親愛なる————へ 7
『サンプルが脱走しました。直ちに対処してください』
ホーエンハイムの予言通りといったところか……【ディア・キャロル】内に警報とアナウンスが鳴り響き、部屋の外から足音が聴こえてくる。
「ミューロンが再起動したようだな。貴重なサンプルが逃げ出したのだ、容赦無く制圧しに来るだろう」
「ちょっ、部屋の中じゃ逃げ場がないじゃない!」
そうこうしている間にも足音が近づき、すぐに私達が会議をしていた部屋のドアが乱暴に開かれ、二人の人影が押し入ってきた。
えぇい、仕方がない!
私が相手してあげるわよ!
押し入ってきた相手は、全身を防護服のようなもので覆い、顔もガスマスクのようなもので隠されている。正体が分からないどころか、人間かどうかも怪しい相手だ。
ドアが蹴破られた直後から間合いを詰める私に対し、その二人は手に持った銃を構え───
はっ? ちょっ、
そう心の中でツッコミを入れながらも、私の反応は早かった。
【マキシーフォード】を発動し、片方の兵士の懐へ飛び込みながら銃を蹴り上げる。
それと同時、太股に装着してあったホルスターから右手でダガーを抜き、もう一方の兵士が持つ銃へと突き刺す。
このダガーは、単なる市販品のものだ。
『ヴィルトゥオーソ』や『ブリリアンドール・ナイフ』と比べれば、特殊な機能もないし切れ味もいまいち、おまけにちょっと重い。
だけど頑丈で安いから、使い捨てにしても私の懐は全く痛まないのだ!
直後二発の発砲音が響くが、私が銃口を逸らしたことにより銃弾はあらぬ方向へと飛んでいったようだ。
振り上げた足をそのままスライド、ダガーを突き刺した方の銃を持つ兵士を回し蹴りで突き飛ばしつつ、左手で呼び出した『ヴィルトゥオーソ』の切っ先を───
「【
───ノックバックで吹き飛ばす!
おっと、その銃は置いてきな?
【
「ヘルメスさん、銃使うの得意でしょ? はいこれ」
私が銃を投げ渡すと、ヘルメスさんは慌てた様子でなんとかキャッチした。
「いや、おまっ……えぇ……」
「ちょっと、なんで引いてるのよ」
「カローナ様、両手両足が全て別々に動くのですね……」
「えっ? まぁ、鍛えたらできるようになったけど……」
右足で蹴り上げ、右手はダガーを振るい、左手はインベントリの操作……客観的に見ると、確かに難しいことをしてたのかも。
「まぁ、とにかく今はその対応力がありがたい。ホーエンハイム、この兵士をなんとかできないのか?」
「ミューロンを止める他にない。機械であれば制御を乗っ取れるのだが、生物兵器はそうもいかないのでね」
「ならそのミューロンはどこに?」
「【ディア・キャロル】は中心部に向かうほどに、重要な施設が存在している」
「ってことは、中心に向かうしかないのね」
ヘルメスさんがホーエンハイムの入ったフラスコをジョセフさんに預け、銃を確認しながらホーエンハイムを捲し立てる。
ホーエンハイムの返答は、『とにかくミューロンを止めろ』というものだった。それしかないほどに、【ディア・キャロル】内ではミューロンの支配が強いのだろう。
村人達を守るのはもちろんのこと、半永久的に湧き続ける兵士をかわしながら中心部に向かい、AIを止める……今回はそういうクエストだな?
♢♢♢♢
「曲がり角の向こうに3体、来ていますわ!」
「オッケー!」
魔法によって周辺を探査していたセレスさんが、なにかを捉えたのだろう。彼女が上げた声に反応し、私は一気に前に出る。
前の方は私とヘルメスさんが、後ろは【テルクシノエ】の人達の中で戦えそうな衛兵が、それぞれ挟む形で隊列を組んでいる。
非戦闘員かつ超重要人物のホーエンハイムを持っているジョセフさんと、魔法攻撃で前後どちらもサポートできるセレスさんは、隊列の真ん中だ。
索敵がしやすいってのもあるしね。やっぱり敵が居ると分かった状態と分からない状態とじゃ、気持ちの軽さが全然違うわね。
さほど広くない通路では薙刀を振り回すスペースがないため、今の装備は『ブリリアンドール』シリーズだ。パーティメンバーが多いほど強化される機能を持つメイド服は、今の状況にぴったりである。
相手は、銃火器を持っているとはいえ、バフを盛った私が近接戦をしかければ有利に運べるはず……!
曲がり角で出会い頭、身体を低く構えて『ブリリアンドール・ナイフ』を構える私は……迷うこと無くまっすぐに私に向けられた銃口を見て、一瞬身体を硬直させてしまった。
まさか、もう私の動きを対策された……?
直後の銃声───
───発生源は、ヘルメスさんが持つ銃であった。
ヘルメスさんが迷い無く放った3発の銃弾は、寸分違わず3体の兵士の眉間を貫く。激しいダメージエフェクトと共に、兵士達の身体がガクッと崩れるのが分かった。
「【ドゥルガー・スマッシュ】!」
その隙を逃す術はない。
崩れ落ちた身体を掬い上げるように、あるいは突き飛ばすように多段ヒットアビリティを叩き込む!
3擊まで放てる【ドゥルガー・スマッシュ】を一撃ずつぶち当てると、兵士は通路の壁に激突して動かなくなった。
「ヘルメスさん上手過ぎ……」
「あの距離で余所見をしている敵に、外す方が難しいぐらいだ」
「それにしてもでしょ」
あー、確かヘルメスさんってプロゲーマーだけど、メイン戦場がFPSだったっけ。そりゃ上手いわ。
銃を手にしてからのヘルメスさん、なんだか生き生きしてるしね。
「次来ますわよ!」
「グォォォォォォォッ!」
「「「っ!?」」」
セレスさんの忠告が飛んだ直後、私達がいる廊下に恐ろしい咆哮が響き渡る。そして、それを受けた私の身体は、硬直し動かなくなってしまった。
私はその咆哮に心当たりがある。自らを頂点だと誇示するようなこの咆哮は、『モデル《Strength》』の───
まさか、あの時戦った相手も復活してきたの!? だとしたら、厄介な相手が───
「っ!」
硬直する私の視界の端に映る、黒い影。
硬直中の私達に避ける術など無く───私の戦闘データを元に、さらに速くなった『モデル《Agility》』の攻撃が、私とヘルメスさんに突き刺さった。
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