専属秘書の採用試験 前編

『エクストラクエスト: 妖精女王ティターニアの我儘、専属秘書の採用試験 を開始します』



 剣呑な雰囲気を醸し出すライカンさんと対峙し、そんなアナウンスが流れる。


 やっぱりそう来たか……。

 しかし『エクストラクエスト』とはね。ユニークにプライマル、果てはスペリオルなんてクエストばっかりやってたから感覚が麻痺してるけど、エクストラも十分珍しいクエストだからね。



「ところで、ライカンさんってどれぐらい強いの?」


「ふふん、私が誇る最強のじゃぞ。並ぶ者なき、天下無双の剣じゃ」


「実際、NPCの中では最上位の実力かと。堕龍おろち戦で見た『百鬼夜行』の……十六夜いざよい様に匹敵するのではないか、というのが私の見立てです」


「マジで言ってる?」


 ・えっ

 ・強すぎん?

 ・これマジだぞ、俺もライカンと一回だけ戦ったことある

 ・マジか、どうだった?

 ・2秒はもった

 ・草



 お非~リアさんの補足に、思わず耳を疑う。

 十六夜さんと同格って、あの人堕龍おろちの技を打ち破って斬撃叩き込むぐらいヤバい人なんだけど?


 流石は女王に直々に任命された近衛兵というべきか。それだけの実力がないと、側近なんか務まらないから当然か。


 ティターニアちゃんが怖がらずに一人で出歩けるのも納得ね。



 しかし、それほど強いとなると困ったなぁ。

 今『冥蟲皇姫インゼクトレーヌ』シリーズは全部修理中。私の最高の装備は使えない状態だ。


 格上相手に、全力を出せない私。

 明らかに分が悪い。



「まぁ仕方ないけどぉ……」



 インベントリを操作し、『フルールド・ジョーゼット』の装備を解除。別の装備へと変更する。


 ・メイド服来た!

 ・カローナ様のメイド服めっちゃ久しぶりな気がする

 ・とても助かる

 ・あれ、なんかちょっと豪華になってね?

 ・確かに

 ・パワーアップした?



「さすが、普段から見てる視聴者さんは気づくよね。『冥蟲皇姫インゼクトレーヌ』シリーズばっかり使っててそのイメージが定着しちゃったけど、他の装備を強化してないなんて一言も言ってないわよ」



 全身を包むメイド服は、より優雅に、絢爛に。

 魅力的ながらもいやらしさを感じさせない見事なメイド服は、ミカツキちゃんに『ドルオタそう』と称されたヘルメスさんの、迸る情熱パッションによって生み出された一品。


 その名も、———『ブリリアンドール』シリーズ。


 どれだけ大勢のプレイヤーがいても埋もれることのない輝きを放つブリリアントで人形ドールのような可愛らしさ、を目指して作られた装備である。



 『ヴィクトリアン・スイーパー』から強化された『ブリリアンドール・スイーパー』を装備し、その先をライカンさんへと向ける。



「舐めてかかると一瞬で片付けちゃうから、よろしく」



 『禍ツ風纏まがつかぜまとい』起動!

 私の首にかけられた翡翠色の結晶を指で弾く。直後、そこから溢れ出た風が私の全身を包み込み、纏わりついて渦を巻く。


 強化状態『禍ツ風纏まがつかぜまとい』———私のHPは刻一刻を削れていくが、それにつれて私の全ステータスを爆上げしていく!



