/// 9.中層突破と絶対聖域

今日も中層を回るアンジェ。孤児院でのことがあって数日、人の目を避けるように20階層を主戦場にして毎日遅くまで狩りを続けていた。しかし今日は午前中にある程度のお肉を確保した後、意を決して20階のボス部屋の扉に向かう。この階層でも十分に戦えるほどに自信もついたアンジェは、この階層のボス、ファイアボアに挑む予定だ。


ファイアボア自体はやはりお肉が3000エルザ、炎耐性のある毛皮は1000エルザと安いものであるが、当然のことながらこの先の階層に進むには討伐必須であった。この20階層を超えた下層にはブルーオックス、レッドカウ、ホーンバッファローといった牛系の魔物が出現し、肉やミルク、角に牛革が素材として高く買い取られている。そこで安定して狩りをできるのであれば、そのお肉を孤児院に分けたり、なんならそれらを売却した資金でボア肉を買いあさっても良いと思っていた。


とにかく、孤児院の子供たちが飢えずにしっかりと育つことができるよう、微力ながらも支えたいと思っていた。


実際には、毎日お肉が届く状況で、孤児院の人数を考えれば十分すぎるほど恵まれている状態なのだ。ラビさんが用意してくれた大型冷凍庫にも入り切らない量が連日届くため、近隣との物々交換で日用品を仕入れ、さらに余ったものはギルドに売るしかないという状況になったと、ラビさん経由で言われたので、最近は量を減らしている。おかげでアンジェのギルド口座にはボア肉などの売却によりかなりの額が溜まっている。


ちなみに、上層の新人たちが納品している屑魔石も大量に買い込み、そちらも一緒に届けられるるため、冷凍庫の他、備え付けられた魔道具を動かす動力としも十分すぎるストックはある状況だ。それでもアンジェが狩りを続けるのは、自分がいつどうなるかわからないという不安もあってのことだ。ただでさえ他に人がいると恥ずかしくなってしまい、うまく体が動かせなくなってしまう自分。いつか簡単に命を落としてしまうこともあるのではないか・・・そんな思いがあり稼げる時に稼いでしまおうという気持ちが連日の狩りへと突き動かしている。


ラビさんという天使が存在するこの異世界、こんな私を受け入れてくれる世界の、自分の目の届く範囲ではあるが手助けしたい。アンジェの心の中はそんな思いで熱く燃えていた。そんな意気込みを胸にボスへとづつく扉を開け、中に入る。


岩山に囲まれた広いスペースに入ると、後ろの扉が閉まり中央に出現した大きな魔方陣が光りを放つと、そこから真っ赤な毛を逆立てている巨大なボアが出現した。その大きさは3メートルほど・・・予想以上の大きさに緊張が走るが、今更引き返すことはできない。念のため帰還の羽というダンジョン入口に戻れる魔道具は持ってきていたが、ギリギリまで使わないつもりだった。真っ赤な毛の先にはちりちりと火の粉が舞っている。


震える心を押さえつけていつもようにその首筋に攻撃を加える。・・・が、やはり情報通りの固さである。ほとんど刃が通らない。だが、慌てず騒がずでヒット&ウェイを繰り返していくと「ブルル!」という鳴き声と共に逆立った毛の一部が針のようにこちらへ向かってくる。あらかじめ予想していたことなので難なく躱していくが、少し量が多い。何度か同じことを繰り返しているが、多少はその鋭い毛針がアンジェの肌に傷をつけていく。軽い痛みをこらえながらも我慢強く攻撃を続けていた。


しばらくすると、今度は全身を赤く燃え上がらせてこちらへ突っ込んできた。高い熱量に躱したはずの肌が焼けるように感じ、少しだけ顔をゆがめる。でも休んでいる暇はないのだ。通り過ぎていったファイアボアを追いかけるような形で近づき、部屋の壁の前で急停止した瞬間を狙って再度首筋に刃を立てる。この状態であれば刃が通りやすいという前情報通りで安心する。


「ぴぎぃ」と鳴いたファイアボアはくるりとこちらに向き直すと、また毛針を飛ばしてきた。安堵の後の至近距離からの攻撃とあって、体をひねって横に飛ぶも結構な被弾をしてしまった。慌ててバックステップで距離をとり体勢を整える。


(ううう・・・いったーーーい)


痛みに顔をゆがませた時、アンジェの体がぼんやりと光り、その肌を赤くした傷はすべてが消えていた。ついでとばかりに、軽鎧の下に着こんていたラビさんとのデートで買った可愛いワンピ、そこについていたはずの返り血もが、きれいさっぱり消えていくという怪現象を体験していた。いったい何がどうなっているのか分からないのだが、今は考えている暇はない。焦らず騒がず繰り返えそうと思っていたのだが、次に飛んできた毛針はアンジェを避けるように曲がっていく・・・それを見て怒りに震えたのか、一層大きく吠えたファイアボアは一段と大きな炎を携えて、こちらで突っ込んでいき・・・部屋の壁に激突した・・・


