その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 9

『———飢餓に苦しむ災厄の分け身が、本能に従いその姿を変える———』


堕龍おろち・ワイバーン型が真の力を解放する!』


緊急エマージェンシー! 堕龍おろち・ワイバーン型が飢餓狂ハンガーフォージモードに移行!』



 そんなゲームアナウンスが辺りに響くと同時に、周囲から悲鳴がいくつも上がる。


 悲鳴の方へ視線を向けると、至る所で黒っぽいスライムのような粘液状の何かに包み込まれるプレイヤーが何人もいた。


 攻撃によってバラバラに砕け散った堕龍ワイバーンの肉片が、ドロリと溶けて液状化し、近くのプレイヤーに襲い掛かったのだ。



 プレイヤーの抵抗も意に介さず、その肉片はプレイヤーの全身を包み込み、そして———



 ———ブチュンッ、と。



 ひと一人分の高さがあったはずのそれ・・は、生々しい音を立てて一瞬で元の肉片の高さへと沈み込んだ。隙間からおびただしい量の赤いダメージエフェクトを漏らしながら。


 高いVITを持っているはずのタンク職のプレイヤーでさえ、なんの抵抗もなく押しつぶされた。


 つまるところ、即死攻撃ということだ。



「やばいって! タンクが逝った!」

「食いしばりあっただろ!? なんで発動してないんだよ!」

「即死ってことだろ! これは無理~っ!」


「パールとターコイズが喰われた! ここで人員削られんのキツいんじゃねぇの!?」


「皆さん一度引いてくださいまし! とにかくあれに捕まらないように! 各クランリーダーは被害状況を確認してくださいまし!」



 一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図になった戦場に、セレスさんのよく通る声が響く。至る所に散らばっていた肉片がある一点に向かって移動を開始し始めていた。


 堕龍ワイバーンの頭が転がっている、その場所へ。



「いやいやいや……ボス級モンスターでそれはやっちゃダメでしょ」


 ・まさかの再生

 ・しかもプレイヤー喰ってリソース回復か

 ・つまりこれ、百人以上集まったプレイヤーが一人も欠けることなく堕龍を削りきるってこと?

 ・無理ゲーでは?



「Karororororororororo!!」



 集まった肉片が粘土細工のようにグチャグチャと一纏まりとなり、大きく開いた口から大地を振るわせるような咆哮を放つ。



 復活した堕龍ワイバーンの姿は、最初の姿とは明らかに異なっていた。

 第一印象としては、『巨大な樹』だろう。一本の太い幹が地面からまっすぐ上に伸び、その先端に堕龍ワイバーンの頭が乗っている。


 幹からは無数の触手が枝分かれして生えており、何より———捕食したプレイヤーのものと思われる人間の顔が幹から浮き出ており、生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない。



「気持ち悪い……」


 ・うわぁ……

 ・これはさすがに引く

 ・ファンタジーと言うにはホラーすぎるなぁ


 姿が大きく変わった堕龍ワイバーンは、根を張るようにガッチリと地面に触手を突き立てており全く動けなさそうである。


 はたしてどんな動きをするのかと、周囲のプレイヤー達も堕龍ワイバーンを囲んで様子見をしている。と、無数の触手をぼんやりと光を纏い始めた。



「なぁあれってさ、何に見える?」


「うーん、アビリティのエフェクト、とか?」


「「「っ!!」」」



 プレイヤー間に激震が走る。

 と同時、【ピアースレイド】や【ワイドスラッシュ】をはじめ、見覚えのあるアビリティから初めて見るアビリティまで、堕龍ワイバーンを中心に全方位へと放たれた。



「それはヤバいっ……!」



 幸い堕龍ワイバーンはアビリティ同士のシナジーとかを全く考えてなさそうだから、アビリティを囮に、とか、避けた先に、とかはなさそう。だけど、めちゃくちゃに放たれたアビリティの中には範囲攻撃も含まれている。


