第4話 価値観の話
「ぐうううううううううん!」
「Shut Up!少し黙れお前!私の邪魔をするな!」
顔をグシャグシャにしながら泣く未咲輝。
それをウザったく思う隣の夕紗だったが……どうやら、我慢の限界のようである。
「だっで、だっでえ……!この本、めっちゃ泣けるんだもん……」
「なんだ、ただの恋愛小説ではないか。くだらん。」
「くだらんことないでしょ!」
夕紗はチラリとそばにある
『図書館の中では静かに!』
と書かれたポスターを見た。
「くだらんと言っている。恋愛小説などという、現実味がない作り話の恋愛譚を見て何が面白いのだ。」
「作り話だから面白いんでしょ……で、あんたが読んでるのは--」
そう言って夕紗の読む本の背表紙を見ると、
『金のなんとか』
と書いてあった。
「……なにこれ」
「お金の概念や、家計簿の付け方、投資や節約術などが一冊で読める本だ。しかし……残念だが、基本的なことしか書いてない。」
やれやれと言いたげな顔で夕紗は話すが、まるで意味が分からんといった様子で未咲輝は引いていた。
そのそばには読み終えたであろう本が山となって積み上がっていた。
火星の話だの、ヴァーチャルリアリティだの、科学分野の解説だの、同じ年頃とは思えないほどに気難しい本ばかりであり、その上それぞれが統一性のない
「なんで図書館に来てまで、そんな本読んでるの……」
「本くらい好きに読ませろ。人の好き好きに口を出すな。」
「ちょっとあんた!そんなこと言っといて、恋愛小説くだらないって!」
「あれは例外だ。ファンタジーなのにファンタジーとして区分されずに、わざわざ"恋愛"というジャンルに区分けされている意味がわからん。」
聞き捨てならんと突っ込むが、意に介すことなく、あっさりと理由にならない理由を言ってのけた。
「……あんた、モテないでしょ。」
「余計なお世話だ。」
「じゃあ愛とか信じないタイプ?」
「いや、恋だとか愛だとかいうのは一時の"幻想"だと言っているだけだ。仮にその恋愛をするとして、恋愛にも金がかかるだろう。」
あ、確かに。
と納得しかけている間に、夕紗が立ち上がった。
「金だ金!世の中金がないとやってられん。」
言い聞かせるように、夕紗はあたしに言い放った。
目線はこっちに向けず、たんたんと本を片しながら言葉を続ける。
「金は己が欲を満たすためにある。金がなければ空腹も満たされん。金がなければ満足に寝れぬ。金がなければ女は靡かん。」
「なにそれ。じゃあ、金が全てって言いたいの?」
「さあな。愛と金はどうあっても天秤で釣りあっている必要がある。」
「……?」
言ってることが分からない。
というのが本音である。
なんというか、恋愛映画見に来たのに、仕事や会社をテーマにした映画を見させられている気分だ。
「愛が重ければ金は軽くなる。貢ぐからな。金が多ければ愛は軽くなる。どれだけ相手からむしり取るかを考えてしまう。同じくらいがベストだな。傾くからいけない。金を使って深い愛を表現すればいい。愛を感じて金を稼げば良い。」
だからなのか、頭が理解しようとすることを拒んでいる。
「だが間違えるな。問題はどうやって平行にするかの方法だ。金を使っても愛の表現が下手であれば萎える。愛を感じて金を稼いでも、惚れた相手であれば利用されるか、惚れられた相手であれば冷めるものよ。」
いや聞いてないって。
はぁ……と思わずため息を吐いた。
ダルそうなアピールをするも、彼は言葉を止めるつもりは無いらしい。
「だから俺は1番に金を欲する。金がないのであれば、金に勝る何か別のものを要求するというわけだ…Do you understand?」
「……って、なんて話してんのよ。図書館でする話じゃないじゃない。そもそも、なんで恋愛してない奴にそんな事言われなきゃ--」
「何を言う、恋愛に限った話じゃあないぞ。愛に関しては全て同様に言えることだろう。俺に親はいなかったから、私なりに愛について考えた結果だ。」
「……なんか、もう少し夢見ても良くない?だってさ、夢見ないと……つまんなくない?」
親がいないという話を聞いてしまうと、彼は理想を抱くことをせず、理詰めで納得するに至ったということなのだろうか?
