第5話 力づくで『依頼』させてやろう
「力づく!?だ、大丈夫なの?」
「暴走にはそれを上回る力で抑えつけて、気絶させる他ない。他に方法があったとして、悪いがこれしか方法は知らぬ。」
「た、頼んどいてなんだけど、あんた……あんなの相手だけど、大丈夫なの……?」
「何を言う。お前、今まで私の何を見てきたのだ阿呆め。」
銃を持つように、両手を構え、相手を見据える。
「案ずるな。片手間で終わる。」
姿を消したかと思ったら、瞬時に真横へと移動していた。
「
夕紗は両手をトリガーにかけるような構えから、クッと引き金を引く仕草をした。
一回きりではなく、複数回。
すると、空気弾のようなものが勢いよく射出され、
「成程成程、十分効くな。」
「!?」
炎を貫通して彼女の腕に当たった。
すると、赤髪の女が纏う炎の鬼の驚いた表情が、一瞬垣間見えた。
本来、意思などあるはずのない炎がリアクションをするなんて……
こんな状況ながら、夕紗にはそれが面白く見えてしまったのか。
彼は思わずといったように、笑みをこぼすのだった。
「戸惑っているのか?弾丸は空気ではないのかと。弾丸が空気であるならば、何故火力が増さないのかと。」
「うがあああああああ!」
「そう怒鳴っても、タネは教えぬぞ。っはは、タネを教えては
「あはっ!あはははじゃあばばばばばば!」
鬼が火炎放射を吐くが、まるでサーカス団のような背面跳びで躱し、吹き出した炎の弾丸も
そして、未咲希を守れる距離を崩さずに、銃を構えるように手ををする。
「うむ、やはり意識のないただの暴走ほど楽なものはないな。何も考えず、本能のままに感じた通りに動けばいいのだから。」
「イグナイト……」
「む?」
「
鬼は大きな蛇へと化し、それはヤマタノオロチのように8匹に分裂していった。
『シチチチチ……ジェラァ!』
「これは良くない……!」
全方位に向けて攻撃を行おうとする大蛇の群れの一方向に向かっていった。
「あ……!」
未咲希のいる方向だ。
未咲希を庇うように正面に立ち、それぞれの手に持つ"
だからこそ、正面の炎はかき消せなかった。
炎の大蛇が夕紗に直撃した。
同時に、炎の大蛇の群れは校舎以外の周囲に着弾した。
"
「くっ……!」
「あんた!」
攻撃をくらった夕紗に駆け寄り、思わず声を上げる。
だが夕紗はそれを制し、後ろに回るよう彼女の肩を掴んだ。
「心配はいらぬ。お前に『校舎の心配しろ』と言われたからな。それに従ったまでだ。」
「……!」
え……じゃあ、あたしの願い……ちゃんと聞いてくれてたってこと……?
ちょっと見直すんだけど……
なんだ、いいところあるじゃ--
「高くつくから有難く思え」
前言撤回。
人の好感度上昇を一瞬で0にしてるんだけど。
え、嘘でしょ。
これ以上あたしに何をしろって言うのよ!
……ここまで来ると才能ね。
「貴様相手にはこれで十分。」
まるで銃を見せるようなアピールをするが、彼の手には何も無い。
ただ、銃を持つように構えてるだけにしか見えない。
「今度はよく当てろ。そうじゃなければ、楽にやれる。そうじゃなくとも、楽にやってやる。」
「イグナイト……
まるで意思があるかのように叫んだ炎は、先程のようなヤマタノオロチの炎を繰り出す。
その蛇の頭は、蛇ではなく鬼であった。
『グオオオオオオオ!!!』
炎の威力をました鬼の頭を持った8匹もの炎の大蛇が、一斉に夕紗へ向けて飛びかかった。
全方位による攻撃ではなく、自分に向けて攻撃を放ったのだ。
「正面から来てくれるのであれば、易々と対処出来る。」
夕紗は瞬時にマガジンを入れ替える仕草を行うと、襲いかかる8匹の炎の大蛇に狙いを定めた。
「チェック。」
ドパパパパパパパパ!
丁度8発--
全てを鬼の額の真ん中に命中させた。
そして、怯んだその隙に、今度は片方の銃を堂々と構えた。
「
この弾丸は、特製の鎮静剤入りの弾丸。
麻酔銃とは別の、こういう用途にはもってこいである。
ドォン!
