合言葉はI'm hungry! -助けを求めたらいじめから救ってくれたけど、見返りとしてご飯を要求してくるどころか、家にも居着いてとてもヒーローとは思えません-

蔵薄璃一

1章 出会い

第1話 欲望まみれのヒーロー

 

 平凡家庭育ち、スマホが友達、夢見がち。

 Yeah……なんて言ってる場合じゃない!


 三拍子揃った私の名前は、想矢そうや 未咲輝みさきって言います!


 冗談抜きでこのままじゃ……死にます!


 学校の校舎の屋上で一人、細い腕で壊れたてのフェンスにしがみつきながら、宙ぶらりんになっている。

 手すりはギシギシという音をたて、今にも壊れてそのまま彼女ごと落ちそうになっていた。


 そもそもなぜこんな状況になっているのか--

 簡潔に言うとイジメが理由である。


 屋上に呼び出され、色々あって屋上から突き落とされてしまったのだ。


 こんな時、ヒーローがいてくれればな……


 こんな状況なのに、つい余計なことを考えてしまう。

 絶望的な状況の中で、夢を見てしまう。

 現実から目を背けてしまう。


 その現実を教えるかのように、腕の痛みはどんどん強くなっていき、しがみつく手に力が入らず痺れていく。


 しかしこんな状況なのにも関わらず、何とかすることを考えるのではなく、自分が誰かに助けられることを考えてしまう。

 ……自分でもどうかしていると思える。

 しかし、こんな辛い現実を考えたくはない。

 ふと現実に戻ってしまうと、きっとこの辛い状況に、泣いてしまうから。


 泣かずにいるという、ゴミクズのようにちっぽけな自分の抵抗。


 いじめた本人がいなくてもその程度しか出来ない……なのではない。

 いじめた本人がいないからこそ、これだけの抵抗が出来るのだ。


 この状況に、この現実に……屈したくなかった。


「誰か、助けて……」


 思わず自分の思いが口に出る。

 落ちそうになってしまうからこそ。


 なんて、誰もいるはずのない校舎の屋上で。


 振り絞った声は誰にも届かない。


 だって私には、誰もいないんだから。


「Good evening, 助けて欲しいか?」


 声が……届いた。

 そう思わずにはいられなかった。

 届くわけが無い小さな声が、届いたのだ。

 堪えていた涙腺が緩みそうになる。


 しかし、しかしだ。

 この状況にしては、ずいぶん呑気な声である。

 私がこんな状況なのにも関わらず、焦ったようでもなく、不安そうでもない、ただただどうでも良さげな声であった。


 私を覗き込む彼の声に、私は力強く何度も頷いた。


 だが、はっきり言って声の主はもう"変"としか言いようがなかった。

 日本人でありながら瞳は青く、首元にはVRゴーグルがかけられていた。


「そうか。だが頼み方があるだろう?」


「はっ……?」


 そんな言葉を聞いて、思わず戸惑いと幻聴を疑うような気持ちが混じった声が出た。


「人に物を頼むんだ、土下座とかあるじゃないか。……しかし今のままでは、それも出来ないか。仕方ない妥協に妥協を重ねて、その状態でもいいから誠意を込めて言うがいい。」


 せ、誠意を込めろって言ったって……

 こんな状況で土下座なんて出来るわけ--


「お、お願いします。どうか私めをお助け下さい……」


 高校で習った古文の知識をフル回転して生み出した言葉だが、自分で言ってて惨めになってしまった。


「及第点だな。まあいいだろう。」

(はあ!?)

「お前を救ってやる。救ってやるから対価をよこせ。」

(はああ!?!?)


 耳を疑ってしまった。

 自分が言えって言ったから言ったのに!及第点!?

 しかも対価とか!人助けに対価とか!


