第4話

さあやってきました!やってきてしまいましたよ2月14日。


私は、自分の誕生日を祝うどころが呪いながらいつもの部屋で目を覚ます。


本日木曜日……本日17時からのライブで、遂に私は……私、モモは!……デビューを迎えます。

……と仰々しく脳内で妄想を展開したところで、本当に今日がデビューということに変わりはない。気が重い。動きたくない……でも迷惑はかけられない……


私はのそのそと体を起こし、支度をすませながらも地獄の日々を思い出す。

歌もダンスも完璧だ!笑顔だってパーフェクト!メンバーとも連携も問題なし!最高最強の『カラーズシックス』を見せる自信はある……あると思う……あるといいな?


不安でしょうがない私は、多分もう準備を始めているであろうスタッフの元へと足を進める。会場の方はなんだかいつもより豪華な飾り付けがあって華やかに見える。しかしそれが全ては私のためにあるというのだから、不安は消えることは無い。

すでに公式サイトには『本日重大発表』との告知も成されており、祭りになっているようだ。


私は、食堂に向かってお腹を満たし気を紛らわそうと試みた。

そしてその食堂で、カレーを流し込んでいる美穂を見つけると声をかけ泣きついた。


「美穂ー私どうしたらいい?失敗したら死ぬ!迷惑かけても死ぬ!なんなら成功しても死ねる自身がある!」

「出会って早々なに言ってるのよ。成功してなんで直子が死ぬのよ!」

「いや、嬉しくて?」

「嬉しくて死なないでよ。もう!私も準備で忙しいの。大丈夫だから。自信をもって!」

「あう」

私を優しく撫でる美穂は、若干のカレー臭を残してその場を離れていってしまった……私もカレーにしよう。そう思って食堂のおばちゃんに声をかけた。

そしてそのおばちゃんに色々と愚痴りながら、またも励ましてもらった私は、少しだけ気分を上げることに成功したようだ。


お腹を満たした後は、少し休憩を取るとトレーニングルームで体をほぐす。ゆっくりと体をあたためながらいつもの動きを繰り返す。一時間ほど体を動かすと、全身から玉のような汗が噴き出していた。カレー最強。

シャワーで汗をしっかり流した私は、すでにトレーニングルームで、ゆっくりと体を動かしているカエデさんとマリンさんに遭遇した。


「おはようございます!」

「あっナオ!おはよー!」

「おはよー」

今日も朝から元気なカエデさんと少し眠そうなマリンさん。


「ナオはもう起きてたんだね!もう体はほぐした?」

「はい!シャワーでさっぱりしてきました!」

「そっか残念。一緒に浴びようと思ってたのに……」

「うっ」

舌を出して変なことを言うカエデさんに赤面してしまう私は言葉を詰まらせた。


「じゃじゃあもう一回……汗かこうかな……」

「えっでもオーバーワークになるかもだったら止めときなね」

お返しとばかりに言った一言は、どうやら冷静に返されてしまったようだ。


「今日は我慢します。今度一緒に汗をながしたいです」

「ふふ。そうだね」

そんな会話をしていると、ワカバさんとアヤメさんもやってきた。今日は別々できたのかな?珍しい。


挨拶を交わした私は、早々にメイク室に移動すると、また髪と顔をいじられそして衣装に着替えていく。本当に……はじまってしまうんだな……

1年ほど前には考えられない状況。でもここまで準備はやってきた!どんな事態になろうとも、最後までやり抜くことを決意しながら拳に力をこめて深呼吸した。


「はー今日はいよいよだねー」

カエデさんがそう言いながらメイク室へと入ってきた。他のメンバーも一緒だった。きっと一緒に汗を流してきたのだろう……羨ましい。

しかしみんなで一緒にシャワーを浴びるなんて、今まで何度もやってきたこと……羨ましくなんか……ないんだから!


