可愛い娘に褒められて嬉しくない男はいない(別視点回)

「注目を集めるとは言っていましたが、まさかこれほどとは……」



 カローナがダンスを始めてから数分、しばらく見惚れていたセレスも、ハッと我に返って思わず呟いた。



 何気ない会話の中で、カローナ様がダンスが得意だということは知っていましたが、これはもう『得意』だとかで収まるものではないのでは……?


 わたくしもずっと見ていたいのですが……頼まれた仕事がありますので、そうもいきませんわね。


 それに、カローナ様は完璧すぎるほどに役割を全うしていますもの。わたくしが失敗するわけにはいきませんわ!



「【ダブルディール】、【進化の因子エボリューションコード——“隠者ザ・ハーミット”】」



 ボールルームの一角で、セレスは隠れてアナザーアビリティを使用する。あらゆる物体に変身可能な『ランパード・カメレオン』と同じ能力を得たセレスは、人知れず姿を変えた。


 変身する対象は、ティターニアの下で働いている使用人のうち、特に見目の良く、若い子だ。さすがに使用人の顔まで覚えている人はいないだろうし、身体の隅々までじっくりねっとり観察できたから、アビリティによって変身していると見抜かれることはない。


 さらに【ダブルディール】と併用することで、本来3分しか使えない【隠者ザ・ハーミット】も、6分に拡張できるというわけだ。


 この6分間で、可能な限りユーセスティア男爵から情報を引き出すのだ。



「ユーセスティア男爵様、少しお話してもよろしいですか?」


「ふむ……見ない顔だが、君は?」


わたくしはレイコと言います。家名は……その、内緒でお願いいたしますわ。こちら・・・で信頼できる相手を探していましたら、あなたに目が行ってしまいまして……」


「ほう……そういうことならご一緒しましょう、お嬢様」



 少しあざといが、ミステリアスに微笑んでやれば、それっぽく見えるというわけだ。


 ラ・ティターニア様からの依頼とはいえ、爵位を騙るのは重罪である。そのため『何か訳あり』っぽくしておけば、相手が勝手に勘違いしてくれる。


 実際、セレスの様子を見ていたユーセスティア男爵は、あらぬ勘繰りをしてくれているようだ。


 家名を名乗らないということは、位の高い者がお忍びで来ている可能性が高い。初めて顔を合わせる女性だが、今宵のパーティに招待されているということは、身元が保証されているのだから。


 堕龍おろち鳥籠・・によって隔離されていた大陸が解放され、海の向こうの別の大陸からやってきた女性かもしれない。


 少なくともドレスや装飾品が素晴らしいものであることから、身分が高い者なのだろう。



 何より、見目麗しい女性に誘われて、喜ばない男はいないのだ。



「こんな麗しきお嬢様に声をかけていただけるとは、光栄ですね」


「突然すみません……ですが、どうしてもあなたが気になってしまって」


「ほう、それはまたどうして?」



 澄ました表情でそう口にするユーセスティア男爵は、しかし女性にそう言われて嬉しかったのだろう。僅かに口角が上がるのを隠しきれていなかった。


 やっぱりこういうタイプ・・・・・・・だったかと、一安心するセレス。自尊心が強く、扱いやすい相手だ。



「あなたが身に着けているもの……さりげないように見えますが、全て一級品だとお見受けします」


「おぉ、これの素晴らしさが分かるかね?」


「えぇ……しかし、どんなものかまでは分かりません。良ければ教えていただけませんか?」


「もちろんだとも。これは———」



 そうしてユーセスティア男爵の口からは、金剛蟹の甲殻を磨いたネックレスだの、ジャガーノートΩの素材を使った小物だの、自慢の文句が溢れ出してくる。


 この感じ、配信とかで装備をひたすら語りまくるオタクに似ていますわね……。いや、わたくしもゲーマーですから、馬鹿にしているわけではありませんわよ?



「男爵様の利き目、流石ですわ! わたくしも男爵様と懇意にしておいた方がよろしいのでしょうか……」


「これらの価値をすぐに見抜いたお嬢様も、さぞかし高い教養を身に着けておいででしょうな。私としても、これからもぜひ仲良くしていただきたい」


「男爵様ほどの方ともなれば、さぞかし交友関係も広いのでしょう? 男爵様の派閥の方を紹介していただけませんか……?」


「ふむ、どうしてもというのであれば、紹介するのも吝かではありませんが……」


「ぜひお願いします、男爵様!」



 ユーセスティア男爵の手を両手で包み込み、上目遣いでトドメ。さらに機嫌を良くしたユーセスティア男爵は、ニヤリと笑みを深くした。



「では、早急に紹介状を用意しよう」


「男爵様に出会えて、わたくしは幸せですわ♪ ……ちなみに、紹介状を送る相手のお名前を聞いてもよろしいでしょうか……?」


「お嬢様にならば良いだろう。……ウェルブラート辺境伯。この方が、この新たな世界で我々を導いてくれるだろう」



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