 まあ、親切じゃない人といえばそれまでなんだろうけど……


「対価という言葉が分からないか?助けた場合の報酬だ。」

「報酬って……」

「見返りを求めているのだ。そうだな……まずは誠意だな。そして、私に利がある--」


 ギギギギィ……!


 という音ともに、壊れたフェンスが徐々に落ちかけている。


「わ、わ、わ!」


 ガシャンという音に思わず体を震わすが、彼がフェンスを掴んだおかげで壊れるのが止まった。


「もう……限、界……」

「おいおい落ちるぞ。」


 しかしそれでも、私がフェンスを離せば落ちてしまう状況に変わりはない。

 あとがない様子を分かりきった上で、この男は言っているのだ。


「で、報酬は?」


 口元を歪ませて笑うこの男……

 嫌だ

 しかし頼みの綱は彼しかいない。


 でも、お金なんてないし!

 見ず知らずの男に他に何差し出せって言うのよ!



 ギギギギィ……!



 ああ、もうヤバい……!

 もうヤバい……!

 もう落ちる!


 その瞬間、もう咄嗟に思いついたことが口に出た。


「ご飯は!?あんたのご飯、あたしが作ってあげる!」


「ふむ。」


「ふむ。」なんて言ってる場合じゃないでしょ!


 あ、無理だ。

 お、落ちる……


 とうとう手に力が入らなくなり、その手をフェンスから離してしまった。


 むしろいたいけな女の子の身でよくここまで、掴んでいられたよ。


 ああ……最後に見る顔があんなよく分からない男の顔だなんて……


 あたしの人生……なんだったんだろ。


 ……


 ふざけんな!


「いいね。」


 そんな声が聞こえた瞬間、自身の体がふっと宙に浮いたのを感じた。

 なんと!フェンスごと空を舞っていたのだ。

 そして、そのまま為す術なく落ちていく私を、彼は抱き抱えた。

 月の光に照らされたその顔は、青い瞳が一際輝いて見えた。


「いい加減、空腹でいるのも飽きてきたところだ。」

「い、いいの……?」

「何を言う、いいとも。誠意かどうかはお前でなく頼まれる俺が決めること。その必死さは嘘偽りない証拠だと分かったからな、充分だ。充分な誠意だ。」


 彼はそう言って口元に笑みを浮かべていた。


 それを見た後、私の意識は途絶えてしまった。



 ========€




 鳥の鳴く音が聞こえる。

 日差しが眩しい。


 ガバッと布団から飛び上がるように起き上がった。


「ようやっと起きたか。」


 イスに座っていたあの男だ。

 あたしを助けたあの男。

 VRゴーグルを首にかけ、イスに座ってこっちを見ていた。


「な、なんで……あんたがここに……」

「お前が寝たからだ。私にここまで運ばせおって。」


 彼は私に向かってあるものを投げた。


「あ……」


 学生証だった。

 学生証に記入していた住所を辿ってここまで運んだのだろう。


 ってことは……


「対価を払うと約束したであろう。」


 対価……

 体……!


 朦朧とする意識が、深く考えもしない結果、そう断定した。


「まさか私を襲ったり--」


「阿呆、契約外だ。自分で契約内容は言っていただろうに。そもそも、恩人に向かってかける言葉がそれか。」


 あ--


 意識がはっきりしていないとはいえ、愚かにもあたしは心にもないことを言ったのかもしれない。

 言葉を発してからそう気がついた。


 人によってはその程度だと思うことも、誰かにとっては痛みになる。


 いじめられていて知りきったはずの気持ちに、私が気づけなかった。


「あ、ごめ--」


 結局のところ、あたしもいじめる奴らと同じなのかもしれない。


「黙れ。私は寝る。いい加減に寝なければ、頭が働かぬ。」


 そして、あたしが寝ていたベッドに行くこともせず、彼は椅子に座ったまま寝始めた。


 ……もしかして、私が起きるまで寝ずに様子を見ていたの?