脳内でそんな一人芝居を繰り返している間に、手慣れたメンバーたちは次々に衣装に着替えて出てきた。やっぱりみんな、オーラが違う。もうアイドルの輝きを放っている。私も早くそのオーラを纏いたい。


そして少しの緊張をメンバーと雑談することで緩めていった。話すことで緊張していた私が懐かしい。そして時間は刻々と過ぎていった……


◆◇◆◇◆


会場の方からざわざわと音がする。

もうとっくに開場を過ぎ、あと10分ほどで開演となる。ファンたちも空気を感じで声をざわつき始めたのだろう。


「さあ!今日は新生『カラーズシックス』の晴れ舞台!いくよっ!」

「「「「「おー!」」」」」

カエデさんの掛け声と共に声をあげるメンバー一同。私も叫ぶ。この声が聞こえたのか、ファンたちも大きな声をあげる。

不安に押しつぶされそうになる。でも後悔してももう遅い!やるしかないこの状況に、私はあまり育っていない旨をひと叩きして落ち着かせるのだ。


そして時間になって会場は暗転する……


ステージ上のモニターに光が煌めく。

舞台袖からモニターを見ている私たちの手にも力がこもる……


カエデさんを最初に、メンバーの写真と名前が映し出される。

5人のメンバー紹介が終わる……


そしていつもの『カラーズファイブ』のロゴが輝き……そしてその画面が乱れる……

会場のファンがざわついた。


そして画面が乱れながらも私のシルエットが映し出される。そして……

画面には再び移った『カラーズファイブ』のロゴがゆっくりと変わって行く。そしてそれは予定通りの『カラーズシックス』へ……会場のファンの歓声がひときわ大きくって会場全体が揺れるような錯覚に陥る。


これは……恥ずかしい……。この後、私の写真と名前が大々的に……シーンとしてしまったらどうなるんだろう……怖い!怖すぎる!


そしてもう一度上がる歓声に、私は目を開け画面に映し出された私の写真と名前に顔を赤くする。何度見ても慣れることは不可能であった。そこにカエデさんのアナウンスが始まった。バックにはオープニングのイントロが流れ出す……


「みんな!歓迎の準備はできてる!」

『うおーー!』

「いいね!モモちゃんもしっかり仕上がってるよ!」

『うおぉぉーー!』

「さあ……いこう……」

その合図とともに走り出す。ステージの……センターまで!


そうなんだ。生意気にも私は、オープニングだけはセンターを務めることになった。6人だからカエデさんとWでセンターとなる。カエデさんの動きを完コピしていた私でも、本番の空気に圧倒され歌にダンスに必死だった。

初めての歓声を受け、それでも完璧にカエデさんと同じ動きができた自身があった。


そして特別に与えられたソロの部分。

いつもはカエデさんが高らかに歌い上げるその部分を、私は自分自身のイメージで歌い出す。そしてまた新たな歓声を受け、気持ちが上がる。脳内がはじけ飛びそうな幸福感を感じならが、その後も歌い、踊り続けた。


気付けば最後のトークの時間。

いつものように、事前に受けていた質問の中から選んだトークテーマで話し出す。もちろん私のことは誰も知らなかったのだから私宛の質問はない。そして他のメンバー分の質問タイムが終わる。


「それじゃー、みんな気になってるよね!気になってるでしょ!」

『おおーー!』

「モモちゃん!」

「はい!」

「モモちゃんのアピールタイムだよ!」

「ひゃい!」

頑張ったけど上ずってしまった私にメンバーが笑い出す。そして集まり私の方に手をあってて口々に「どんまい」と声を掛けられる。会場中が笑いに包まれた。そして私は一度深呼吸をした後、話し始めた。


「みなさん!こんにちわ。生意気にも新メンバーになってしまったモモです!今のところ、こんな感じでいじられキャラをやってます!緊張で死にそうです!」

「大丈夫!あなたは死なせはしないわ!」

まじめな顔でカエデさんが私の両肩に手を置いてから抱きしめた。

『ギャー』という悲鳴に近い歓声が上がっていた。これは喜んでもらっているということで、良いのだろうか?その声とともに私から離れ、観客に向かって舌を出しながらサムズアップするカエデさん。


「少しですが前は経理をやっていたので、文字打ちなら自信はあります!」

胸の前でカタカタとキーボードを打つ動作をしてみる私。それなりに笑いも取れたようだった。


「そんで!そんなモモちゃんはー!本日二十歳になりましたー!」

カエデさんの発表と共にメンバーがパーティクラッカーを鳴らし「おめでとー」と声がかかる。ちなみにこのクラッカーはかたずけいらずな飛び散らないタイプの奴だ。観客からも歓声が上がる。

