#10 波はゆっくり近づいて

「いらっしゃい」


 三波さんはそんな淡白な言葉で僕らを歓迎した。


 彼の研究室は一階の奥の方。

 書斎のさらに奥にあり、扉は本棚で隠れていた。


 まぁ、言われてみればとんでもないこと研究してるもんな。

 彼は僕らをソファに座らせたあと、彼はとあるものを持ってきた。


「これがこの世界の地図だよ。」


 と、世界の地図を見せてきた。

 昔。世界の大陸が六つに分かれていた頃、世界に大きな隕石が落ちた。

 そこは【地の底】と呼ばれ、今でも侵入禁止場所になっている。

 その影響で生態系は揺らいだ。

 生態ピラミッドには今まで人間より上の存在がいなかったのだ。

 だが、その人間の上の存在が発生してしまった。


 血で生きることができ、他人から血を摂取して生きる。真っ赤な瞳をして、八重歯が異常なほど尖り、人の肉を刺して血を吸うことに特化した。


 【吸血鬼】


 が、いたのだ。


 *


「いた?いるじゃなくてですか?」

「あぁ。何故なら、吸血鬼は絶滅させた。俺らがな。」

「絶滅…?」

「あぁ。お前らは歴史で二つの世界対戦があったことを勉強しただろう。」

「あぁ。習いましたが…」

「あぁ。あれは世界中へのカバーストーリーだ。本当は世界中で、吸血鬼の無差別殺戮を始めたことによって始まったものだった。」

「そんな……」


 吸血鬼は絶滅した。

 僕は何故かそのことが非常に気になった。


「んで、ここからが俺の研究の醍醐味だ。」


 そして、その衝撃的な話をし始めた。


 世界大戦は最終的には人間と人間の戦争になってしまった。

 それは吸血鬼は殺すべき派と、殺すべきではない派で分かれてしまったからだ。


 吸血鬼はだいぶ人間に寄せられて作られている。その影響か、恋仲、子作り、婚約、など、多種族間で子孫を残していくことに成功したんだ。


 そして、生まれた子供は俺ら研究者の中では、【半吸血鬼】と呼んでるんだが。

 もちろん、吸血鬼からの子だから、能力も使用可能。だが、1番のすごいところは。


「必ず、【半吸血鬼】の瞳は【銀色】に光り輝くんだ。」


 それは、あまりにも酷くて、残酷な話。


「そうそう。最近は物騒だから、能力者は組織に狙われて、暗殺、拷問、実験対象になったりするらしい。お前らも銀の瞳をしたやつはカラコンしたりしてしっかり隠せよ。」


 僕が一番最初にその話を聞いて、思い出してしまった。


 髪は黒で毛先だけ赤に染まっている。長さは腰より高い。

 彼女の瞳は【銀色】だ。

 そう。橘花茜。

 彼女は、【半吸血鬼】だったのだ。


「…待ってください、その能力者とかを狙う組織って…」

「君たちの名前くらいは覚えたほうがいい。“NEA”だ。この組織が能力者を殺すことを。いや、能力自体を抹消することを目的とした組織だ」


 NEA。


 聞き覚えがある。

 あの列車で、海斗さんが口から泡みたいに吐いた言葉。

 そしてこいつらが、能力者を抹殺することが目的だったなら。


 列車内にいた能力者が殺されていても、行方不明のなってもおかしくない。

 妹が能力者であるかどうかは関係ない。瞳が【銀色】であることは、吸血鬼の子孫の証。能力者の烙印だ。


 そして、僕が謎の組織に捕まっていた理由にも説明がつき始める。

 茜が抵抗をすると僕が囮になってしまった。

 そして妹を殺した後に、囮を再利用。

 見つけた能力者は先に殺した方が計画がスムーズに進むはず。


 そして、あの騒動を起こして、海斗さんにボコられて…


 ん?

 じゃあ、駅での騒動はどこがやったんだ?なんの目的で??駅を爆弾で破壊する意味はあったか?あの列車に能力者はさほどいない。田舎からの数少ない列車だぞ?


 茜は寝ていた?いや、起きていた可能性もある。それで見つかれば……


「葵?」

 と、紗凪に声をかけられる。

「あ、ごめん。ちょっと考え事…」

「……そ?ならいいけど…」


 ……こいつには関係ないんだから、巻き込むわけにはいかない。例え、性格がヤバい女で、行動も何もかも盲目で無鉄砲でも。


「今、失礼なこと考えなかった?」

「……い、いや?そんなことない……です……けど……」


 おいおい、これじゃ能力者かどうかわかんないだろ……



「今日はありがとうございました」


 外に出た僕たちは、それぞれ帰路についていた。


「……なんでついてきてんだよ」

「いーでしょ、これでも彼女なんだし」

「あれって、彼女になった判定なのか……?」

「なったでしょう?つけたんだから、それ。」

「……あぁ、そういえば」


 紗凪がついてくるようになった。


「ついてきたって何もないけど」

「いーの。私の気が済むから」

「あっそ」


 僕たちは、夜の春風に吹かれながら涼しく帰るつもりだった。彼女とこんな感じで帰った時もあったなぁなんて考えても。


 それ以上の寒さが目の前にあった。そいつに震えが止まらない。


「よう、久しぶりだなぁ。クソ坊主」


 そこには死んだはずの、列車で銃を僕に突きつけた……そいつがいた。ボスとか呼ばれてた、僕を捕まえて、生贄として使おうとした、敵だ。


 前言撤回だ。こいつに邂逅した方が魂が冷える。

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