閑話(1)-23:6

#23 【戦火の燈】

「いったたた…」


 びしゃびしゃになった服を洗いながら、胸、お腹、太腿につけられた傷を洗う。


「…めんどくさ」


 今日もまた、『教育いじめ』にあった。カッターで切りつけたり。水をかけられたり。

 これなら、小学生の時みたいに、保健室に行っていた方が…


『……守ってやるからさ、一緒に行かない?』


 いや、あいつがいるか。守ってくれるはず。

 二年間、ちゃんと守ってくれた。


 けど、あいつが干渉できないところで、『教育』は続いている。

 …今度から、トイレは行かないようにしようかな…


「あ、服、どうしよ」


 手にあるのは、びしゃびしゃの制服だけだ。

 仕方ない。教室にジャージがあるはずだし、それを着て帰るか。


 教室に行くまでは……


「ま、いいか」


 今は夕方だ。

 もう学校に残っているやつなんていないだろ。


 教室までは30mくらいだ。誰かがいるなら話は別だが、学校でこんな格好で歩けるのは二度とできないだろうし。


「だからやめろって言ってるだろ」

「あー??お前に関係ないって言ってるだろうが!結子、腕止めて」

「はいはい」

「…やめろって言ってるだろうが!」

「結子!大丈夫!?」

「お前らは、なんであいつをいじめる??」

「は?そんなの勝手でしょ?さっきから言ってる。“お前に関係ない”」

「…そうかい」


 教室内から、凪と私をいじめる奴らが言い争ってる。その声を聞いて。


 私は隣の教室に入って、時が過ぎるのを。時間が解決するのを待つことしかできなかった。


 ついに、暁はなくなり。

 闇夜に順応しながら、おそるおそる教室に入ると。



 窓ガラスにヒビが入ってるし、そこに血がついているし、凪のお腹にカッターが深々と刺さっている。

 目はもう、虚空を見つめている。


 諦めがついたよ。


 ああ、私もそこに行くからね。

 彼のお腹に刺さったカッターを引き抜こうと、カッターを掴んだ。


 かちっと、カッターの音がしたあと。


 カッターの刃は、もう凪のお腹に全部刺さっていることを理解したくなかった。


 胸に、お腹に、太腿に。

 刺しても刺しても。痛みなんか愚か、怖さも全くない。

 そのうち、視界がぼやけてきた。

 意識ははっきりしてるのに。

 痛みはないのに!!


「裏切り者が!!ふざけんなよ!守ってくれるって!一緒にいてくれるって言ったくせに!!先に死にやがって!!裏切り者!!」


 情緒はもう、壊れていた。

 人から守られていた立場のくせに。そんな価値もないくせに。

 こんな、威勢のいい言葉だけはペラペラ吐き出して。


「死ねよ……」


 久しぶりの叫びは、体力的にきつかった。息切れを起こし、体は思うように動けなくなった。


 あぁ、このまま___


 コツ、コツ、コツ


 近づいてくる、足音?


 あぁ、いいか、このまま…死ねたら___


「柚音」


 その声を聞いた途端、目を開けざるを得なかった。


「凪!?なんで!?」


 疑問の答えは、見ただけで分かったような気がした。

 倒れ伏した凪と今立っている凪。


『……多分、やれることはそんなにないかな』

「え?」

『耳貸して』


 言われた通り、耳を向けると。


『チクッとするよ』

「いっ…」


 耳に何かを刺された。いや、大体わかるか。


『ピアスだよ。ずっと、つけたいって言ってたでしょ。』

「…ピアス…」


 あいつらに開けられまくった、右耳のピアス穴は、嫌いでたまらない。


『知ってる?こうやって、安全ピンを火で炙れば、穴くらい開けれるんだよ?』


 だけど。いまつけた、左のピアスは愛おしくてたまらない。


『柚音。そのピアスには不思議な力があるんだ。』

「不思議な力?」

『手のひらを出して。』

「こう?」


 言われた通りに、手のひらを出す。


『夢を見る。妄想を具現化するのは、いつでも、小さな【火】の役目だよ』


 そう言われた途端、私の手のひらから、火が焚かれた。


 小さな、“マッチ”程度の火だけれど。


「ありがとう、凪」

『あぁ、どういたしまして。』


 そんな言葉が、火の中から聞こえたんだ。



 2027/07/28-事故File

 23:27頃、大瀬中学校の火災報知器が起動。関係者は誤作動だと思い込んでいたが、近隣住民の通報により、火事だと発覚。出火の原因は不明。が、火が消し止められた後、中の捜索で、生徒と思われる人間の遺体が発見。が、遺体は焼死ではなく、腹部に刺されたカッターによる失血死であると判明している。自殺の際に、中学校諸共燃やそうとしたという説が濃厚だが、カッターの指紋を鑑定したところ、複数人の指紋が確認。その中でも一番最近だったものが“火車柚音”であったため、調査を進めている。

 また、この日に他三件放火の事件があったが、繋がりがあるかは不明である。

 __担当:青柳

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