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ユウキのライブは最高だった。心を揺さぶるような、ユウキの歌声は、私を魅了した。ライブハウス自体は、狭かったけど、そこに集まったファンの子達は、ほとんどがユウキ目当てのようだった。
私はそんなユウキから、招待を受けたのだ。私は強い優越感を覚える。
ライブが終わり、打ち上げの後、私はユウキから部屋へと誘われた。私はすぐに了承する。
ユウキの部屋は、長崎市内にある高級マンションの一室にあった。親が買ってくれたのだと言った。ユウキの家系は、資産家らしい。
ユウキの部屋で、お酒を飲んだ後、私達は一緒にサシャワーを浴びた。その後、私達はセックスをした。
行為の最中も、ユウキの綺麗な声は、私をうっとりさせ続けた。それだけで、私は濡れれていたのだ。
ユウキと一晩中セックスをした後、朝になり、私はユウキの部屋を後にした。
寝不足のままバスに揺られて、日見町にある自分のアパートへ帰る。幸い、今日は土曜なので、大学は休みだった。
非常に眠かったので、私は、少しだけ、寝ようと思う。さすがに一晩中は、疲れた。
寝る前に私はトイレへと入った。便器に座り、用を足す。
水を流す時に、違和感を覚えた。何かが変だ。
私は、トイレ内の物の配置が変わっていることに気が付いた。部屋主だからこそわかる、微妙な違いだ。
私はトイレ内にある汚物入れを見た。今はもう生理ではない。運のいいことに、ユウキのライブの前日に終わっていた。そのお陰で、ユウキとのセックスが気持ちよくできていた。
私は汚物入れを開け、中身を見た。
そして、顔が青ざめるのを自覚した。
使用済みのナプキンが、一つ足りないのだ。別にいつも数えているわけではない。今回たまたま、生理が終わった段階で、捨てようと思い、汚物入れの中身を把握していたのだ。
私はパニックになりそうだった。自分以外の誰かが、この部屋に入ったのだ。思えば、ライブに行く前に発見したクリップや、無くした合鍵もその証拠だ。
そして、その入った誰かは、わざわざ使用済みナプキンを盗んだのだ。それは、身の毛もよだつほどの、気持ちの悪い行為だった。
私はトイレを出て、ベッドへと向かった。そして、下を覗く。
ベッドの下は、埃が積もっていなかった。モップで拭いたように、綺麗になっている。
そんなはずはなかった。私は、ここしばらくの間、ベッド下を掃除してなどいないのだ。つまり、誰かがここにいた。
過呼吸を起こしそうなほどの、強い恐怖が私を襲った。刃物を突きつけられているような、身の危険を感じる。
その恐怖心の中、少しだけ疑問が頭をよぎった。
このベッドの下は、非常に狭い。もし、普通体型以上の男だと、入ることはできないはずである。そのため、ここに入ったのは、相当小柄な男だということになる。
私は引っ掛かりを覚えて、ベッドの下をくまなく調べた。そして、発見する。
髪の毛だ。男ではあまりない、長い髪。おそらくミディアムくらいの髪の長さ。
私の頭の中に、茜の顔が映し出された。そして、これまでの茜の行動。それが走馬灯のようによぎる。
私は、茜が犯人だと確信した。
私の部屋に、茜が侵入してから、一週間が過ぎた。
私は茜にアプローチを掛けることにした。
この一週間の間に、私は茜のスマートフォンの番号を入手することができていた。入手経路はアズミからだった。どうやって知ったのか訊くと、単純で、サークルのアンケート用紙から先輩を通じて、得たのだという。
私は、それを使い、夜、茜を呼び出すことにした。場所はアパートと、大学に近い、日身公園である。
私に呼び出された茜は、とても嬉しそうにやってきた。出会い系で女と待ち合わせをする、下品な男のようだった。
「ここよ」
私は、近くにきた茜に声を掛けた。茜は弾かれたように、私を見た。
「こんな時間に呼び出してごめんなさい。話したいことがあって」
私は、申し訳なさそうにそう言った。
茜は完全に油断しているのか、慌てて、手を振り、私を宥める。
「いいよ。宮越さんのためだから」
そして、私は黙り、俯く。茜は心配そうに、口を開いた。
「話ってなに?」
少し言い難いが、もうここで言うしかない。
私は思い切って、伝えた。
「ストーカーにあっているの。犯人はあなた」
私の言葉に、茜はドキリとした表情をした。それにより、私は自分の考えが間違っていないことを確信した。
私はこれまで、茜が私に行ったストーカー行為を、全て明かした。
部屋のドアノブに、愛用している生理用ナプキンと同じものが提げられていたこと。合鍵を一時紛失していたこと。部屋に誰かが侵入した形跡があったこと。机の引き出しを開けられた形跡があること。
そして、その後で、なぜ私が茜を犯人だと断定できたのかの説明も行った。
説明している内に、私は、茜の様子がおかしいことに気が付いた。
反応が『ちぐはぐ』なのだ。茜は、自分の犯罪行為を曝け出されているのに、まるで他人事のような相槌を打っていた。表情も、危機が迫っているようなものでも、反省しているものでもない。それこそ、純粋に、誰かから相談を受けているかのような、私を心底心配している顔をしていた。
この子は、やはり、何かおかしい。
私は強い恐怖を覚え、俯いた。怯えが、私の体を震わせる。
茜は口を開いた。
「安心して。僕が必ず、犯人を見つけるから」
茜のその場違いな言葉に、私は弾かれたように顔を上げた。どういうことだろう。一体茜は、何を言い出したの出すのか。
驚きを隠せず、私は、茜の顔を見つめる。
「何を言ってるの? どういうこと……」
「大丈夫。僕に任せて、大船に乗ったつもりで居て!」
茜は明るくそう言い切ると、自分の胸元を強く叩いた。
私はすでに、茜の頭が壊れてしまっていることを悟った。言葉のやりとりが最早、成立しておらず、このまま会話を続けることは無駄だった。
私は、首を振った。
「もうこれ以上、あなたと会話をしても無駄みたいね……。明日にはあなたのことを警察へ通報するからそのつもりで」
「このままじゃ千尋が壊れちゃうよ。僕は君を助けたい」
茜は一切、私の言葉を聞いていなかった。妄想の中だけで、会話のやりとりをしているようだった。
私は、茜の異常さに、思わず身を強張らせてしまう。もうここから離れないと。私は命の危険を感じた。
その時だった。
茜は唐突に私へ抱き付いた。小柄なのに、凄い力だ。
そして、同時に、鳩尾辺りに強い衝撃があった。それがたちまち、熱さと痛みを伴って、全身へと広がっていく。
私は自分の腹部を見下ろした。白いフレアスカートの腹部が、どす黒く染まっている。夜の闇のせいで、墨汁のように見えた。
茜は、私をさらに強く抱き締めた。その手には、血がべっとりと付いた包丁が握り締められている。
私は身動きができなかった。何とか体を動かそうとするのだけど、腹部の痛みと、出血による脱力感で、思うように動かせない。その上、茜は力強く、私を抱き締め続けている。
そのせいで、茜に身を預けたような形になっていた。
私と茜の間には、私の体から流れ出た大量の血による温もりが生じていた。薔薇の花びらを飾りつけたように、赤い血染めだった。
私の体から、次々と血が失われていく。私は声すら出なかった。次第に、足元が崩れるように、力が抜けていった。
やがて、体中の感覚が失せ、奈落の底に落ちるように、私の意識は途絶えた。
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