その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 8

「クォ―――――――――――――ンッ!」


『ユニークモンスター: ハクヤガミ が出現!』


 ・ひぇっ

 ・えっ、地獄?

 ・ワイバーンとハクヤガミを同時に相手しなきゃならんの……?



 まさかのユニークモンスターハクヤガミの出現に、トラウマが蘇るプレイヤーが多数。それも、ゲームの内外問わず嘆く声が聞こえてきた。


 確かにカローナによってハクヤガミの攻略法が全世界に配信されたとはいえ、ハクヤガミの強さは健在。『好感度を上げてやろう』という目論見で挑んできたそのことごとくを一蹴してきた化け物だ。



 堕龍ワイバーンとハクヤガミという化け物2体に囲まれて絶望の表情を浮かべる者、驚きに武器を向ける者など、バトルフィールドはさらに混沌に包まれていく。


 そんな中、まったく異なる反応を見せるプレイヤーが一人。もちろん私だ。



「おいで、ハク・・!」


「クォンッ!」



 カルラの手を離れて地面に着地した私は、堕龍ワイバーンの触手から逃げるように走り出す。


 そして、私の声に反応したハク——ハクヤガミも地面を蹴って一気に加速、そのとんでもなく高いステータスであっという間に私に追いついてきた。



「ほっ」



 『魔皇蜂之薙刀』を棒高跳びのように使い、ハクの背中に飛び乗る!


 よく手入れされたふわふわな毛並みが私を受け止め、思わず頬が緩む……おっと、いかんいかん、今はバトル中だ。


 ハクの背中の上で立ち上がり、向かってくる堕龍ワイバーンの頭に【ウェーブスラッシュ】を一発。私のアビリティを受けて僅かな間だけ動きが止まった堕龍ワイバーンの頭を、ハクが容赦なく噛み砕き、青白い炎で燃やし尽くした。



「ハクッ、セレスさんも拾って!」


「オンッ」


「へ? こっちに向かって———きゃぁぁぁっ!」



 勢いはそのままにハクがセレスさんのドレスを咥えて上に跳ね上げる。可愛い悲鳴を上げるセレスさんを、私がハクヤガミの背中の上で受け止めた。


 くっ……なんて可愛い悲鳴……これが女子力の差か……。



 ・過去最高に意味わからん配信だな

 ・なんで普通にハクヤガミに乗ってるの? テイムしたの?

 ・セレスちゃんかわよ

 ・だれかさんは『うおっ』とかいう叫び声だったのに



「伊達にハクヤガミの好感度上げてないからね! というかおい、ちょっと気にしてるんだから言わないでよね!」



 しかしまぁ、ハクヤガミの火力はさすがね。レベルが160を超えているだけあって、多くのプレイヤーが頑張っても突破できなかった堕龍ワイバーンの鱗を、こんなに簡単に突破するとは。


 とりあえずこれでメイン火力は確保。

 できればコハク達も呼んで、ハクヤガミに完全耐性をつけたいところなんだけど……この場にいるすべてのプレイヤーが堕龍ワイバーンを狙うとは限らないからなぁ。


 良からぬ欲を出したプレイヤーにコハクがやられるかもしれないし……何より堕龍ワイバーンにコハクが食べられて、堕龍ワイバーンに耐性がついたら最悪だ。ハクヤガミには素の強さで頑張ってもらうしかない。