ともかく全てに理屈をつけて、納得するという形で終わっている彼の生き様は、ずいぶんと寂しいものなのではないかと思ってしまった。
「Shut up……とにかく、お前はもう少し欲をもて。欲がなければ、生きる意味などない。その欲が愛でも金でも、それ以外でもいい。
まあ、今後に期待だな。その片鱗が見えたのだ。良しとしよう。」
「なんで上から目線?いつからあたしの保護者になったのよ。」
「ご主人様の間違えじゃないか?」
「養ってるのあたしなんだけど!」
くああと欠伸をして返事をする。
話を聞け、と内心で思いながら肩を掴みぶんぶんと振るが、全く効果はなさそう。
淡々とした口調で、悪びれもせず言葉を紡いでいく。
「しかしお前は幸運だ。金では買えない平穏を保証されたのだ。有難く思え。」
「ってか、金が欲しいなら働け!あたしの食費に貢献しろ!」
すぐ背後の棚から、ヤケクソで本を取って夕紗の前に置いた。
とにかく難しそうで、内容量も多いものだ。
「そんなに難しい話が好きなら、これでも読んでたら?」
その本は、17世紀の天才・パスカルの遺稿集である『パンセ』だった。
「哲学書……ふざけおって、一番嫌いなジャンルだ。」
ピンポンパンポン
「む?」
「校内放送--」
『想矢 未咲輝さん、想矢 未咲輝さん』
「!」
「え……?」
『至急、職員室に来るようにお願いします。繰り返します--』
校内放送により呼び出された名前は、自分の名前。
今日出席していない、自分の名前だった。
スマホに電話はかかって来ていない。
かといって、親からも連絡はない。どうやら親への連絡はいっていないのかもしれない。
そうなると、あたしが今日学校に来ていると確信して放送しているってこと……?
「おい、今の……」
「なんで……あたし、今日クラス行ってないのに。」
未咲輝は駆け出して、司書室に入った。
「司書さん、今日学校に行ってること伝えた?」
「いいえ、そんなことは。」
「じゃあ、貴様が告げ口をしたとかか。」
後ろからゆっくり歩いてきた夕紗が茶化すではなく、挑発するように尋ねた。
「滅相もない。わたしは今日、司書室から動いてもなければ電話も使っていません。それに今日は誰も図書館前の廊下を歩いている方はいませんでした。」
「ほォ……」
「ここも全学部の教室や講義室とは別棟にあるから、放課後とかじゃない限り誰かも来ないはずなのに。それに今日は誰も図書館に来てないじゃない……!」
そんなことを行っている間に、少々図書室の外が騒がしくなってきている。
思わず視線を廊下の方へ移すと、ちょうど図書館が開かれた。
勢いよく開かれた扉の向こうから、とうとう見たことある顔が確認出来た。
赤い髪を靡かせて、彼女は取り巻きを連れてここに来た。
「なにさ、学校サボってこんなところにいたの?」
「!」
司書室に勢いよく入ってきた彼女は、昨日のような軽薄な様子はなかった。
「早くしろよ、先生が呼んでる。」
告げた言葉にドッと脂汗が吹き出した未咲輝。
「クッ、よかったではないか。迎えが来たぞ。」
「なんで、ここにいるって……」
夕紗が茶化したつもりで話したが、もう未咲輝にそんな余裕はなかった。
それを察したのか、夕紗は未咲輝に手が出されないよう、スっと前に出ていた。
「何の因果か、またお前の顔を見ることになるとは。」
「!てめえ……!」
「図書館では静かにしたまえ。Be quiet, 英語はわかるか?……まあいい、貴様らもずいぶん暇そうではないか。まさか貴様のような跳ねっ返りが、わざわざここまで来るなぞ。」
「……」
彼を見た彼女の目に火が点る。
「なにか裏があるか……なんてな。どちらにせよ。」
首に下げていたVRゴーグルに手を当てて、夕紗は戦闘態勢に入った。
いつでもVRゴーグルを装着出来るように、いつでも銃を構えられるように。
「用があるなら、私が聞こう。Lady,」
臨戦態勢の夕紗を見て、取り巻きも構えた。
「関係ないわ、邪魔よ。」
「話を聞く耳は無いのか?邪魔だと言われて退くと思うか?生憎、私は貴様のように女王へ尻尾を振って命令を聞くこともしなければ、弱いと見定めた者に威張り散らすこともしない。私が邪魔と言って立ち去る人間に見えたのなら、残念だったな。さっさと尻尾を振って、愛しの女王の元へと帰るがいい、"飼い犬"。」