横倒しになりぴくぴくと痙攣しているファイアボアの首筋を正確に狙って深く差す。「ビギィィ!」と嫌な鳴き声を発しながらその動きを止めたところで、次元収納の中にその巨大な体躯が吸い込まれていった。


緊張がとけ、ふうと一息ついたところでステータスを確認する・・・


◇◆◇ ステータス ◇◆◇

アンジェリカ 14才

レベル3 / 力 B / 体 S / 速 A / 知 C / 魔 F / 運 S

ジョブ 聖女

パッシブスキル 肉体強化 危険察知 絶対聖域(サンクチュアリ)

アクティブスキル 隠密 次元収納 小回復

装備 ロングダガー 銀の軽鎧 罠感知の指輪

加護 女神ウィローズの加護


なんとレベルが1つ上がっていた。そして力と素早さがワンランクづつアップしており、絶対聖域(サンクチュアリ)というスキルが追加されている・・・これがあの回復や毛針がよけていく現象の原因なのであろうか・・・どういったスキルなのかわからないが、おそらく回復と軽い防御結界のような効果があるのではと思い、検証してみようかとも思ったが、あとでラビさんに聞いてみことにして、とりあえず部屋を出ようと出口が出ているであろう入り口とは反対側を見る。


出口と思わしき豪華な扉の前には、金の装飾とゴテゴテとした宝石などが施されたいかにもな宝箱があった。ボス部屋では極々たまにだがそういったものが出現し、その中身はほとんどが作成不可能なアーティフェクトと呼ばれる魔道具や装備品が入っていると聞いていた。さすが運がSの私・・・そう思って恐る恐る近づき宝箱に手を伸ばすと、手が触れる前にスーッと光を放ちながら開いていく。


眩しい光が治(おさ)まり、その中身を確認すると、そこには丁寧に折りたたまれた白いローブのような物が入っているようだった。手を伸ばして取り出そうとしたとき、突然それはシュルシュルと動き出し、とっさに後ろに飛びのいたアンジェを捕まえるように巻き付いていく・・・心の中で大きな悲鳴を上げるアンジェが、つぶっていた目を開けた時にはすでに自分がそのローブを身にまとっていることを確認する。パニックである。


そして足元には、自分がそれまで着ていたはずのワンピースと銀の軽鎧が無造作に落ちていた。しばらく思考が止まってしまうほどの展開からやっと頭を動かし確認すると、宝箱に入っていたローブが気付けば自分に装着されていたという、今まさに起こったことをそのまま思い返すことしかできない状況だった。そう。訳が分からない。


だが、考えていても仕方がないのでワンピースと軽鎧を収納すると、もうひとつ地面に落ちているものがあった・・・さっきまで履いていたはずの下着がちょこんと落ちていた・・・内心またもパニックになりながらもとりあえずはパンツを素早く拾い上げると、ローブをずらして下着を確認しようとするも、しっかりと張り付いたローブがまったくずらせないという怪現象に頭を悩ませた。


ぴっちりと張り付いているのにまったく圧迫感がない!柔らかく暖かですごく快適!そんな素敵なローブです。


10分ほどその部屋の中で試行錯誤してみたアンジェの感想である。埒が明かないのでおとなしく手に持ったパンツを収納すると、トボトボと出口へ向かい、そのまま体当たりするように扉に見える結界をすり抜ける。10階のボス同様、扉は実際にはないのだ。あの扉型結界が10階だけのもので、ここでは実際に扉が存在しており、おでこを強打していたのなら、アンジェはまたパニックに陥るだろう。よかった。本当によかったのである。


もうすでに下に降りる気力はなく、そのまま魔方陣に乗ってダンジョンの入り口へと飛んだ。



入り口に出ると、とたんに人ごみが見えるので、落ち込んでもいられないとばかりに隠密を発動して、一気にギルドまで走り去る。なるべく自分の恰好を思い出さないようにギルドにたどり着くと、そのままカウンターのラビさんの腰にしがみついた・・・


「きゃっ・・・アンジェちゃん・・・おかえり」


小さな悲鳴の後に頭をポンポンしてやさしい笑顔を見せてくれるラビさん。またびっくりさせてしまった。と反省するも今日は状況が違う。こんな私がなにやら白いローブに身を包まれているのだからいつも以上に恥ずかしさがこみあげてきてもうどうにも止まらない。


「あら、その恰好・・・どうしたの?また素敵なローブね」


「あっ・・・あの、宝箱で突然襲ってきて脱げなくなっちゃって恥ずかしいので。びっくりさせちゃったしごめんなさい」


ラビさんに縋り付く手をさらに強くしてもう腰に顔をこすりつけてしまっているアンジェ。もう混乱しすぎで何をいっているのかわからない。


ラビさんは隣にいたリベリアさんに「ちょっと抜けるね」と声をかけ、一緒に部屋に戻ると、アンジェはボス部屋でのことを報告する。


「うーーん。これ・・・祝福されちゃってるのね」


脱げないローブに呪われてしまったのかと思っていたアンジェは、予想外の言葉に困惑する。


「たまにね、アーティフェクトの中には祝福がかかった神の装備が手に入るの。でも普通は勝手に装備されたり脱げなかったりはないはずなんだけど・・・これウィローズ様の祝福がかかってるのよね・・・相性の問題なのかしら・・・」