 気がつけば、あたしがフェンスを握っていてボロボロになった手には包帯が巻かれていた。

 さらには熱があったのか、頭には生ぬるい冷却シートが貼られている。


 ……


 あたしはこの空気に耐えられず、この部屋を出た。


 どんな形であれ、彼はあたしを助けてくれた。

 にもかかわらず、あたしは彼を疑った。


「あたし、ひどいこと言った。」


 あとでちゃんと謝らなきゃ。

 お礼もちゃんと言わなきゃ。



 --「いい加減、コンビニ弁当に飽きてきたところだ。」



 そうだ、対価!

 彼もそう言っていたじゃないか。

 自分の先程の言動に対して、後悔の念が強くなる。


 せっかくなんだ、お礼とお詫びも兼ねてしっかりと振舞ってあげよう。


 ……何を作ろうか。


 少しでも機嫌が良くなればいいな。

 助けてよかったって思ってくれたらいいな。




 ========€




「ほう、いい匂いがするな。」


「あ--」


 不意にそんな言葉が聞こえてきて、目が覚めた。

 料理を作った後に、休んでいたらそのまま寝てしまったらしい。


「これは……ふむ、なんだこれ。」

「味噌!あんた料理しないの!?味噌汁よ。あなたの分、ここにあるから。」

「むう……料理くらい……」


 そう言って、味噌汁やご飯、おひたしにメインディッシュは肉じゃが。

 それを軽く温めて、テーブルに並べていく。


「どうした。」

「……!」

「……お前、何に怯えてる。」


 その目は、あたしを見透かしているかのように、じっと見据えていた。


 なんで気づくの……?

 だって、だってただご飯並べてただけじゃん。


 どうして……あたしが、さっきひどいこと言ったかもしれないって気にしてることを気づけるの?


