#26 【お嬢様】と【メイド】

 5/9。

「…hello」

 窓を開けて、小さくつぶやいた。

 外からの豪快な雨音でその声は流されていったが、これが私の日課のようなもの。


 ……そういえば昨日から学校は始まったんだったか。

「…無理…ですわ」


 あの、研究所の出来事が頭から離れません。

『好奇心は猫を殺す』とはよく言ったものです。

 好奇心で行った場所であんな…ことになるなんて。


 “コンコン”という扉のノック音が聞こえ、その音にビクビクしながらも、応答する。


「どうしました?」

「はい、四葉お嬢様、朝ごはんですので、食堂の方まで…」

「いや。」

「……まだ、怖いですか?」

「あぁ、だから、ここまで持ってきてくれるか?」

「かしこまりました。」


 そう言って出ていく、メイド。

 家で働いているメイドで、私に支えているのは一人だけだ。

 あのメイドの名は、苺。


 そういえばあの時会った時もこんな雨だっただろうか。

 雨の中、公園で親を探していると言いながら、誰もいないであろう公園を彷徨いていたのだ。


 私は、彼女を助けようと親を一緒に探したのだが。

 結果は、わかっている通りだ。

 結局、うちで引き取り、うちのメイドとして働かせることになった。


 あぁ、しかも彼女、名前がなかったらしく、自分のことを「わたし」としか表現できなかった。

 彼女の名は、苺。

 昔からも今もずっと苺だ。


 …名付け方はペットみたいだったけど。

 家で引き取ることになった際に一緒にお風呂に入ったのだけど。

 彼女はお風呂に入ると、ほっぺたが赤くなった。

 だから、名前がないと聞いた時に、私がその名前をつけてあげたのだ。


 “コンコン”という、ノック。

 今度は特に怖気もなく、声を出せた。


「どうぞ」

「はい、四葉お嬢様、朝食をお持ちしました。」

「ありがとう。そうだ、苺も一緒にここで食べない?」

「え、苺もですか?」

「そうそう、一緒に」

「いいんですか??…でも、どうしてそんな急に…」

「……不安になっている時は誰かと一緒にいた方がいいと、思ってて…」

「……そうですね、私も同感です。」


 そう言って、苺は自分の分も取りに行った。

 …二度手間…だったね。ごめん。


 *


「それじゃ、いただきます」

「はい、いただいてください」


 今日の朝食は、和食だった。

 メニューは、言わずもがな。

 ご飯、味噌汁、焼き鮭、沢庵。

 うちのいつも通りの和食である。


 …まぁ、こんな広い豪邸みたいな部屋で、和食を食べてるのは、少し気分というのが上がらないが…。


 美味しければなんでもいいのだ。


「そういえば、写真どうなりました?」

「あぁ、印刷はできている、だが…」

「今日は、取りにはいけませんね…」

「…そうね」


 苺は、写真を撮るのが好きだ。特にカメラに詳しく、私には何を言ってるのかさっぱりだ。


 生憎、今日は雨。

 写真を撮りにいくには、嫌な天気だ。

 …いや、何をするにも、嫌な天気だろう。


 実際、学校を休んでいるし。


「そうだ、朝食を食べ終わったら、久しぶりに、ファンションショーでもしますか?」

「え、もしかして、あれ出してくるの?」

「はい、コスプレ衣装のことですよね?出します。てか、四葉お嬢様に着せます。」

「あはは…着るしかなさそうだね」


 そう言って、朝食を食べ終わった私たちは、ファッションショーの準備を始めた。


 そういえば、小河原と、氷雨先輩たちがコスプレ衣装の話をしていたっけか。

 ……私もいけたのだろうか。


 だとしても、皆は、学校に行けているのだろうか。あんなことがあってまともに行けているとは思えない。


 ……まぁ、気にしなくていいか。行けるようになったらいく。

 でも、今は行けないから行かない。

 それだけだ。


 *


 …事件は。


 唐突に起こった。


 突然に、お嬢様は消えた。

 私が、服を用意して、写真を撮ったり、撮られたり。


 さっき、最後の写真を撮り、写真の確認をしようとした時だ。

 私が滑って、カメラを落としてしまい、それを拾った時だ。


 違和感でカメラを取るより先に、お嬢様がいた場所を見ると、お嬢様はいなくなってしまった。


 カメラ。


 …最後に撮った写真の中に、お嬢様はいなかった。

 残っているのは、記憶の中と、カメラの中の他の写真だけだ。


 ……未だ、窓の外は雨が降っている。

 こんな気持ちは、あの時以来だ。

 寂しい、不安、怖い。

 今日は雨が涙をだましてくれない。


 いや、涙を流している場合じゃない。どこに行ったのか探しに行かないと。


『お前は、四葉が言ってるからここに置いているだけだ、お前みたいな愚図で鈍間で邪魔なやつは、四葉がいなくなったら捨ててやる』


 お嬢様がいなくなったと知れば、私は…


 私は、部屋に散らかった服をベッドに入れる。私はあった荷物を全てまとめる。


 探しに行かなきゃ。

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