なんてことだ・・・とアンジェは膝をつく。


「じゃあこれずっと脱げないの?」という疑問に対して、ラビさんからは多分だけど、と前置きをしてからまた説明をしてくれた。


「多分だけど、必要の応じて自動で脱げたりするかもしれないの。たとえばお風呂とか、トイレとか。といっても古い読み物に書かれた話で夢物語に近いから本当かどうかはわからないのだけれど・・・」


その説明に、アンジェは急いでトイレに駆け込むと、ローブの下の部分だけがふらりと開いて丸出しな状態に変形してしまった・・・(ちょっーー!ナニコレやだーー!トイレやめ!しないから!戻ってーーー!)そう心に願うとまた巻き付くように元の姿に戻るローブ・・・さっきから心がパニックを起こしすぎて少し心臓が痛い・・・


そしてアンジェはトイレから脱衣場に移動した。入りたいな、とバスタブをチラ見した瞬間、予想通りローブはしゅるりと落ちて籠の中に綺麗にたたまれていた・・・安堵にかられて収納からパンツを出すと丸出しの体に身をまとう。そして脱衣所に備え付けの寝間着をとりあえず着ようと思った時・・・またもローブに巻き付かれて次の瞬間には完璧な状態で装備が完了していた。あと床にはパンツが落ちていた・・・


がっくりと肩を落としながら脱衣所をでると、ラビさんに今起こったことも説明すると「何か解決策がないか聞いてみるわね」と優しく声をかけられて肩をだかれた。まじラビさん男前。


それから、絶対聖域(サンクチュアリ)については、これも古い文献にでてくる程度だが、やはり小回復と結界、浄化がパッシブでかかっている状態ということで軽い攻撃なら弾(はじ)いたり反(そ)らしたりするらしいが、強い攻撃や直撃といった場合には効果は薄いとのこと。だがやはり間違いなく聖女というジョブが、そういったスキルを発動させているのではという結論となった。


最後にステータスで装備欄を確認したところ、聖者のローブ(女神の祝福)という名前になっていた。


◇◆◇ ステータス ◇◆◇

アンジェリカ 14才

レベル3 / 力 B / 体 S / 速 A / 知 C / 魔 F / 運 S

ジョブ 聖女

パッシブスキル 肉体強化 危険察知 絶対聖域(サンクチュアリ)

アクティブスキル 隠密 次元収納 小回復

装備 ロングダガー 聖者のローブ(女神の祝福) 罠感知の指輪

加護 女神ウィローズの加護


もうやるせない気持ちを抑えて、ラビさんと一緒に下に降りる。付き添われながらも素材置き場に本日の収穫をすべて吐き出す。お肉は少しだけ大樹の家に送るようにお願いをして、そのまま部屋に戻り、収納からサンドイッチを取り出すとお腹を満たした。


今日はとりあえず何もしたくなかったので、お風呂に入って寝てしまおうと脱衣所に行くと、またも籠に綺麗にたたまれるローブ。そのまま収納してやろうとローブに手をかざすが、うんともすんとも言わない。失意のままに湯舟につかり疲れを癒すと、体をふいたところでまたローブに襲われたアンジェだった。



◆神界


「はーーー!毎日孤児院にお肉を送り続けるアンジェマッジ天使ッ!!!」


今日も女神は平常運転である。


「あっ今日はやっと20階層のボス部屋にいくのね。がんばってねアンジェ!」


こしをぐいんぐいんクネらせてだらしない顔で応援する変態駄女神。


「あっ、こいつーー!あんな針飛ばしてーー!抜けろ!全部抜けろ!禿げ上がれ!!!」


なんて残酷なことを・・・


「あばばばば!アンジェの柔肌にあんな傷ががががが!!!こんのぉーーー!ぅえーーーぃ!!!」


鼻息荒く声を荒らげる女神。その口元には一筋のよだれが・・・本当に変な性癖に目覚めていないか疑わしくなるがおそらく大丈夫であろう。


「ふぅ・・・なんとか倒しきったわね。そうだ!頑張ったアンジェにはご褒美を上げなきゃね!ふふふ!アンジェの喜ぶ顔が目に浮かぶ!えーーい!」


コンコンッ!


「ウィローズ様、明日の日程調整の件でお話が・・・」


「わかりました。すぐに向かいます」


「はっ!」


またも良いところで従者からの邪魔がはいった女神も、やはりお仕事には誠実に対応するのであった。


(くっそっがぁーー!どんなタイミングで邪魔してくれちゃってんじゃわれぇーーー!その頭全部むしって鳥のエサにしてやろーかぁーー!)


ふぅふぅと鼻息を荒くしてその空間の出口に立つと、ひと呼吸おいて心を整える。そう、女神は自分の心をすぐに律することのできる大人の女性である。


「お待たせいたしました。さあ、明日の予定についてしっかりと話し合いましょう」


今日も神界は平和である。

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