「面白い!」



 ライカンさんから漏れたその一言は、元来の好戦的な性格を抑えきれなかったがゆえに漏れた本音。


 剣を抜き放ち、踏み込むライカンさんの姿は———次の瞬間、手の届く距離にまで肉薄していた。ライカンさんが握る輝銀のロングソードが宙を薙ぐ。それはまさに『瞬く間』と表現するべき、瞬速の剣閃だ。


 が、しかし。



「残念、それは残像だ!」



 ライカンさんが斬ったのは、私の【レム・ビジョン】が残したアビリティエフェクトのみ。


 私の本体は———



「上か!」


「ご名答!」



 【グラン・カブリオール】によってライカンさんを軽く飛び越えるほどジャンプした私は、すでに蹴り降ろす体勢に入っている。


 私が繰り出した蹴りはライカンさんの頭を———



「っ!?」



 私の蹴りは、バスケのピボットのように軸足を起点に身体を翻したライカンさんの頭を掠め、そのまま通り抜ける。


 しかも、剣を戻すのではなく身体を寄せることで『溜め』を作り出したライカンさんは、すでに次の攻撃に入っている……!



「空中では隙だらけなのでは?」


「大丈夫、私空中なら走れるから!」



 【グラン・ジュテ】起動!

 私に許された、3歩までの空中ジャンプ。

 1歩目で剣を避けながら斜め下へ、2歩目で再びライカンさんに肉薄し膝を顔面に叩き込む!



「なんというスピード、素晴らしい……」


「簡単に受け止めておいて良く言うわ……ねっ!」



 『ブリリアンドール・スイーパー』を地面に突いて身体を支え、私の膝を受け止めたライカンさんの手を弾く。


 そして、無防備なライカンさんの頭を両足で挟み込む!



「ムグッ……!」


「折れたらごめんね! 【トゥール・アン・レール】!」



 回転を生み出すアビリティにより、ライカンさんの首を捻って投げ飛ばす!


 ・ライカンそこ代われ

 ・ムチィッ!

 ・カローナ様に太股で顔挟まれるとかご褒美でしかない

 ・しかも正面からだからね

 ・あれ? カローナ様って意外と脚太……

 ・ライカン目線だとパンツ見えてない?

 ・配信には映らないってのに……!

 ・羨ましい……

 ・オオカミ野郎てめぇ鼻先がカローナ様のカローナ様に当たってないか?

 ・は?

 ・これは許されない大罪

 ・いい匂いしそう

 ・そんな細かいところまで再現……アバターだからさすがに無いか

 ・ライカンが今感じてる香りは……

 ・ギルティ

 ・あとでライカンに感想聞きに行くか

 ・急にコメント増えて草



「ふんっ……!」


「はっ……!?」



 ライカンさんは私の回転に合わせてジャンプし、私の脚の拘束を抜ける。

 なんて簡単に言うけど、アビリティによって発生する回転に対して、ただの身体能力で脱出するなんて、とんでもない相手だ。


 見事に脱出された私は、着地してバックステップを踏む。十分な距離を開けて仕切り直しだ。



「舐めていたわけではありませんが……噂に聞くのと実物を見るのとでは全く違いますね」


「もちろん。それに、堕龍おろちを倒してレベルも上がってるし」


「とはいえ、まだ本気を出していないのでしょう?」


「やっぱり分かっちゃうよねぇ」



 堕龍おろち戦でMVPを取った私は、当然だけど討伐時に相当の経験値が入っている。それによってレベルは80を超えるほどに上がったし、いくつかのアビリティも進化しているのだ。


 そして、30秒を過ぎたあたりの『禍ツ風纏まがつかぜまとい』の効果は、ここから顕著に現れる。



「まだまだ魅せてくれるのでしょう?」


「当たり前じゃない。やっとエンジンかかってきたんだからね!」


 ・今まで助走だったと考えるとヤバくね?

 ・さすがに鴉天狗使ってないからオロチ戦の時ほどではないな

 ・それを差し引いても十分すぎる速さだろ



「せっかくだから、堕龍おろち戦を終えてさらに進化したアビリティを実践しながら紹介してあげるわね!」



 【セカンドギア】、【セカンドウィンド】起動。これは下準備だ。

 私がトップスピードを出すための下準備。


 そしてこれが———!



「【レール・アン・ドゥオール】! アンド【マキシーフォード】!」


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