このゲーム、やること多いな?

 次の日の授業後、私が真っ先に向かったのはダンス部の部室……ではなく、ボクシング部の活動場所であった。


 というのも、昨日の桔梗さんとの仕合があまりにもで……



 開始直後、構えを取った桔梗さんの左手が消えたと思ったら、私の頭が後ろに弾かれて目の前に星が散る。それが衝撃的すぎて、次の一発を鳩尾に受けたことに気付いていなかった。


 私は呼吸もできず、身体が硬直したまま。でも意識はあるから、桔梗さんの次の技ははっきり見えていた。


 【"妖仙流剛術"———御雷槌みかづち】。

 閃光と轟音と共に放たれた雷速の正拳が、私の身体を消し飛ばしたのだ。


 仕合開始から3秒でHPが0になり、リスポーンまで5秒。まさか、初めて『妖気解放』を使ったときの事故死を越えるなんてね……。



 でも分かったことは、桔梗さんの動きがボクシングっぽいということと、【妖仙流剛術】は『雷』だということ。


 さすがにボクシングはやったことないから、勉強のためにボクシング部を訪れたというわけだ。



「たのもーっ!」



 ドアを開けて元気よく挨拶。やっぱり挨拶って大事だからね!



「———はっ!? 四条さん!?」


「なんでっ!?」



 サンドバッグを叩いていた人も、リングの上でミット打ちをしてた人も、一斉に手を止めて私の方を見る。


 そんな珍獣を見るような……まぁ仕方ないか。ここに入ってくる女性なんて、先生ぐらいだ。



「ちょっとね……ほら、ダンスのステップって『表現』じゃん。だからもっといろんなことを知っておいた方が表現の幅が広がるかなって……」



 一応これは本音。

 私がボクシングを覚えようとする3割ぐらいの要因だ。残りの7割がゲームのためなんだけどね。



「えーっとつまり、ボクシングの動きもダンスに使えるんじゃないかってこと……?」


「そういうこと! 可能ならスパーリングとかもさせて貰えるといいんだけど……」


「「「それは無理!」」」


「えぇ……そんな勢いで拒絶しなくても……」



 彼女はやる気満々だが、それはさすがに認められない。


 女性を殴るのは気が引けるし、怪我でもしたら大変だ。それに、顔や身体に痣でも残ってみろ。


 あっという間に原因を追及されて、全国にいる『加奈子ファン』に吊し上げられてボクシング部が終わる。


 そうなることが容易に想像できるから、ちょっとね……



「万が一怪我でもしたら、ダンス部に支障が出るだろ? ダンス部のエースなんだからそこは気を付けないと」


「うーん、それもそっか。それなら、見学してもいいですか? せっかく先輩もいるんですし」


「まぁそれぐらいなら……」



 と答えるのは、ボクシング部3年の藤堂先輩だ。高校生ながらアマチュア最強とも呼ばれ、"はよプロデビューしろ"の異名を持つ超強いボクサーである。


 先輩がプロデビューしないのは、個人的に『高校を卒業したら』というルールを敷いているという理由だけだ。



「お願いしますね、先輩!」


「おっふ……お前らっ! さっさと準備しやがれ!」



 先輩の号令が響き、全員が慌ただしく動き出す。


 この日のボクシング部は、今までにないほど熱気に溢れていたという。



          ♢♢♢♢



 帰宅後、アネファンにログインした私は、ヘルメスさんからの連絡に気付いて『閑古鳥』へと向かう。なんと、『冥蟲皇姫インゼクトレーヌ』シリーズの修理が終わったとのことだった。


 待ちに待った、私の最高装備の復活!

 いやー、『ブリリアンドール』も『フルール』も十分に高性能なんだけど、【変転コンバージョン】のステアップを体験しちゃうとね……。


 いや、妖気解放時限定とはいえ装備しただけで『全ステータス +1500』の『妖仙之姫——戦舞装』も相当ヤバいんだけどね。



「ヘルメスさーん!」


「あぁ、カローナか」



 相変わらず他に誰も居ない店内に、私の声とヘルメスさんのぶっきらぼうな返事が響く。



「『冥蟲皇姫インゼクトレーヌ』シリーズの修理が終わったって?」


「そうだ。早速それを渡そうか」



 インベントリを操作したヘルメスさんは、『冥蟲皇姫インゼクトレーヌ』シリーズ3点セット、さらに『魔皇蜂之薙刀』を取り出す。金と黒を基調とした騎士鎧は、相変わらず美しい。


「これこれ! いやー、ヘルメスさんありがとうね! ……って、なんだか性能が上がってる?」



 鑑定してみれば、『装備時効果: STR+1400、VIT+700、AGI+500』の文字。『冥蟲皇姫の鎧インゼクトレーヌ・クロス』だけでこれだから、頭装備と脚装備を合わせたらかなりのステアップだ。



「あぁ、せっかくだからAGI特化で5段階強化まで終わらせた」


「マジ? それって相当なアイテム消費したんじゃない?」


「それは当然だが……俺は趣味に妥協しないからな。気にするな」


「本当、ヘルメスさんしか勝たん」


「それに、想定外にレベルが高い素材が入ってな……今渡した装備にも、レベル100近いディアボロヴェスパの素材をそれなりの量を使っている」


「へー……えっ、ディアボロヴェスパってレベル100もあったっけ?」


「そこが問題なんだよな……どうも、【極彩色の大樹海】で異変が起きているらしい」


「それジョセフさんにも言われたわ……」



 やっぱりこれ、十中八九私がユニーククエストのアナザーストーリーを発生させた辺りから異変が出始めたんだよね。


 ……早めにクリアしないと、他のプレイヤーに迷惑がかかる感じ?

 それに、女王蜂を他に人に取られたくないなぁ……。



「たぶん……というか絶対、その件に関しては私のせいなのよ」


「そうだろうな……その顔に付けられた刻印を見れば分かる」


「よしっ、じゃあそろそろ本格的に女王蜂討伐を目指してみようかな。とりあえずレベルを上げて、新しいジョブとアビリティを……装備も必要だなぁ。あっ、【モラクス火山】で素材取ってきたら、何か作ってくれる?」


「そうだな、金剛蟹の素材がまとまった量手に入れば、さらに強力な装備を作ろう」


「よーし、やる気出てきた!」


「ついでに……一つ依頼してもいいか?」


「依頼? ヘルメスさんが珍しい」


「【モラクス火山】で出現するレアモンスター、『オリハルダイン・オラトリア』。そいつの素材が欲しい」


「レアモンスターね……ヘルメスさんなら何処かから仕入れることもできそうだけど」


「そいつは最近発見されたばかりで、まだ未討伐らしいからな。だが、大抵のレアモンスターからは【変転コンバージョン】付きの装備が作れる。件のレアモンスターなら、色々なものが作れるだろう」


「新しい【変転コンバージョン】? 任せて、サクッと集めてきて見せるから!」


「……不安だ」



 よーし、じゃあ今日は【モラクス火山】に突撃だ!

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