つらい、とてもつらい

 とりあえず【モラクス火山】のエリアから出て、安全な場所に腰を落ち着ける。周りにモンスターがいないことを確認し、フゥッ……と大きく息を吐いた。



「あれは確かに、ソロだとかなり厳しいわね……みんなどうやって攻略してるの?」


 ・誰も攻略でいてないんだよなぁ

 ・生きて帰っただけで儲けもん

 ・別の個体の戦闘範囲に入らないようにしないと

 ・一匹ずつ誘きだして戦うか、討伐は諦めて部位破壊した素材を拾って逃げるか

 ・労力と素材の量が釣り合わないから、カニの素材って貴重なのよな



「なるほどねぇ……」



 私みたいな動き回るタイプは、すぐに別の個体の範囲に入ってしまうから相性が悪い。時間をかければ討伐自体はいけそうなんだけど、大量に出てくるのが厄介なのよねぇ。


 【マキシーフォード】と【トゥール・アン・レール】を中心に組み立てるとして、至近距離からの【グラン・ペネトレイション】は後隙のリスクの方が大きくなってしまう。


 【妖仙流柔術】の投げが一番効きそうだけど……



「あっ」


 ・おっ?

 ・何か閃いたカローナ様

 ・悪いこと企んでる顔してる



「失礼な。……これさ、カニが別のカニの戦闘範囲に入ったら、MvMが起こったりしない?」



 殻を割るのにより硬いものをぶつければ……と考えたら、多分カニをカニにぶつけるのが一番いいのよね。


 一撃で倒せるとは思えないから、その後どうなるかとシミュレーションしてたんだけど……縄張りを決めてるなら、縄張りに侵入してきた敵は同じ種類でも戦闘になるんじゃないかって思ったんだよね。



 ・できなくはない

 ・ただ、あいつら自分から別のやつの範囲に入ることほとんどないからなぁ

 ・あの巨体をノックバックできるならワンチャン



 試す価値あり、か……。


 よし、このまま手ぶらで帰るなんてできないよねっ!








「この辺りかな……」



 【モラクス火山】のエリア外から【アストロスコープ】を使って遠くから観察しつつ、ちょうど良さそうな場所を探す。


 さすがに一個だけ孤立した都合のいい巣穴はなかったけど、近くに2、3個しか他の巣穴が無い、攻めやすそうなところを発見したのだ。



「ここを攻めるとして……とりあえずは妖気ゲージを溜めなきゃかぁ。集中使うわね」


 ・リベンジかな?

 ・カローナ様の紙装甲だと、一撃もらったら終わりそうだしなぁ

 ・でも結構STR振りビルドだし、意外とモラクス火山の攻略に向いてるかも

 ・タンクだと轢き潰されるだけだしな



 更新されていくコメント欄を眺めつつ、息を限界まで吐き出し……その後、胸いっぱいに空気を吸い込む。


 スゥッと頭が冷え、視界がクリアになり、精神的にも冷静になっていくのが分かる。


 私が集中するために行う、いつものルーティールだ。集中力と冷静さ、そして適度な緊張感が、私をベストコンディションへと押し上げてくれる。


 いざ───



「っ!」



 バトルエリアに入った瞬間、『禍ツ風纏まがつかぜまとい』と【変転コンバージョン】、【マキシーフォード】によってバフを盛り、穴から飛び出してきた巨大なハサミを目視。


 インサイドにステップを踏みながら———



「【千手夢奏】!」



 『魔皇蜂之薙刀』がフッと消えたように錯覚し、直後には幾重もの打撃音が響く。ダメージが大きいに絞ってハサミの付け根に集めたけど……ダメージは僅か。


 まぁ、部位破壊もそう簡単にいくとは思ってないし。

 壊れるまでぶっ叩けばよかろう!



「キュラララララッ!」


「ふっ……!」



 【グラン・カブリオール】の大ジャンプによって突進を躱し、そのまま上空へ。そしてそのまま、【グラン・ジュテ】! アンド【兜割かち】!


 落下速度に空中ジャンプの速度を乗せ、装甲破壊効果を持つアビリティで叩く!

 けど、甲羅の方は硬すぎて論外ねこれ。

 壊せるものじゃない。


 けど、私の存在を認識させるのに十分な一撃。



「【グラン・ペネトレイション】!」



 カニがその場で回転する勢いを利用し、貫通攻撃をハサミの付け根に叩き込む。私が薙刀を突き出す威力に自身の回転の勢いが乗り、相当な威力となった貫通攻撃だ。


 今の一撃でようやく、満足いくダメージが出た。



「けど、まだ欠けもしないとか……どんな硬さよ」



 クリティカルヒットした【グラン・ペネトレイション】でようやくダメージが通った程度だ。いったいどれだけ時間がかかるのやら。


 突進してくるカニを目視してバックステップ。

 他の個体の戦闘範囲ギリギリで立ち止まって【木ノ葉舞】を構えるも……カニはブレーキを掛けながら横薙ぎにハサミを振り回す。



「やっぱり他の個体の縄張りには入りたくないのね」



 MvMを誘発できなかったのは残念だけど……立ち止まったら私を捉えられないわよ?


