親愛なる————へ 2

 ティラノサウルスの名前は『モデル《Strength》』。その名前と、丸太のように極太の脚や尻尾を見れば、相当にSTRが高いことが分かる。


 そんなティラノサウルスは、天を仰ぐように頭を上に向けて空気を吸い込み———



「【ドゥルガー・スマッシュ】!」



 咆哮を放とうとしたティラノサウルスの顎を、多段ヒットアビリティでかち上げる!


 強制的に顎を閉じられたティラノの咆哮は不発に終わり、顎が上を向いたことで隙を見せた喉元へ、残りの2発を叩き込む。


 花火のようなエフェクトが、幾重にも重なって弾ける。

 が、ノックバックの効果は薄い様子。

 STRが高くて踏ん張る力が高いようだ。



「VITは低いけど、鱗が硬いわね」


「何とか隙を作りますわ! 【デモンズ・チェーン】!」


「グルルルッ」



 白銀の杖を突いた地面に魔法陣が現れ、そこから伸びた黒い鎖がティラノサウルスに纏わりつく。強靭な脚や尻尾に絡みついたそれは、動きを阻害するデバフの鎖だ。


 その鎖を煩わしく思ったのだろう。ティラノサウルスは首を曲げ、鎖を噛み砕かんとし———



「私から目を離したわね?」



 私はその瞬間、【スーパー・ビジョン】のエフェクトを宙に残し、まるでハンドボールのシュートのように腕を引いてティラノサウルスの頭部へと飛び込む。


 狙いは当然、目だ。



「【蜂閃華】!」


「ギャオォォォォッ!!」



 黒紫のエフェクトを纏う私の貫き手が、ティラノサウルスの眼球に深く突き刺さって激しいダメージエフェクトを漏らす。


 ビリビリと空気が震えるほど叫び声をあげたティラノサウルスは、のたうつことさえ鎖に阻まれて満足にできない様子だった。


 明らかな隙。

 私がティラノサウルスを蹴って離れた瞬間、セレスが発動した魔法がその傷口へと襲いかかり、さらなるダメージを弾き出した。



「獲りましたわね」


「えっ?」



 そう宣言したセレスさんは、悠然と歩を進め、ティラノサウルスから溢れるダメージエフェクトを握りしめる。


 次第にそのダメージエフェクトは、ティラノサウルスを象った小さな人形になり……



「【禁断の呪術フォビドゥンカース——サクリフィシオ】!」


「グォォォッ!」



 セレスが禍々しいエフェクトでできた釘を、その人形の脚に打ち込む。

 その瞬間、まるで糸の切れた操り人形のように、ティラノサウルスとセレスさんがその場に崩れ落ちた。



「セレスさん!?」


「【サクリフィシオ】の効果です、問題ありませんわ!」



 【禁断の呪術フォビドゥンカース——サクリフィシオ】は、術者と対象の両方・・において釘を打ちこんだ部位を使用不可能にするアビリティだ。


 複数いる相手に対しては効果は薄いが、相手が一匹なら話は別。

 そして、たとえ脚が使えなくても、セレスは魔法戦闘を中心とするスタイルだ。その殲滅力には何の影響もない。



「それに、今はカローナ様がいますもの。何も問題ありませんわ」


「ふっ……!」



 軌跡を残しながら部屋中を駆け回るカローナの姿を見て、セレスは呟く。トップレベルの機動力を持つカローナを相手に、両足を封じられたモンスターが勝てる道理などない。



 片目を潰されたティラノサウルスの死角へと入り込み、【界分擬境】の発動。マシンガンのように連続する打撃音と共にダメージエフェクトが弾け、分厚い鱗が軋む。


 硬い鱗を叩いた手の痺れを感じつつ、【アンシェヌマン・カトリエール】の空中ジャンプで背後へ。そして【兜割かち】を首筋へと叩き込む。



「まだまだぁっ!」



 ぎしぎしと軋みひび割れ始める鱗を認めた私は、薙刀を引き付けて切っ先を合わせる。


【グラン・ペネトレイション】!



「ギュオォォォォォォッ!」



 赤黒いエフェクトを纏う貫通攻撃が寸分たがわず脆くなった鱗に突き刺さり、音を立てて鱗を砕いた。



「ナイスですわ! おっと、【イモータル・ハンズ】!」


「ッ!!」



 息を吸い込み、咆哮を上げようとしていたティラノサウルスの顎を、上下から現れた禍々しい腕が抑え込む。



「ふふふ、噛む力は強くても、開ける力は弱かったようですわね!」


「セレスさんもナイス!」



 ティラノサウルスの動きをセレスさんが尽く潰してくれるから、私は自由に動ける。こんなに楽でいいのかなと思えるほどだ。


 ソロもいいけど、やっぱり後衛職がいると安定感が段違いね。それがセレスさんほのトッププレイヤーになると尚更だ。


 ……私の実力は、セレスさんに追いつけるぐらいにはなれたかな?



 そんなことを考えつつ、私の脚は止まらない。

 鱗が割れて、晒された弱点だ。

 そこを狙わない理由はない!



「【旋舞打擲せんぶちょうちゃく】!」


「ギュオォォォォァァァァッ!!」



 分身して見えるほどのスピードで薙刀を振るい、その全てが鱗が割れた下の肉体へと叩き込まれる。


 短時間で無数の攻撃を与える【界分擬境】とは異なり、【旋舞打擲】はスタミナが続く限り攻撃が続く。棒立ちの相手に対しては、私のアビリティの中で一番DPSが高い攻撃アビリティだ。



 薙刀を振るう。

 ダメージエフェクトが弾ける。

 そのエフェクトが消えるよりも早く次の攻撃がヒットし、赤いエフェクトが幾重にも重なっていく。


 見るからに消耗していくティラノサウルスは、意外とHPも低いのかな?



「カローナ様!」


「な……ひぇっ」



 後ろから聞こえたセレスさんの声に、私は一瞬だけ振り返る。

 と、そこには何やら超複雑な魔法陣を展開するセレスさんの姿が……。


 ちょっ巻き込まないでぇっ!



「カローナ様のおかげで、わたくしが魔法を準備する時間ができましたわ。【ビッグバン・スラスト】!」


「ッ———!」



 私がダッシュでセレスさんの元へ戻った直後、眩い光が魔法陣から放たれ、ティラノサウルスどころか部屋全体を塗り潰す。


 カローナが稼いだ時間を使って、しっかりと詠唱を経た上で発動された魔法だ。

 激しい光と音で視覚も聴覚も消し飛んだ感覚に陥った私は、目を瞑り耳を塞いでその魔法をやり過ごす。



「……もういい……?」


「もう大丈夫ですわよ!」



 魔法の発動から数十秒。

 ようやく収まった頃にゆっくりと目を開けると……すでにそこにはティラノサウルスの姿は欠片も残っていなかった。

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