その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 37

「ッ——————!!」



 耳を劈く言葉にならない叫びは、私の頭上から。


 その発生源を見上げたわたしの目に飛び込んできたのは、ダメージエフェクトを弾けさせるボレアバラムと、その尻尾に噛り付いた堕龍おろちの触手であった。



 堕龍おろちの牙はしっかりとボレアバラムの尻尾に食い込んでおり、簡単には振り払えそうにない。


 かといって技を使って触手を撃破したとしても、その隙を突かれ、次の瞬間にはさらに多くの触手の牙が襲い掛かるだろう。


 視界を覆うほどの触手がひいめいていてボレアバラムが一撃しか受けていないのは、彼が常に高速で移動していたからに他ならない。



「フンッ!」



 とにかく足を止めるのは悪手だと、ボレアバラムは進行方向を下に向け、重力を利用してさらに加速する。無理に捻った体が悲鳴を上げ、触手の牙が食い込むその部分から、ミチッと嫌な音が漏れる。



 ・えっ

 ・あっ、ちょっ

 ・カローナ様!?



 ———次の瞬間、私はボレアバラムに噛り付く触手に向けて、この身を投げ出していた。



 ここは地上数十mの堕龍おろちの背中の上で、ついさっき【グラン・ジュテ】の空中機動も使い切ったところだ。『鴉天狗』の空中ジャンプも、もちろん残っていない。


 自分でも『なぜ』と思うほどに躊躇いはなかった。

 いつもの私だったら、こんな落下死が確定的な状況に飛び込んだりしないだろう。


 もちろん、『ボレアバラムが堕龍おろちに食われてしまってはまずい』とか、『高火力の戦力を失うわけにはいかない』と言った、ゲーム的な考えもある。



 でもそれ以上に、『今しかない』と、『私しかいない』と、具体性も根拠もないその漠然とした考えが、私の身体を動かしていた。



「グゥゥッ!」


「っ……おぉぉっ!」



 ビチィッ! と音を立て、ボレアバラムの身体と堕龍おろちの触手が離れる。

夥しいダメージエフェクトを漏らすボレアバラムの尻尾は、その途中から千切れてなくなっていた。


 私がそこに飛び込んだのは、ボレアバラムの身体が離れ、触手が口を閉じるまでの一瞬の間だ。



 触手の口の中へ肩まで差し込んだ私の左腕から、ダメージエフェクトが弾ける。

 向こうはドラゴンの鱗さえ噛み砕く強靭な牙だ。

 たとえ『冥蟲皇姫の鎧インゼクトレーヌ・クロス』の性能をもってしても、耐えられる道理はない。



「くっ……!」



 鎧が砕ける音と共に、左腕の感覚が喪失する。

 赤いダメージエフェクトと共に、私のHPがすごい勢いで減っていく。


 けど、HPが1でも残っていればそれでいい。

 水泳のターンのように身体の向きを変えた私は、堕龍おろちの触手を足場に【グラン・カブリオール】を発動。大ジャンプを齎すそのアビリティで下に飛び・・・・、触手を振り切る。



「貴様、何を……っ!?」



 そんな私の姿を見たボレアさんは困惑の声を漏らすが、それも一瞬のこと。

 【変転コンバージョン】を切って薙刀を口に咥え、残った私の右手に現れた物体を見て、ボレアさんは驚愕に目を見開くことになる。



 私の右手に現れた、たった今堕龍おろちに食われたはずの自分の尻尾を見て。



 正直賭けだったけど、私は賭けに勝ったようだ。

 アイテムは、手で触れてさえいればインベントリに収納することができる。

 問題は、『ドラゴンの本体から離れた身体の一部は、アイテムとして回収できるのか』ということだ。


 ダイハード・メガランチュラの爪脚が回収可能であったため、できるのではと考えていたけど……ドラゴンは普通に会話ができるほどに高度なAIを積んでおり、NPC扱いだったらどうしようとも思っていた。



 けど、結果は見ての通り。

 千切れた尻尾はアイテム扱いであり、触手の口が閉じられる寸前に差し込んだ私の左手が触れたことによって、堕龍おろちに食われる前に私が奪い取ったのだ。


 これなら左腕を犠牲にした甲斐があったというもの。

 けど……あーぁ、結局最後までボレアさんと共闘できなかったなぁ。

 まぁどうせリスポーンするから、その時にでも……



「人間!」


「?」



 落下する私の視界の端に入ったのは、翡翠色の閃光。

 下方向へと落下する私を追い抜いて視界の端に入ったボレアさんは、私に牙を剥いて訴えかける。



「人間、乗れ!」


「っ!?」



 今度は私が驚かされる番だった。

 『乗れ』って、いきなりどうしたの?

 ツンデレなの?


 いや、でもめっちゃ助かる。

 このままじゃ地面に激突して確実な死が待ってる私にとっては、渡りに船。ボレアさんに助けてもらう以外の道はない。



「んっ!」



 ボレアさんの尻尾をインベントリに仕舞って咥えていた薙刀を右手に握る。

 黒紫の亀裂が全身に広がり、【変転コンバージョン】を掛け直しによってステータスが爆増する。


 地面まではほんの数秒。

 私の下に滑り込んできたボレアさんにタイミングを合わせて身を翻し、ボレアさんの背中に脚から衝突した。膝を曲げてクッションとして衝撃を抑えたけど、速度が速度だからかちょっとダメージが入ったほどだ。


 ボレアさんがちょっと痛そうにしてるのは、もちろん見逃さなかった。



「急にどうしたのボレアさん、ついにデレた?」


「阿保か! 我の身体の一部が失われるのが許せなかっただけだ!」


「ぅおっと!?」



 地面スレスレから燕返しのように上昇を始めたボレアさんの背中で、私は必死にしがみつく。ただでさえ左手がなくなってるから落ちそうだってのに……せっかく助かったのに途中で落ちたら元も子もないからね!



「……これってもしかして、謀らずもボレアさんの弱みを握っちゃった感じ?」


「貴様、この我を脅すとでも言うつもりか?」


「別にそんなことないけど? でも私が堕龍おろちに食われたら、ボレアさんの尻尾はどうなっちゃうんだろうね~」


「くっ……!」


「でも本当に助かったわ、ありがとうね」


「ふん……勘違いするなよ? 情に絆されたわけではない。我らは貴様ら人間より上位の存在。なれば、良い働きをした者に褒美を与えるのもまた強者の務めだ」


 ・煽り口調からの優しい声にキュンッてする

 ・ツンデレなのはカローナ様も一緒

 ・お礼言われたボレアさんも満更でもなさそうだしね



 うーん?

 ボレアさんの口調は、ただ人間を下に見てるからだと思ってたけど……いや、プライドは高いんだろうけど、それは『強者ゆえの矜持』的なやつらしい。



「まぁいいや。なら、良い働きをした私には何をくれるの?」


「我のせいで片腕を失ったというのも後味が悪い。特別に、力をくれてやる」


「力を———」



『旋嵐龍ボレアバラムの力の一部が、プレイヤー名: カローナ へと譲渡される———』

『称号: 《翡翠の憑坐よりまし》 を獲得!』


『スペリオルクエスト限定特殊強化エンチャント: 旋嵐龍装 状態に変異します』



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