/// 10.初めての護衛任務

昨日の出来事に不貞腐れたアンジェはあのまま眠ってしまったが、真夜中に目を開けた時にはラビさんに包まれていたので、その後は安心して寝入ることができた。


それにしてもこのローブ、寝ている時も柔らかな着心地で全身がほんのり暖かいので最高に寝心地が良い。もう手放せません!ということにも微妙に腹が立つ。親切の押し売りのような不快感がある。ラビさんが見たという文献の通りならこのローブ自体が浄化を発動しているため、おそらく汚れたりすることなどもないのであろう。


そして不本意ながら心地よい朝をむかえるアンジェは、隣にラビさんが居なくなっていることにため息を吐く。寝過ごしてしまった。今日はいよいよ下層に挑戦して牛肉ゲット!ということを思い出し、拳に力を入れる。とその時、部屋のドアがノックされる。


「アンジェちゃん起きてるー?」


その声に急いでドアを開けると、「おはよう。起きててよかったわ」という言葉とともに、一緒に下におりましょうと手を引かれる。喜んでラビさんの腕にすがりつき、一緒に下に降りると「ギルド長から話があるそうよ」といってそのまま奥の部屋まで移動する。その部屋をノックすると「入っていいよー」とこの世界に来た時に私を引きずってきた幼女、もといギルド長エルザの声が聞こえた。ドアをあけ中に入ると、中央のテーブル奥、大っきな椅子に腰かけてラフなワンピースを着たギルド長、エルザさんがこちらを覗いていた。


「久しぶりね!元気にしてた?」


「あっ・・・はい!おかげさまで!」


エルザさんの言葉にラビさんの影に隠れながら返答する。


「相変わらずなのね。まあいいわ。アンジェちゃん。あなたには指名依頼を受けてもらいたいのよ」


「指名・・・依頼ですか?」


突然のことに驚いてしまうアンジェ。


「あの・・・私、一回だけ依頼受けましたけど・・・それだけなんですけど・・・」


「そう!そこなのよ。やっぱりギルドとしては依頼を受けてもらってなんぼなのよ!でもアンジェちゃん全然依頼受けないじゃない!そのくせお肉ばっかり持ってきて・・・あんたは肉屋になりたいの?」


「うっ・・・」


エルザさんの言葉にたじろぐアンジェ。


「ギルド長!アンジェちゃんを責めるつもりで呼んだんですか?なら帰りますよ!」


「違うのよラビ!確かに他の冒険者との兼ね合いもあって色々とまずいんだけど、すでに20階層突破したっていうじゃない?ギルドとしても肉や素材の確保を嬉しいかぎりなのよ」


エルザはラビさんの言葉にいやいやと手振りを添えて否定する。どうやらそれについては大丈夫らしい。


「それでね!いっそのことアンジェちゃんをランクアップさせてしまえばって事になってね。あ、Cランクにね」


「Cランクですか?・・・まあ・・・そうですね。普通に考えれば・・・」


突然のランクアップの話になりもうついていけないアンジェ。それもFから一気にCである。


「そうなのよ。20階層突破でレベル3でしょ?なら普通にCでも不思議じゃないのよ。でもね・・・」


「でも、なんなんですか・・・」


ジト目でエルザさんを見るラビさん。


「このまま依頼を受けないままでランクアップさせると、色々うるさいのよ。クソ男爵が・・・」


「はあ・・・なるほどそういうことですか・・・」


二人の会話についていけないアンジェに、ラビさんが分かりやすく説明してくれた。


「あのね、ギルドは一応は独立組織として存在しているのだけど、実際は国の監視下にあるの。冒険者の中には役人や領主とつながりを持っている人も少なくなくて・・・もし依頼なしにランクを上げていくと、そんな誰かが不満を領主なんかに話しちゃうのよ。そうなったら色々と面倒になちゃいそうなのよね。・・・ということでの指名依頼、ってことでいいんですよね?」


アンジェに説明した後、向き直りながら訪ねると、エルザさんは「そういうことよ!」と肯定する。


「実はね、このイーストの領主である男爵が、帝王様と謁見するというので帝都に行くんだけど、その道中の護衛にと依頼が入っているの。100%安全を確保できる冒険者をって内容で」


「なるほど。でもそれなら他にも適任者はいるでしょ?それにアンジェちゃん恥ずかしがり屋だし・・・」


その依頼内容にラビさんが反論する。


「それがね・・・出発が今日なのよ・・・そんなに急には手配できないのよ。だからアンジェちゃんの昇進試験も兼ねて丁度いいかなって、もちろん無事さえ確保できれば顔を見せる必要はない、ってのは承認済みよ。遠くから安全を担保できればいいってこと」


「でも・・・アンジェちゃん!無理しなくていいんだからね!」


依頼内容が護衛任務ということもあってラビさんが心配そうにこちらを見ている。


「ちなみにアンジェがCランクになれば、担当ギルド員のラビの給料も上がるわ!」


「やります!」


エルザさんの言葉に食い気味で即決する。どうやらラビさんは私担当が公認となっているようだ。嬉しい。


「ちょっとアンジェちゃん!エルザさんも何言ってるんですか!私を出汁に使わないでください!」


「やる!お姉ちゃんのために私やる!」


その決意に満ちたアンジェの表情と、初めてお姉ちゃんということばにキュンキュンしてしまったラビは黙ってしまった。



その後は、報酬は金貨10枚、今日のお昼に出発する『紙が5枚ほど重なったようなイメージ』の家紋の旗が掲げられた領主、カサネガ男爵家の馬車が護衛対象。夕方ぐらいには帝都について一泊し、帰ってくるのをまた護衛して無事戻ってこれたら依頼は終了ということだった。そしてあと1時間ほどで出発となると言うので急いで準備のため、ラビさんと一緒に武具屋に行く。万が一に備えて投擲用のナイフやしびれ罠の護符を多数買い込み、ついでに食堂で食料を物色した。


