第4話 狐とお月見かなわず

僕は外套を脱ぎ、それを手斧にくるませた。コンテナを思いっきり踏みつけると同時にそれを地面へ放り投げた。相手はコンテナにべったりとくっついており、僕が見えていない。


男は地面に何かが着地した方向へ移動し、コンテナの影から一発撃ちつけた。


僕は忍び歩きでコンテナの上を移動し、銃声とともに飛び込んだ。


(散々音のなる方にぶっ放してたから、そうすると思ったよ大将!)


男に影が覆いかぶさる。男は影へ振り向くこともかなわず、もろに押し倒されてしまった。どちらもうまく受け身を取ったが、態勢の主導権は僕にあった。足で首を締め上げる技、四の字固めを特別に披露した。


「お兄さん見て!月がやっと戻ってきたよ」


男は喉と鼻を鳴らしながら両腕で首にまとわりつく足をほどこうとしたが、ついにはがくりと意識を落とした。


雲に隠れていた月が煌々とその顔を出した。辺りが照らされていくなか、僕は周囲に人がいないから月と話すことにした。


「いやー危なかったよ、この人が音のダミーに気づかなきゃ、あるいは倒れた時に拳銃を離さずにいられたら、僕は死んでたろうね」


もはや人を気にする必要はなく、喜々として話した。僕はゆっくり立ち上がると、男の腰に鍵が何個もついたリングと、携帯ナイフがあることに気づいた。それを確かめると喉が抑えきれなかった笑いが漏れた


「ククッ、なんだ、まだ手は残ってたじゃないか。お兄さんは十分過ぎるほどに勝ち目があったんだよ。やっぱり人間冷静になることが大切だね」


次から次へと言葉が出る。僕自身、冷静にはなれていない。さっきからめまいがするし、足が震える。よろめきながら荷台のコンテナへ身体を預けた。


(本当に、運が良かっただけだ。こんな仕事はやめよう、これを届けて終わりにしよう。報酬がもらえなくても、これを最後の裏稼業にしよう)


薄れゆく意識の中、僕は揺れているのが分かった。さっきまでのめまいとは違う。もっと物理的な


「ドンッ!!ドンッ!」


僕はコンテナから離れた。このコンテナの中、荷台から音が聞こえる。


(人がいる!)


僕はコンテナの開閉口に手をかけた。一瞬獰猛な動物の可能性も考え、手が止まった。耳をあてがうと、声が聞こえる。


(女性の声だ!うまく聞き取れないけど、間違いない!)


僕はサイドレバーを引き、ドアは金属音をきしませながら開いた。


「ドンッ!ドンッ!」


荷台には大きな金庫が1つ。それ以外には何もなかった。音の出所はこの金庫のようだ。


金庫の中で音が反響している。しかし、今は声が聞き取れる。


「助けてください!誰かいるのでしょう!」


「大丈夫です!今助けます!ですがご婦人、この金庫はダイヤル式で暗証番号が必要のようです。ですから一度警察を呼んで」


「暗証番号は分かります。私の誕生日なんです。お父様らしいですわ」


僕は彼女がさして怯えてないことに気づいた。声だけでわかる。のんきというか、とても攫われた人がだす声色ではない。

彼女の言うとおりにダイアルを動かした。そこである問題に気づいた。


「すみません、ダイアルの方はクリアしたんですけど、鍵が……」


そこまで言って僕は業者の1人が鍵の束を持っていたことを思い出した。


「あっ、もしかしたら鍵あるかもしれないです。ちょっと待っててください」


僕は金庫からお気をつけてという言葉を耳にしながら、もう一度外へ出た。さっき倒した男から鍵をもぎ取る時に違和感を感じたが、気にも留めなかった。今は一刻も早く彼女の救助を優先すべきだろう。


だから僕は後ろをついてくる影に気づけなかった。


急いで鍵を回し、金庫を開けると、ようやく声の主が姿を現した。


その人は僕と同じくらいの年に見え、服装から裕福な家庭を想像できた。なによりも特徴的だったのはその外見、美しいという言葉で補えないほど、彼女は綺麗な人だった。僕は優しく声をかけた。


「もう心配はいりませんよ。あなたを助けに来ました」


「あの、うしろ」


彼女はきらびやかな表情から一転、今にも泣きだしそうな顔でそう言った。僕は首だけで振り向いた。スタンガンで気絶させた男がナイフを振り下ろすその瞬間を見てしまった。

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