第7話 時々ドキドキオペレーション

ドアが勢いよく開け放たれた。その振動は僕と女の子がいるベットを伝ってくる。


部屋に入ってきたのは三人の大人だ。

一人は西洋の召使が着るような厚みのある制服。目を大きく見開いて口をあんぐりと空けている。

二人目は体格の大きい老紳士。袴に黒の羽織を肩から下げている。この人は他二人に比べ格が違うように感じた。先に入ってきた女中のリアクションをさらに誇張したような表情をしている。

三人目は禿げあがった頭に洋風のスーツ、そして白衣を着ている。この人は僕より背は小さいが恰幅がいい。商売がうまくいっているのだろう。女中と老紳士の目が届かぬ位置でにやついている。


「お嬢様!!!」


女中がヒステリックな声を上げて躍り出た。


「大丈夫、何も心配いらないわ」


僕にまたがっていた女の子はゆっくりと体を起こしてベットから降りた。


(なんの冗談だ!こんな状況、誤解されるに決まっている!)


僕は弁明をしたかった。中学生の頃、異性間の交流はあざけりの対象だったように思える。たまに通学すると、それなのに高確率で仲の良い男女がいじられているのを目撃した。いじられた側は決まって面白くなさそうだった。


(そんな目には合わせないぞ)


僕は上体を起こしかけたが、それは彼女の手によって制止させられた。僕に振り向いた彼女はニコリと微笑みかけた。


「めぐみさんどうされました?そんなにやっきになって」


「その男にまたがって何をしようとしていたのですか!」


「熱がないか確かめていたのです。殿方は呻いていらしたので」


「熱なら体温計があるではありませんか」


「あらやだ、殿方の着物をまさぐり差し込めと?それは意識のない人にすることかしら?」


女中がやっかみ、女の子がいなす。お姫様のようでいて芯が座っている。会話も彼女の方が上手とみえ、芯を食った反論に女中は勢いをなくしつつあった。


老紳士の意識的な咳払いで両者は言い争いをやめた。


(恐らくこの威厳たっぷりな紳士が家の主、そして彼女の父親だろうな)


僕は残りの禿げあがった中年男性をみた。なぜ白衣を着ているのか、この家は医者を住まわせているのか?


(怪我人でもいるのか?)


そう考えた時に嫌な汗が背中を伝った。脳裏にガタイの良い男が僕めがけてナイフを突き立てる光景がよぎった。彼女にも見覚えがある。


(そうだ金庫のなか、彼女がいた。僕は振り向いた。咄嗟に右腕を出してそれで)


右前腕部から皮膚の内側から火が吹くような痛みを感じる。


「アッッ!グゥゥゥ!」


形容しがたい呻き声が漏れた。多少の痛みには慣れているが、これは比にならない。まさか切り落とされたのか?!


僕の変化にその場にいた全員が反応した。みな真剣な顔つきに戻り、僕のベットに集まってくる。禿げ頭の医者がすぐに僕の右わきに立った。


(……よかった。右腕は付いている)


額の汗がシーツに丸い染みを作っていく。


「いかん!お嬢様は下がっておられなさい。布をはずして再処理を施さねば」


「詩乃、下がっていなさい」


詩乃と呼ばれた女の子は目をうるわせながら、その場を離れる際に僕へ言った。


「大丈夫!あなたは死なないわ。私たちが守るから」


目と眉は心配そうに垂れていたが、言葉通りの強い意志を内包していた。彼女はその場の大人に「できることは何でも言って」とだけ言い残して部屋を後にした。


医者は慣れた手つきで包帯を取り、ガーゼがむき出しの状態にして僕に語りかけた。


「いいかい少年、このタオルを加えておくんだ。しっかり、そう、いいぞ。今からこのガーゼをとって止血する。10分ほどじゃが、頑張るんじゃぞ」


僕は恐怖を感じてはいなかった。にやつき顔とは一変、頼もしいベテラン医師の顔になっていたからだ。


綿と血が合併したガーゼをゆっくりとめくり上げた。メリメリと嫌な音がする。中心にいくにつれて剥がれづらくなっている。そこが傷口の急所になっているのだろう。


僕はまじまじとその様子を観察し、呻き声一つ上げなかった。女中と老紳士は驚きと感心といった感情が混ざったように僕を見守っていた。


「こりゃ、驚いた」


医者がつぶやいた。ガーゼをはがし終え、傷口を凝視している。


「太郎医師、どうされました?」


老紳士があとを促した。


「傷口がほとんど塞がっておる!」


「本当ですか?!」


「こんなことが……ありえん」


「ありえないんですか?」


女中が間延びした声で聞いた。


「あり得ませぬ。一日寝ただけ、いや、私が処置をしてから六時間しか経っていない!これは刺し傷です。縫って二次感染を起こすわけにはいかぬもんですから、軟骨で長い時間をかけて治療する予定だったんです」


「……しかし比較的新しい、乾いていない血が見受けられますが」


「ふむ、であるからほとんど塞がっていると判断したのです。この傷口なら安静にしていればまず出血は起こすまいて」


「ではこの新しい血痕は」


「そうじゃのぉ」


医者はからかうような顔になり、卑しい笑顔で言った。


「興奮状態になると血流が良くなりますからな、部屋に入った状況から察するに、まあそういうことでしょうな」


僕を囲む大人は裏を合わせたように


「あぁ~」


とうなずき合った。


(……視線がいたい)


医者は手際よく清潔なガーゼに変えて包帯を巻きなおした。女中と老紳士は僕を過剰に労わっている。


処置が終わると一斉に踵を返した。


「安静に!」


「お嬢様にはよく言いつけておきますので」


「達者でなー」


ドア前からそんな言葉が投げかけられた。ほぼ同時に部屋を出ていった。


嵐のような騒ぎが嘘のように、静まり返った。小鳥のさえずりは聞こえない。朝ご飯を食べて満足したのかな。


(いじられなかったけど、結局堪えるな~)


静けさの中、詩乃と呼ばれた女の子を想った。可愛くて優しくて強くて……。

彼女の仕草やらをプレイバックしたあと、僕は自分でも信じられない勢いで頭までシーツを被った。


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