その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 34

 突然聞こえてきたドラゴンの声と私たちを覆う影にふと視線を上げると、堕龍おろちにぶっ飛ばされたのだろう、ドラゴンの一体が私たちの頭上へと迫っていた。



「待っ———回避ぃっ!」



 Mr.Qの叫びと同時に、私たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。

 轟音と共に地面に激突したドラゴンはしばらく呻き声を上げた後、ゆっくりとその身体を起こす。



 優雅な姿だ。

 このドラゴンは全身を覆う翡翠色の鱗に、木賊とくさ色と深緑ふかみどりを散りばめた美しい姿だった。


 長い手足とシャープな体躯は、きっとこのドラゴンが高機動を得意としているからなのだろう。手足の首や尻尾、翼を包む乱気流のような風の渦が、このドラゴンの属性が『風属性』であることを物語っている。



 はぇ~……確かにこれは、紛うことなくドラゴンだわ。

 いや、女の子っぽくないとは思うけど……ゲーマーからすれば、なんかこう、ちゃんとしたドラゴンが目の前で動いていると思うとなんだがワクワクするよね。



「あっ、そうだ……。おーい、ドラゴンさん!」


 ・躊躇なく話しかけるカローナ様

 ・カローナ様のコミュ力よ

 ・ドラゴン相手でも対応変わらないのね

 ・ドラゴンかっこいいけど、こんな間近で見たら結構怖いもんだと思うんだけどなぁ

 ・怖がってたら配信できないもんね



「むっ? なんだ貴様」


「いや、堕龍おろちにぶっ飛ばされて大丈夫かなって」


「ふんっ……この程度、毛ほども効いておらんわ!」


「さすがはドラゴンさん。実際のところ、どう? 堕龍おろちに勝てそう?」


「あの程度の相手、すぐにでも焼き滅ぼして……いや、さっきから貴様は随分軽々しく話しかけてくるな!?」


「だってドラゴンさんと協力しないと、堕龍おろちの討伐って難しそうだもん」


「ドラゴン、ドラゴン、と……我には『ボレアバラム』という名があるのだ!」


「じゃあボレアバラムさん」


「人間風情が、我の名を気安く呼ぶな!」


「えぇ……」


 ・理不尽すぎて草

 ・でも威圧感強いから言いにくいよね

 ・アネファン内のドラゴン……良い……

 ・確かにこれは他のモンスターよりも造形に気合入ってるわ

 ・カローナ様には悪いけどちょっと笑う



「それに協力だと? 我がそんなものを必要としているように見えるか? 堕龍おろちなど、我だけで十分!!」


「ちょっ———」



 旋風をまき散らしながら翼を広げたボレアバラムは一瞬で上空へと飛び立ち、一目散に堕龍おろちへと突撃していった。



「あー、プライドが高くて協調性がないパターンね……」



 いやでも、マジで凄まじいスピードだ。

 『鴉天狗』状態の私と同等か、下手したらそれ以上のスピードだ。

 確かにあのスペックを持っていれば、『自分だけで倒してやると』豪語したくもなる。


 実際のところは、堕龍おろちの討伐まではまだまだ遠そうだけどね。



「あれと共闘はなかなか難しそうだね」


「まぁ、これも含めてのスペリオルクエストってことかなぁ」


「話してもダメってことは……?」


「当然実力で認めさせる! ってことで、私はあのドラゴン……ボレアバラム狙っていくわね」


「おっけー、そっちは任せた。こっちはこっちで残りのドラゴンを分けるよ。カローナちゃんは行っておいで」


「りょーかいっ!」



 MPポーションを仰いでMPを補充し、【変転コンバージョン】の効果を延長しておく。


 堕龍おろちの方へ目を向けると、様々な魔法やアビリティのエフェクトがキラキラと輝く中4体のドラゴンが宙を翔ける軌跡を描き、美しくも恐ろしい光景を作り出している。


 普通なら思わず足がすくんでしまうような光景だけど、ここはゲームの中であり、私はゲーマーだ。むしろやる気も漲るというもの。


 最終決戦、ここからはテンションMAXでいくわよ!