躊躇なく肩へ弾丸を放つ。
すると炎の勢いが弱まり、徐々に炎の鬼が小さくなっていった。
「っ……!」
「ほう、ようやく意識が戻ったか。」
「誰、だ……!?」
頭を抑えながら、そう答える様は言っちゃ悪いがまるで厨二病だ。
様子を見るに相当脳に負担がかかっていたと見える。
しかし、彼女に触らせまいと弱々しい炎の鬼が彼女を中心に炎の渦を巻き起こした。
「このまま自分の意思で
「え、」
「助けて欲しいかどうかを聞いてる。」
「……!」
初めて自分の身に
昨日のような強気な態度とは異なり、戸惑いしか見えない様子だ。
「どうする?このまま死んで、女王にも会えず儚く散っていくか?」
「女王……?」
「……む。」
「何バカなこと言ってんのよ!」
つかつかと夕紗の元へ詰め寄った未咲希が叫んだ。
「ほら、いいからさっさと助け--」
「分かった分かった。だが、助け方に関しては口を出すな。私のやり方に従ってもらおう。」
「ちょっと!」
未咲希は叫ぶも、夕紗は無視して話を続ける。
「その上で……どうする?プライドと報酬を投げ打って助かりたいのか、プライドを維持して得るものなく助からずにいるか。」
「た、助けて欲しい……です。」
「ほう、一応この状況は弁えているか……人に物を頼むのだから頼み方をと言いたいところだが……まあ、いいだろう。貴様を救ってやる。救ってやるから対価をよこせ。」
「な……!?」
「あ、あんたこんな時まで--」
ああ、でもそうだ。
この男は平気でそれをする男だった。
あの時だってそうだ。
今にも死にそうだって、落ちそうだって言ってるのに、対価を聞くまで助けようとしなかった。
「今の貴様は、私に一体何を差し出せる?」
「あ……う……」
「それを考えておけ。対価は必ず頂くぞ。」
襲い来る炎の弾丸をいとも容易く当ててみせると、今度はもう片方の
もう狙いは定めてある。
「チェックメイト」
目に見えないトリガーを引いた。
「
次は先程とは逆の肩に上手く当てた。
その瞬間、赤髪の女から炎が消え、膝から崩れ落ちて倒れた。
「Done, 終了だ。」
VRゴーグルを外して、軽く深呼吸をし、一息をついた。
「げホッげホッ、全く手間をかけさせる。」
「す、すご……」
口を挟むことも出来ず、思わず見てしまうほど鮮やかに倒してしまった夕紗。
未咲希はポカンと口を開けていることに気づかないほどであり、本来であれば赤髪の女が操る炎に怯えていたであろうが、それ以上の衝撃を夕紗から受けてしまっていた。
「どうだ、少しは見直したか?」
「う、うん……」
ドヤ顔であろう顔をして問いかけてくる彼に対して、取り繕うことなく素直に答えた。
取り付く島もなかった。
それほどまでに、今の彼も……いや、今の彼は一際輝いて見えた。
自分がちっぽけに見えてしまうほどに。
「ならよし。これでお前のボディガードをするには、いい人材であると分かってくれただろう?」
「え……そ、そこまでしてまであたしのご飯食べたいの!?」
「……まあな。食わなければ死ぬではないか。全く、そんなことも分からぬのか。」
「分かるわ!現役学生馬鹿にするなよ!?」
ギャーギャー言っていると、夕紗はふっ笑った気がした。
夕紗はスっとあたしの口元に指を当てると、視線を逸らした。
彼が視線を向けた先には、倒れた赤髪の女。
「丁度いい。」
夕紗は倒れた赤髪の女の元へと歩み寄った。
「おい貴様……」
「助けて、くれて……どうも」
「礼を言う相手は私じゃあない。貴様がいじめ、殺そうとしたあの女だ。」
赤髪の女に背を向け、彼女の方を見る。
「まさか、いじめで人を殺すつもりはありませんでした……で、済まそうとしてるんじゃあないだろうな。」
「ひっ……」
視線を戻し、見下しながら睨みつける夕紗に赤髪の女は怯んだ。
動こうにも、抵抗しようにも、もうそんな力は彼女には残っていない。
「やったのはお前だ。やられる覚悟どうこうじゃない、貴様にはやった事実だけが残っている。いじめはやった側の自覚がないとは、よく言ったものだな。場合によってはここで殺そうかと考えているんだが……どうするか。」
悩む素振りを見せるが、彼には全く悩んでいるようには見えない。