 堕龍ワイバーンの巨体で放たれる範囲攻撃は相当なものだ。

 発動されたアビリティの数と種類を確認しつつ、全力で回避。それでもなお身体のギリギリを掠めるアビリティの威力に顔をしかめる。


 相手のアビリティを奪って使うなんてボスムーブ、確かにインパクト的にも効果は絶大だ。



「今の確実に、食べられた方のアビリティですわよね!?」


「ただ威力が向こう基準になってるけどね! クソボスだよクソボス!」


「だとしたら防御系アビリティもあるんじゃね?」


「あ―――っ!? ボスモンのくせにいっちょ前にバフ盛ってやがる!」



 誰かが叫んだその言葉通り、堕龍ワイバーンの身体を幾重ものエフェクトが包み込み、ただでさえ高いステータスがさらに上昇しているのが見て取れる。



「さすがに私でも、これだけ一気に発動されるアビリティのリキャスト管理なんてできないわよ!? セレスさん、対策を———」


 ・剣術系26、槍術系10、弓術系8、斧術系5、短剣術系7を確認

 ・攻撃アビ全ぶっぱしたっぽい?

 ・一番リキャスト短いので30秒だから、もうすぐのはず

 ・あ、我々はアーカイブのリアルサポート班です、よろしくね

 ・!?

 ・なんか来たww



 流れてきたそのコメントを、思わず二度見。

そうだよ、ゲーム内で何とかできないなら、ゲーム外にサポートもらえばいいじゃん。



「視聴者さんごめん! 私の代わりにリキャスト管理してくれると助かるわ! セレスさん!」


「こっちにもコメントきましたわ! 皆さん、わたくしが指示を出しますので聞いてくださるとありがたいですわ!」



 堕龍ワイバーンに目を向けると、いくつかの触手がアビリティのエフェクトを纏っている。コメントの指摘の通り、アビリティを発動してきそうだ。



 ・短剣術系3つ、単体高威力アビリティ

 ・その次は槍術の範囲攻撃2つ来るから気を付けて

 ・優秀だなぁ



「オッケーッ! ハク、合わせて!」


「クォォンッ!」



 次に来る攻撃がどんなものか分かっていれば、いくらでも対処のしようはある。

 突き下ろされた触手を避け、横薙ぎの触手を飛び越え……無数の触手を掻い潜って堕龍ワイバーンに肉薄する。



 ・全アビリティがリキャスト通りだな

 ・リキャスト回復次第使ってるみたい

 ・ならある程度チャートは立つな



 ……堕龍ワイバーンの表面に浮き出ているプレイヤーの顔と目が合ってSAN値が下がったけど……というか、アビリティ使いづらくなるから悲しそうな表情するのやめてくれない?



「【兜割かち】!」



 私が放つ横薙ぎの一閃は、黄色に輝く半透明の障壁に阻まれた。きっと取り込んだタンクのアビリティだろう。バフを盛り盛りにした私の【兜割かち】はなかなかの威力のはずだ。それを防ぐとはなかなか……



「だけど、私なんか・・・に使っていいの?」


「バゥッ!」



 この場には、圧倒的な火力メンバーがいるんだから!

 半透明の障壁が消えた直後、そして新たな障壁を張るまでの一瞬の隙を突き、ハクが自慢の牙で堕龍ワイバーンに浮かび上がっている顔をいくつか抉り取った。



「効いてる! 畳みかけろぉ!」



 誰かが叫ぶ。

 ハクが目で見て分かるほどのダメージを叩き出したのを見て、下がりかけていた士気が再び上がっていくのが分かる。



「貫通3、皆さん回避に専念! その後範囲攻撃5! タンクの方は準備をお願いしますわ! あと20秒でバフが切れます! 弱体魔術師デバッファーはデバフをかけ直してくださいまし!」



 矢継ぎ早にセレスさんの指示が飛ぶ。

 一度は混乱に陥ったものの、堕龍ワイバーンを攻めるプレイヤー達の動きは徐々に統一され始め、一つ、また一つと、堕龍ワイバーンに生えるプレイヤーの顔が削られていく。


 それに応じてアビリティの弾幕は徐々に薄くなり、初のレイド戦はいよいよクライマックスへと差し掛かった。

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