第2話 助けた理由

 


「ど、どうして……」


 呆気に取られた口から、振り絞られたように出たか細い言葉。


「おい女。帰るぞ。」


 彼は付けていたVRゴーグルを首まで下ろすと、ゆっくりと窓際から降り、あたしの腕を掴んで教室から連れ出した。


 女王かのじょの姿が見えなくなった瞬間、氷の妖精は消えてしまった。


「か、帰るって!」

「阿呆。お前、私の昼食を忘れていたな。」

「あ……」


 わ、忘れてた……

 朝の分作って満足しちゃってた……!

 っていうか朝飯用で作った分、もう食べたの!?

 確かに朝飯として作ったけど、それでも結構な量作ったと思うんだけどな……


 って、そうじゃない!


「今それどころじゃ--」

「知らん。学校でのいじめに興味はない。」

「でも--」

「くどい。」


 彼は足を止めた。

 そして振り返って、あたしに指さして言ってのけた。


「そもそもお前はいじめられている側だぞ。胸を張って堂々としろ。いじめは悪ではないのか。"いじめ"という体のいい言葉に守られた犯罪だろう?その証拠を抑えて、お前がやり返せばいいことだ。それは帰ってからでも出来るだ--」

「出来ないよ!」


 階段の踊り場、普段は人の通りで賑わうこの場所がたった2人の空間。

 彼女の溜まり溜まったものが叫びとなってこだました。


 "出来ない"

「いじめられるからやり返せ。」ではない。

 理屈で解決出来ないから苦しいのだ。

 他者は言うだけで、助けてくれる訳じゃないから。

 自分一人で解決出来るなら、苦労しない。


「それが出来ないからいじめが続いているの!そんなことする勇気すらないのよ!怖いのよ!あんたにそれがわかる!?分かっても、そんな『体のいい言葉』を言って終わりでしょう!?」


 叫び切ると、息を切らしながら涙を拭う。


「簡単に……言わないで。」

「ふむ、なるほど。では、第三者の私が口を挟むのは野暮というものか。」

「……」


「来い女、行くぞ。」

「ちょ、ちょっと!」


 来た道を進むのではなく、来た道を引き返したのだ。


「ならばこうする。第三者の私が口を挟むのではない、第三者が直接介入して力づくで解決してみるとしようではないか。」


 いくら何でも無茶苦茶過ぎる!


「待ちなさい。」


 目の前から呼び止められる声がした。


「その女をどこに連れていこうというの?」


「人聞きの悪い。お前たちが望んだことだろう。『邪魔だから消えろ』と言っていたではないか。その願いを叶えてやろうというのに、何たる言い草。」


「じゃあ言い換えるわ。」


 赤髪の女が女王を守る騎士のように前に立つ。

 そして見下すように、ビッと指さした。


「お前も、邪魔。」


 それを聞いて、彼の口角はニッと上がった。


「なるほど。確かに私は学校の関係者じゃないな。」

「言ってる場合!?」


 ツッコミとかではなく、本心である。

 だって、このままじゃ"彼"が死んでしまうから。


「女王、私がやってもいいだろう?」

「許可します。」


 白の女王の前に、赤い髪の女が前に出た。

 周囲に人がいるにも関わらず、たった一人で前に出た。


「イグナイト」


 火種が無いにも関わらず、燃え盛る炎が突如として彼女の周囲に現れ始めた。

 ごうごうと勢いを増すその炎は、やがて大蛇を模していく。


「なに.......あれ.......」

(初めて、見た.......)


 やがてその火炎大蛇は、あたし達に向けて咆哮した。


 ガラスが割れ、周囲に火が燃え移っていく。


「幻想の……力……」


 そう、ここは幻想組。

 "幻想"のを持つ生徒が集まるクラス。

 素質"があれば入学できるが、その"力"を扱えなければ冷遇される。

 幻想組で能力能力ちからが使えないのはあたしだけ。

 そうなると、"冷遇いじめ"の対象になったのは必然だった。


 逃げ出せばよかったかもしれない。

 でもそんな勇気もなかった。

 中途半端な"辞めたくない"って気持ちだけで、ずっと頑張ってきた。

 辞めたら、普通じゃ絶対に入れない、本当の意味での日本で一番の学校に入れたんだ。


 そんな意地は、死ねば一切消えてなくなるものなのだと、本当の意味で思い知った。


「逃げて、」


 震えるか細い声で、あたしは彼に告げた。


「何故だ。」

「狙いは.......あたしだから。」

「阿呆、震えているではないか。強がってどうする。」


 全身が、恐怖で震えていることを身をもって知った。

 今までなんとかなるって信じて、昨日みたいに"生きること"にしがみついていた事が信じられないほどに絶望しているのだと思い知らされたのだ。


 そんなあたしの顔は一体、どんな顔をしている?


「全く。.......そんな顔をするな。」

「え?」

「喜べ。私は恩には報いる男だ。」


 彼はそう言いながら、笑ったように見えた。

 こんな状況なのに、笑って見せたのだ。


 首にかけていたVRゴーグルを再び装着した。


「私たちが死ぬ幻想を見るような奴らには、現実を見せてやればいい。簡単だろう?」


 彼はそう言うと、二丁拳銃を持つように構えた。


空気銃エア・ガン


 火炎大蛇は大口開けて、彼に向かって襲いかかる。


「貴様にひとつ言っておく。私は見下されるのが嫌いでね。」


 その瞬間、火炎大蛇は飲み込もうとして.......止まった。


「嘘……」


 バシュン


 その風切り音が、現実を突きつける。


「力量が下なら尚更な。」

「な、なんで……」


(そもそもどこから撃っている!?だとしてもこの威力はなんだ!?)


