のない黒黒としたパトカーの運転席から、一人の女性が現れた。
(ほう、この女。この男よりやるな。)
「キサラ、邪魔するな。」
「余計なことはしないで。現実組に負けたいの?あなたが一般市民に手を出した時点で、既に私たちの立場も危ういのよ。」
「死人に口はないだろう?」
「
伴野は舌打ちをすると、渋々といった様子で夕紗に向けて言葉を発した。
「……まァいい。次に会う時は敵であることを心から願っているぞ。青い瞳の男。」
「喜んで遠慮しよう、醜いアヒルめが。せいぜい立場に縛られながらガーガー鳴いていることだな。」
中指を立てて背を向ける伴野は、そのまま風瀬の元へと向かう。
そしてたった一言、彼の耳元で告げた。
「あの男には手を出すな。どっちの意味でもな。」
去っていく伴野の背を見ながら、夕紗はつぶやく。
「全く……システムが近未来でも、やっていることが過去に批判されたようなことでは、結局人間も繰り返してばかりで進化しているのか分からんな。」
「どうしたの?」
「いや……独り言だ。」
「?」
キサラと呼ばれた女は手錠をかけられた。
手錠をかけられると、チクッと針が刺され、男へは脱力感が襲う。
「
「好きにしろ。やりたいことはやった。絶望しかしなかったがな。」
車に戻る伴野の背中を見ながら、男は力なくぼやいた。
彼との距離、たった数メートル、数十メートルが……地平線の果てに見えていた。
「おい、おっさん!」
先程の少年が、近くまで来て叫んだ。
「泣いてないからな!」
「……?」
「おれのほうがつよい!」
「何を言ってるんだ……」
全くもって訳が分からず、そのまま男……香崎は異能警察車両に乗り込んだ。
「こら、タイシ!」
「あ、父さん……」
高そうなスーツを着た父親が、後ろから少年をポカリと叩き、頭を下げさせる。
「異能警察の皆さん、ご、ご苦労さまです。」
「いえ、無事で何よりです。それでは……」
キサラがそう言い、踵を返して異能警察車両の運転席に座ろうとすると、そこにはもう……既に先客がいた。
「早く乗れ。」
「げ、なんで運転席……」
「飛ばすきー」
「ちょっ……!」
電気自動車だからか、排気ガスは出ないが砂煙を巻き起こして、異能警察は勢いよくその場を去っていた。
「ゲホッ、ゲホッ……フーっ、やれやれ。全く世話の焼ける。」
夕紗はVRゴーグルを外しながら、額を拭った。
その目には去っていった異能警察車両をぼんやりと目で追っていた。
「ねえ、まさか……追う?」
「阿呆、引き際くらい弁えておるわ。仮に行ったとて、捕まるのは私だろう。捕まるのは御免こうむる。」
「捕まってもご飯は食べられると思うけど……」
「阿呆、お前のご飯ではないでは無いか。」
「そういう理由?」
「当然だ。……帰るぞ、いい加減腹が減った。」
「いいけど、先にスーパー寄るよ。買い物付き合ってよね。」
「むう、そうだな。手伝いくらいはしてやる。」
「『してやる』じゃなくて、しなさい!してよ!」
もう事件になど関わりたくないと言わんばかりに、事件現場から自然に離れて行った。
「ちょっと待ってくれる。」
風瀬が2人を呼び止めた。
正確には、夕紗を……であったが。
夕紗は心底機嫌が悪そうにため息を吐くと、自分の背後に未咲希を移動させ、前に立つ。
「ねえ君、幻想組に入らないかい?ああ、えっと……日本で一番の学校、日本喜望峰専門大学校ってところなんだけど。」
「テストも受けていない一般人が日本で一番の学校に入れるのか。日本で一番とやらも、たかが知れてるな。」
見ず知らずの男に対して下手に出ているというのに、さもそれが当然であり、かつ見下すような発言に風瀬の取り巻きが苛立ちや怒りを見せる。
しかし、風瀬は意に介さず、夕紗に頼んだ。
「君の力が必要だ。」
「断る。全く……何を根拠に力が必要だと抜かすのか。その上、何に利用されるか分かったものではない。いじめを見て見ぬふりをする諸先生、諸生徒のいる学校に入りたいとは思わぬ。」
「いじめ?」
「呆れた……」
変わらぬ声色で夕紗は続ける。
前に出ようとする夕紗の腕を、未咲希は止めるように掴んだ。
「現実組は大学のように組自体の教室はなくて、先輩後輩関係なく講義を受けてるけど、幻想組は高校のように教室があって、教室で講義を受けているからだから……知らないんだと思う。」
「どうでもいい。お前、自分が大変だった時に助けもしなかった彼奴らを庇いたいのか。何度も死にかけているというのに。」
俯いている未咲希の手を振りほどき、夕紗は風瀬を指さした。
「生憎私は、幻想も現実も嫌いでね。」
そして、その指を自身の頭に押し当てて挑発するように言葉を続ける。
「現実を見ず、夢しか見ない阿呆の味方をするつもりなど無い。」
バッサリ言い切ると、興味を失ったようにすぐ背を向けた。
「行くぞ、お前。」
目も合わせず、その場を去っていった。
========€
「断られましたけど。いいんちょ……風瀬、何考えてんの。」
「なんで言い直した?いや、簡単に諦めないよ、ぜひスカウトしたいよね。」
スマートフォンを取り出し、アプリを開く。
「もしもし、喜多さん?紹介したい人が……いやいや、めんどくさがらないでください。剣崎さんだけでいいなんて言わないでください!」
色々と前途多難である。
そんな様子を見るクラスメイトも、不安しか感じていなかった。
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