#16 あなたが癒えるなら
僕の不安は嘘のように、電車は何事もなく目的地に着いた。そして、またもや何事もなく、能力総合研究所に着いた。
「あおいぃぃ〜着いたかぁぁぁ〜」
「渚先輩のびすぎですよ」
「だってぇぇぇぇ休みがぁぁぁっぁ」
渚先輩は慣れない電車にそこから1時間歩いているので体力というか、何も残っていない。
「ほら!おまえらさっさといくぞー!」
急に仕切り出した海藤は、渚先輩を支えながら総研に入っていってしまった。
「……あのお姉さん、顔真っ青だったけど大丈夫なの?」
「……ダメかもな」
僕が総研に入った時にはもう、決壊寸前だったのだ。
「……おえっ」
*
渚先輩は、持病があるという。それは、自分の血液が体外に出やすいこと。
通常の人より、血液の処理速度が早いらしく、人より倍以上の水分摂取量が必要なのだ。
そしてもう一つ。
彼女は体の特性上、今まで血というか血液をよく見てきた代償を持っている。
それは。
「大丈夫ですかー?」
「はぁ…は、ぁ…だいっ…じょうぶ…」
彼女が嘔吐してから4分。
つまり僕が彼女の吐瀉物を素手で受け止めてから4分経ったってことだ。未だ彼女は気分が悪いらしく、個室のトイレに引きこもっている。
……それにしても。
彼女の吐瀉物は。【真っ赤】だった。明らかに血を吐いたとしか思えない紅さ。
これが彼女の特殊体質なのだろうか。
「あおいぃぃぃ」
いきなり個室から出てきた渚先輩は僕の名前を呼びながら、僕の近くに寄ってきていた。
「渚先輩、体調はっ…もぅ」
そして僕の体に寄りかかってきた。
つまり体重を預けてきたのだ。僕より2センチも高い先輩をなんとか倒れないように踏みとどまった。
「先輩?大丈夫ですか?」
彼女の顎が僕の左肩に乗っている。
倒れないように抱き抱えると彼女から少し息の漏れる音が聞こえた。
そして次の感覚が僕の反応を鈍くも混乱も困惑を生み出した。
「せんっ…ぱい??」
左の肩にあったのは熱み。
それが【痛み】であることに気づくのに、数秒の脳処理を必要とした。
そう。【噛まれた】。
彼女に、左の首元を噛まれてる。
しかも結構な強さに痛みも結構ある。
まるで赤子がタオルの端っこを噛むような無邪気な、悪気のなさそうな行動。
だが。これじゃ、嚙み千切られる。
「ちょ、痛いっ…ですって!!!」
これじゃ僕の首元に穴が開く。
いや、空いているのか?
兎にも角にも逃げないと死ぬ。僕の生存本能がそう言っている。
先輩の肩を掴んで、強引に引き剥がす。
先輩はその勢いのまま壁にぶつかって、地面に倒れ込んだ。
「先輩っ!すみません!!大丈夫ですか??!」
「……が……い…た…」
「…え?」
「…喉が……かわ…いた……」
そんな干からびた先輩の体はもう力がないらしい。
僕は自分が持っていたバックから、ペットボトルの水を取り出し、先輩の口に無理矢理突っ込んだ。
すると反射的に先輩は喉を鳴らして、水を飲み始めた。
ほんの数秒で500mlを飲み終えた先輩は、おじさんみたいな声をあげた。
「ぷはー!!危ない危ない。」
「先輩、大丈夫ですか!?」
「あー……ま、大丈夫ではある。水をちゃんと飲まないといけないけど」
「そうなんですか?よかった。渚先輩死んじゃったのかと思って…」
「んなことじゃ死なんよ」
そう言って彼女は、そのままトイレをゆっくり出て行こうとした。
「ちょ、待って、一緒に出ましょ」
「ん?なんで?」
「ここ女子トイレなんですよ」
「……あぁ、そういうこと。ありがとねわざわざ」
一緒にトイレから出て。
連中と合流した時。
いや、正確には、連中を見つけた瞬間か。
いかにも見たことがない、高身長の人間がいたんだ。
「…それで?なんであなたがここにいるんですか??」
「なんで?きちゃいけないわけじゃないでしょ??」
「いや、そうじゃなくて、なんで日程も、時間も同じなのかって聞いているんですよ?」
そんな会話をしている中、渚先輩は軽ーい挨拶をかました。
「おー、四ツ谷じゃん、久しぶりー」
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