猜疑に満ちた仮面舞踏会 2

「ではお嬢様……ようこそ、『仮面舞踏会ラ・クンパルシータ』へ」



 大きな扉が開き、私はその先へと足を踏み入れる。


 ぼんやりとした光が照らし、緩やかな音楽が流れるその会場には、すでに大勢の人々がいた。


 会話に華を咲かせる者、料理を楽しむ者、音楽に合わせてダンスをする者……思い思いに楽しむ彼ら彼女らはもちろん、楽器を演奏している者も給仕の者も、誰一人例外なく仮面を着けている。


 それが寧ろ妖しくも美しい光景を作り出し、ここがゲームの中だということも忘れてしまいそうなぐらいだ。



 仮面を着けて素顔を隠しているからなのだろう。老若男女問わず和やかな雰囲気だ。……もっとこう、殺伐とした雰囲気を想像して身構えていたんだけど……。



 そして、会場に入った瞬間に視界の端に現れた数字。

 一瞬だけ『35%』と表示され、その直後20%前後に低下したのだ。会場に居る人達の視線から察するに……この数字は私への注目度、つまり『ヘイト値』を可視化したものだ。


 ……ってことは、今はこの会場にいる人達のうち、20%前後は私を見ているってことね。ヘイト値を見せてくれるのは素直にありがたいわね。


 ウェルブラート辺境伯に薬を飲ませるためには、この数値を0にして、その瞬間に飲ませなきゃいけないわけか……。



 ひとまず適当に会場を歩いてみる。

 なるべく怪しまれないように堂々と、それでいて目立たないように……移動してもヘイト値に大きな変化はなし。


 せめて誰がどこから見ているのかを知りたいわね。それにウェルブラート辺境伯も探さなきゃダメだし……ヘイト値を上げないように探す方法かぁ。


 いろんな人に声をかけて回ったら確実に怪しまれるし。

 うーん、どうしよう……。



 ……あれ?

 もしかしてこのクエスト、えげつないほどに難しい?



「そこのお嬢さん」



 私が態度に出さないまま悩んでいると、突如として声を掛けられ、そちらの方を振り向く。そこには、背が高く細身の男性が、胸に手を当てて優雅に一礼している姿があった。



「私?」


「えぇ……もしよろしければ、私と一曲踊りませんか?」



 『仮面舞踏会』なのだから、当然お互いに名乗ることは無い。あくまで素性を隠したまま、身分も関係なくこの時間を楽しむのだ。


 少し腰を折り、手を差し出す男性。

 私は一瞬の逡巡の後、その手に自分の手を重ねる。



「えぇ、喜んで」



 私が会場の中央付近へと足を進めたことで、視界の端に表示されるヘイト値は少し上がり、現在22%。常に5分の1の人に見られていると思うと、なかなか多そうだ。


 私は、ダンスに関しては自信がある。どのように動けば注目され、見ている人々が『美しい』と感じるかが、手に取るように分かる。


 だからこそ、どのように動けば注目されない・・・・・・かも分かっているつもりだ。



 マジックで言うところの、『ミスディレクション』。

 視線誘導によって、私へのヘイトを下げてみる。


 ……と言っても、大好きなダンスでそんなことはしたくないんだよなぁ……。それに、一緒に踊ってくれる相手にも失礼だし。


 一緒に踊っている相手に失礼にならない程度に、周囲の視線を外すように誘導……ま、なんとかやってみるわ!



 音楽に合わせ、相手に付いていくように足を運ぶ。ひとまず、一緒に踊るこの男性に周囲の視線を誘導して……【クロワゼ・デリエール】起動。


 避けることに特化した【ステップ】系アビリティは、ヘイト値を下げる効果も併せ持つ。これで……現在15%。結構下がったけど、まだまだ遠いなぁ。


 誰が私を見ているのかが分かれば、結構楽になるんだけど……。



 そうしてしばらく、音楽に合わせて踊る。

 『仮面舞踏会ラ・クンパルシータ』の場において、個人に繋がるような質問や会話はご法度。あくまで暗黙の了解だけど……そうでもしなければ、気兼ねなく楽しむことができなくなってしまう。


 そんなわけで、私とこの男性との会話も、他愛もないものだ。料理がどうだとか、音楽がどうだとか……まぁ、そういった嗜好に対して深い知識を持っているあたり、この男性も上流階級なのだろう。



「ありがとうございました、お嬢様。とても楽しい時間でした」


「そう言ってもらえると嬉しいわ」



 一曲が終了し、脚を止めた男性は、その場に跪いて私の手の甲にキスをして去っていく。うーん……普通よりちょっと下のダンスだったと思うけど、決して言葉にも態度にも出さない紳士。『仮面舞踏会ラ・クンパルシータ』では、これがデフォルトなのかしら。












 まだまだ『仮面舞踏会ラ・クンパルシータ』での振る舞いが分かっていない私は、他の人ともダンスしたり会話したりして、その場に溶け込むことに専念する。


 現在のヘイト値は12%付近。

 微妙に下がったけど、まだまだ高い状態だ。



「キャアッ!」


「っ!?」



 そんな時、会場の一部から女性の悲鳴と、ガチャンッ! という何かが割れる大きな音が会場に響き渡った。


 突然のことにその方向へと目を向けると、どうやら一人の女性が、料理の乗った大皿を落としてしまったようだ。


 床に飛び散る破片と料理、その一部がドレスを汚してしまったようで、自身の起こした失礼と恥ずかしさでパニックになっている様子だった。



「お怪我はありませんか? お嬢様」

「ご心配なさらず……誰も咎めたりはしませんよ。給仕の者を呼びましたから、片付けはそちらに任せて、お嬢様はお色直しへ」


「あ、ありがとうございます……」



 動けない女性にスッと近づき、迅速に助ける男性が数人。決して見返りを求めるでもなく、ただ困っている女性を助ける……うーん、紳士だねぇ。



(……さて、私もちょっと困ったことになったわね)



 表情は変えず、視界の端に表示されている数字を見て、私は頭の中で状況を整理する。視界の端に表示されているヘイト値は、不慮の事故が起こったことで一気に下がり———現在4%。


 未だに4%もあることも問題だけど、事故が起こった瞬間から現在まで、一瞬でも4%以下にならなかったのも問題だ。



 それが意味するところはつまり……大きな音を立てながら皿を割るという事故が起きたにも拘わらず、一瞬も私から目を離さず監視・・を続けている人物が数名存在する、と言うことだ。

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