「……気にして、ないの?」

「なんの事だ。」

「……あたしが、あなたのことを……疑ったから。」

「ふむ……?……ああ、そんなことか。気にするな。とりあえず腹が減った。昨日から食べてないのだ。」


 まるで忘れていたかのような素振りだ。

 ……気にしすぎただけだったのだろうか。

 彼が優しいだけなのか。


 そう言って、「いただきます」もせず食べ始めた。

 不器用に箸を使い始めるも、こう言ってはなんだが、あまり箸の使い方は上手くなかった。


「美味い。」


 口を震わせて言う彼の食べる勢いがさらに強くなった。

 勢いよくご飯をかっこみ、味噌汁をすする。

 目に味噌汁の湯気が当たったのか、目の周りに水滴が見えた。


「美味い。美味い……!」


 気づけばおひたしを完食し、肉じゃがに手をつけて一口ごとに味わって食べている様子がうかがえた。


「お前は……食べないのか?」


 そう言われて、少々お腹が減ってることに気がついた。

 そんなに食べられる気はしないけど、少しならお腹は減ってるから……


「……そうね、私も食べようかな。いただき--」


 ご飯と味噌汁だけ持ってきて、食べようと手を合わせた。

 そして、流れるようにスマートフォンのホーム画面を見ると、デジタル時計は7:57と表示されている……。

 ぶわっと変な汗が吹き出すのを感じた。


「え、もうこんな時間!?」


 食べてる余裕なんてない。

 味噌汁を一気にグイッと飲むと、ご飯を下げて、急いで学校の支度を行う。

 さっさと玄関の扉に手をかけた。


「おいお前--」


「ごめん学校!おかわりならあるから--」


 さっさと靴を履いて、ドタバタと外へ出て行った。



「全く、そそっかしい……」




 ========€




「あ、危ない……」



 どうやら遅刻はたった今、確定したようだ。

 まだ講義室には着いてない。


 息を切らしながら、下駄箱を開ける。


 あ、下駄箱にイタズラされてない。


 この時点でもう、いつもとは違う感じだ。


 いつもだったら砂糖入ってたり、画鋲入ってたりしたのに。


 いつもなら入るのが苦痛だった講義室が、親に金を払ってもらっているからと義務感・使命感で入っている教室とはちょっと違う気分だ。


 起きてからの朝も、起きてからいる人も、登校時間も、イタズラも。気分も何もかも違う。


 勢い余って、既に閉まっている講義室の戸を勢い余って思いっきり開けた。



「なんで生きてるのよ……」



 ああ、いた。

 私は地獄耳だから、その呟きがよく聞こえる。

 よく見えるよ、あたしを落としたあの赤い髪の女を。


 こんな気持ちを持っていても、力がないばかりに何も出来ない自分が嫌になってくる。


 それでも、その勇気が踏み出せない、変われないのが人間だ。


「どうしてあなたが生きてるの?」


 一人だったらまだいいんだけど、こうやって囲まれると怖い。

 彼女の鶴の一声で、ここにいる一部の女生徒……いわば彼女の取り巻きが一斉に立ち上がって、あたしの周りを囲み始めた。


 白い髪の女王はピシャリと尋ねた。


「私の質問に答えて。」


「--」


 声は出ない。


 でも今日くらい。

 今日くらい!


「それは!」


 いつもと違う日くらい--


「それは……自分たちが、あたしを殺そうとしたって……認めるって、こと……?」


 ピリッ……


 ただでさえ緊張感漂うクラスの雰囲気が、張り詰めた。


「あら、ずいぶんな虚勢ね。」


 女王は静かに猫なで声でそう話す。

 女王は今日も美しい。

 虐められている側がそう言うのもなんだが、そう思わせる魅力を放っていた。


 その魅力に一際魅了されたクラスメイトが、私を取り囲んで逃げ場をなくしている。


 それほどまでに、彼女の美しさとカリスマは郡を抜いていた。


 だからこそ、抗わなければならない。


 だが、その一歩がでない。


 彼女の性格上、「どう抵抗するか」を考えるのではなく、想像と理想が思考を邪魔をした。


 こんな時、私がとんでもない能力に目覚めればなぁ……

 こんな奴らを一網打尽にできるのに。


 こんな時、いじめを許さないヒーローがいればなぁ……

 いじめに気づいて、私を助けてくれるのに。



 そんなこと、現実にあるわけがない。



 そんなことを夢想して、自分の恐怖を誤魔化すことを、彼女の防衛本能は選択したのだ。


「能力を使えないにも関わらず、ただこのクラスにのさばるてめえが気に食わない。……殺っていいのか、女王。」

「いいえ、私が執行ます。」


 女王は運命を告げる女神のように、彼女は起立し、あたしに向かって指をさす。


「御免なさいね。あなたに恨みは無いけれど.......あなた、邪魔なのよ。お願い、消えて。」


 ただ、それだけ。

 たったそれだけであるが、あたしが恐怖を直感し、今度こそ死から逃れられぬと察するには十分であった。



 トンと彼女の指が触れる。


 その瞬間、氷の妖精が私の腕を歩き始めた。

 あたしの恐怖を楽しむようにゆっくりと顔を伺い歩いていく。



 ああ、死ぬ--



 徐々に体が冷え、腕の感覚がなくなっていく--





 パリィイイイイイイイイイン!!





「きゃああああ!」

「な、なんだ!」


 その瞬間、窓が割れた。

 なんの音沙汰もなく、割れたのだ。


「Oh、着地失敗か。」


 聞き覚えのある声。

 ずいぶんと派手な登場だ。


「おい、女。どこだ。」


「え、なんで……!」



 教室のカーテンが、そよ風にたなびいていた。

 カーテンが作る影が、そのVRゴーグルを装着した男の不気味さをより際立たせている。


 極めつけは、VRゴーグルを額まで上げ、目当ての女を見つけて口角を上げたその顔だ。



「……いたな。」



 風が吹きすさぶ、晴天の元。

 そこには、あたしのヒーローがいた。

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