親愛なる————へ 9

 『酒天童子』を使うのは、今回のクエストでは初。次に使う頃には対策をされているだろうから、この数分でティラノサウルスを仕留め、一気に攻略しなければならない。


 要するに、出し惜しみしている場合ではないのだ。



 UIを操作して装備を『妖仙之姫ようせんのひめ──戦舞装せんぶのよそおい』に変更、蟹剛金箍かいごうきんこを手に握り、『禍ツ風纒』を指で弾いて起動する。



「【アンシェヌマン・カトリエール】!」



 脚から4色混ざったエフェクトが弾け、私の身体は加速する!



「ギュオォォッ!」


「ふっ……!」



 大口を開け、上から覆い被さるように噛み付きに来るティラノサウルスの鼻先に、【兜割かち】を叩き込む!


 ガキンッ! と鈍い音が響き、こちらの腕に痺れを感じる。そう簡単に有効打は出ないか……。



「けど、隙だらけなのよ! 【"妖仙流剛術"──紫電】!」


「グォオッ!」



 【アンシェヌマン・カトリエール】の大ジャンプと回転によってティラノサウルスの頭上を取った私は、空中ジャンプで下に加速しながら【紫電】を踵落としで発動する!


 地面が揺れるような鈍い音と共に紫の雷が炸裂し、勢いのままにティラノサウルスの巨大な頭部が床に叩き付けられる。



 オッケー、打撃は有効。

 だけど硬い。私の妖気ゲージが尽きるのが早いか、ティラノサウルスが力尽きるのが早いか……



「カローナ、射線開けろ」


「ヘルメスさ──っ!?」



 声のした方に視線を向け──赤黒いエフェクトを纏った槍を構えたヘルメスさんを見て、私は慌てて横へ避難する。


 直後、鋭く放たれた赤黒い刺突がティラノサウルスの鼻先へ直撃し、鱗を抉りながらダメージエフェクトを弾けさせた。



「硬いな」


「グォォォォォッ!」



 確かなダメージにティラノサウルスが声を上げる。そんな慟哭も意に介さず、ヘルメスさんは槍を構えながら前へと───



「えっ、まさか最前線に出る感じ?」


「仕方がないだろう、カローナばかりに負担をかけるわけにもいかない」



 立ち上がるティラノサウルスの胸部へ、脚へ──ヘルメスさんの手から滑るように放たれる刺突の全てが赤黒いエフェクトを纏い、ティラノサウルスの鱗をいとも簡単に貫いていく。



「待って、その槍強すぎん? というか、それ【グラン・ペネトレイション】じゃない?」



 【グラン・ペネトレイション】は、剣や槍、棒でも使える高倍率の装甲貫通攻撃アビリティである。私も使ってるアビリティだから、一目で分かった。


 おかしいのは、その使用頻度だ。【グラン・ペネトレイション】は、威力が高い代わりにリキャストが長く、連発には不向き。


 けどヘルメスさんのそれは、一発一発全てが【グラン・ペネトレイション】で……というか、構えてる時点で赤黒いエフェクトを纏っている。


 どう見ても異様だ。



「『高位付加術師』のアビリティで、この槍には【グラン・ペネトレイション】を付与してある」


「はー、それを連発できるわけね」



 ヘルメスさんと話しつつ、【紫電】によってティラノサウルスを弾き返す。ヘルメスさんの攻撃によって鱗が剥がれた所を狙ったから、なかなかのダメージだ。



「連発……とは少し違うな」


「と言うと?」


「【変転コンバージョン──クロノスタシス】」



 『魔槍ストリボーグ』は、カローナの『魔皇蜂之薙刀』と同じように、【変転コンバージョン】を備えている。


 その効果は、『耐久値を消費し、アビリティの発動状態を維持する』というものだ。


 本来単発でしか使えないはずの【グラン・ペネトレイション】も、耐久値と引き換えにその効果を発揮し続けることができるのだ。



 その結果、【変転コンバージョン──クロノスタシス】発動中の『魔槍ストリボーグ』は、突きも薙ぎ払いも、全てが貫通効果を持った、ガード不可能なぶっ壊れ武器となる。



「ふんっ……!」


「グガッ!?」



 ティラノサウルスの喉元へ飛び込んだヘルメスさんが、槍を振るう。その穂先は簡単にティラノサウルスの鱗を切り裂き、大きな弱点を作り出した。



「ナイス理不尽性能! 【"妖仙流剛術"───」



 強すぎでしょ! というツッコミは後回しにして、この瞬間を逃すわけにはいかない。


 下がるヘルメスさんと入れ替わりでティラノサウルスに肉薄した私は、拳を握って鱗が剥げた喉元へ───



「【禍震霆かしんてい】!」


「ぅおっ!?」



 閃光と共に、空気を締め上げるような轟音が響き渡る。爆心地から放たれた雷は濁流のようにティラノサウルスを飲み込み、炸裂し───


 鱗が剥がれ、皮膚が剥き出しになった部分に直撃したことでティラノサウルスは内部から破壊され、内側から爆発するように木っ端微塵に消し飛んだ。



「……そんな技使えたのか……」


「いや、ごめん……こんなに威力が出るとは思わなかった」



 『妖仙之姫ようせんのひめ──戦舞装せんぶのよそおい』で妖気ゲージ消費を抑えた上で30%の消費……コストが大きい代わりに、凄まじい威力だった。



「カローナ、『酒天童子』はあと何分保つ?」


「んー、あと1分半ってところかな」


「なら急ごう。対策される前に一気に王手をかける。ホーエンハイム、案内しろ」


「こっちだ」



 ティラノサウルスの後ろから来ていた兵士も【禍震霆かしんてい】に巻き込まれてくれたお陰で、一時的に敵がいない時間を作ることができた。


 その隙に、私達はホーエンハイムに案内されるままに駆け出した。



        ♢♢♢♢



 奥へ行くほどに増えていく敵は、その方向に重要な施設があると教えているようなものだ。


 しかしまだ『酒天童子』への対策は終わっていないのか、普通の兵士程度ならワンパンで終わりだ。


 

 そんなわけで、私達は一気に快進撃。なにやら重厚そうな扉の前には、『モデル《Vitality》』が鎮座していたのだが……



「魔槍ストリボーグ、起動」


「ッ───」



もともとほとんど動かない『モデル《Vitality》』など、【グラン・ペネトレイション】の格好の的だ。


 こればかりは、相性が悪かったとしか言えない。VIT特化の耐久型の敵はヘルメスさんがVIT貫通の魔槍ストリボーグで貫き、あっという間に撃破した。



 そうして、私達はとある一部屋にたどり着いたのだ。


 この先に、【ディア・キャロル】の管理AI『ミューロン』が存在するというのだが、果たして───

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