/// 12.孤児院と領主様

「はぁ~。困ったわぁ~。子供たちにまた不憫な思いさせちゃう・・・どうしてこうなっちゃうのかしら・・・」


ここは大樹の家。イーストのはずれにある孤児院の院長室で、院長のさゆりは困り果てていた。


「・・・かと言って、これ以上アンジェちゃんたちのに負担かけられないわよね。お肉以外にも備品や日用品、お金だって寄付してくれてるんだもんね・・・」


数週間前、この大樹の家という孤児院の状況を知ったアンジェはダンジョンに潜るたびにお肉とお金を、そしてラビもまた、備品や日用品などをこっそりと用立てていた。


「やっぱりギルドのラビちゃんにだけは一応、話を通しておいた方が良いかしら・・・」


今の大樹の家の現状は、もしかしたら後々大きなトラブルになってしまうかもしれない。そう思ったさゆりはラビにだけはと決意して、急ぎギルドへ向かった。



◆イーストギルド2F・ラビとアンジェの部屋


昨晩、ラブラブパーティで甘い空間に酔いしれ、ついついはしゃぎすぎた二人。時刻はお昼に近く、窓からは暖かな日差しが降り注いでいた。


しかし、アンジェがその光で目を覚ました時、ラビはすでに隣には居なかった。


寝過ごしてしまった少しの罪悪感と、しっかりと仕事に出ているラビに尊敬の念があふれてしまう。実際ラビも遅刻ギリギリの時間に目が覚めあたふたして身支度もそこそこに飛び出していったのだが、それはアンジェには知らない話である。


焦っても仕方がないと思い、アンジェはゆっくりと身支度をする。お風呂の際もいい加減慣れたローブの着脱に、若干の便利さを覚えてしまったのは仕方のない事である。


身支度をしてそろそろ遅めの朝食兼昼食でもと思った時、部屋のノックが聞こえた。


「アンジェちゃん起きてる?」


聞こえてきたラビの言葉にまるで愛犬がご主人様が帰ってきた時のようにドアを開けて抱き着く。ちぎれんばかりにフリフリしたしっぽが見えそうであった。そのアンジェをラビはふふふと微笑み、水色の綺麗な髪を撫でる。幸せな空間がまた出来上がるのである。世界は平和である。


しかし、その平和を壊す一言を放ったのはまたラビであった。先ほどより真剣な顔を向けアンジェに伝える。


「アンジェちゃん、大樹の家のことなんだけど・・・」


アンジェはラビの腕の中でその話を真剣に聞いていた。


昨日の夕方、あの領主カサネガ・サーネ男爵から、大樹の家へ通達が届けられたのだという。


不正にギルドから援助を受けていること、その食糧については恵まれない民に再分配するとして毎日一定量を領主宛に届けること、そして今まで払っていなかった税金として毎月金貨10枚を治めるということが書かれていたという。対応に困ったさゆりさんから、ラビにだけはと連絡がきたという。


話を進めていくほど、ほんわかとしていたアンジェの顔はどんどん暗くしずんでいった。


「この件についてはギルドが総力を挙げて抗議するから、アンジェちゃんは心配しないでね・・・」


この話をアンジェにしたのは、何かの拍子にこの件がアンジェの耳に届いて困惑しないようにという思いからであったのだが、その話を言い終わる前には確かに腕の中にいたはずのアンジェの姿は消えていた。


「アンジェちゃん?まさか・・・」


腕の中のアンジェちゃんがいなくなったことで、もしかしたらと急いで下におり、ギルド長であるエルザにこのことを口早に話す。おそらく男爵邸に行ったのでは?そう結論付けたエルザは、ギルド内に居合わせた冒険者の面々を見たのだが、この件を解決してくれそうなメンツはいなかったため仕方なく二人で男爵の屋敷へ向かったのであった。



◆男爵邸・カサネガ・サーネ私室


そこには私室の豪華な椅子にドカリと座り、普段であればふんぞり返って暇を持て余している男爵は今日ももちろん座っている。・・・が、その顔は青ざめていた。


男爵の背後からロングダガーを首元に突きつけ、震える声を絞りだすアンジェが立っていた。


アンジェは、ラビの話を聞いて頭が真っ白になり、気づけばこの屋敷に向かって走り出していた。その後は内からあふれ出る怒りを抑えつつ、隠密をフル稼働させてこの男爵の私室まで忍び込み、背後からその喉首へと己の武器を突きつけていた。男爵邸の場所は、大樹の家の絡みで何となく聞いていただけだったが、ひときわデカイ屋敷がデデンとあればそれはもう一目瞭然であった。


