#36 その音は死に響き

「っく!?」


 凪のナイフの鋒は僕に向かっていた。

 そのナイフを、海斗さんからもらったナイフで防いでいた。

 なのに。


「どこ見てんの?」


 凪は僕の後ろにもう立っていて、首を狙って刺しにきている…!


「はい残念」

「チッ」


 僕の首に塩の塊が作り出され、ナイフは弾かれる。


 凪は距離をとった。僕の左後方へ。


「瞬間移動系か、時間遅行でなんとかできないか?」

「それが…」

「あー、大丈夫。死ぬ前に解説くらいしてあげる。僕の能力は【秒針】。その秒針が向く方向に瞬間移動できるの。」

「なんだってそれが…」

「気づいてないの?ま、わかんないか。【千秋楽全土】に私の臨界を張ってる。つまり…」

「…そんなことが…」

「【今ここは私の望んだ秒間で進んでいるんだ】。勿論、他の人には違和感は感じない。まぁ、クロノスタシスみたいな違和感はあるだろうけど。」

「だから、できない…と?」

「そうだよ。だから…そうだな。【世界は私中心に回ってるんだよ】。」


 そう、つぶやいた彼女は、左腕につけている時計を見た。


 その時計は塩で固まった。


「どうだ?これで方向はわからんだろ」

「どうだか!」


 彼女は一瞬だけ、木を見た。


 ナイフを逆手に持つ。

 タネは分かった。できるか分からないが、やるしかない。


「…臨界」


 足に力をこめると、風の音も存在もないのに、移動した感覚がわかる。

 時間を操作できたのは遅くなる方、もしくは物体一つを止めるだけだった。


 【加速】できたのは今回が初めてだった。


「な!?」


 キィンと金属音が響く。凪のナイフと僕の塩製のナイフが弾きあっていく。


 一瞬の臨界で凪の臨界を無力化して、その 【刹那】を紡いで、【加速】をする。


 七回の衝突の末に、ナイフの鍔迫り合いになる。


「塩のくせに…!」

「お前、渚先輩の妹なのに、性格は真逆なのな」

「それが何か…」


 1発。


 銃を使える仲間がいると、相手の動きを止めるのが定石だ。


 凪の頭を貫くように銃弾は進んでいったのだが。

 凪は瞬間移動を行い、僕は慣性に従い、前に倒れる。


 その真横には、銃弾が。

 「臨界」腕を伸ばして、ナイフを動かしても…

 間に合わない!


省略スキップ


 そんな、声が。


「葵、大丈夫?」

「火車先輩?何が…」

「説明は後。とりあえず、渚の妹を救うよ!」


 火車先輩の手を取り、立ち上がる。どうしてか、僕は銃弾に当たることはなく、生きている。


 でも、答え合わせは後だ。


「…しぶといね、奏音。今日一日中、付き纏ってきたのに、全く能力を持ってることがわかんなかった。…隠し方が完璧だね、誰かに習った?」

「…君のお姉ちゃんだよ!」


 彼女の手には、麗桜さんが持っていた銃が。

 よく分からないが、リロードとか、知っているのか!?


 1発、また1発。


 彼女は初めて撃つような挙動じゃない。

訓練したことある動きに見える。


 命中率も結構高い。7発中、6発凪がナイフでいなしたり躱したりしている。


 7発打った瞬間、凪は瞬間移動で火車先輩に近づいていた。


「火車先輩‼︎」


 凪は後ろから、ナイフを刺そうと腕を伸ばしていた。


 だが、火車先輩は体の重心を横に倒し、体を半回転。1発。

 銃弾は凪の右腕の付け根を貫いた。


「…おいおい、そりゃおかしいだろ…数え間違えてなんか…」

「へー、銃って一度に撃てる数があるんですね、勉強になります」


 1発、もう1発。


 左腕を踏んで固定しながら、執拗に右腕の付け根を狙う火車先輩。


 そして、彼女の手から、ナイフを握る力も、感覚も消えていった。


「…さて」


 右腕は蹴られて千切れ、鮮血が一本線に引かれる。


「逃げないようにしましたよ、麗桜さん」

「…すごい」


 麗桜さんは驚愕している。それもそうだ。

 彼女は、正確に銃弾を命中させ、腕を切断した。

 凪はもう、気を失っている。


 彼からはもう、なんの音もしない。


 【はず】だった。

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