刮目せよ これこそ"妖仙"の真髄である

 スパァァァァァァァンッ!!



 いっそ気持ちが良いほどに勢いよく襖が開けられ、若干ボロボロになったドレスを纏った女性プレイヤーが堂々と歩み入った。


 もちろんカローナである。



 梵天丸さんに置いてきぼりにされた後、決死の思いで斬り倒し、殴り倒してノーデスで鬼幻城まで帰ってきたのだ。


 死ぬかと思ったわ。

 いやマジで。



 ディアボロヴェスパ並の強さを持っていた陰摩羅鬼がレアエネミーじゃなくて通常・・エネミーで、周りを取り囲む悪鬼達全部が同等、若しくはそれ以上の強さを持ってるとは……。



 いや、セーブは鬼幻城でしてあるから、デスポンすれば簡単に戻れた訳だけど……『楽しいから(キリッ)』なんてカッコつけた手前そんなことできるはずもなく。


 可能な限りぶっ倒してきましたよ、えぇ。



「これこれ、乱暴にしてはダメじゃぞ?」


「それについてはすみません。でもね梵天丸さぁん? 私に何か一言あるんじゃなぁい?」


「よく無事に戻ったであるな」


「違う、そうじゃない」



 襲われないように命令してから離れればいいじゃない!

 襲われると分かっててよくも置いてきぼりにしやがったなこの野郎!



「まぁ落ち着くのじゃ、カローナよ。梵天丸も揶揄からかいすぎじゃて」


「反応が面白くてなぁ」



 ポンッと肩に手を置かれ、背後から聞こえたカグラ様の声に、バッと勢いよく振り返る。そこには、日本の伝統芸能とかで使われそうなお面を親指と人差し指で押し上げるカグラ様の姿が……。



 ちょっと待て、いつ移動した・・・・・・


 同じ部屋の中にいたとはいえ、私とカグラ様との距離は3mは離れていたはず。しかも、カグラ様の姿は常に私の視界の中にいたはずなのだ。


 しかし、その直後には背後に……

 視線を振り切るどころか、触れられるまで気が付かない程のAGIって一体……。



「時にカローナよ」


「は、はいっ」


「……なんじゃ、随分従順になったのう」


「いえ、うッス、何でもないです、はい」


「まぁ良い。梵天丸を連れ戻した理由なのじゃがな、梵天丸には今からお主を鍛え上げてもらう。動き出すときは近い……一刻も早くものにしてもらうぞ? 我が真髄、【妖仙流】を」



        ♢♢♢♢



 カグラ様の後について歩くこと数分。円形の高い壁に囲まれた……コロッセオのような場所に到着した。



「ここは……?」


「ここは鬼幻城の地下にある闘技場じゃ。妖気を解放しての戦闘は周囲への影響が大きいのでな、使いこなせるようになるまではここでのみ妖気を使うようにするのじゃ」


「いや、あの、そもそも妖気が何か分からないんですが……」


「そうじゃったな。妖気とは、我々あやかしが本来の力を使うためのエネルギー……お主達人間で言うところのMPみたいなものじゃ。そして、その妖気を使うことでのみ使うことができる戦技、それが【妖仙流】じゃて」



 ふむ?

 つまり、特定の条件でのみ使える特殊パラメータみたいなものか?

 あやかしが本来の力をって、それ人間の私に扱えるの?



「いや、逆の発想か……」



 妖気を使いこなせるまで行けば、人間側から妖怪側に近づいたということでもある。変わる・・・部分と言えば……職業ジョブか。


 それと、【妖仙流】と呼ばれている戦技……これはおそらくアビリティだろう。



 梵天丸さんを連れ戻すことによって発生したこのクエスト、上手く行けば隠し職業ジョブと専用アビリティが獲得可能ってこと?


 それ、控えめに言って爆アドでは?


