第八章 あなたはさらに近付いた

 信じられないことが起こった。


 僕は、自分の部屋で、テーブルを挟んで正面にいる千尋を見やり、大きく胸を高鳴らせた。


 僕の部屋に、千尋がいる。


 その事実に、僕は、これが幻ではないのかと今も疑っていた。


 僕の小山田逮捕に対する、尽力の報告を受けて、千尋は大きく感動し、感謝の意を示した。


 その結果がこれだった。


 僕は、胸の鼓動を抑えながら、千尋に話し掛ける。少し声が震えた。


 「き、汚い部屋でごめんね」


 「ううん。全然そんなことないよ」


 千尋は見るもの全てをうっとりさせるような、優しい笑みを受かべた。その美しさに見とれた僕は、思わず顔が赤くなるのを自覚する。


 僕はそれを誤魔化そうと、マグカップに入ったコーヒーを飲む。


 千尋の前にも、マグカップが置かれてあるが、千尋は手を付けていない。視線は、僕へと向けられたままだ。


 千尋は微笑みを崩さず、僕へと語りかける。


 「だけど、本当にありがとう。約束通り、犯人を見付けてくれて」


 「ううん、気にしなくていいよ。千尋のためだから」


 僕は顔を振りながら、千尋を宥めた。


 そう、あなたのためなのだ。僕はあなたを手に入れるために、小山田を犯人に仕立て上げたのだ。


 「でも、小山田君が犯人だったなんて、ショックだな」


 千尋は切なそうな顔をした。きめ細やかな肌に、皺が寄る。その表情も、僕を熱く疼かせた。


 「そうだね。それだけ千尋が魅力的だったんだよ」


 僕は千尋を励ます。だが、千尋はなおも、浮かない顔だ。


 「小山田君、これからどうなっちゃうのかな」


 「多分、退学処分になると思う。そうでなくても、もう大学には来れないだろうし」


 「やっぱりそうなっちゃうよね。少し可哀想」


 千尋は悲しそうに言った。僕は、千尋のその発言に驚く。


 千尋は被害者だ。少なくとも、事実を知らない者にとっては、そうなっている。にも関わらず、加害者である小山田に同情をするなど、なんという優しさだろう。本来ならば、罵ったり、二度と会わなくて済むことを喜ぶはずなのに。


 千尋の心は、ペトラ・トゥ・ロミウのように澄み切っているのだ。愛の女神そのもので、優しさと慈愛で満ち満ちている。


 僕は、千尋の心の美しさに、感動を覚えた。


 正直に、千尋を褒める。


 「千尋って優しいんだね。加害者のことを気遣うなんて」


 僕の言葉に、千尋は照れたようだ。恥ずかしそうな顔をして、僕の顔を見つめる。


 「そんなんじゃないわ。ただ、何もそこまで、って思っただけだから」


 「それが優しいと言うんだよ。千尋」


 僕は、千尋へ、穏やかな顔を作り、微笑みかける。


 僕らの間に、しばらく、沈黙が訪れた。しかし、それは、重苦しいものではなく、暖かい静寂だった。しかも、地の底に、マグマのような情熱を秘めていた。


 先に口を開いたのは、僕だった。


 「その、本当に良かった。千尋が元気になって」


 千尋は、嬉しそうに微笑んだ。そしてその後、真摯な眼差しを僕に向けた。凛々しいその表情に、まるでミレーの絵から抜け出てきたような、美しさと精悍さを感じさせた。


 千尋はその表情のまま、僕へと言う。


 「それはあなたのお陰よ。本当にありがとう。私を助けてくれて」


 千尋のその言葉に、僕は天にも昇る気持ちになった。草原に吹くような、爽やかな風が僕の心を撫で、温もりのある血潮が、背中から頭へと上がってくる。そして、頭が真っ白になった。


 おそらく、僕の生涯において、これほど嬉しい言葉を掛けられたことなどなかった。


 沸き起こった喜びは、僕の下腹部を熱く滾らせた。


 僕は、必死に冷静さを取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、千尋の隣へと座る。


 僕の胸は、張り裂けそうなほど脈動していた。だが、怯んではいけない。この先へ進みたい。勇気を出そう。


 僕は、隣にいる千尋の肩を抱いた。


 千尋は抵抗しなかった。小動物のように大人しく、僕に身を任せている。


 僕は千尋を抱き寄せた。心臓の鼓動が、さらに激しくなる。頭が茹っているような感覚がした。


 僕は、千尋を正面に見据えた。


 アイドルのような、愛くるしい顔が僕の目の前にある。何かを期待しているような表情だった。


 僕は、そっと、千尋の唇へ自分の唇を重ねる。


 千尋は、抵抗せず、受け入れてくれた。


 僕のファーストキスは、甘酸っぱさと、コーヒーの味かした。




 

