/// 11.依頼とランクアップと祝杯と
前日、男爵の馬車が帝都の正門から入ったことを確認したアンジェは、街には入らず城壁沿いに何本かある目立たない木の上で一夜を明かした。
シュタッと木の上に飛び乗って、幹と枝の部分で丁度良い太さのたわみを見つけ、そこを手刀ですこしならせば丁度良い寝床が完成していた。不本意ながら聖者のローブ(女神の祝福)により寝心地もふわふわで快適な睡眠をお約束!されてしまったようで、少し寝過ごしてしまったほどだ。
その木の上で体を起こし、サンドイッチとコーヒーの入ったカップを収納から取り出すと、真剣に帝都の正門を見ながらお腹にゆっくりと流し込んでいく。
「ふむふむ。ホシに動きはないようだ!」
暇なので前世でやっていた刑事の張り込みシーンを一人ロールプレイしていくアンジェ。何やら楽しそうで何よりである。
その後も、近くに来た小鳥たちに米粒と上げ一緒にチュンチュンと口ずさんでみたり、落ちる葉っぱを見ては「私の命はもうすぐ終わるのね~」と妄想プレーをしてみたりした。考えてみたらこの世界にきてからというもの、あまりこういった無駄な時間を過ごすことがなかったため楽しい時間が過ごせたようだ。
お昼を過ぎたあたりに、そろそろかもと今度はハンバーガーと野菜ジュースのカップを両手に持って待ち構えていたアンジェは、見慣れた馬車が正門を出ると「来たか」とつぶやいてノリノリで両手のソレを収納すると、また道すがら盗賊や魔物を蹂躙していった。
◆馬車内
馬車の中、顔を真っ赤にして領主、カサネガ・サーネ憤っていた。
「クソッ!あのバカ王は何も分かっておらん!俺がどんだけ苦労してあの金を集めたと思ってるんだ!」
血管が切れそうなほど憤っている男爵を見ながらオロオロとするしかない執事は困り果てた。また何かはらかなさいか心配であった。先代の時は良かったのだ。このボンクラが領主を継いでから領民どころが部下の従者やメイドなどからの苦情も酷く、どんどん辞めていっている。そろそろ私も隠居するか。そう考えていた。
今回の謁見で何か褒美がもらえるものだと決めつけていた男爵は、ありったけの資金をかき集め、さもこのぐらいは余裕っすとばかりに献上したのだ。しかし結果はそれほどまでに金の集まりが良いのであれば大丈夫であろう。とただそれだけで謁見が終わってしまった。その後の自慢話も褒美についても一切時間がとられなかったことに強い怒りが抑えきれないといったところだ。
実際のところ、帝王エルリエキ16世はバカではなかった。イーストの民たちの一部は貧困に喘いでいるという陳情を聞き、実際に領主としての意見を聞きたかったのだが、多額の金を寄こしてきたものだから、さぞかし至福を凝らしているのだということが感じ取れた。そのための冷遇である。もう一秒たりとも話す気も起きなかったのだ。
そもそもが、帝王もガメツイ金の亡者だ。しかし国民を生かさず殺さず程度に収めるのが一番良いというのも分かっている。そしてそこまで搾り取らずにも十分贅沢ができる土台がある。よって少しばかり民の財布が緩む程度に抑えておけば、賢王と持ち上げられるということも分かっていた。
いずれこの領主は他の誰かにすげ変わるだろう。そんなことを気づかずにその怒りの矛先を別の場所に向ける男爵であった。
「クソッ!それもこれもあのクソギルドが悪いんだ!いるかいないかも分からない冒険者なんて、仕事をしているふりをして俺様の大事な金だけせしめようとしていやがる!とんだ詐欺集団だ!」
どうしてくれようか!そんな表情で馬車の中で地団駄を踏みながら計画を練っていた。そのたびにドシドシと揺れるうっとおしい馬車を引いている馬の身にもなってほしいものだ。
◆イースト・ギルド内
ちり~~ん♪
ギルドのカウンターの上にあるベルがなる。
カウンターで冒険者の依頼の受付をしていたのラビはハッと気づき例の柱の方に視線を向ける。
そこには少し顔を赤らめた可愛い天使がこちらを覗いていた。
その天使ににっこりと笑顔を見せると、冒険者の対応を終わらせ、同僚のリベリアに後を頼み、その場へ歩みりふらりと抱きしめた。
「アンジェちゃん大丈夫だった?」
「うん。ちゃんと終わったよお姉ちゃん!」
先日から、どうもアンジェはラビのことをラビさんからお姉ちゃんにランクアップさせていたようだ。その件についてはラビがきゅんきゅん目をハートにさせていることから、今後かわることはないだろうと予想される。かわいいは正義なのだ。
「じゃーん!これがアンジェちゃんの新しいギルドカードです!」
そう言うとラビは銀のカードをアンジェに渡すのだった。
「これがランクCのギルドカード?」
受け取った新しいカードを見ながら小首を傾げるアンジェを見て、どうしてこうもうちの天使は庇護欲を掻き立てるのだろうと困ってしまっていた。そしてアンジェはカードを見ながらニマニマと喜びを表現していた。
そんな時である。
ギルドの扉がバーンと開き、そこにはそれなりにふくよかな着飾った若い男と、その脇には見覚えのある太(ふと)やかな口髭の男と老年の執事が立っていた。
真ん中にいた若い男が前に出てカウンターまで進むと、リベリアに向かって吠える。
「おい!このギルドはどうなってるんだ!この地の領主たる私の護衛をつけずに、金だけふんだくろうとはとんだ犯罪者集団だな!」
