霧隠れの霊廟リベンジ 5

 ———聖剣エクスカリバー・・・・・・・・・起動!



 切っ先を天に掲げるMr.Qから大量のダメージエフェクトが漏れ出し、それに比例して宝剣の輝きはさらに強くなっていく。



 いったい何事か、と聞く暇もなくヘルメスへと殺到する三頭の堕龍おろちの前に躍り出たMr.Qは、エクスカリバーとは別の、漆黒の魔剣を一振り。


 おそらく【ウェーブスラッシュ】だと思われるそのアビリティが堕龍おろちにぶつかった瞬間、私の【連獅子】すら超えるアホみたいなノックバックが発生し、吹き飛ばされた堕龍おろちは再び靄の向こうに消えていった。



 聖剣エクスカリバー。

 正しくは、神装武器ミソロジーウェポン『エクスカリバー』。

 装備時にHPの8割を削る代わりに高倍率の永続バフを付与する効果がある。


 そして使用者が『勇者』系列の職業ジョブを持っている場合、HPが少ないほどアビリティの威力の上昇やリキャストの短縮、硬直時間の短縮など、様々な効果を付与する追加効果もあるのだ。



 そして、つい先ほど堕龍おろちを吹き飛ばしたもう一方の魔剣。

 漆黒が美しいその剣の銘は『ノックバック特化・・・・・・・・5段階強化ネグロ・ラーグルフ』。


 もともとノックバック性能が高い剣であるうえ、ノックバックに特化した5段階強化により、アビリティを使用しないただの攻撃でさえノックバックを発生するぶっ壊れ性能となる。



「はっ!」



 【ウェーブスラッシュ】発動後の硬直をエクスカリバーの効果で踏み倒したMr.Qは、そのままエクスカリバーでの【ペネトリースパーダ】により、2頭の堕龍おろちをまとめて弾き返した。



「何今の、どうなってんの?」


「ネグロ・ラーグルフでノックバック、エクスカリバーで硬直の踏み倒し、【変転コンバージョン――ダメージコンデンサ】でダメージをノックバックに変換、って感じかな。ただの振り下ろしでもノックバック出るから楽しいよ」


「無双ゲーかな?」


「【変転コンバージョン】のために攻撃し続けないとダメだけど、ねっ!」



 再び迫ってきた堕龍おろちをエクスカリバーで受け流し、ネグロ・ラーグルフで横に薙ぐ。


 徐々に頻度が増してきた堕龍おろちの突撃も、Mr.Qが危なげなく全て弾き返し、ただの一頭も後ろに通さない。



 さすがはプロゲーマーだなぁとか、これ私要らないなぁとか思いつつ、穴掘ってるヘルメスさんと軽い会話をするぐらいには余裕ができていた。


 というか、【変転コンバージョン】に種類があるなんて初めて知ったよ。



 Mr.Qクウのは『ダメージコンデンサ』と言うらしく、自身の攻撃によるダメージを下げる代わりに、その分ノックバックの威力を上昇する効果があるらしい。


 ちなみに、私の『冥蟲皇姫の鎧』に施されている【変転コンバージョン】は『ポイズン・グロー』。文字通り、毒で成長しまくる性能だ。



 それなら他にも装備を作れないかと聞いてみたところ、特殊なモンスターの素材が必要らしく、簡単には作れないようだ。



「カローナちゃん手伝って! 数が増えてキツい!」


「っ! ごめん、すぐ行く!」



 おっと、Mr.Qから救援依頼が来た。

 見てみると、十頭近い堕龍おろちを一手に引き付けて立ち回ってる様子。

 その様子に若干引いた私は、慌ててMr.Qの元へと向かった。



        ♢♢♢♢



 残り―――6分58秒。


 さらに苛烈さを増した堕龍おろちの怒涛の攻撃を受け流し、弾き、何とか後ろに通すまいと対処を続ける。



「見てみなよカローナちゃん、奴さん、相当キレてるみたいだぜ!」


「なんでっ、あんたはっ、そんな余裕なのよっ!」


「軽口でも叩いてないとやってられないのさ!」



 Mr.Qクウもなかなか変なテンションになっているようだ。まぁ、私も人のことは言えないけど……。


 しかしまぁ、Mr.Qクウの言う通り、堕龍おろちの攻撃は時間が経つほどに苛烈を極めている。それはつまり、よっぽど地下に入れたくないのだろう。攻略の鍵が地下にあるという予想は正解のようだ。



 残り―――5分。



「っ! ごめん! 一頭逃した!」


「オッケー! 【アビス―――」



 くっそ、クリティカルを外した!