買い物を終わらせ、そろそろ時間というところでラビさんがカウンターまで手を引いて、そのカウンターの上を指さした。そこには真新しい小さなベルがついたスタンドのようなものが置いてあった。


「これね、アンジェちゃんが依頼終わった時にいっつも私、びっくりしちゃうでしょ?だからアンジェちゃん専用で置いてみました!」


ふふんと笑うラビさん。尊い。


「依頼が終わったらこのベル鳴らしてね。そしたらあの柱とかで待っててくれてもいいからね」


そういってベルをチリーンと鳴らした後、私が良く隠れる柱を指さす。そんな気遣いが嬉しくて私もチリンチリンと指で何度か鳴らしてみた。


「な~にアンジェちゃん」「ありがとう」「ふふふ良いのよ」「いってくるね」「いってらっしゃい!無理しないでね」


何やら甘い空間が出来上がっているが、カウンターのリベリアの「んんうん!」という咳払いと、まだ自室に戻らず様子をうかがっていたギルド長エルザのジト目に見送られながら、アンジェはギルドの外に出た。


「あんた達・・・付き合ってるの?」


「そんなわけないじゃない!何言ってるのもう!」


リベリアの当然の疑問にそっぽを向いて否定する顔を赤らめたラビに、なんだかなーという思いが隠せない二人がため息をついた。


アンジェがギルドを出て気配を消しながら外を見回すと、言われていたカサネガ家の家紋がついた豪華な馬車を発見した。


(・・・というかあれこっちに来た時に、私を跳ね飛ばしそうになった暴走馬車じゃない!)


間違いではないが少し現実と違う事を思い出すアンジェ。しかしそれが護衛対象であることは確かなので、見失わないように見守っていた。



◆馬車内


馬車の中に眠そうに座り込んでいるのは、このイーストを支配している領主、カサネガ・サーネ男爵その人だった。


「ふむ。そろそろ出発なのだが・・・護衛は本当についているのだな、じいや」


「は、はい。確かにギルドからは優秀な冒険者が見守っているとのことですから間違いないかと」


「じゃあいい、さっさと馬車をだせ!」


そう言われて、じいと言われた執事のおじいちゃんは前の従者に向かって馬車を出すように命令する。


馬車での旅は危険がいっぱいであった。普通は冒険者に依頼をしたら4~5人が自前の馬車であったり、馬であったり物々しく並走する。途中で魔物や盗賊の被害にあわないようにだ。無防備に馬車だけで移動しようものなら、盗賊の被害にあわないわけがない。そんな世界であった。


帝都までは帝王エルリエキ16世、エルリエキ・バイゾー様に謁見できることになり、急遽護衛依頼を出したのである。その際には優秀な冒険者が護衛して100%の安全を担保するとのことだったが、一つだけ条件があって、その冒険者は顔出しをしないから気にするなということだった。


「まったく!ギルドどもも最近調子に乗ってるようだ!最近は孤児院にも陰ながら支援しているようだしな!・・・うまく隠しているようだが私にはすべてお見通しなんだよ!」


そんな独り言を言いながらも馬車は進む。予定通り行けば今日の夕方には到着する。そして明日の朝一番に帝王様と謁見、何年かぶりのことで自領のことを報告するのであった。父であるカサネガ・ケブトンから爵位を継いで、領主になってからは初めての謁見であるため、盛りに盛って自分の功績を報告しようと鼻息を荒くしていた。


時折、馬車の外を眺めてみても護衛がまったく居ない状況には一抹の不安はあったが、それでも夕方には何事もなく帝都にたどり着いた。途中、飲んでいたお茶が気管に入って咳き込んだこともあったが、なじみの高級宿についた男爵は、旅の疲れを癒すべく豪華な食事に貸し切り温泉と、贅沢の限りを尽くすのであった。



◆神界


「あら。最近アンジェばかりみてたからエルザひさびさにみたわ。相変わらずちっちゃ可愛いわね」


そう言いながらも涎(よだれ)を嗜むことを忘れない。変態駄女神は今日も平常運転である。


「まじかー私の天使ちゃんはランクCになっちゃうのね。素敵だわ!ぐふふふふふっ!そ・れ・に!私の愛がこもったローブもちゃんと着てくれてるのね!愛が通じ合っている証拠ね!めっちゃ似合ってるわアンジェ!キュートなお宝ショットキタコレ!グハッッッ!」


愛情が深すぎる故、そのその贈り物から襲われ、アンジェの心が少しだけ穢(けが)されてしまったことを女神はまだ知らない。また、こもっていたのは愛ではなくむしろ神力であることも忘れてはならない。


「アンジェすっごい!盗賊どもも魔物の群れもアンジェにかかれば瞬殺ね!ふふふっ!」


次々と男爵の馬車を狙って集まった敵対者を購入した投擲用ナイフや罠なども利用しながら排除していく。そのようすに女神はだらしなく涎(よだれ)を滴(したた)らせる。


「へーーー、何あのおやじ。アンジェに守られておきながらナマイキね!・・・ふんっ!」


女神の指先からは微力な神力がほとばしる。


前日のローブに付与した膨大な神力のせいで、女神の神力はもうゼロよ!という状態であったためそのおやじに届いた神罰は軽微なものだった。


そしていつものようにノックの音が聞こえ、女神の至福な時間は終わりを迎えるのえあった。


「ちっ!クソが!!!・・・もげろっ!!!」

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