専属秘書の採用試験 後編
「【レール・アン・ドゥオール】! アンド【マキシーフォード】!」
二色のエフェクトが私の脚から溢れ出し、AGIがさらに跳ね上がる。
【レール・アン・ドゥオール】は、【アクションステップ】から進化した【アントルシャ】がさらに進化したアビリティ、そして【マキシーフォード】は、【クイックスカッフル】から進化した【パドル・ロール】からさらに進化したアビリティである。
当然その効果量は凄まじく、二つのアビリティを重ね掛けした今の私は、一般人からしたら常軌を逸したスピードとなっているだろう。
私がこれほどステータスを上昇させることができているのは、アネファンによるバフの仕様が大きく関係している。
そもそも、バフの種類には、大きく分けて2つある。
『ステータスの何割かを上乗せするもの』と『基礎ステータスを増加するもの』だ。
バフアビリティの大部分が前者の『上乗せタイプ』であり、カローナが使っているステップ系アビリティもこれに該当する。文字通り、使用することでステータスの何割かをアップさせることができる。
そして後者の『基礎ステータスを増加するもの』。これは、ステータスウィンドウに表示される数値そのものを上げることができるバフである。
この2種類は結果として同じ効果をもたらすものの、重要なのはこれらを
例えば、あるステータスが100だとして、そこに『上乗せタイプ』のバフを20%使った場合、ステータスは20上昇して120となる。
一方、『上乗せタイプ』10%と『基礎ステータスタイプ』10%を併用した場合、数値だけを見ると合計20%アップで効果量は変わらないが、『基礎ステータスタイプ』のバフにより100から110に上昇したのち、『上乗せタイプ』により110の10%……つまり11上昇してステータスは121となる。
『上乗せタイプ』のみを使用した場合に比べて僅かに上昇量が高くなるのだ。
この2種類を理解して併用することでより効果的にバフをかけて戦うことができるようになる。
カローナは現在、【セカンドギア】と『
「ふっ……!」
【魔纒】によって炎を纏わせた『ブリリアンドール・スイーパー』をぶん投げる。
炎を撒き散らしながら飛んでくるそれをライカンは難なく避け———膝に受けた鋭い痛みに、思わず動きが鈍る。
が、そんなことは気にしていられないと、ライカンさんの目が鋭くなる。
【グリッサード・プレシピテ】の前方移動によってライカンさんの股下を通り抜けながら『ヴィルトゥオーソ』で膝を斬りつけた後、投げた『ブリリアンドール・スイーパー』を
まぁ『斬った』と言っても、毛皮に阻まれて傷すら付いてないんだけどね……硬すぎぃ……。
「【ペネトリー……っ!」
「ふんっ……!」
【ペネトリースパーダ】を放たんと引き絞った『ブリリアンドール・スイーパー』の柄の先を、ライカンさんのロングソードの切っ先が捕らえる。
「判断早っ……!」
「貴殿も……まさか私が姿を見失うとは、あまりにも予想外でした」
澄んだ音と共に、『ブリリアンドール・スイーパー』が宙を舞う。まさか私がアビリティを使う前に、武器を弾くことでキャンセルさせるとは……。
とはいえ、刺突を繰り出した後の隙は如何ともし難いだろう。その一瞬があれば、一発は叩き込めるのだから。
素手でも発動できる、最速の攻撃アビリティ———
「【
私の右腕が黒紫のエフェクトを纏い、鋭い爪撃と化してライカンさんへと迫る。狙いは喉。毛皮が薄く、かつ大ダメージが狙える部分である。
が、ヒットの直前でライカンさんの手が滑り込み、【
「まだまだぁっ!」
「なっ……!」
ライカンさんの手のひらから僅かなダメージエフェクトが漏れるのを確認するよりも速く、横に回り込んだ私の『ヴィルトゥオーソ』が宙を裂く。
ライカンさんの脇腹に鎧の上から一発叩き込み、そのスピード故そこに残像だけを残して私の身体はライカンさんから引き離されていく。
「加速するぅ!」
『ヴィルトゥオーソ』をインベントリに放り込みながら弾き飛ばされた『ブリリアンドール・スイーパー』を拾い上げ、次の瞬間にはライカンさんの懐へ。
50秒経過した私の全ステータスは1.5倍!