その言いがかりを聞いて、リベリアはラビの方を見てどうしようと戸惑っていた。
「うるさいわねー!なにごとー!」
裏から出てきたギルド長エルザが、男爵以上の大声で叫びながら登場した。
「おまえー!お前がここの長か!護衛もつけずに金だけ取る気でいる責任を取ってもらうぞ!」
「ん?あーあんたはイモな男爵、いや違った男爵様じゃない?護衛の件ならちゃんとつけたわよ?今一押しのCランク冒険者を」
ちょっとふんぞり返ってドヤ顔でニヤつくエルザ。
「イモ・・・いまなんつったー!あとなー護衛なんて注意深い俺様でも一切見かけなかったぞ!それにCランクなんて領主たる俺様を守るのに相応しくない低ランクじゃないか!」
ハァハァと息を切らしながら文句をいう男爵。
「ふんっ!あんたの視界で捉えられるわけないじゃない!素早さ重視の実力急上昇中、うちのギルド一押しの冒険者よ!アホなあんたじゃ髪の毛一本だって視認できないわ!」
「ア・・・ホ・・・」
あまりの言い分にあっけにとられ倒れそうになる男爵であったが、雀の涙ほどのこっていたライフを水増ししてなんとか立っていることに成功した。
その横では、アンジェに向かって「さあ、あとは任せて二階にいきましょうねー」とほほ笑むラビと「うん」と元気よく答えながらラビの腕に縋り付いて二階に上がっていく二人の光景が、周りの冒険者たちの心を癒していた。
「やべー何あの美少女カップル」
「俺、天使みたわ」
「たまに見たあの光景は夢じゃなかったんだな」
そろそろイースト冒険者の公認カップルになりそうな二人であった。
「ぐぬぬぬぬっ!絶対に後悔させてやるからな!お前らギルドの人間なんて全員総入れ替えだ!そうなりたくなかったら館にきて跪くんだな!俺様がかわいがってやるよ!」
そんな下種い言葉を発するイモ男爵に、温厚で慈悲に満ちているギルド長エルザもそろそろ我慢の限界がきていた。
「きっもいこと言ってんじゃないわよ!耳が腐るわ!言っとくけど私、帝王なんてやってるバイソーとは結構な知り合いだからね!あんたの方こそ、このギルドに言いがかりつけて超絶かわいい私の貞操を無理やり奪うだなんて口走った下品な口、どうなるか覚えてなさい!!!」
「帝王、様と知り合い・・・て、貞操を、無理やりとか、いってないから・・・」
帝王と知り合いというのはさすがに嘘だろうと思ってはいるが、多少の混乱とともに、若干の言い訳をしようとして動きがとまる男爵。
「とりあえずそこのゴミ処分しといてね!」
そう言い捨てて自室へ戻るエルザ。そして「へい!」という掛け声とともに屈強な冒険者が二人ほどのそりと男爵御一考に近づき「さあ!帰った帰った」と掴みかからん圧力をかけて3人をギルドの外に追い出した。
二人の冒険者はギルド長エルザの親衛隊『
◆ギルド二階・ラビの部屋
「ここが新しいお部屋でーす!」
ラビに連れられ、今までとは少しはなれた部屋のドアを開け、入ってきたのは前の部屋よりかなり広めの部屋だった。そこには室内でゆったりと食事がとれるテーブルや、小物がおける棚などもあり、なによりベットがセミダブルにグレードアップしていた。
「ほんとはね?ダブルベットかふたつのベットかどちらかだったんだけど・・・セミダブルにしてみました!ダブルか別々の方がよかった?」
ラビの言葉にブンブンと首を横に振り「お姉ちゃんと一緒ーー」と答えた後にベットにばふりと仰向(あおむ)けに寝ころんだ。当然その後は誘惑に負けたラビがアンジェにくっついてスリスリとラブラブ空間を構築していた。
その後は下に戻ったラビさんを待ちながら少し広くなったベットでゴロゴロと暇をつぶしていた。
「早くお姉ちゃんこないかなー」
そんなまったりタイムも終わり、いつものようにラビが帰宅し、買ってきた食材を二人仲良く下準備していく。
もちろん仕事終わりにラビが購入してきたのだが、「材料費はすべて出す!」と鼻息荒くギルドカードを出してきたアンジェの提案に「半分だけね」と言って実はすべて自腹で購入してきたのは内緒なのである。もはやどれぐらいの額がギルドカードに入っているか分かっていないアンジェには気づけない優しさであった。
そして繰り広げられたアンジェが初めての護衛任務を終えた記念の『凄いわアンジェちゃんパーティ』はキャハハウフフと夜遅くまでつづいていた。
今日も幸せな夜が更けていく。
◆神界
「つらいわーー仕事終わってもどってみたら・・・アンジェとラビがラブラブしながら新しいベットで愛を育(はぐく)んでただけだったわーー」
今日も変態駄女神は涎の後が残るだらしない顔で、少し長引いた仕事への恨み辛みを愚痴りながら、下界の様子をガン見していた。
そのせいかどうかは定(さだ)かではないが、最近は枯渇ではあったが神力が今日はなぜか消費されなかったため、明日はきっと下界の平和が保たれるだろうと予想される。
そう。この女神はアンジェのことがなければ優秀で慈悲深い神なのであった。
「アンジェ――かわいいよアンジェーー」
下界への覗き行為は、女神の眠気が限界を迎えるまで続けられたのだ。
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