そしてワカバさんとトバリさんが一度舞台袖にひっこむと、台にのせられたケーキが運びこまれ……私は涙をこらえ、ハッピーバースデーの大合唱に合わせてろうそくを消した。


本当に良かった……後はいつも通りにカエデさんの「それじゃあ今夜はここまで!次回また会おうぜ!」という言葉の後に、手を振ったり投げキッスをしたりと会場全体にアピールをしたら終了となる。

無事に終わる。失敗はない。良かった!これで私はまた明日から生きていける!そう思ってカエデさんの言葉を待つ。私は最初だから深々とお辞儀でもしようか。そう考えていたのだ。


「じゃあ……今日はもう一つ重大発表!」

その声に私も含め、他のメンバーも動きを止める。何も聞いてないのは他のメンバーも同様のようだ。私たちも、そして会場のファンたちも、カエデさんの次の言葉を待っていた。


「私は……そして、モモちゃんは……」

えっ私?私のことも含まれてるの?まさか……愛の告白?私の顔が真っ赤になるのが自分で手に取るように分かる。これはいけない。アイドルにスキャンダルは御法度だと何度いったら……


「今日で活動を休止します!」

えっ……


今、カエデさん以外のメンバーと、会場のファンの心は一つになっているだろう。


「なんだってー!」

私はみんなの気持ちを代弁したであろう一言を叫んでいた。


「私とモモちゃんは半年の休止期間を経て、渡米します!……ってことで、モモちゃんよろしくね!じゃあみんな!次は私とモモちゃんのいない、『カラーズフォー』をよろしくね!必ず帰ってくるからね!」

そう言い捨てて、カエデさんはスキップをしながら舞台袖へと帰っていった。まだ混乱している私をひっぱるような形で……


それから残されたメンバーが回復し、手を振りアピールをする。ファンはもう……悲鳴を上げるもの、泣き叫ぶもの、唯々茫然と上を向いているものなどなど。収集がつかず結局0時を回るぐらいまで、帰ることはできなかった。


一方、いつもの楽屋に戻った私は。カエデさんの両肩をつかみ激しく前後にゆさぶった。


「カエデさん!どういうことですか!私何もきいてないです!アメリカとか私英語しゃべれないです!高校レベルの英語なんですよ!」

「だから半年は活動休止。英語みっちり勉強するわよ!」

そんな返事で固まっている私だったが、すぐに他のメンバーがやってきて同じように問い詰めていた。そこにスタッフも入り乱れての阿鼻叫喚になっていたので、どうやらスタッフも聞かされていなかったらしい。


そして鳴り続ける私のスマホ……

そうだよね。一応同僚も両親も楽しみに見てくれていたはずなんだよネット配信の映像を……スマホに母からの鬼電が来ていることに、うなだれていた。そしてまだ騒がしい部屋の隅に移動して、意を決して電話を掛ける。


「あ、あのね。私もね、今さっき聞いたの。ひどいよね、えっ?頑張ってこいって、私英語しゃべれないの知ってるよね?勉強しろってなんでそんなに前向きなの?ライブよかった?それはありがとう、いや泣かないでよ。

泣きたいの私だし……いや、うん。色々落ち着いたら一回帰るから、うん。じゃあまた……」

思った以上に前向きな母との電話を終えると、まだみんなに囲まれているカエデさんを見る。めっちゃ楽しそうな笑顔ですけど惚れちゃう!いやすでに惚れてたわ。


そして私はみんなの声に負けないようにカエデさんに話しかける。


「カエデさん!カエデさんは英語大丈夫なんですか!」

「あ、言ってなかったっけ?英語なんて一度もならったことないよ!」

なんならカエデさんに丸投げし、無口キャラで行こうかな?って思った私は膝をついてうなだれた。


どうやら今度は語学で特訓が待ち受けているようだ。

でもカエデさんとなら……この苦難も乗り越えていけるはず……いける、ハズ……だよね???


こうして推しの子に推された私は、さらに国外へと推しだされるようだ。


「行くよナオ!いや、モモちゃん!目指せ!世界一のアイドルに!」

「カエデさん……」


今日も明日も推しつ推されつ、頑張ろう!




・・・ END ・・・

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推しの子に推される私・気付いた時にはもう遅い!超スパルタな地獄の特訓の日々 安ころもっち @an_koromochi

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