「ふむ。言っただろう、力量が下だと。」


 ヒュオッ……!


 銃声は鳴らず、そのまま彼女の肩を貫いた。

 彼女の肩は銃弾による穴が空いたが、それにしては銃が見えない。


「げ、現実組……なのか……!?」


 その発言をした周囲の取り巻きを、瞬く間に両手の空気銃エア・ガンで仕留めていく。


(速い……速すぎる!早撃ちなんてレベルじゃ--)


 即座に無力化し、そのまま赤い髪の女の首を掴み、持ち上げた。


「……離せ!ちくしょう!……てめえのやった事は許されるものじゃねえ!死に値するものなだ!」

「やれやれ、品のない。もう少し頭の良さを感じさせる悪口を言ったらどうだ?例えば……そうだな、『育ちの悪い、他者を見下すような愚か者め。生を謳歌する前に息絶えるが良い……』とか。殺す側も思わず風情を感じるような言葉を言ってみたらどうだ。気は変わるかもしれんぞ。」

「な、に……?なんなんだ!なんなんだよ!」

「私が国語の先生なら答案にはゼロと記載する答えだ。」


 彼が目に見えない銃口を赤い髪の女へと向けた。

 その銃口は、静かに頭を捉えている。


「ダメ。」


「なんのつもりだ?」

「.......あんたが……手を下す必要はないよ。」

「じゃあ、お前が手を下すか?」


 彼にそう言われ、思わず赤い髪の彼女へと視線が移る。

 だがそれでも、唇を噛み締め、言葉を噛み殺した。


「.......手を下したら、こいつらと同じよ。」

「ふむ。」


 彼女の目付きを見て、男は目に見えない銃口の射線を外すと、別の方へと銃口を向けた。


「さて。残りは貴様だけだな。」


 氷の女王だ。

 女王は動じることなく、こちらを見据えていた。


「試してみますか?」

「無意味だな。」

「なぜそう思うのです。」

「100対0で私の勝ちだ。目に見える勝負が過ぎる。」


「冗談は辞めた方がいいかと.......」


「冗談に見えるのか?」


 シュゥウウ……


 彼女の肩に、何かが掠めた。

 彼女の肩から、ジワッと血が滲む。


「どうだ、外してやったぞ。」

「どうだじゃないわよ、何してんの!」

「今のを当たってから気づいたのであれば、私に勝てる見込みは無い。」


 それでも動じることがない、女王。


「力ある貴様が、なぜ故にこの女に執着するのか分からんな。」


 そんな彼女に、男は問う。


「なぜ、そこまでに余裕が無い?」


「そう見えますか?」

「見えるな。当ててやろうか?その理由。」

「理由もないのに当てると言われても--」

「恐れているのか、この女の潜在能力を。」


 ピーン……

 空気が一瞬張り詰めた。

 初めて、女王との会話の間に空白が生まれた。


「何の事でしょう?私は無力は罪だと断じただけ。」

「では無力が罪だと決めたのは誰だ?貴様の口から言えるのか。」


 ……

 再び、空気が張り詰めた。

 今度は刹那などではない、しっかりとした静けさであった。


「まあ、私が知ったことでは無いが。」


 助け舟を出すかのように答えた彼の口元には、女王の上に立つ余裕の笑みが見えた。

 彼は銃を構える手を下ろし、彼は想矢を抱き抱えると、廊下の窓を開けた。


「ふむ、逃げるぞ。」

「え?」


 彼女が驚く間もなく、彼は外に飛び出した。


「君たち、一体何をやっている!」


「先生!この男が--」


「男?どこにいる。今日男子は全員出席して、席に着いているだろうに。」


「--!」


「それにしてもまた壁壊して.......」


 パチンと指を鳴らすと、その壁は元に戻っていった。


「一体どこの誰がやったんだろうねえ.......」



 ========€



「う、うわ……うわ……!うわ!」


 人生で初めての空中浮遊を、出会って間もない男にお姫様抱っこをされながら行うなど、一体どうやって想像できただろうか。

 あたしはソフィーとは違うのだ。


「っていうかちょっと!なんであたし連れ出すの!学校サボったことになるじゃん!」

「私の飯を作ってもらわなければ困る。」

「優先順位はご飯の方が上!?」


 はァ……とため息を吐く


「……あのさ。」

「なんだ。」

「……ありがとね。」

「本当になんなのだ、突然。」


 藪から棒にという表現がピッタリの、お礼だった。

 それはそうだ、今の今までこうやって彼女は礼を


「いや……もうこれで終わりか、って思って。」

「終わり?何がだ。」

「だってこれであなたとの契約も終わりでしょ?」


 昨日助けて貰ったお礼は朝食分だし、今助けて貰った分はこれから作るし……


「何を言う?」

「は?」


 素っ頓狂な声が反射的に出てしまった。


「お前には今後も"食"を作ってもらわねば困る。」

「え、ええええええ!?」


 抱かれながら、思わず大声で叫んだ。

 あからさまにうるさいと言いたげな顔をし、彼は言葉を続ける。


「当然だ!いつ1回だけと決めた!私が一度でも--」

「??」


 あまりにも訳が分からないという顔をしていた想矢に、彼はため息を吐いた。


「諦めろ、対価なのだからな。恨むなら、助かりたいがためにその契約を結んだ昨日のお前自身を恨むことだ。」


 確かに、彼は一度きりとは一言も言っていないのだ。

 おそらく彼は、初めからそのつもりだったのかもしれない。


 開いた口が塞がらないとは、まさに今この状況のことを言うのだろう。


 私とこの人の付き合いは、もう少し続きそうです……


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