そこに【レール・アン・ドゥオール】、【マキシーフォード】、【セカンドギア】を重ねた私のAGIは、すでに2倍以上だ!
しかも『
「フ~~ッ⤴!」
「くっ……ぬっ……!」
・はっや
・配信者が映っていない配信とは
・あのライカンが後手に回ってる……
ライカンさんの剣が私の残像を通り抜け、代わりに幾重もの金属音が響く。
ライカンさんの鎧と『ブリリアンドール・スイーパー』との間に激しい火花が弾け、その朱色が消える前にライカンさんの顎を蹴り抜いた私は、そのまま頭を飛び越えてがら空きの背中へ———
「【
「うぉぉっ!?」
何本にも分身したかのように見えるスピードで振り抜かれた『ブリリアンドール・スイーパー』が、ライカンさんの背中を打ち据える。
おっと、まだ鎧を抜けない?
よろしい、ならばこうしよう!
「【ペネトリー・———おっと」
「それはさせません……!」
振り向きざま、裏拳のように放たれたライカンさんの剣を視認し、バックステップを踏んで弾かれるように一気に距離を空ける。
貫通攻撃に対する警戒は解かれていない様子。
ならばどうするか……当然、反応できない速度で叩き込むのみ!
「“黒く、
バックステップの勢いのまま両足で轍を刻みながら、クラウチングスタートのように前傾姿勢となり言葉を紡ぐ。
それは、人間の身でありながら大妖怪の力を宿す、大いなる呪文。
「妖気解放……『鴉て———」
「ここまでにしましょうか」
「———んぐぅっ!?」
・草
・唐突やな
・このタイミングで終了かい!
・梯子を外されてずっこけるカローナ様
突然のライカンさんの宣言に、私は思わず前のめりにずっこける。
今まさに飛び出そうとしてたから、抑えきれなかったのよ……。
というか、どうしたの?
まだまだ全然HP残ってるでしょうに。
「ティターニア様の目は正しかったようですね。彼女の相手は私でも手を焼きそうです。この実力を認めないわけにはいかないでしょう」
「そうじゃろ! 私は人を見る目があるからのう!」
「そういう訳で……どうでしょう? ティターニア様の我儘に付き合っていただけますか?」
「まぁ、認めてくれるなら願ってもないわね」
「では、これで契約成立ですね」
『エクストラクエスト: 妖精女王ティターニアの我儘、専属秘書の採用試験 をクリア!』
『プレイヤー名: カローナ が称号: 《妖精女王の専属秘書》 を獲得!』
お、称号がもらえるのね。
ライカンさんに認めてもらって初めてクエストクリアってことは、専属〇〇の称号って結構レアなやつなんじゃない?
「あっ、ティターニアちゃんの専属ってことは……もしかして王城に入れてもらったりできない?」
「『ラ』を付けろと言っておるじゃろう!」
「ラ・ティターニアちゃん」
「っ……むぅぅぅぅ……。ハァ、まぁよい。これから招こうと思っておったのじゃ。私を舐めてかかっておるお主には、難易度の高いお使いを押し付けてやるのじゃ」
「え、もしかして珍しい感じのクエスト? 望むところよ!」
「全然恐れておらんのじゃ……」
してやったりと、にまにました笑顔を浮かべていたティターニアちゃんの表情は、私が全く怖がっていないと分かるや、すぐにシュンと沈んでしまった。
可愛い。
実際珍しいクエストを斡旋してくれるなら、ゲーマーとして臨むところだしね。
しかし……心残りが一つだけ。
……ライカンさん、結局最後まで一回もアビリティ使わなかったなぁ。
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