踊れ 影に隠せし、偽りの仮面

 とりあえずティターニアちゃんと一曲踊った後、少し休憩を入れる。と言っても、この場の多くの貴族がティターニアちゃんにあいさつに来るから、ティターニアちゃんはあまり休まない時間だったようだ。


 そんなティターニアちゃんには申し訳ないけど、私は全力で楽しんでいたりする。



「あ、あの……少しよろしいですか……?」



 私やティターニアちゃんを囲む貴族たちの間を抜け、勇敢な令嬢の一人が私に話かけてきた。歳は15歳前後ってところかな。淡いピンク色のドレスと、それと同じように朱が刺した頬がとても可愛い。



「その……先ほどのダンス、とっても素敵でした! ぜひお話ができたらと……」


「勿論です。あなたのような可憐なお嬢様に声を掛けられるのは、私のような騎士にとって誇らしいものですから」


「ひぅっ……」



 私が優しく微笑むと、その令嬢は謎の声を漏らして目を逸らす。その頬は赤く染まっており、胸の前で細い指が所在なさげにもじもじと動く。


 そしてそれは、目の前の彼女だけではない。


 最初に話しかけてきた令嬢に先を越されまいと、私を囲むように近づいてきた数人の令嬢達も私の笑顔を被弾したようで、あぅっ……と声を漏らしてふらつく子が多数。



 彼女たちも貴族である以上、例え女性であっても自身に責務があることを理解している。


 それは、他の家に嫁ぐことで家同士の繋がりを強くする、という形であって……つまり、余程のことがない限り自由恋愛・・・・なんてものとは程遠い立場であるのだ。


 だからこそ、そのを物語の中で発散し、王子様の姿を夢見て、盛大に拗らせる。そして現実の……私利私欲にがめつい本当の貴族の姿を見て夢から覚める、というのがワンセットである。


 もちろん全員が全員そうだとは限らない。

 ただ、恋愛の末にそれが成就するというのはほんの僅か。


 我が儘放題で横柄な貴族の息子も、ある面ではしっかりとした貴族であるので、それを支えるのが普通・・なのである。



 ところが、妖精女王様のダンスの相手という大役を勤めたこの美丈夫は、他の貴族家の息子達とは全く違う。


 まず、見た目が良い。贅沢三昧で丸くなっていくばかりの貴族達とは比べ物にならない。顔も、スタイルも。


 次に、気品が備わっている。細かい所作はもちろんのこと、ダンスに関しては至高の域だ。


 そして、自分のことを笑顔で『可愛いお嬢様』と言ってくれる……それだけで、十分すぎる理由だった。



「ぁうっ、その、あの……」


「……失礼します、お嬢様。お顔が赤いようですが……」



 顔を真っ赤にしておどおどしている年下の少女に、覗き込むようにして額に手を当てる。熱を気にしてると見せかけて、さりげなく触れ……いや、全然さりげなくないか。


 こんなの現実でやったら、『いやっ、無理、キモい!』と言われて通報案件だけど、ここはゲームの中で、相手はNPCだ。誰にも迷惑かけないからいいでしょ。



「っ───!」


「おっと」



 ふらっと身体が揺れ倒れそうになった少女を、腰に手を回して支える。


 周囲の令嬢達は、きゃあっと声をあげ、私の腕の中の少女はグルグルと目を回していた。



「大丈夫ですか? お嬢様」


「は、はひっ……!」


「これ、カローナ。 年端もいかぬ少女を虐めてやるでない」


「いえ、私は彼女を介抱しただけで……」



 私が少女を抱き寄せながら見つめ合っていると、ティターニアちゃんから小言が飛んできた。そんな彼女は、少しムッとした表情で私にジト目を向けていて……


 えっ、もしかして嫉妬?

 私が他の子とイチャイチャしてて嫉妬しちゃった?

 何この可愛い幼女!



「心配せずとも、この後存分に可愛がってあげますよ? ラ・ティターニア様」


「「「っ……///」」」



 ティターニアちゃんだけではなく、様子を見ていた周囲の令嬢たちも、顔を赤くしてだまってしまう。


 私の笑顔に見惚れたのか、それとも『可愛がる』という言葉を邪推して変な想像をしたからか……。


 あ~……NPCとはいえ、可愛い女の子をドキドキさせるのはなんかこう……楽しいよね。ゲームの中でこんな気持ちになるなんて、現実の方で出ないように気を付けないと……。



 と、私が女の子達とイチャイチャしていると、突然通知が届いた。差出人はセレスさん。内容は……『情報共有をしたい』というものだった。



「ラ・ティターニア様、一度お色直し・・・・に行きましょう?」


「む……? うむ、一度席を外す。皆の者は引き続き楽しむが良い」



 『お色直し』と言うのは、あくまでも合図。

 情報収集を行っていたセレスさんが、上手くいったということだ。


 私はラ・ティターニア様を先導し、大広間を後にした。



        ♢♢♢♢



 場所を変え、小さな一室に集まった私とティターニアちゃん、セレスさんは、顔を突き合わせて情報共有をしていた。



「と言うわけで、ユーセスティア男爵からお話を聞くことができましたわ。安全を考慮して、5分程度しか余裕はありませんでしたから、詳しいことは不明ですが……」


「良い。急遽で立てた作戦を成功させただけでも重畳じゃ。して、どうじゃった?」


「『ウェルブラート辺境伯』という名前が出ましたわ。この方が中心となり、いくつかの貴族家と手を組んで派閥を広めているようでした」


「ウェルブラート辺境伯……まさかあ奴がのう」


「ウェルブラート辺境伯って?」


「我々が住むことができる地域と、モンスターが跋扈する【エリゴス大森林】との境界を守る武闘派貴族じゃ。我々が住む国をモンスターから守る要所の一角を担っておる」



 なるほど、モンスターから国を守るための『辺境伯』ね……。確かにアネファンのモンスターはなかなか強いから、辺境伯も相当の実力でなければ成り立たないだろう。



「あ奴から私も知らない派閥を作ろうとしていることについて聞き出さねばならぬが……なかなか厄介じゃな」


「ティターニアちゃんからの命令で何とかならないの?」


「普通に呼び出して聞いたところで、白を切られたらそこまでじゃ。証拠がないからの……。かといって、『疑い』の状態で罰するわけにもいかんしの」


「あ~……確かにね」


「もっと厄介なのが、あ奴は警戒心が強く滅多なことでは他人と関わろうとしないことじゃな。間者や裏の者・・・を差し向けても失敗が目に見えておる」


「……じゃあ、その周りの貴族から詰めていく? でもめちゃくちゃ時間がかからない?」


「一応、あ奴の警戒心が解ける場もないことはないが……カローナよ、少々危ない綱渡りをする気はあるか?」


「……ラ・ティターニア様の命令とあれば」



 『ティターニアちゃん』ではなく、あえて『ラ・ティターニア様』と呼んだのは、私の覚悟だ。だって、女王様から提案される『危ない綱渡り』なんて、間違いなく珍しいクエストが発生するからね。


 そんなのやるしかないよね!



「非公式で行われているパーティ……『仮面舞踏会』にお主を送り込む。魔の巣窟に一人乗り込むようなものじゃが……やってくれるかの?」


「えぇ、お任せください」



『ユニーククエスト:猜疑に満ちた仮面舞踏会ラ・クンパルシータを開始します』

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