親愛なる————へ 8

 通路いっぱいの巨体を持つティラノサウルスの脇を抜けて現れたのは、モデル《Agility》の黒い影だった。


 私よりも一回り小さいぐらいの、人間に近い身体を持つモデル《Agility》が目にも止まらぬ速度で肉薄する。そいつは両方の拳を引き絞り、硬直で動けない私とヘルメスさんへ───



「かっ、ハッ……!」



 こいつ、喉に攻撃当てやがった……! クリティカル狙いか!


 あぁ……そうだ。このスピード、間合いの詰め方、クリティカルへの正確さ……私の戦闘データ・・・・・・・を元にしたに違いない。


 大量のダメージエフェクトが弾け、私のHPがガクッと減るのが分かる。モデル《Agility》のSTRが低く、ダウン状態にならなかっただけ儲けものか。


 でも、喉に攻撃を受けたせいで上手く息ができず、次の行動に移るまでに数瞬かかる。その隙を、私の戦闘データを元にしたこいつが見逃すはずがないだろう。


 動けない様子の私を見たモデル《Agility》は、一度バックステップを挟み───



「逃がすかよ」


「!?」



 そう答えたのはヘルメスさんだった。ヘルメスさんから溢れる赤いダメージエフェクトに紛れて黒いエフェクトが放たれており、どうやらそれがモデル《Agility》が離れるのを防いでいるようだった。


 ヘルメスさんナイス! ごめん、まだ声出ないから後でお礼するね!



 『ブリリアンドール・ナイフ』を、両手にそれぞれ逆手に握った私は、モデル《Agility》へと一歩踏み込む。


 最近習得したボクシングスタイルは、こういう狭い場所でこそ輝く! 私のコピー版が、避けられるものなら避けてみなさい!


 まずは挨拶代わりのジャブ。現実でもそこそこものにしたけど、アネファンの中ではさらにステータスによる補正が乗る。プロボクサーもビックリの高速ジャブが……



 って、これも避けるのかよ!


 一発目のジャブを首を捻って避け、連続で放った二発目は、『見切った』と言わんばかりに手のひらで受け止められた。


 まさか【スーパー・ビジョン】の動体視力もパクってるんじゃないでしょうね!?


 けど、左腕はヘルメスさんに固定され、右は私のジャブを止めるのに使った。胴体ががら空きよ!


 ジャブを引くのではなく、身体を寄せて間合いを詰め、そのまま右フックを放つ!


が───



「うっそ、今のも避ける!?」


「いや、自分で腕を切り落として・・・・・・・・逃げたんだ」



 確かにバックステップを踏んで離れるモデル《Agility》の片腕はなくなっており、赤いダメージエフェクトが漏れている。


 ……私の戦闘データをコピーしているとしても、私が同じことをできるかと言われたら疑問が残る。戦うのに、片腕じゃ厳しいからね。かといって素直に攻撃を受けるわけにもいかないし……そこの辺りの判断の早さは、やはり今までのモンスターとは一線を画すようだ。



 けど、その判断は悪手よ?

 近接しかできない私が間合いを取ってしまったら、それは相手に準備する時間を与えてしまうことになる。そして、それによって相手がデータから外れたことをし始めてしまうと致命傷だ。


 こんな風に・・・・・ね。



「"水鏡に凪げ、浮世現世嘆く月下の盃"───『酒天童子』起動!」


「!?」



 『酒天童子』は、戦闘データの収集の際に使っていなかったものだ。データを元に動くこいつらが、データに無い相手に初見で対応できるわけなかろう!


 これはヤバイと思ったのか、それともただの生存本能か。間合いを詰めかけていたモデル《Agility》は、私の状態変化を見てバックステップに切り替えようとするも───



「遅い!」


「ッ!!」



 全力のバックステップよりも速く、宙に瞬いた紫色の雷が、モデル《Agility》の顔面へと突き刺さる。


 "妖仙流剛術"──【紫電】、妖仙の名の元に顕現せし雷の一撃が、モデル《Agility》の頭部を吹き飛ばした。


 それでも勢いは収まらず、モデル《Agility》は数回地面を跳ね、ティラノサウルスの脚に激突して動かなくなったようだ。


 ふぅ……私をモデルにしてるだけあって、意外と軽かったわね。


 ……別に、ちょっと前に視聴者さんに『脚が太い』とか言われたのを気にしてる訳じゃないからね?



「グォォォォォォォッ!」



 仲間を思う心があるのか、モデル《Agility》がやられるのを見てティラノサウルスが咆哮を上げ、前衛の私とヘルメスさんへと迫る。



「っ……ティラノサウルスも厄介なのよね、鱗が硬いし……酒天童子が時間切れになる前にいけるか……」


「カローナはそのまま攻めろ。俺が鱗を砕く」


「おっ、まさかのヘルメスさんが?」


「説明する時間が惜しい。頼んだ」


「オッケー! 【アンシェヌマン・カトリエール】!」



 うーん、やっぱりヘルメスさんしか勝たん!



        ♢♢♢♢



「さて……」



 さすがにサブマシンガン程度の小さな銃では、目の前のティラノサウルスの鱗を貫くのは現実的ではない。


 かといって、戦闘データの収集の際には、ゴッドセレスの魔法によって討伐したという話だ。つまり目の前のこいつは、魔法に対応されていると考えて良いだろう。


 カローナの『酒天童子』は確かに強力だが、時間制限付きのパワーアップ。その上、次の戦闘では対策される。



「……使うか」



 インベントリを操作し、数ある武器・・・・・の中の一本を取り出す。


 生粋の生産職が、自分の装備を整えていない訳がない。一回の戦闘で数百万Gという資金が消えていくことにさえ目を瞑れば、Mr.Qにさえ引けをとらない戦闘力となる───!



魔槍・・ストリボーグ、起動」



 

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