その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 32

 確信した。

 今の声は絶対ドラゴンのだ。

 声の質と言うかプレッシャーと言うか……とにかく今までに見たモンスターのそれとは明らかに雰囲気が違う。


 姿を見なくても、そう確信できるほどだ。

 実物を見たらさぞ凄いんだろうな……。



 と期待して待っていたのだけど、声の主であろうドラゴンは、なかなかその姿を見せない。



 ・今の声何?

 ・ドラゴンじゃね

 ・復活できたのか

 ・声だけで分かる強者感

 ・でも出てこないな

 ・カローナ様、ケンタウロス復活してきてる


「あっ、やばっ」



 ドラゴンの(と思われる)咆哮に気を取られていると、コメントの指摘にふと我に返る。

 ケンタウロスに目を向けると、指摘通りに身体を繋ぎ合わせて傷口が再生し始めているケンタウロスの姿があった。



「梵天丸さんが追撃してくれればよかったのに」


「五体満足の相手でなければ闘争もつまらないのである」


「そういえばこの人バトルジャンキーだったわ……」



 まぁでも、梵天丸さんの闘争心はまったく衰えていないようで安心した。

さっき聞こえた咆哮以降アクションはいまだに無いけど、そんなことは関係なくケンタウロスは襲ってくる。


 仕方ない。

 もう少し防衛戦を頑張りましょうか。



        ♢♢♢♢



「「「「グオォォォォォォォォォォォォッ!」」」」


「おぉ、素晴らしい……」



 身体の半分ほどの石化が解除され、目を覚ましたドラゴンが咆哮を上げる。


 それは『我はここに存在するのだ』と知らしめるかのように力強く、尊大で、見る者全てに畏怖を刻み込むものであった。


 そんなプレッシャーよりも好奇心の方が強いのか、ジョセフは顔を綻ばせながらドラゴンを眺めている。



 そして……どこか懐かしさを噛み締めるような表情を浮かべたカグラが、落ち着いた様子で4体のドラゴンへと声をかける。



「ドラグアグニ、アルルヴィオーネ、テーラベレト、ボレアバラム。目は覚めたかの? 気分はどうじゃ? 妾のことは分かるか?」


「貴様は……っ……」


「記憶が混濁しておるのか、無理もない。お主らが石になって以来、随分と時間が経ったものじゃからのう」


「フィリップス・ホーエンハイム……この名を覚えているだろう?」


「「「「ホーエンハイム……!」」」」



 ドラゴン達の声がハモる。

 ドラゴン特有の縦に割れた瞳孔が見開かれ、声の主である、フラスコの中に浮かぶ黒い霧に視線が向けられる。



「あぁ、そうだ。思い出したぞ。ホーエンハイム……そうだ、人間のクセにドラゴンに執心した変人……」


「まさか、貴方がその『ホーエンハイム』とでも言うの……?」


「そうだ。姿は変われど、私こそがそのホーエンハイムだとも。思い出してきたようだな?」


「こっちは『カグラ』と『アーサー』じゃ。顔を合わせたことはあろう?」


「どうも、久しぶり。元気にしてた? って、石像になってたから関係ないか」


「カグラにアーサー……思い出したぞ。貴様らもホーエンハイムと同じ、変な奴らだった」


「素直に認めろよ。彼らがいなければ俺らは今こうして話すこともできなかったんだ」


「ふんっ……矮小な貴様らと、誇り高き我らドラゴンを同等に見られては困る」


「素直じゃないんだから……ところで、私たちをこうして起こしたということは、全て終わった・・・・・・の?」


「……いや、むしろ始まったばかりじゃ」


「始まったばかり……だと?」


「あ奴が……堕龍おろちが、目を覚ましたのじゃ」


「「「「堕龍おろち……!!」」」」


「っ!」



 突如として、ドラゴン達が纏う雰囲気が怒気を含むそれに変化した。ただの怒りではない。憎しみや殺意も混ざった……『同胞の仇』どころではなく、『不倶戴天の怨敵』に向けるそれだ。


 カグラやアーサーは顔色一つ変えず受け止めているが、一般プレイヤーのジョセフはあまりにリアルに再現された、現実でもまず感じることのないほどの強烈な覇気に当てられ、思わず後退りする。



