大いなる霊峰へ

 【霊峰クラマ】

 かつて、人ならざる者がこの地に降り立ち、人々の侵入を拒絶した。以来、神聖な場所として人々はこの地を避けるようになる。———たとえただの伝説だとしても、人々が信じる所に神は宿るのだ。



 一歩足を踏み入れると、その荘厳な雰囲気に圧倒される。かといって不快な気配は一切無く、心が洗われるような、まさしく『神聖な場所』という表現がぴったりな山である。


 数十m級の大木が真っ直ぐに立ち並び、薄いもやと差し込む太陽光が、その雰囲気に拍車をかけている。



 随分遠回りしたが、ようやく【霊峰クラマ】に辿り着いた。

 やっとカグラ様のお使いクエストが進められそうだ。



 ここに来るまでが大変だったなぁ。

 ちょっとレベル上げるだけのつもりだったのに女王魔蜂ディアボロヴェスパ・カラリエーヴァと戦う羽目になるし、アナザーストーリー『女帝の矜持プライド・オブ・ジ・エンプレス』とユニーククエスト『二重奏の一節デュアル・パッセージ』が開始されるし……抱えてるの多すぎじゃないかなぁ。クリアできる自信がないのだけど。


 ……とりあえず今は【霊峰クラマ】に集中かな。

 女王蜂戦で破損した『ヴィクトリアン』シリーズは修理中だから、今回のメイン装備は『フルールド・ジョーゼット』で、ホウオウカマキリの素材から作られた短剣『ヴァリュアシオン』を握っている。ヘルメスの新作武器だ。



 それに、今回は相棒のカルラも連れてきている。どうもカグラ様所縁の妖怪であるカルラを連れてくることで、霊峰の攻略が楽になるらしいのだ。


 と言うのも、ここは基本的に鬼幻城の飛び地の扱いであり、侵入者は妖怪達による手荒い歓迎・・を受けるのだとか。


 カルラを連れていれば私がカグラ様の遣いである証明にもなるし、カルラの案内で迷わず進むことができると言うわけだ。



「というわけで頼むわよ、カルラ」



 カルラはコクリと一つの頷き、私の肩から飛び立った。



        ♢♢♢♢



「ふっ……!」



 『ヴァリュアシオン』が紅色の軌跡を宙に描き、ヒラヒラの薄長い妖怪一反木綿を切り裂く。


 紙装甲……というか布装甲の一反木綿はその攻撃に耐えられるはずもなく、一撃でポリゴンとなって消滅していった。


 今のところ敵は強くないものの、そんな戦闘を幾度となく繰り返していた。



 あれぇ?

 カルラを連れていればもっと楽に進めると思ってたんだけど?



