#15 手向けの花束を

「それで?葵様、ここからの目的地まで何分で着くのかしら?」


 僕の右の後ろの方にいる神崎さんが言った。さっき言っただろ。聞いていなかったのか?


「一時間ちょっとだ」

「退屈なんですねぇ、やっぱりヘリで行けばよかったですわ」

「あっちにヘリポートはないぞ」

「そうでしたわ…」


 全く。お嬢様は話を聞かないのか?


「なぁ葵、あっちまでどれくらいだ」


 今度は左後ろにいた渚先輩が言った。さっき言っただろって。


「一時間ちょっとです」

「うへぇ、電車酔いする私には地獄の道のり…」

「大丈夫です。寝てればすぐですよ」

「それはそうだけどぉ」


 僕は先ほど、演劇部の連中とF研究班を顔合わせをやらせて、自己紹介をさせた。……それはまぁすごいことになったが。


 *


「え、渚先輩電車酔いするんすか??」

「あぁ、この世で一番酔う乗り物といっても過言じゃない…」

「大丈夫っすよ!吐いたら俺が介抱します!」

「そうか…吐かない努力はしよう…」


 海藤は入学式で見た演劇のせいで先輩のことを神格化している。まぁ、わからなくはないが、ちょっと限度ってもんを知って欲しい。


「それでそれで!?この衣装は?」

「この衣装は……この前のコスプレの時に……」

「ええーー!?自作ってこと!?」

「うん、まぁ、自分で……作った……ってことに……」

「すごーいじゃん!!!どーやったの……?!」

「…あはは…」


 演劇部の衣装係、千寿彩は、女装子の小河原悠の服に興味津々。悠はコスプレの服などを自作していたり、いろんな人とコスプレをしたりしている。


 そう。これが電車に乗る前。

 ちなみに、乗ったらテンションが上がってこれ以上の混沌カオスと化す。



「あ“ー、ぎっづいがもー」

「渚先輩、ファイトっす‼︎」

「…お願いだから、君は近づかない方がいいぞー」

「なんでっすか??」


 渚は初めて、覚悟を決めた。


「多分、吐くぞ。君の服の上に。君は代わりの服はあるか??」

「な、ないっす…」

「なら、近づかない方がいい…。この後の予定をパンツ一丁で過ごしたくなかったらな。」

「…し、失礼しました!先輩、できるだけ耐えてくださいね‼︎」

「あぁ、努力は、しよう……」


 やっと行ってくれた。こういう時、うるさい人間がいると酔いやすいから助かる。


「あら?あなたとは話していなかったわよね?」

「あんまり近づかない方がいいぞー、お嬢。乗り物酔いが激しいんだ。」


 やばい。海藤あいつくらいうるさそうな人間が来てしまった。


「まぁまぁ。窓を開けて深呼吸してはいかが?」

「見えないのかー、もうしてるー」

「あらぁ……、苺と同じくらいですわねぇ」

「苺ぉ?」

「えぇ。私のメイドの話ですわ……」

「なら、その苺の話でもしてくれぇ、ちょうどよく寝れそうだからぁ」

「ふふ、できるだけ面白い話をしてあげますわ」



「はぁ〜、やっと収集ついた…」

「お疲れ、葵くん」

「あ!火車先輩!ずるいすよ、一人でこっちに逃げるなんて…って」

「一人じゃないぞ」


 と、火車先輩の後ろの方から結構想像通りのthe“妹”が出てきた。


「あー、“これ”が火車先輩の妹ですか」

「……これってなんだ、これって。おいクソ姉貴、こいつ失礼じゃないか??」

「……クソ姉貴呼びなんだ……」


 姉が妹の口を手で塞ぐ。それを妹はすぐさま振り払う。割と仲は良くないのだろうか。


「まぁまぁ。火車先輩、それで教えてくださいよ、僕の妹のこと。」

「一人称、僕なの??きもっ」

「……おい、ちんちくりん、名前は」


 流石に、これだけ言われたら反撃したい。


「なに?レディに名前を聞く時は自分から名乗るのは“じょーしき”なんですけど??」

「……橘花、葵」

「意外に平々凡々な名なのね。うちは火車ひぐるま柚音ゆのんとりまよろー」

「ゆのん…、ゆのん…?」

「なに?文句ある?」

「いや、どんな字を書くのかと…」

「はぁー……。柚子の“柚”と、音色の“音”で柚音ゆのん。どう?わかる?まぁ、あんたの弱い頭じゃ…」

「あぁ、あぁー!!なるほど、わかったありがとう。いい名前じゃないか」

「え、えっ」


 柚音は狼狽えていた。内心ちょろいと思ってしまった。これじゃメスガキにも勝てないぞ。【ザコ】と言われてしまうんだろう。


「話を脱線させて悪かった、早速僕の妹の話を…」

「いや。脱線じゃない。むしろそっちが本線だ。」

「え?え?どういうこと??」

「君の望んでいるのは、この子のことだろう?」


 その小さな柚音の手には、写真があった。なんでお前が持っているんだ。

 そこに映り込むは、髪が赤色に染まり、片目を暑そうに閉じて太陽の方を向いている写真だ。


 髪色が違うが、顔つきは明らかに…


【茜】だった。


「なんでこんなもの……」

「うちの知り合いがハッキングしたんだけど、この街にはいる。なんで君の元に現れないのか理由は知らん」

「……」

「記憶喪失か…脅迫されてるか…はたまたおまえに恨みがあるのか」

「生きてるんだな!?」

「え、あぁ、まぁ、生きては、いるぞ」

「じゃぁ、大丈夫だ。生きていれば御の字だ。あそこからどう逃げ出したかは知らないけど、生きていればそれでいい。」


 妹は、生きている。それを知れて安心した。

 その、“事実”があるだけで嬉しい。


「……なんか感傷に浸ってるとこ悪いけど、葵あんた……」


 と、火車奏音は僕に“そんな”眼を向けて。


「シスコンだったのね……しかもキッツイし」

「クソ姉貴…今だけは同意できるよ……」


 火車姉妹から蔑みの目を向けられる。


「全く。どいつもこいつも、人のこと知らずにべらべらと…」


 と、そいつらを“そんな”眼で見る。


「仕方ないだろ……」


 僕は下を向いて。


「……僕の唯一の【肉親】なんだから」


って。溢すみたいに言った。

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