どう考えても"フリ"であったことは明確であった。
だが、赤髪の女にとってはそれが怖くて仕方がなかった。
動く気力もない……蛇に睨まれた蛙のように、ただ死を待つことしか出来なかった。
「この場で私が引き金を引くことは簡単だ……しかし、引き金を引く役目は……私じゃあないな。おいお前--」
「なに?」
そう言って、夕紗は未咲希にあるものを投げた。
「……どうする?」
夕紗が懐から取り出し、投げ渡したのは……たった一丁の銃。
「ちょ、ちょっと……これ……」
「お前は……五体満足でいられているどころか、今生きていられること自体が正に奇跡といっても過言では無い。それほどまでの仕打ちを、長い間受けていたのではないか?初めて会った時は屋上で落下死直前、二度目はこの女に燃やされそうになっていたな。過去にそれ以上の仕打ちがあったかは知らぬが、お前が精神を痛めつけられ、心を病み、いつ自殺してもおかしくなかったのは事実……お前には復讐を成し遂げる権利があるのだ。」
「あ、あんた……」
か細い声を発し、渡された銃をギュッと握る。
散々いじめ抜き、殺すところまで痛めつけられた記憶が蘇る。
手が震える。
たった一発。
たった一発の銃弾を、この女の脳天にぶち込めば、今までの報いの第一歩目を踏み出すことが出来る。
実行犯に向けて、自分の痛みをたった一発で終わらせることが出来る。
これで、あたしの人生で受けた痛みを、たった一発で返すことが出来るんだ。
手が震える。
震えに任せて銃口を向けた。
しかし。
しかしだ。
次に彼女の口から出た言葉は、夕紗の想像の斜め上を行ったのだった。
「銃刀法違反って知ってる?」
夕紗が未咲希と出会ってから、初めて呆気に取られた顔を見せた。
思わず未咲希が、「あ、今の顔面白い。」と口に出してしまったほどには素っ頓狂な顔であった。
「……おい、そこか?今はそのような話では--」
「何言ってんのよ!」
「む?」
呆気に取られていたためか、ダメ押しのように未咲希の言葉に疑念を抱いた。
尚更、彼女が分からなくなってしまったといった様子だ。
彼女の手の震えはもう治まっており、自分も意思で手を動かし、
「人を殺せる物渡しといて、そんな平然としてんじゃないわよ!」
「う、うむ……」
「ほんっともう……!」
ため息を吐く未咲希が分からず、思わず夕紗は戸惑ってしまっている様子を見せる。
「あたしは……」
未咲希は渡された銃を見る。
初めて見る銃は、教科書やテレビ、ゲームで見る以上に黒く、繊細であるような気がした。
初めて手に持つ人を殺せるアイテムは、想像以上にズシッと来るような重さがあり、命の重さを体現しているような気さえしたのだ。
意識がはっきりしている今だからこそ、そう感じた。
「罪を憎んで人を憎まず。あたしが嫌いなのはいじめ。人じゃない……怖くは、あるけど……」
「……。」
「……それに、助けておいて殺すのが対価……!?」
「意識ある方が、自分の行いを悔いながらあの世へ行けるだろう。」
「馬鹿!痛い思いさせて相手をどうこうしようなんて……悪魔のやることだわ。あたしは……
未咲希は渡された銃を、改めて見つめる。
そしてそれを地面に落とすと、銃を勢いよく踏みつけた。
「……壊せなかったな。」
「……う、うっさい……。」
呆れてものも言えないとはこのことだろう。
それを体現するようなオーバーリアクションを見せると、代わりに夕紗が踏みつけて壊した。
「はァ……ああそう、そうか。……私がお前の立場であれば、彼女を殺しているところだったが……この女の広すぎる心に感謝する事だ。」
「そっ、そうよ!……あ、あたしに……か、感謝しっ、しなさ、ささい!」
指をさして、腕を組んで震える声でそう告げる。
精一杯の強がりであったのは自明であった。
「……甘い、甘すぎる……甘すぎるにも程がある……生クリームを塗りすぎたケーキ並に甘すぎる……」
彼女と赤髪の女に背を向け、夕紗はぼやく。
呆れているのか、それとも別の感情を抱いているのか……本人のみぞ知るというものではあるが。
そして、夕紗は向き直ると、赤い髪の女へと指をさした。
「ふむ。では改めて、先程の対価の話をしよう」
「た、対価……」