 堕龍おろちの攻撃もだんだん強くなってるようで、私のSTRじゃクリティカルでも当てないと弾き切れないっていうのに、集中力切れか……。


 もっとレベルを上げておけばよかったと、今ほど思ったことはない。

 Mr.Qクウに頼りっぱなしだ。



 そんなMr.Qクウはと言うと、ネグロ・ラーグルフを上に投げ上げてインベントリから糸を取り出し、操糸術系のアビリティを準備し始めた。



「―――アラーネア】!」



 Mr.Qクウの手から放射状に延びた無数の糸が堕龍おろちに絡みつき、ギシギシと軋む。


 エクスカリバーの『逆境強化』があるとはいえ、相手は巨体。いかに【アビス・アラーネア】が強制行動阻害とはいえ、超重量の堕龍おろちを止められるのはほんの一瞬―――



「その一瞬があれば十分よ」



 後悔するのは後にして、とりあえず今できることをする。


 【パ・ドゥ・シュヴァル】を発動し、空中にアビリティの残光を残して駆け抜けた私は、糸に雁字搦めにされている堕龍おろちに一瞬で追いつき、その鱗を無造作に掴む。



「【”妖仙流柔術”――山嵐】!」



 今度は地面に叩きつけるのではなく、他の堕龍おろちに向けてぶん投げる!

 阿吽の呼吸で糸を離したMr.Qは一緒に飛んでいくということはなく、別の一頭を巻き込んで靄の向こうに消えていった。



 残り―――2分30秒。


「ぐっ……!?」


Mr.Qクウっ!!」


「問題ないっ……!」



 腹に突進の直撃を受けたMr.Qが、『食いしばり』のエフェクトを漏らし、押し込まれて地面にわだちを描きながらも堕龍おろちを逸らすことに成功した。


「むしろ全く当たってないカローナちゃんのが驚きだよ……!」


「私は回避しないと死ぬからね!」



 残り――……


 集合体恐怖症の人が発狂しそうなほどに数が増えた堕龍おろちを相手に、私はひたすらに回避を繰り返す。リキャストが回復次第【連獅子】を使っているが、焼け石に水。


 Mr.Qクウはというと、すでにHP1の超背水状態とエクスカリバーの効果を利用し、リキャストとアビリティ硬直のほぼ全てを踏み倒してアビリティを連打している。


 単純なステータスの高さとエクスカリバーのバフ、そしてネグロ・ラーグルフのノックバック性能で、ギリギリを保っている状態だ。



「っ……」



 堕龍おろちが頬を掠め、僅かにダメージエフェクトを漏らす。【パ・ドゥ・ポワソン】のジャンプで堕龍おろちを躱しつつ、上から迫った堕龍おろちには【パ・ドゥ・ヴァルス】の回転で対応。


 空中ジャンプで地面まで戻り、【パドル・ロール】で避けまくる。



 回避に特化している私ですら、徐々に被弾が増えている。直撃はしてないからHPの心配はないけど、直撃するのは時間の問題だ。


 ヘルメスさん、早く―――



「ヘルメスっ!」


「待たせた!カローナ、飛び込め!」


「っ!」



 待ってましたぁ!



 【連獅子】で周囲の堕龍おろちをまとめて吹っ飛ばして隙を作った後、全力疾走でヘルメスさんが開けた穴に飛び込む。


 私より先に生産職のヘルメスさんが……なんて迷ったりしない。

 迷っていたらそれだけ死ぬ可能性も増えるし、今この場で一番足手まといは、避けるしかできない私だ。


 私が穴に飛び込む直前、黒傘を開いて何らかのアビリティを発動するヘルメスさんの姿が見えた―――



        ♢♢♢♢



 私が地下に到着してから数秒後、Mr.Qに続きヘルメスさんも地下へと降りてきた。



「ヘルメスさんが最後なんだ」


「Mr.QもHPギリギリだったし、黒傘の耐久値と引き換えに発動する一発限りのアビリティもあったからな」


「いやぁ、ヘルメスがあの傘より俺を選んでくれてうれしいよ」


「…………まぁ、お前の戦力には代えられない」



 そんなことを言うヘルメスさんの表情は、苦虫を嚙み潰したかのようなすごいものであった。


 ちらっと聞いたところ、私の『冥蟲皇姫の鎧』やMr.Qの『ネグロ・ラーグルフ』よりもさらに大量の素材を突っ込んだものだったらしい。


 そんな装備を失ったヘルメスさんは、とてもとても悲しそうだった。



「さて、何とか地下に来れたんだけど……これどう思う?」


「……はは、言葉が出ないね」



 周りを見渡して漏らした私の言葉に、Mr.Qがそう答える。

 そんな私たちの眼前に広がるのは―――





 ―――4体のドラゴンの石像が置かれた、祭壇のような場所であった。

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