「相ッ変わらずきめェ……!」
彼女の拳から火が吹き出した。
「昨日のようには、油断はしない……!」
「これから負ける奴の言うセリフだが、」
「イグナ--」
「その前に--」
夕紗が飛び出し、彼女の顔をガっと掴むと、そのままそばの窓から外へ向かって、彼女をぶん投げた。
「図書館で火を使うな貴様!」
パリンという音を立てながら、割れたガラスが落ちていく。
「お前、そばにいろよ。この者共を相手取っている時に、他の者共がお前を狙われると面倒だ。」
「う、うん。」
「おい、貴様はどうする。」
夕紗の視線が司書先生に向いた。
「そうですね、足でまといにならないよう早々に避難させてもらいますよ。」
「そうしろ。」
司書はそう言うと、そそくさと後ろの扉から出ていった。
「なるほど、貴様ら全員"
「ねえ、"
「お前も言っていたではないか。"
「ファンタジー……?ああ、うん。ここにいるのだけじゃない、あんたが来たあの教室にいた皆が
「ぬ?
「……?どういうこと?」
「いや、いい。そうか、次からはお前にも分かるように話すとしよう。」
「風よ舞え……ウェンズデーウィンド!」
「無意味」
夕紗がスっとVRゴーグルを着けると、二丁拳銃を持つように構える。
「
「空気が風に敵うわけ--」
「遅い。」
パァンと風が炸裂するような乾いた音が響いた瞬間であった。
そのまま宙へ飛ぶと、今度は両手でひとつの銃を持つように構える。
「
一斉に弾丸が散弾銃のように全員に当たり、全員が倒れた。
「弾速に言葉が敵うわけなかろう……見たか。」
ドヤ顔には見えないが、ドヤ顔しているんだろうなって分かる。
……褒めろと?
……犬か。
ってか……こ、殺してないよね……?
「ちょ、ちょっと--」
「案ずるな、殺してはいない。お前の"希望通り"にな。」
「いや……」
(当たりどころ大丈夫、なのかな……?)
気にしていると覗き込むように顔を伺ってきた。
「なら殺すか?」
じっと見つめて、こう言った。
あたしの顔のどこを見て殺して欲しいと思ったんだこいつは。
そう思ってはっきり顔を見たが、突っ込む気は失せた。
「いや、いい……」
にやりと口元を歪ませた夕紗を見て、思わず引き気味で首を振ってしまったのだ。
それを見た夕紗は不思議そうな顔を浮かべて、首をすくめていた。
「……おかしな奴だ。お前は虐められた側だろう。なぜやり返さなんだか。」
「やり返したいって思ってても、そんなの怖くて出来ないし。それにそこまで--」
「悪いが話に付き合うのはここまでだ。主犯がお怒りだ。」
ビクッと思わず身を震わせてしまう程に血走った目をした赤髪の女がいた。
彼女が放つ火は、今までに見た事がないほどに燃え滾っていた。
「出るぞ、本が燃えては敵わん。」
「でも--」
「仮にこの建物が崩れた時、中にいるのは好ましくない。それなりの火力ではあるということだ。」
「でも--」
「お前も変わる時だ。いじめる相手にちょっとばかし堂々としろ。悪いことはしていないのだ。」
「……。」
そんなこと言われても、というのが本音だ。
どんなことを言われようと、どんなに鼓舞されてもいじめられていたという現実は変わらないし、心に負った傷が和らぐこともない。
厄介なことに、それは恐怖となってこびりついているため、どれだけ自分が正しくても、立ち向かう勇気は既に折れているのだから。
いじめていた相手の前に堂々と立ってみせた上で、睨みつけるなんて、そう簡単に出来るわけが無い。
「安心しろ。何かあってもお前は私が守る。」
「……うん。」
どんな建前よりも、どんな励ましよりも、この言葉が一番安心出来るのだから不思議なものだ。
誰かが味方でいてくれるというだけで、ここまで心強いものなのか。
一番欲しい言葉をもらえると、勢いでやってみようという気になるのか、はたまた気持ちより先に行動が出るのか。
そんなことは知らないが、一人じゃない。
一度は出来たことなんだ。
今度はただ立って言いたいことを言うんじゃなくて。
睨みつけて煽ってやろう。
「う、ウワアアアアアアアア!」
ぜ、前言撤回……
なんか、ヤバそうじゃない……?
