その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 30

 講義室のような広い一室に四体のドラゴンの石像が並べられ、床には部屋いっぱいの魔法陣が描かれている。私たちが堕龍おろちの分身体と戦っている間、ヘルメスさんはこれを準備していたのだろう。


 魔法陣の中央に置かれた台の上には四つの始原核とホーエンハイムが入ったフラスコが置かれ、唯一備えたその眼でドラゴンの石像を眺めている。



「さて、始めよう」



 一通り石像を眺めた後、一度目を閉じたホーエンハイムはそう呟く。


 そして———



「っ!」



 突如として駆け抜けた風圧のようなエネルギーの奔流に、思わず私は目を閉じる。

 ほとばしるアビリティエフェクトは眩しいほどに弾け、雷のようにも見えるそれは、ドラゴンの石像の表面に当たっては花火のように弾ける。


 ようやく慣れてうっすらと目を開けると、その光景は非常に神秘的なものだった。



「はぁ~、なんというか……綺麗な光景ね」


 ・これスペリオルじゃなくてプライマルの方だよね、俺ら見てていいの?

 ・それも分かったうえでの配信じゃね

 ・今おろちと戦ってるプレイヤーは、裏でこんなことが行われてるなんて知らないんだろうな

 ・セレスちゃんの戦闘とカローナ様の裏の活動が同時に見れるのありがたい



「あー、別に公開するつもりで配信してるから、それはいいわよ?」



 今進行してるストーリーは、きっと『アネックス・ファンタジア』の世界自体のストーリーに関係しているだろうし、せめてそれは映像として残しておきたい。


 それにこの先に発生するであろうスペリオルクエストにも関係してきそうだし。


 そもそもこれがゲームである以上、『特定のプレイヤーだけ』みたいな不誠実はしないはず。

 つまりストーリーの内容が広く知られていないと、下手したらどこかで詰む可能性があるのだ。



 コメント欄を見ながらそんな風に私の考えを呟いていたら、ズン———と重い何かが地面に激突する音が外から聞こえてきた。


 建物自体が僅かに揺れたあたり、その何かは相当な重量なのだろう。

 いや、まぁ何が降ってきたかは大体想像つくけど……。



「カローナちゃん、俺らの出番みたいだね?」


「そうみたいね……ドラゴン復活の邪魔をされたら困るし、なんとか止めるわよ!」



 何か・・の正体は、堕龍おろちの分体で間違いない。

 Mr.Qクウの話では、石像を執拗に追いかけ回したという話だ。そんな石像が一か所に集まっていて、堕龍おろちがそこを狙わない理由なんてないからね。



 急いで外へ出た私とMr.Qは、案の定空から降ってきた堕龍おろちの分体がすごい勢いでこちらへと走ってきている姿を確認できた。



 顔は鱗に覆われていて鋭い牙が見えており、肉食恐竜そのものだ。

 しかし身体は獣のように毛に覆われており、鋭い爪があれば蹄もあったりと、随分ちぐはぐな姿をしている。


 体長5mは超えていそうな巨体で、至る所に剣や矢が刺さったまま、それも意に介さずこちらへと迫ってくるのを見ると、タフネスも相当なのだろう。



 これはちょっと苦労しそうだ。



「とりあえず、まずはあの勢いを殺すしかない。ネグロ・ラーグルフを使うから、カローナちゃんは隙を逃さないように」


「任せて!」



 【変転コンバージョン】と【妖気解放】で全ステータスを底上げし、【パドル・ロール】と【アン・ナヴァン】でバフを盛る。そのうえで【ア・ナリエール】を発動!