 カニのハサミが砕いたのは、私の残像のみ。

 本体は、すでにハサミの付け根に一撃入れながら背後へと回っている。



「【セカンドギア】! 【セカンドウィンド】!」



 まだまだ加速するぅ!


 カニが反転する速度も余裕でぶち抜き、カニの周りを公転するように反対側へ。

 【ウェーブスラッシュ】でダメージを稼ぎながら、【無重力機動アグラビティマニューバ】によって甲羅の上を滑るように移動して再び対角へ。


 カニは完全に私の姿を見失っている様子。



「こっちこっち。【トゥール・アン・レール】からの、【連獅子】!」


 ・はっやww

 ・いつの間にそこに!?

 ・スーパーボールみたい



 すでにカニの懐へ飛び込んでいた私は、その勢いを【トゥール・アン・レール】によって回転に変更、そして回転の勢いで【連獅子】を叩き込む!



「キュラアッ!?」


「おっも……っ!」



 幾つものステップ系アビリティを乗せた【連獅子】でも、身体が浮くまでいかないとは。せいぜい後ろに弾かれて脚が数本浮いた程度だ。


 仕方ない!



 【グラン・ジュテ】の残りの歩数を使って上空へ。

 カニの身体を飛ばせなかった分、自分で距離を取る必要がある。

 空中なら、他の個体の戦闘範囲を気にする必要がないからね!



「“黒く、くろく、くろく、蒼穹覆う黒の迦楼羅天”———」



 『鴉天狗』、起動!


 カニの眼下に捉える私は、空中にいる間に変身を完了する。

 肌の色が若干黒くなり背中に黒翼を携えた私は、『鴉天狗』特有の、一度だけ使える空中ジャンプによって頭を地面に向け———



「【旋舞打擲】っ!!」



 ———雷のような速度で地上へと落下する勢いのまま、薙刀をカニに叩きつける!


 【連獅子】のノックバックによって起き上がりかけていたカニの身体が、今度は地面に叩きつけられる。


 が、地面を割るほどの勢いで叩きつけられてなお、カニの殻は割れることがない。



 ……おっと危ない。

 カニのあほみたいな耐久性に思わず悪態をつくところだった。

 配信だから言葉には気を付けないと。



 私が着地した場所は、別の個体の戦闘範囲。

 つまり、あと少ししたら、私の背後から別のカニが襲ってくるだろう。


 地面を揺らす別の地響きを感じながら、瞬時にインベントリを操作し、装備を『妖仙之姫ようせんのひめ——戦舞装せんぶのよそおい』に変更。


 カニは、目の前で衣替えを始める私を見逃しはしないけど……



「そうするしかないわよね! “妖仙流棒術”——【風花かざはな】!」



 私のすぐ後ろは、別の個体の縄張りだ。

 カニは突進できず、ハサミで攻撃するしかない!


 『魔皇蜂之薙刀』の石突がハサミの側面を捉え、その軌道を逸らす。

 ハサミの振り下ろしは私の身体を捉えることなく、地面を砕くに終わった。


 が、私の攻撃は終わってない。

 地面に激突して停止するその瞬間———



 ———『静』から『動』へ、妖仙のが猛威を振るう!



「“妖仙流柔術”——【小夜嵐さよあらし】!」



 カニのハサミを掴み、次の瞬間にはトップスピードで投げのモーションへ。

 来てるんでしょ? 別のカニが。


 最初からこの瞬間を狙っていたのだ。

 【小夜嵐】でカニを投げるタイミングで、別のカニが近くまで来てくれるタイミングを。



「ふっ!!」


「キュララララッ!」



 私の背後に迫っていた別の個体に向け、最初のカニを【小夜嵐】で投げつける!


 ドガァァァンッ! と、まるで巨大な落石が地面に激突したような音を響かせ、カニ同士がぶつかり———



「あれ、ハサミだけ・・・・・……?」



 新しい個体にぶつけたそれは、最初の個体の腕だけだった。根本の部分は、まるで刃物で切り取ったように綺麗で……



「まさか……自切・・———」



 それを認識した瞬間、背後に迫る気配にゾクリと身体を震わせる。身体ごと投げるつもりがハサミだけってなると、本体は———



「くっ……!」


「「キュラララララッ!」」



 直後、2体のカニの突進がぶつかり合う。

 凄まじい威力だったのか、私がどれだけ攻撃しても欠けることもなかった殻の破片が飛び、辺りにキラキラと降り注ぐ。


 まるで交通事故のようだ。







 ……今の攻撃をジャンプして避け、潰されなかった私の反射神経を褒めたい。


 けど……最悪だ。

 ギリギリ避けきれず、足の先を掠った。

 いつもならその程度のダメージは問題ないけど、『禍ツ風纏まがつかぜまとい』を使っていた私のHPは———



 視界に映るのは、赤いダメージエフェクトと、0になったHPバー。


 悔しくて叫びたい気分だけど、ポリゴンとなって消えていく私の身体は、それを許してくれない。



 ———絶対リベンジしてやるから!



 そんな決意のまま、私の意識は闇へと消えていった。

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