「動かないで!」というアンジェの声に動きを止めた男爵。しかしそこからアンジェは正直何を言ったらいいのかわからなり若干パニックを起こしていたところである・・・


「た、大樹の、家には手をださない、でっ!」


「お、お前は何者だぁ!俺をー!誰だと思ってグッ・・・」


男爵の場をわきまえずに放った言葉に、喉元のダガーが少し食い込みたらりと血が垂れる。


「こ、今度、あそこに、何かしたら・・・殺すっ!」


「ひっ!わ・・・わかった・・・わかったから!殺さないでくれーー!」


その言葉を放った瞬間、自分の背後にいた何者かはいなくなっていることを感じで安堵のため息をついた男爵。その顔は涙とよだれでぬれ、喉元は血が垂れ、そして床からは少しの何かが匂いを放っていた。本当の被害者は部屋の掃除に借り出されたメイドさんなのでは?と感じざる得ない。


その後、男爵邸に到着したエルザとラビの二人は、お付きのおじいさん執事に丁重にお帰りをお願いされた。「すべて解決済みですのでお構いなく」とのことだったので、二人は首を傾げながらも渋々ギルドへ戻るのだった。


ギルドに戻ったラビは2階の部屋に見に行くもまだ戻ってはいないアンジェに不安を感じながらも、とりあえずは受付に立ち仕事を再開した。そしてギルドの静寂はまた破られた。そう、あのカサネガ・サーネ男爵が、おじいちゃん執事と髭デブ従者をお供に、昨日に引き続きドカドカと乗り込んできたのだ。


男爵は顔を真っ赤にしてカウンターまでやってくると、自身で依頼書をカウンター上からむしり取ると殴り書きのように何やら書き込み始めた。


「この依頼を受理しろ!さっさと早く!このギルド一番の猛者(もさ)を護衛としてつけろ!強ければどんな奴でも構わん!なんなら2~3人でもいい!とにかく俺様を守れっ!」


そう怒鳴り散らしその依頼書をバンとカウンターにたたきつけた。


次の瞬間、男爵の指には冷たい感触が・・・


男爵の脳裏には先ほどの恐怖が思い出され、体がこわばり身動きできなくなった体を、気力を振り絞って首をギギギと動かし視界を下げる。依頼書を叩きつけて手のひらの親指と人差し指の間には・・・投擲用のナイフが一本、縦に刺さっていた。少しだけ親指にあたりうっすらと血が滲んでいたのは内緒だ。


いまだ身動きの取れない男爵から視線をはずし、その見覚えのある投擲用ナイフの主を探すため、いつもの柱の方をみると、いなくなったアンジェがこちらを向いていた。しかし、いつものニッコリ笑顔もしくは赤面アワワワフェイスではなく、背筋が凍るような能面のような真顔であったことから、やっぱりねとすべてを察したラビ。それと同時に、縦に刺さったナイフを見てあの位置から投げ刺したのか、上から投げさしてあの位置まで移動したのかと思案してみる。どちらにしてもさすがの能力に驚きを感じざるえない。


「男爵様、その依頼は受けられません。どうやらこのギルド一押しの冒険者様が、この依頼に難色を示されているようで。何があったか知りませんが、今日のところはお帰りを・・・」と『何があったか知りませんが』を特に強調して伝える。


そう言われて男爵の方はというと、首をコクコクとさせて大人しく帰っていった。そして平和を取り戻したギルド内。その様子を見ていた冒険者たちはあれやこれと雑談をはじめ楽しそうであった。清掃担当のマーガレットだけは汚されたカウンター前の掃除に駆り出され不機嫌であった。


その後、屋敷に戻ったカサネガ・サーネ男爵は、爵位を返上して私室にこもり、余生を過ごしたという。ストレスからか毛根は死に絶えたが、それなりに穏やかな余生をすごしたのだとか。男爵位は一時的に妹であるカサネガ・ケアッツイネへと託され、いずれケアッツイネと結ばれるであろう男性にその爵位は引き継がれるだろう。その後は順調に領地を治めていくカサネガ家の平定がつづくというのはまだ先の話である。



◆神界


「えっ?えっ?えぇっ?何あのクソ男爵イモ!ってかアンジェのあんな顔初めてみたわ!こわっ!でも何か滾(たぎ)る気もする・・・なんかクルわーー!」


そんな別の扉を開きそうになっているのは、ご存じ変態駄女神である。やっと仕事も終わり下界を覗いて見た光景が、初めて見るアンジェの真顔であった。


「クソ男爵イモもこれでこりたでしょ!私の天使ちゃんに手を出すなんて百億年早いわ!全剥(ぜんは)げろ!」


そんな恐ろしい呪詛を放った女神は、その後に繰り広げられた二人仲良くお部屋でラブラブタイムを見ながらまた腰をくねりだすのであった。仕事終わりには運動も欠かせない。そんな健康志向な女神であった。


神界も安泰である。

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