対人戦に向けての下準備

「これでよし……っと」



 『カローナ』として活動しているSNSで、次の配信の告知をしておいた。内容は、『三日後、【ネプチューン】にてPvPの実況を行う』というものだ。


 目的はもちろん、ミカツキちゃんをバトル慣れさせること。現段階ではミカツキちゃんの名前は伏せてあるけど、2対2の『決闘』形式で行うということは公表してある。マッチングしたければペアで来いということだ。



 私がミカツキちゃんにお願いしたのは、『一緒に配信を行う』ということ。ミカツキちゃんは渋々な表情だったけどね。


 ミカツキちゃん、一部の人達に刺さる煽り方するから人気出ると思うんだけどなぁ……。



 それはそうとして、ミカツキちゃんの練習のためだけではない。

 私の装備が色々と増えてるし、その辺りの紹介も含めて何戦か配信していくつもりだ。



「けどね、ちょっと思っちゃったのよ。もっと素材がたくさんあれば、武器も装備も強化できるんじゃないかなって」



 今は配信もしていない、この場には誰もいない。

 【モラクス火山】に好き好んでやってくるプレイヤーなんて……私ぐらいだ。



「というわけで、また会いに来たわよ」


「キュロロロロロロッ!」


『レアモンスター: オリハルダイン・オラトリア が出現!』



 以前討伐した個体の大部分は、残念ながらヘリの修理で取られてしまった。残った素材でも十分に武器は作れるとは言っていたけど……どうせなら全身装備・・・・も欲しいじゃない?



 オリハルダイン・オラトリアの両前足の灯るオレンジ色の光が消えるよりも早く———恋に焦がれてその身をやつし、心酔の果てに朽ち果てん。



「【進化の因子エボリューションコード———“恋人ザ・ラバーズ”】」



         ♢♢♢♢



「ヘルメスさん、やっほー」


「カローナか、最近よく来るな?」


「だって装備のことってヘルメスさんぐらいにしか相談できないし」


「まぁそうだろう。俺の装備を他のプレイヤーはそう簡単に真似できるものじゃない」


「さすがの自信ね……だから安心して任せられるわ! ってわけで、素材追加ね」


「なっ……おいっ、なんだこの量は!?」



 私がまずインベントリから取り出したのは、砕けた金剛蟹の甲殻……実に30匹分。そして、ほぼ欠損なく完全な状態で仕留めたオリハルダイン・オラトリアが3匹分だ。


 驚くべきは、これだけの量のモンスターを倒すのに要した時間は、【恋人ザ・ラバーズ】の効果時間である3分だけ・・・・だということだ。



 あの瞬間だけは、私の中の内なるドS心が目覚めた気がする。

 配信では絶対見せられない顔していたと思う。



「どうしたんだ、これ……」


「ほら、前の個体は一番大事な魔石もヘリの修理に使われちゃったじゃない? せっかくならちゃんと魔石も使った装備が欲しいなって」


「そうじゃなくて、どうやって倒したのかを聞いてるんだが……」


「え? 【恋人ザ・ラバーズ】でちょちょいっと……」


「そこまでえげつないアビリティだったんだな……」


「私もビックリよ、もう」


「まぁいい。数日後に配信するんだろ? すぐに仕上げてやる」


「お願い! やっぱりヘルメスさんしか勝たん!」



        ♢♢♢♢



「お姉さんと配信かぁ……」



 弓を片手に【閉ざされし深緑クローザー・フォレスト】を歩きながら、ミカツキはそう呟いた。


 ゲームの中では自分を偽っている私は、お姉さんにもついつい色々と口走ってしまう。けど、それも嫌な顔せずに返してくれる。


 私のこの『自分を保つために他人を攻撃してしまう性格』も、お姉さんが上手く緩和してくれているようにも思えてくるのだ。


 ……お姉さんの視聴者が特殊なだけなのかもしれないけど。



 そんなお姉さんも、まさかプロレベルの実力だったなんて……。

 そんなの私が足を引っ張るに決まっている。

 確実にお姉さんに迷惑がかかるし、お姉さんの配信を見に来ている人達も、きっと楽しくないだろう。



「だからこうしてレベル上げに来てるんだけど……」



 そもそも戦闘を避けてきた私は、レベルが高くない。

 前に参加したスペリオルクエストだって、アグちゃんの力を貸してもらって背中の上から弓を打つばかりで、ほとんどアグちゃんに助けてもらっていた状態だ。


 だから、【ネプチューン】でバトルに慣れておきたいと提案したんだけど……



「バトルに慣れるための決闘をするために、事前にバトルをして慣れておくなんて、本末転倒だよ……」



 あーぁ、こんなこと考えずに気楽にゲームできたら良かったのに。


 でも……配信ってちょっと面白そうだし、お姉さんも私のことを『配信に向いてる』っていうし……。



「ちょっとだけ頑張ってみようかなぁ」



 兎にも角にも、まだレベル99カンストに至っていない私は、しばらくレベル上げ。【閉ざされし深緑クローザー・フォレスト】に出現するモンスターは比較的レベルも低く、私でも倒しやすい。



「ん、またホワイト・ラビットかぁ」



 私の視線の少し先、ガサガサと草木をかき分けて出てきた白いウサギに、私は矢を番えて弓を引く。ホワイト・ラビットは自慢の脚力で跳び上がり———



「待って、跳びすぎじゃない……? というか落ちてこない……飛んでる……?」



 まるでその一匹だけが宇宙空間にいるかのようにふわふわと浮かび上がり、一向に地面に着地しないまま空中を移動していくホワイト・ラビット。


 誰がどう見ても、挙動がおかしいのだ。


 ホワイト・ラビットのように見えて、実は違うモンスターなのかもしれない。中には他のモンスターを真似るモンスターもいるらしいし……。



 『鑑定』を行うミカツキは、改めてそのモンスターの正体を知ることとなった。



「えっと……ホワイト・ラビット———“ザ・ムーン”……?」

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