 よっしゃ、俄然やる気出てきた。今なら梵天丸さんも許してあげるかな。



「とはいえ慣れないうちは危険も伴う。妖気を扱うのはこの場のみに限定させてもらうが、代わりに消費もされないようにしておくのじゃ」


「ものにするまでトライ&エラーしろってことね」


「そういうことじゃな。では梵天丸よ、後は頼む———」


「あ、ちょっと待ってください!」



 梵天丸に声をかけ、闘技場を去ろうとするカグラ様を呼び止める。

 キョトンとした様子でこちらを振り返るカグラ様は、歳相応? の可愛らしい表情だ。


 うーんとね、ほら、厚かましいお願いって分かってるんだけど……ほら、私は何かを習得しようとする時は、見本とか目標があった方が身が入るのよねぇ。


 なにが言いたいかというとつまり……



「カグラ様の使う【妖仙流】? ってのが見てみたいなって……」


「ふむ、そういうことか……」


「ダメですか……?」



 私とカグラ様の間に漂う何とも言えない静けさが、妙な緊張感を生み出す。

 数秒の沈黙のあと、私の問いに対する答えは、カグラ様の行動を以て示された。



「……“妖仙流秘奥義・・・”———」



 トンッ……と小さな音の発生源はカグラ様の足元から。

 いつの間に握っていたのか、見たことも無い文字が彫刻された杖が流れるような所作で地面に付き立てられていた。



「———【鏡花水月】」



 ふわっと風のようなものが闘技場を駆け抜け、私の髪を靡かせる。その中心にいるのはもちろんカグラ様だ。杖を地面に付き立て、瞑目するカグラ様からは何も感じない。


 匂いも、音も、それどころか、生きている気配さえ———







「さて、これで満足かの?」



 背後どころか、突然耳元で聞こえたカグラ様の声に、ゾクリと肌が泡立つ。


 そして、背後に存在を認識した瞬間、たった今まで見ていた景色・・・・・・・・・・・・が、まるで窓ガラスのように砕け散り、カグラ様がいない闘技場の景色が姿を現した。



 ……速いとか、そういう次元じゃない。

 ヘイトの完全分離はまだ分かる。

 けど、その後のこれ・・は、何と表現したらいい?



 ———鏡に映る花、水面に揺らめく月。確かに目に映るそれは、しかして全て虚像である。

 ならばそれは偽物か。


 否、虚像すらも、確かに存在する現実。

 うつつまぼろしか。

 その境界すら曖昧な事象は、“妖仙”の名の下に反転する———



 ———“妖仙流秘奥義”【鏡花水月】———



 実像と虚像を塗り替える、現実改変・・・・とも言うべき超絶技。


 その衝撃たるや、様々なゲームでバグやチートを見てきた私でも言葉を失う程であった。













「怖気付いたであるか?」


「……やってやるわよ」



 1分か5分か……ともかく、カグラ様が去ってからしばらく続いた沈黙を破ったのは梵天丸さんであった。



 モチベーションに燃料をくべろ。

 足元さえ見えなくなった・・・・・・・・・・・程度で萎えてどうする。

 『憧れ』こそ、その道を進むのに重要な、そして十分な理由だ!



「ストーリー的に必要なんでしょ? “妖仙流”の免許皆伝・・・・、やってやろうじゃないの!」



 こちとらゲームの仕様で、妖気の使用が解除された時から使い方は分かってるのよね。


 簡単に言うと、攻撃などで妖気をチャージし、100%まで溜まると『妖気解放』が使用可能となる。妖気解放でステータスにバフを盛ることができるというものだ。時間経過で妖気は減っていき、0%で解放状態が解除されるまで効果は続く。


 ゲームのシステムウィンドゥが確認できるから、すぐに理解できちゃうのよねぇ。



「妖気、解放!」



 さっさと使いこなせるようになって、カグラ様の驚いた顔を拝んでやるわ!










 10秒後、鬼幻城の一室にリスポーンした私は、最早見慣れた天井を見上げ一言。



「前言撤回、無理だこれ」



 そう呟くのだった。


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