ボオッという音が聞こえるほどの炎の揺らめきを肌身をもって感じた。
そして、それが直に触れた時のイメージがスっと脳内で再生され、頭の中の自分が死んだ。
自ずと確信した。
あ、少しでも触れたら、死ぬ……と。
「む……?」
思わずといった様子で、夕紗はVRゴーグルを外し、目を細めて赤い髪の女を見た。
火力はどんどん増していく。
「あ、ああああああああああ!?」
なにあれ、どんどん火の手が……
その炎は、彼女の背後で鬼のような形相をしており、叫ぶような顔つきになると、さらに炎の勢いが増していった。
火の粉が自転車置き場微かに当たった。
たった一瞬で火が点り、ごうごうと燃え始める。
すると瞬く間に炎が燃え広がり、自転車置き場の屋根が音を立てて崩れ落ちた。
「え……やば、くない……?」
「
「え……急に何、その単語……!?序盤で訳わかんない言葉ばっか出てくる不親切なRPG!?」
「RPG……?まあ、いい。」
「ちょっと説明して!」
しぶしぶといった様子で、彼は言葉を続けた。
「……
一番の特徴は自我を失うことと、能力が異常なほど強力(パワーアップ)することだ。
自分の
「長い解説どうも!で、止める方法は……どうしたの?」
考える素振りを見せる夕紗。
それを見て、何か止める方法でもあるのかと、心のどこかで期待してしまっている自分がいる。
やがて、顎に当てた手をおろし、彼はあたしにこう言った。
「むう……展開的に随分早くないか?こういう、その暴走というのは--」
「言ってる場合かあ!何とかしないとここ火事になっちゃ--」
「分かっとる!本を燃やさせてたまるか!」
「校舎の心配しろ!」
期待したあたしが馬鹿でした。
未咲希の顔を見て、やれやれといったように手を上げて「お手上げ」のジェスチャーを露骨に見せると、夕紗はVRゴーグルを再び装着した。
「丁度いいと言うべきか、はたまた運がいいと言うべきか。まあ少なくとも、貴様にとっては運が悪い以外の何物でもない……全く、運の悪い
銃をクルクル回す、ガンスピンのような仕草で指を遊ばせている。
「生憎、私は腹が減っているのだ……さっさと終わらせるとしよう。」
「ちょっと!」
夕紗が頭を狙っていることに気づいて、思わず彼に詰め寄り、声を上げてしまった。
「なんだ……?」
「止めてあげて!」
未咲希の言葉に思わず首を傾げてしまった夕紗。
全くもって彼女の言っていることが理解出来なかったからだ。
「……お前を虐めた相手だぞ。それでも、助ける必要があるのか?」
「うん。後味悪い終わりなんてクソ喰らえだわ。」
「……全く、面倒な。高くつくぞ。」
「お願い!」
(即答……か。一体この女の心の広さはどこから来てるのか……)
「よかろう……では、力づくで止めるか。」
熱風に当てられながら、手を銃を持つように構える夕紗。
にやりと口元を歪めながらも、獲物を見定めたような野性的な瞳で赤髪の
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