#42 インパイア/Innpire

5/14。

 学校は壊滅。

 それにより、授業はなし。

 ……よかった。副作用によって今日はどうせ休む気だったから。


 トイレに引きこもり、吐き出す。

 いつも通り、自分の口から真っ赤な血が溢れ出す。


 私は、異常な存在だと認識している。

 それは、自分の体質にも言えるが自分の嗜好にも言える。

 カニバリズムにヴァンパイアファリア。


 まるで人を痛めつけるような存在。

 それもそうだ。妹は吸血鬼として生きているし、私もそのように生きようとしてきた。


 だが。私の体は吸血鬼としては不完全だ。しかも、人間としても不完全。

 神様が私に種族名をつけるなら、半人半吸血鬼。きっとそう名付けるだろう。


 でも、私はいまだに血を吸った事も、人肉を食べた事もない。

 私はいま檻に入れられて、餌も一緒に檻に入っているのに手をつけてない。そんな状態だ。

 だって私は普通の人間として生きたいと。そう願ったから。なのに、運命はそれを邪魔しようと考えてる。

 それがこの副作用。血を吐き出させて、吸血鬼としての本能を刺激しているのだ。

人間を襲え、血を吸えなくとも、肉を食らってでも血を摂取しろと。そう、運命は言っているのだ。


「はぁ、はぁっ」


 いつもの【渇き】だ。

 周期としては半月ほどだろうか。

 前回が、総研に行った時だったか。


 そういえばあの時、橘花の首筋を噛むまで行ってしまったっけ。

 申し訳ないな。こういう時は一人でいないとあんなふうに暴走寸前になるんだ。


 だから今日は、休む気だった。


 吐き終えた。欲と渇きがいつもより強い。

 とりあえず、水……ご飯も食べないと……

そう思いながら、トイレを流して、トイレのドアを開ける。キッチンに行くため、左に曲がった直前。


「ピンポーン」


 と、この家に住んでから2年。初めてこの家のドアチャイムを聞いた。

 私が色々狙われているのは私自身が一番知っている。だから知り合いからの連絡も携帯だけで、手紙やらなんやらは郵便では送らないように言っている。

 どこから住所が漏れるかわからない。

 また、ネットショッピングやらもしていないため、ここにくる人はいない。

 おまけにここのマンションは少し高い。よって警備も薄いはずではない。入り口から入れば、おかしな人らはそこで間引かれるが…


「入り口から入っていれば…の話か。」


 入り口から入っていない頭のおかしい人間か、ただ単に私の元にきた人間か間違いか。


 確認は必要であろう。


 左に行こうとした体を引き戻し、右へ行く。そのまま突き当たりにあるのが玄関だ。

客人なら帰ってもらおう。


 玄関のドアスコープから向こうを覗こうとした瞬間。


 右目に氷柱が突き刺さった。


「痛っ」


 玄関に滴る、血液。


 ドアスコープが破壊されて、向こう側に誰かが見える。


 ショートボブで水色の髪。銀色の眼。

 そして、何より見たことのある顔だ。

 こいつが氷柱を飛ばしたんだ。


「なんの用だよ、氷雨命」

「いや??命令に背くことはできなくてね。」


 氷雨は扉を凍漬けにして、粉々に破壊した。


「それじゃ、命貰い受けるね、【濡血女なきめす】」

「黙れよ、【裏切者】」


 氷雨は氷を空中に作り出した。形状はさっきと同じ。氷柱である。


(逃げないとやばいな)


 そう感じた瞬間、スマホを取り出しながら、窓辺まで廊下を走る。


 電話をかけようと、スマホの電源をつけて、履歴の一番上をタップする。

 そこには、4/18に電話をした、橘花葵への履歴だった。


「たすけて」


 左手でスマホを耳元に近づけて、ワンコールで出た葵君にそう伝える。なのにその瞬間、目の前の窓のガラスが割れる。


 氷塊が窓に当たって割れたんだろうと思っていたが。

 耳元にあったスマホは床に落ちていた。


「…これはまずいね」


 ……スマホと一緒に切断された左手も落ちていたが。


「どう?命をくれたりする?」

「嫌だね」


 私は窓辺に右手を置いて、体を外に投げ出す。

……ここは、4階である。


「……早まったな」


そんな声が上から聞こえる。勿論、私は今、空中にいる。自由落下中である。


このまま落ちると死ぬが……

『死ねたらどれだけいいか』

父親の声を思い出した。


「…お前のせいで、面倒臭くなったじゃないか」


 *


「渚先輩!!」


 電話が来てから一時間半。美奈先生から聞いた、住所にきていた。かなり遠いことがわかったが、そんなことはどうでもいい。


 家の裏の方で渚先輩が倒れていたのを見た。

 左手首が切断されて、顔の方から血が流れている。


「し、死んでない…?」

「死んでる…と思う…が」


 彼女の肩を掴んでうつ伏せを仰向けにする。


 その瞬間。彼女の体は二つに分かれた。

 さっきの「負傷をしている体」と「五体満足な体」の二つに分かれた。


「は…?」

「……え?」


 渚先輩の体は文字通り二つになり、【複製】された。


 *


「全く。覚醒役を私に任せるの?」

「あぁ。俺が黒川に流された後に、渚を襲って欲しいんだ。そしたら、個有能力が発現する。」

「そんなので本当に発現するの?」

「しなかったら狙いを変える。というか、お前もそんなふうに発現しただろ」

「……忘れたね。あんな辛いこと。」

「そうかい。まぁ、頼んだよ。【裏切者】。」

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