 ヌルっと横に逸れた私はヘイトをMr.Qに押し付け、堕龍おろちの分体の横へと移動する。



 私の後ろではどっしりと構えたMr.Qが、何重ものアビリティを散らしながら衝突の瞬間を待っている。ただ本能のままに襲い掛かるだけの堕龍おろちの分体は、目の前の獲物Mr.Qが動かない理由が恐怖によるものではないと理解できるはずもない。



「【剣神解放】、【ブレス・オブ・ヴィヴィアン】、【雨四光】、【変転コンバージョン】……舞い踊れ、【双舞鶴ふたつまいづる】!」



 発動するのは、特大のノックバックをもたらすアビリティ。

 相手を大きく弾く【双舞鶴】の効果は、ノックバックに特化強化した『ネグロ・ラーグルフ』とダメージをノックバックに変換する【変転コンバージョン】により、さらに強力なものになる!



「Ooooooooooo!」



 Mr.Qが放ったアビリティは、巨体を持つ堕龍おろちの分体をものともせずに弾き返した。


 四足の堕龍おろちの分体でもその衝撃を受け切ることはできず、その巨体が宙に浮く———



「ナイスバッティング!」



 ———“妖仙流柔術”———


 宙に浮いた堕龍おろちの分体の後ろに回り込んでいた私は、その体表の鱗をしっかりと掴む。


 妖仙の【嵐】は、緩急を重要視する。

 始めは凪のように緩やかに、次の瞬間には暴風のように激しく荒れ狂う!


 【グラン・ジュテ】、【グリッサード・プレシピテ】起動!

 堕龍おろちの分体を掴んで静止した私は、次の瞬間に空中を踏みしめてスタートを切る。

 職業ジョブ『鴉天狗』の効果により初速からトップスピードを弾き出す加速力は、【嵐】の効果を最大限に引き出す!



「———【山嵐】!」



 グンッ! と後ろに引っ張られた堕龍おろちの分体は、浮いているため踏ん張ることなどできるはずもなく、【嵐】に巻き込まれたようにその身体を吹き飛ばされる。



「完璧なバックホームでは?」


「むしろホームランなんだよなぁ」



 ・場外に向かって投げてるからね

 ・大暴投ww



 だって『アーカイブ』のクラン拠点から離せばいいわけだし、今も私の視界に入っているけど、まだまだ堕龍おろちの分体は一体だけじゃないのよね。


 一体だけにそんなに時間を掛けられないし……お?



「“妖仙流柔術”———【小夜嵐】」



 私に投げられて宙を舞っていた堕龍おろちの分体が、突如として軌道を変え地面に叩きつけられる。相当の威力があったのか、堕龍おろちの分体が叩きつけられた地面は大きく陥没し、底を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が広がる。


 続いて視界に映ったのは、空から舞い落ちる黒い羽根。

 クラン拠点に分体が迫ってきているのに気づいて戻って来たのだろう。



「梵天丸さん、ナイスキャッチ」


 ・ホームランキャッチされた

 ・凡フライ



「忌々しい堕龍おろちの分身は無尽蔵に湧いてくる。油断せずに臨むが良い」


「オッケー、梵天丸さんも手伝ってね?」


「無論!」



 私や梵天丸さんの間を縫うように抜けようとした鳥型の堕龍おろちの分体が、梵天丸さんが握る錫杖に打ち据えられて弾け飛んだ。



 それを合図にスタートを切った私は、地面を走るニワトリのような姿の小型の分体に狙いを定める。


 【セカンドウィンド】、【レム・ビジョン】起動!

 空気抵抗を軽減し、目から漏れるエフェクトを残して駆け抜ける。

 一瞬の交差の後、気づけばその堕龍おろちの分体は夥しいダメージエフェクトを散らして消えていった。



 体力は低いし、『魔皇蜂之薙刀』の毒も効くのでクリティカルで一確、そうでなくても残りのHPを毒で削って終わりだ。


 問題は、とにかく数が多いこと。

 【アストロスコープ】によって視力が強化された私の視界に映っているだけで、そこら中から小型の分体が集まってきているのが見える。


 どうも相手は質ではなく量で攻めてきたようだ。

 と言っても中には数mの巨体を持つ分体も居て、なかなか骨が折れそうである。



Mr.Qクウ! 私は小さいのをやるからそっちは大きいのをお願い!」


「了解! 露払い頼む!」


「OK!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る