「ハク、セレスさんを守ってあげてね?」



 しなやかな銀糸の毛が覆う首元を撫でてやると、ハクヤガミは目を細めて小さく喉を鳴らした。


 とても可愛い。



「えっと、どういう状況ですの……? なんでハクヤガミの背中に乗っているのです?」


「ゴッドセレスさんは、ハクの上から魔法を撃ってもらおうかなって思って。固定砲台よりは移動砲台の方がいいでしょ?」



 火力の差的には、砲台よりもキャタピラメインの、戦場を高速で爆走する戦車だけど。



「ひとまず、ハクヤガミはわたくし達の味方、ということでよろしいのですわね?」


「そうよ、怒ると怖いから優しくね? ハクも、セレスさんは信用できる人だからよろしく」


「クォォォンッ!」


「きゃっ! もう、驚かさないでくださいまし! ハク様、行きますわよ!」



 ハクの背をセレスさんに譲り、私は一旦離脱。と言っても、二手に分かれて攻めるってだけなんだけどね。


 セレスさんは、激しく動き回るハクにも次第に慣れてきたのか、堕龍ワイバーンの触手を避け、時には動きを止め、ハクと上手く協力しながら堕龍ワイバーンを削り始めた。









 数十分経つ頃には、周囲のプレイヤーもハクが味方こっち側だと分かってきたようだ。

 それともこの場を切り抜けるには、ハクという超強力な火力要員が必要だと分かったのか。


 堕龍ワイバーンと戦うプレイヤー達の息が徐々に合い始め、物理、魔法の波状攻撃が目に見えて堕龍ワイバーンを削り始めていた。



「弱っているぞ! ここが正念場だ!」



 誰かが叫んだその言葉に、戦場の空気が俄かに浮足立つ。



「「「【グリッター・レギオン】!」」」

「【テラ・イジェクション】!」

「【スーパー・セル】!」



 『ジュエラーボックス』の面々をはじめとする多くのアタッカーから、強力な攻撃アビリティが放たれる。それらは次々と堕龍ワイバーンへと襲い掛かり、轟音とともにその身体を打ち砕いた。



「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」



 今や数えきれないほどに増えていた触手や頭が千切れ飛び、バラバラと散乱する光景に歓声が響く。


 アビリティエフェクトや砂煙が収まると、そこにはめくれ上がった地面や吹き飛んだ木々に紛れ、堕龍ワイバーンの肉片がそこら中に散らばっていた。


 戦場に似つかない静寂が場を支配する。プレイヤーも、そして堕龍ワイバーンも……声を上げる者はその場にいなかった。



「倒した、のか……?」


「「「「「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」


 ・いったぁぁぁぁぁぁ!

 ・やりよった!

 ・でも結構かかったな



 誰かがポツリと呟いたその言葉を皮切りに、再びの歓声が戦場を包み込んだ。

 コメント欄もすごい勢いで更新されていき、初のレイドモンスター討伐を祝福してくれいるようだ。



「セレスさん、お疲れ様!」


「ひとまずお疲れ様ですわ、カローナ様。ですが、まだ油断してはダメですわよ」


「え、どうして?」


「……なんだか違和感がありますのよ」


「違和感……いわれてみると確かに……?」



 セレスさんの言葉に首をかしげながら辺りを見渡すも、そこには激しい戦いの跡が広がるのみ。うーん、なんだろう。



「ったく、百人以上のプレイヤーで殴り続けて一時間弱って……さすがにタフ過ぎんだろ」


「これワンチャン素材剥ぎ取れないかな? レア素材をたんまり貰わないと採算合わないよな」



 一部の勇気あるプレイヤーが、ナイフを片手にあたりに散らばった堕龍ワイバーンの肉片に近づいていく。そのナイフが堕龍ワイバーンに通るのだろうかと、私はその様子をぼんやりと眺めていた。


 あれ?

 というかそもそも討伐アナウンスぐらいあっても……



 ・つーか、やけに最後あっさり終わったな?

 ・ゆうてこの人数でこんだけ殴ってるんだからそんなもんじゃね?

 ・現場にいる奴らは堕龍の素材もらえるんか?


 ・これ堕龍消えてないのおかしくね? ふつうモンスター倒したらドロップアイテム残してきえるやろ



「っ!!」



 流れていくコメントの中に見つけた一つに、私はすべてを察した。

 なんでそんな簡単なことを見落としてた!?


 バラバラに砕けた堕龍ワイバーンの状態と周りの空気に流されて、『これで終わった』みたいな雰囲気になってたわ。


 堕龍ワイバーンは消えてもいないし、討伐アナウンスもされてないのに!



「鱗硬ぇ! つーか、なんで肉片からダメージエフェクトが出て———」


「セレスさん! まだ終わってな———」






『———飢餓に苦しむ災厄の分け身が、本能に従いその姿を変える———』


堕龍おろち・ワイバーン型が真の力を解放する!』


緊急エマージェンシー! 堕龍おろち・ワイバーン型が飢餓狂ハンガーフォージモードに移行!』

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