第2話 なんだか騒がしいですわ

夜も深まり、月光が際立つ宵の時。僕は黒い外套に身を包んでいる。深夜の迷彩服がてら、気に入っている。


(おっと忘れてた。こいつを被らなきゃ)


目的地付近で、僕は腰にぶら下げてあったお面に手を付けた。黒色の狐のお面だ。目じりと唇に赤い着色料を塗っている。現代では似つかわしくない、だからこそ存在感のある風貌が出来上がる。そう信じている。


僕は集合場所である民家に着いた。大通りを外れた脇道。そこから山の麓へ逸れた先に、その家は侘しく建っていた。近所ではあるが、初めてくる場所だ。木が立ちこめているから、車が通れる程の道があることも知らなかった。


敷地は広く、30坪程の平屋と庇がついているだけの倉庫がある。それらの建築物が3割を占めており、残りは空き地だ。地表の灯は月明かりのみで、前方に大きな影が見えた。それはかすかにではあるが、2トントラックに見える。


(あれが配送車か?とすれば、積み荷がやばめのブツだな)


おおかた薬か人か、どちらかを守るのが今回の仕事だと予測していたが前者であろう。精神的には楽な方だ。


(さて、まずは業者とコンタクトを取ろう)


僕は暗がりに馴染むように、ささやき声で挨拶をした。


「狐です。そちらが今回の護衛対象ですか?」


思いのほか声が響いた。しかし、すぐに静寂へと空気が戻る。僕は二呼吸置いてもう一度問いかけた。


「……」


沈黙。胸を締め付ける緊張感が僕を襲った。嫌な予感がした。直ちに逃げねばならない。僕の生存本能が呼び掛ける。


(何かおかしい……)


月が雲に隠れ、周囲は異様な雰囲気に包まれた。


僕は足腰を下ろしながら、握りこぶしを胸の前で交差した。どの方角にも逃げられるよう足を配り、腕は急所である身体の中心を防御している。


鋭い炸裂音がした。頭上を何かがかすめていき、僕の左側にある倉庫から甲高い音がした。


咄嗟に前方へ走り抜けた。一番近い障害物、トラックへ駆け出していた。


(右に1人!)


「撃て!」


運転席の脇から声がした。それに反応するように撃鉄がこだまする。2,3発の銃弾が僕の後ろで空を切った。


トラックの前方へ回ればひとまず射線を切れる。それは同時に、白兵戦の合図でもあった。


態勢をさらに低く、それでいてトップスピードを維持したまま車の前へと飛び出した。車の向こう側にいた人物もまた応戦のため出てきた。


その瞬間、僕は自分の不利を悟った。飛び出た影が2つあったからだ。


一人が身も縮むような雄たけびを上げながら手斧を振りぬいた。普通なら胴体がある場所へ向けられた一振りは、左ヘッドライトの上側に深々と突き刺さった。


もう一人も声をあげた。それは苦痛を伴う唸りだった。僕が左手で下から振りぬいた掌底がその人の顎をかち割ったからだ。


手斧の業者と僕を遮るように、その人は前のめりで地面へ倒れた。手斧を無理に引き抜こうとした刹那が僕の勝機になった。力のある男だったが、それでも抜くのには一瞬のためが必要だった。


僕には相手を一撃で沈められる暗器がある。稲妻に光るスタンガンを見た男は表情を強張らせて何かを言いかけた。それを首元にあてがると、男は身震いを起こしながら失神した。


僕はすぐさまトラックのフロントへ身体を預けた。時間にして数秒であろうが、僕にはとても信じられない間、静寂が訪れた気がした。


耳鳴りが止まない、汗がどっと噴き出てきた。お面を頭上にずらして額を袖で拭う。


荒い呼吸が止まぬ間にピストルを持った男が声荒げた。


「おいっ!やったのか!」


相手の緊張が手に取るようにわかる。


(これは、残りは一人かな)


応援を呼ぶそぶりもない。トラックの向こうから低草をこする音が聞こえる。確実に僕へと近づいてきている。

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