 そんなジョセフの様子など眼中にないとばかりに、ドラゴンの覇気は留まることを知らない。



堕龍おろち……忘れる訳がない……!」

「我らが同胞を食い荒らした害獣!」

「あまつさえ我らの『空』までも奪った外道!」

「未だ生きているのなら好都合、この手で直々に引導を渡してくれる!」


「落ち着くのじゃ、そう簡単に———」


「ホーエンハイム! 早く石化を解除しろ!」


「焦るな。あと尻尾だけだ」


「ええい、我慢ならん! 我はこのまま行く!」


「っ!? 無茶をして貰っては困る———あぁっ!!」



 痺れを切らしたドラゴンの一体が翼を広げて飛び立つ。

 室内でそんなことをすれば当然の結果だが、音を立てて崩れるアーカイブのクラン拠点に、ジョセフの悲鳴が響き渡った。


 その一体に追随するように他の三体も次々と飛び出し、半壊するクラン拠点の上空で咆哮を上げる。



 その視線の先には堕龍おろち

 戦場を駆け抜けるドラゴンの咆哮は、因縁の怨敵との激突を示す鏑矢となった。



「まったく、そそっかしい者たちじゃ。カルラ」


「カ———ッ!」


「カローナとその友人に伝言を頼む」



        ♢♢♢♢



 指も再生したのだろう。若干色合いが異なる指を広げ、地面に刺さった槍に手を伸ばすケンタウロス。


 槍を握れば【槍術】系アビリティが飛んでくるから、再び槍を握られるのは避けたいけど……私には重くて無理。


 だから———



Mr.Qクウ!」


「任せろ! 【アヴィス・アラーネア】!」



 Mr.Qから放たれた魔糸が宙を走り、ケンタウロスの腕に絡み付いて動きを阻害する。



「ふっ……!」



 その隙に間合いを詰めた私はケンタウロスの股下へ潜り込みつつ、薙刀を振るって前足のアキレス腱を切り裂いた。



「Bururururururu!」


「わわっ!」



 結構効いたのだろう。声を上げたケンタウロスが、アキレス腱を斬られた足をプラプラさせながらも私を踏み潰さんとその場で暴れまわる。


 【パドル・ロール】起動!

 さすがにこの巨体に踏まれたら、さすがに即死だろう。けど、脚はせいぜい4本。

本体と比べれば避けるのは容易い!



「もう一本!」


「Burururu!」



 上から降ってくる脚にタイミングを合わせ、カウンターの【ペネトリースパーダ】!


 黒紫のエフェクトを纏う貫通攻撃は、ピンポイントに前足の踵辺りを貫き、その部分を消し飛ばす。


 両前足の支えを失ったケンタウロスは前のめりに倒れ込んだ。



「良い働きである」



 そんな大きな隙を、梵天丸さんが逃すわけがない。黒翼をはためかせて宙に浮く梵天丸さんは、握り潰さんばかりに力を込めてケンタウロスの首を握る。



「"妖仙流柔術"───【黒旋颯こくせんはやて】」



 直後、梵天丸さんとケンタウロスの身体が、一体化したように見えた。あまりに速いその技に双方の身体が捻れ、掠れ───



 ———轟音。



 始めに見せた【小夜嵐】より凄まじい威力を示すように地面は割れ、あまりの威力に千切れ、バラバラに砕けたケンタウロスの肉片を投げ捨てて梵天丸さんは呟く。



「脆い、な。やはり分身体程度では面白味に欠けるのである」


「えっぐ……」


「これ俺要らないなぁ」


「むっ」



 バラバラに砕けたケンタウロスの身体から無数の触手が伸びるのを見て、後退した梵天丸さんが私の隣へと戻ってくる。



「これでもまだ死なぬとは」


「ゴキブリ並み……どころじゃな———」



「「「「グオォォォォォォォォォォォォッ!!」」」」



「っ!?」


 ・まだ動くの

 ・梵天丸さん強すぎぃ……

 ・!?

 ・ドラゴンの声!

 ・ちょっww アーカイブの拠点半壊ww

 ・ドラゴン復活きたぁぁぁ!

 ・何気にまともなドラゴンらしいドラゴンって初じゃね?



 建物が崩れる音と、空気を震わせる咆哮がした方へと視線を向けると、宙に浮かぶ4体のドラゴンの姿があった。


 姿形は様々なれど、一様に黄金の瞳で辺りを睥睨し、その完成されたフォルムは、確かに生態系の頂点にふさわしい印象を与えるほどのものだ。



 そんなドラゴンは堕龍おろちの姿を認めると、翼をはためかせて一目散に堕龍おろちへと突撃する。


 それを邪魔するのはケンタウロスだ。

 どうやって感知したのか、梵天丸さんに向けていた触手を全てドラゴンへと向け——



「消えろゴミムシがぁ!!」


「ひっ……あぁぁぁぁっ!?」

「ちょっ、待っ———」



 ———瞬間、ドラゴンの口から地上に向けて放たれた灼熱のブレスが、ケンタウロスに直撃した。


 咄嗟に逃げて直撃しなかった私も、あまりの熱量にスリップダメージを受けたほどだ。そんな攻撃を受けたケンタウロスは言わずもがな……灰すら残らずに完全に消え去っていた。



 そんなケンタウロスに見向きもせずひたすらに堕龍おろちへと向かっていくドラゴンの後姿を眺め、私は呆然とする。



「……ドラゴン怖くない?」


 ・殺意が高すぎる

 ・カローナ様よく生きてたね

 ・梵天丸さんが削ってたとはいえ、ケンタウロスが一撃て……

 ・あれが4体いれば堕龍も何とかなるんじゃね?

 ・プレイヤーも巻き込まれそうだけどな

 ・怖がってるカローナ様可愛い



「カローナ」


「あ、カルラ、お帰り」



 しばらくドラゴンの行く先を眺めていると、私の肩に留まるカラスが一匹。

 もちろん八咫烏のカルラだ。



「カグラカラデンゴン」


「伝言? 私に?」


「ウン、アト『クウ』ッテヒトニ。『アノドラゴントキョウトウシテ、オロチヲタオセ』ッテ」


「えぇ……」



 ドラゴンと共闘って……マジで言ってるのカグラ様……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る