        ♢♢♢♢



 ドラゴンの出現と堕龍おろち本体との激突が起こったことにより、モードチェンジ後に堕龍おろちが発動した『ファフロツキーズ』……もとい【遣ラズノ冥雨】によって降り注いだ大小さまざまな分体は、本体の元へ帰らんと周囲から集まってきている。


 堕龍おろちと戦っていたプレイヤーの多くは本体と分体とに挟まれることとなったのだが、カグラの【百鬼夜行】により呼び出された99の妖怪により次々と分体が撃破され、プレイヤーが本体に集中できる状況が作り出せていた。



 そんなプレイヤー達の間を縫って縫って……私は一気に前線へと向かう。


 やはりここでも、イシュタムを握ったセレスさんは流石だ。

 誰よりも強力な魔法を連発しながら、ハクに乗って移動することで超火力の移動砲台となっている。


 それでも、如何せん堕龍おろちの身体が巨大すぎる。

 まさに山の如しと言うか……数十mは下らない巨体によって、セレスさんの魔法でさえ火力不足のように思えてしまうほどだ。



「それじゃ視聴者さん達、ここからは集中していくんでコメント拾えないと思うからよろしくね?」


 ・了解!

 ・応援してるで~

 ●プレーンかき氷:[¥2500] 頑張って!

 ・こっちはこっちで勝手に喋るからオッケー



 いよいよ堕龍おろち本体の触手が届く範囲に入ったことを確認しつつ、視聴者さん達にそう断っておく。さすがにコメント見ながら攻撃を捌き切る自信はないからね……。



「っふ~~…………」



 瞑目して息を限界まで吐き出し、ゆっくりと胸いっぱいに空気を吸い込む。

 頭の血がスゥッと下がり、雑音が消えていくのが分かる。


 ゆっくりと開けた目からは【レム・ビジョン】と【アストロスコープ】のエフェクトが漏れ出し、ルーティーンを終えてクリアになった景色を私の脳裏に焼き付ける。



 『カローナ』の持てる全てを以って、いざ———!



「【パドルロール】、【グリッサード・プレシピテ】!」



 脚から二色のエフェクトが漏れると同時に一層強くなった踏み込みが地面を割りつつ、私の身体を高速の世界へと導く。


 私がドラゴンの石像を奪い取ったということもあり、堕龍おろちは私の姿を覚えていたのだろう。複数本の触手を私へと向け、迎撃を図る。


 が、



「弾幕が薄いわよ!」



 ここにすでに数えきれないほどのプレイヤーが集まっており、私一人に回せる触手の量などたかが知れている。少なくとも、今のところ・・・・・はね。



「ふっ……!」



 無意識に私の口から気合の籠った息が漏れる。

 脚に力を込めて踏み切った私は、目前に迫った堕龍おろちの触手を躱し2本目の触手へと薙刀を向ける。


 【木ノ葉舞】発動!


 【流葉】から進化したそのアビリティは、相手の攻撃をパリィするアビリティだ。

いかに攻撃を繰り出そうと、宙を舞い落ちる木の葉を捉えることは叶わない。



 キンッ———と澄んだ音を立てて、私の身体が宙を舞う。

 堕龍おろちの触手の上で体操競技の技のようにクルクルと身体を翻した私は、触手の上に着地して疾駆する。


 ひとまず単発の攻撃なんかは私には当たらない。

 けど厄介なのは……堕龍おろち本体の触手には目が付いていて、私を捕捉してくるというところだ。


 背後から迫るが、先ほど受け流した触手がUターンして私を狙っているのを伝えてくる。



 けど……後追いで私に追いつけると思うなよ?



「【セカンドギア】、【セカンドウィンド】!」



 堕龍おろちの触手を踏みしめる脚の回転がさらに高まり、私の肌を撫でる空気の流れが変化する。


 AGIの基礎ステータス・・・・・・・を上昇する【セカンドギア】と、空気抵抗を軽減する【セカンドウィンド】によって堕龍おろちの触手を置き去りにした私は、さらにその先……地面を這うように迫ってくる3本目の触手と、堕龍おろちの周囲を回る翡翠色の閃光に目を向ける。


 ここで……こう!



 薙刀を右手に握りつつ左手に『ダイハード・バックラー』を装備、突撃してきた触手にタイミングを合わせて【パワー・ノック】を発動!


 【パワー・ノック】は、盾で相手を強くノックバックするアビリティである。

と言ってもノックバック性能には限界があるわけで、超重量の堕龍おろちと軽量の私がぶつかれば……



「っ……くっ……」



 当然、ノックバックでぶっ飛ばされるのは私だ。

 盾で防いでいるからダメージはないけど、空中に数十m跳ねられた私は……作戦通りだと口元を歪めながら【グラン・ジュテ】を発動!



 水色のエフェクトを散らしながら宙を翔ける私と翡翠色の閃光が交差し———



「追いついたわよ?」


「なっ……!?」



 私がしっかりと掴んだ翼の持ち主———翡翠色のドラゴン、『ボレアバラム』がはっきりと驚愕の声を上げた。

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