「チガウ。カローナ、タメサレテル」


「試されてる?……もしかして、梵天丸さんに?」



 コクリと頷くカルラ。

 なるほど、カグラ様に遣わされたと思わしき私がどんなものなのかを見極めようって訳ね。



「と言うかそれだと、既に私の存在は向こうにバレてるってことね」


「ボンテンマルハカゼノシハイシャ、ドコニイテモバレル」


「そう聞くと、梵天丸さんめちゃくちゃ強そう……ねっ!」



 カルラとそんな言葉を交わしながら、突如として上空から襲い掛かって来たモンスターの攻撃を避ける。



「ギャオォォォッ!」



 ドンッ! と音を立てて地面に降り立ったそれは、私の身体の二倍はありそうな巨大な黒翼えを広げ、空気を震わせるほどの咆哮を上げた。


 どことなく人間味のある瞳に赤紫の灯火を揺らめかせ、黒い羽に身を包んだ怪鳥———陰摩羅鬼おんもらきであった。



「いよいよ本気出してきたって感じね」



 陰摩羅鬼から感じられる威圧感はこれまで出てきた一反木綿とは比べ物にならないほどで、【極彩色の大樹海】で出会った『ディアボロヴェスパ』を彷彿とさせるほどだ。


 とは言え、私もあの時のままではない。レベルも相当上がっているし、何よりアビリティが進化しているのだ。



「先手はもらうわよ! 【魔纏・火】、【マジックエッジ】!」



 【マジックエッジ】は短剣を振る動作から魔法攻撃を飛ばす攻撃アビリティである。斬撃系武器を持つジョブで獲得できるアビリティで、特に珍しい訳でもない。


 それに、私のINTで魔法攻撃を撃ったところで、大したダメージにならないだろう。



 しかし、狙いはそこではない。

 大したダメージにならなくても、無視していいという訳でもない。

 【マジックエッジ】を放つのは、その一撃に対応させる・・・・・ことが目的なのだ。



 低威力故、放った後の隙は少ない。つまり相手が【マジックエッジ】に対応している間、私は自由に動けるという訳だ。



 私が放った赤色の魔法刃を見た陰摩羅鬼は、煩わしいものだというように黒翼を振るって【マジックエッジ】を弾き返した。



 ———その一瞬の隙があれば十分。



 【アクセルステップ】から強化されたアビリティ、【アン・ナヴァン】起動。直線方向へのスピードをさらに跳ね上げる。


 さらに【パ・ドゥ・シュヴァル】発動。

黒翼が陰摩羅鬼を覆う、その瞬間———地面を蹴った私は陰摩羅鬼の真横に回り込んだ。



 ……思った以上のスピードに、私自身も驚いたぐらいだ。そもそも効果量が高いアビリティを『フルールド・ジョーゼット』によって強化したら当然こうなる。



 次っ!

 【クイックスカッフル】と【パ・ドゥ・ポワソン】を同時に発動!


 流れる景色から位置を把握し、鋭角にターンしつつ身体を捻って黒翼の隙間に身体を捻じ込み、逆手に握ったヴァリュアシオンを叩き込む!



「キュオォォォォッ!」



 甲高い声を上げながらダメージエフェクトを散らす陰摩羅鬼は、赤紫が揺らめく瞳を私に向け、鋭い嘴を突き出す。本来なら・・・・空中での攻防はこちらの不利。しかし、新しく獲得したアビリティがそれを覆す。



「【パ・ドゥ・シャ】!」



 水色のエフェクトを纏った私の足が、空中を踏み締めて・・・・・・・・加速する———!


 【パ・ドゥ・シャ】は、一度だけ空中ジャンプを可能とするステップ系アビリティである。空中で方向を変えて加速した私は、くちばしを避けて陰摩羅鬼の長首の横をザックリと斬り裂いた。



「ギュアァァァァッ!」



 凄まじい量のダメージエフェクトが弾け、陰摩羅鬼が咆哮する。思わず耳を塞ぎたくなるようなけたたましい叫び声だが、はっきりとした隙だ。



「カルラ!」

「――――――ッ!」



 慣性の法則で私の身体が通り過ぎる前に、空いている手で陰摩羅鬼の羽を掴んで後ろを取る。そのまま羽交い絞めにして陰摩羅鬼の弱点を晒させた瞬間、阿吽の呼吸でカルラの魔法が直撃する。強力な熱波で相手を焼き尽くす魔法、【クリムゾンギブリ】だ。



「ちょっ、強っ……!」



 物凄い熱波を、ギリギリ陰摩羅鬼の身体を盾にしてやり過ごす。


 思わず目を瞑ってしまうほどの熱波だが、だからこそこんな攻撃を受けた陰摩羅鬼は無事では済まないと確信できる。



 ……感心してる場合じゃないな。陰摩羅鬼が怯んでいるこの瞬間がチャンス!



「【神斬舞】っ!」


「グギャァァァッ!?」



 ズドンッ! と空気を震わせるほどの衝撃が駆け抜け、一瞬遅れて陰摩羅鬼の身体が地面に叩きつけられる。


 陰摩羅鬼を中心に蜘蛛の巣状に地面がひび割れ、その中心でダメージエフェクトを散らした陰摩羅鬼は───パキンッと気の抜けたような音を立ててその身が崩壊し始めた。


 どうやら今のでHPを削りきったようだった。



 一瞬何が起こったのかと理解できなかった私は、その様子をポカンと見つめた後、陰摩羅鬼を完封した事実に小さくガッツポーズするのだった。

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