見仰げ 我は吹き荒ぶ旋風の化身

 っしゃあ! どうよ!

 へい梵天丸さん、どうせどこかから見てるんでしょ?

 初見突破どころか完封してやったわよ?



「カルラ、ナイス!」


「♪」



 私の肩に戻って来たカルラの首を後ろを指で撫でてやると、気持ちよさそうに声を漏らした。


 うーん、可愛い。


 ハクヤガミもそうだったし、べたべたに慣れてる動物の仕草ってなんでこんなに可愛いんだろ。動物というかモンスターだけど。



 私ももふもふできて暖かくて最高、カルラも気持ちよさそうで最高。完璧なWin―Winじゃない?



 なんて余計なことを考えていると、陰摩羅鬼を討伐した喜びもそこそこに、木々の間を駆け抜けた疾風に思わず目を細め———ふわりと舞い落ちた黒い羽が視界に映る。



『人ならざる人よ、我は吹き荒ぶ旋風の化身』


『———黒く、くろく、くろく、蒼穹覆う黒の迦楼羅天———』


『 鴉天狗 に遭遇!』


「いつものつまらない侵入者かと思えば……なかなかどうして悪くないのである」



 アナウンスが鳴り響くと同時に私の前に降り立ったのは、身長2m近くありそうな巨躯の大男。それも人間ではないことは、背中に生えた漆黒の翼と、彼が履く下駄の隙間から覗く鱗に覆われた足から容易に想像できる。



 ……やっぱり来たか。

 彼が、カグラ様が言っていた『梵天丸』。

 予想通り、種族は鴉天狗だったようだ。



 いや、とんでもない。

 カグラ様ほどではないにせよ、対峙して感じられる威圧感はあの女王蜂にも匹敵する。


 戦闘する気が無くて・・・・・・・・・それなのだから、驚異的としか言いようがないな。



「いや、カルラを連れているところを見ると、カグラ様の遣いであるか?」


「えぇ、そうよ。カグラ様からあなたを連れ戻してほしいって」


「ふぅむ」



 顎に手を当てて考え込む梵天丸さん。その眼は真っ直ぐに私に向けられている。


 この人、鴉天狗だけど顔はまんま人間なのよね。

 無理矢理見開いてるんじゃないかと思えるほどに見開いた眼と太い眉、堀が深くて濃い顔なのが気になるけど。


 口は常に『へ』の字に結んでるし。



「……お主は今までに見た凡百の侵入者共とは違うようであるな」


「と言いますと?」


「その両頬の刻印、強い———強い覇者の気配がする。そして忌々しい堕龍おろちの気配も……」


「覇者……深緑の主とは姉妹みたいなものよ。痛み分けした仲だしね」



 昨日の敵は今日の友ってね。と言うか、【因子】なんていうヤバいものをつかまされたんだから、只ならぬ関係ってやつよ。


 ……よくよく考えてみれば、女王蜂の【因子】がこちらに流れ込んだと同時に、私の何かが女王蜂に取られてたらどうしよう。何か変な進化とかしそうだなぁ。



堕龍おろちに関しては……あれは無謀な特攻みたいなものだから、誇れたものでもないけどね」



 正直あのチャレンジは、ほんの少しだけ攻略の希望を持っていたとはいえ、堕龍おろちの行動確認が本来の目的みたいなものだったからね。


 流石に胸張って『挑んできました!』って言えるようなことはしていない。あっけなく叩き潰されたしね。



「お主の力では勝てるはずもないであろう。何故なにゆえお主は強者に挑む?」



 ……あ、これ、もしかしてイベント会話が進んでる?


 カグラ様からの注文が『梵天丸を連れ戻せ』って内容だから、これ会話の受け答え次第で失敗する可能性もあるかも……?



 まぁでもこういうタイプって正直に言った方が上手く行くパターンなんだよね。カグラ様とか普通に心読んでくるし。



 ……それにしても、何故強者に挑む、か……。



 ある意味ゲーマーに対する究極の命題だ。


 より良い素材を手に入れるため?

 それもあるだろう。当然良い素材で武器とか作った方が強いのが作れるからね。特にランキングがあるゲームなんかは上を目指してなんぼだから。



 自分の力を試し、誇示するため?

 そりゃ、鍛え上げた自分の力がどこまで通じるか試したいよね。ゲーマーは何より、自分の努力から生まれる結果を求めてるから。



 イベント的に戦闘が必須だから。

 他のプレイヤーに追いつかれたくないから。

 相手が強い方が燃えるから。



 考えてみれば、理由なんていくらでもある。ゲームに限らず、理由も無くやらなければならないことなんて、ただの苦行に決まっている。何が楽しくてそんなことをしなければならないのか。



 ……あぁ、そうだ。もう答えは出てるじゃないか。


 より良い素材を手に入れるのも、自分の力を誇示するのも、イベント戦闘に挑むのも、他のプレイヤーの上に立つのも、より強い相手に闘志を燃やすのも、何故ってそれは———



「———当然、楽しいからに決まってるでしょ」


「ほう」



 見開かれていた梵天丸さんの目が俄かに細められる。


 さて、極論と言えば極論だが、絶妙に答えになっていなさそうな私の返答……吉と出るか凶と出るか。



「くははははっ! 愉快愉快、まこと愉快なり! お主に宿る魂、“妖仙”が認めるにふさわしいようだ」



 私の返答がお気に召したのか、突然の笑い声と共にそんなことを口走る梵天丸さん。なるほど、グッドコミュニケーションでしたか。



「よろしい。我は鬼幻城に戻る。お主がまた鬼幻城を訪れたときは、我の所へ来るが良い。その時は歓迎・・するのである」



 バサッと漆黒の翼を一打ちして空に舞い上がった梵天丸さんは、私を見下ろしつつ気前よくそう声をかけた。


 そこまではいい。けど、この……なんと言うかうなじがチリチリするような感覚は……



「はい、えっと、帰ったらまた梵天丸さんの所に行くけど……あの、これ、なんかモンスターに囲まれてません?」


「これが普通であろう。我という支配者が去れば、ここは魑魅魍魎が跋扈する霊峰なのである」


「えっ、ちょっ、せめて帰り道ぐらいは保証して……待っ、何遠ざかって……」


「行きはよいよい帰りは怖い。お主の言う通り、存分に楽しむと良いぞ」


「速っ、ちょっ待っ……!梵天丸のアホ―――――――――――――――ッ!」

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