「そうだ、先程言っただろう。『貴様を救ってやる。救ってやるから対価をよこせ。』とな。」
「で、でもお金は……」
「……そうか。確かに、今思えば報酬に金を狙うのを学生に期待しても無駄か。」
「か……家族に無断でお金は使えない、から。」
「なぜそこは律儀なのだ。なぜ先程のような強気にならないのだ……」
「まあいい、ではそうだな……よし、決めたぞ。」
そう言うと、夕紗は未咲希の方を向いた。
「あの女を守ってもらおう。いつ無くなってもおかしくなかった命だ。あの女の命を一番にしてもらう。……いなくなっては、私が食にありつけぬのでな。」
「あ、あの……」
「態度で示せ。それ以外、私は興味無い。」
その重さは、朧気ながらも理解していた。
裏切り者となり、自分を嫌っているであろう相手のそばにいて守れというのだ。
これ程までに精神的に辛い報酬はないだろう。
これから一番大変になるのは、彼女なのだから。
「あんた……」
「不服か?」
未咲希は理解していた。
自分が安全に学校に通えるよう計らったこと。
自分の味方を作らせたこと。
彼がいない時に自分に何かがあってもいいようにしたこと。
他にも理由があるのかもしれない。
そんな彼の不器用な意図を直感してしまった。
だからこそ、首を振った。
「ううん。あんたとあの子の話し合いでしょ。あたしが言うのは野暮だもの。」
「そうか。感謝しろ。」
「そこは『感謝する』じゃないの……?」
そんな一言まるで聞こえていないかのように、ある方向へ視線を向けた。
図書館の方だ。
「……おい、見ているだろう。」
「おお……いつから気づいていたんだい?」
「最初からだ。」
そこから出てきたのは図書館司書。
避難すると発言していたはずだが、図書館の二階から顔を覗かせていた。
「手間をかけるが、この状況……何とかごまかしてくれ。」
「そうさせてもらうよ。君たちはただ本を読みに来ただけ。そして彼女たちは図書館で突然暴走した。それだけだね。」
「うむ、そこに倒れている奴等も任せる。」
「ああ、何とかしよう。」
「騒がせたな。失礼する。」
「また来なさい。」
「お言葉に甘えよう。」
背を向けてその場を立ち去る。
その時、夕紗は思い出したかのように足を止め、赤髪の女の方を向いた。
「そうだ、最後に--」
「……。」
「貴様、なぜ暴走したかに心当たりは?最近貴様の身に心当たりは……」
ただ首を振るだけだった。
「ない……か。まあいい。帰るぞ。」
「え。か、帰るの……?」
「元々サボるつもりだったものを。今更何を言う。」
「うん、まあ……たしかに。」
「それに、今去らなければあの女以外の追っても来るだろう。今の今まで来なかったのが、ある意味奇跡だ。余程図書館にいるとは思われていないらしい。」
学校を背にして、校門を出て行く。
騒がしいはずの学校が、不気味に静かに見える。
しかし、今の2人にとっては全くどうでもよかったのかもしれない。
「まあ、そんなことよりも腹が減った。」
「まだお昼じゃないでしょ。少し我慢しなさい。」
「む……運動したから、"お腹減った"……なのだが……」
「分かったわよ……じゃあ、どこか場所を探して食べましょ。」
「うむ。それがいい。それで、どこで食べるのだ?」
「……家。」
「……場所を探すという言葉の意味を知らぬのか……?」
「いいの。今、今日は休むって決めたから。……今更出ても変わらないでしょ。」
「知らぬぞ、落第したとしても。」
「誰のせいだと思ってるのよ。」
「お前自身以外の何物でもないだろう。」
「キッカケはあんたよ!」
やいのやいの会話しながら、学生が誰一人いない通学路を二人で帰路にしていく。
一方は、お腹が減ったという理由。
もう一方は、学校を避けるという理由。
全く異なる理由を持つ2人は、ひとつの目的のために、共に道を歩んでいた。
========€
「この件は報告するとして、さてこっちは報告するべきかどうか……」
そう言いながら見ていたのは、"来訪者記録シート"。
「巌影.......巌影ねえ。」
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