 千尋とキスをしてから、僕と千尋の距離は、とても近くなった。それまでとは違い、僕達は、よく行動を共にするようになっていた。講義の際も、僕の隣に千尋が座るようになった。


 僕らのそんな急接近に、他の学生達も不思議に思っているようだった。二人で一緒にいると、頻繁に、好奇心が入り混じった目をこちらへ向けてきていた。中には、疎ましそうな感情を抱いている目線もあった。


 それはそうだと思う。大学で、トップクラスに人気のある女の子と親密になったのだ。様々な感情の矛先を向けられるのは、仕方がないことなのかもしれない。


 僕らの会話も、興味の対象らしく、僕と千尋が会話を行っていると、周りの人間が聞き耳を立てている様子が、はっきりとわかった。


 そのような彼らの行動に、僕は優越感を覚えていた。僕は、多くの男子学生から好意を寄せられている千尋と、まるで恋人のように、一緒に行動をしているのだ。その上、キスまでしている。彼らより、遥かに千尋に近しいのだ。


 これまで友達がいなく、孤独に過ごしていた僕が、このような立場に立つとは、夢にも思っていなかった。このように、人から羨ましがられる視線を向けられるのは、生まれて初めてかもしれない。今まで、色々と悩んでいたことが馬鹿らしく思う。


 今の僕の人生は、とても充実していると確信できた。一面、灰色だった僕の世界は,パステルを塗り込めたかのように、色鮮やかな変貌を遂げた。僕はカラフルな花畑の中を、歌いながら闊歩するのだ。


 幸せを感じられる日々が続き、僕は、人生を謳歌していた。このまま、ずっとこの日々が続けばいいと、心の底から願った。


 そのような中、意外な出来事が起こった。


 アズミから呼び出しがあったのだ。スマートフォンへ、直接電話が掛かってきた。千尋の時にも思ったことだったが、どうやって知ったのだろう? 僕の電話番号が出回ってでもいるのか。


 電話口のアズミの声には、闇夜のような暗さと、氷のような冷たさが滲んでいた。アズミが僕へ話し掛けることなど滅多にないが、あるにしても、いつも嫌悪感が入り混じった口調だった。


 今は、その時よりも遥かに、負の意識を携えているように感じる。


 『千尋のことで話があるから、今すぐ来て』


 そう言い、アズミは、落ち合う場所に、日見公園を指定した。そして、僕に一言も喋らせないまま、電話を切る。


 僕は、切れたスマートフォンを片手に、そろりと不安になった。


 今の口調だと、あまりよい展開が待っていないことは明白だった。行けば、必ずやっかいごとが起きる。そう確信できた。


 僕は、始め、アズミの呼び出しに応じない方向で考えていた。元々、僕に嫌悪感を抱いている人間なのだ。そんな人間との逢瀬など、ろくなことにならない。


 しかし、そう、決めたものの、内容が気になり始めた。千尋のことでと、言っていたが、一体、なんだろうか。思えば、僕と千尋が共に過ごすようになってから、アズミは千尋との接点が薄れていた。そのことについてかもしれない。あるいは、千尋に何かあったのか。今現在、一番身近にいる僕が知らないのだから、その可能性はないはずだが。


 考えた末、僕は、アズミと会うことにした。会って、内容を確かめてみよう。そして、少しでも、身の危険を感じたら、すぐさまその場から離れる。僕はそう決めた。

 僕は、外出の準備を行う。時計を見ると、午後十一時半を指していた。


 アズミは今すぐにと言っていた。もしも、電話の後、すぐに日見公園へ向かっていたら、ちょうど今頃、会っていたはずだ。そのため、これからどんなに急ごうとも、遅刻確定である。だが、気にすることはない。一方的な呼び出しをしたのは、向こうなのだ。


 僕は、準備を済ませ、部屋を出る。


 午後十一時を回ると、網場地区は、人気が全くなくなる。


 僕は、死んだように静かな海辺の町を、日見地区へ向かって歩く。


 あまり急がずに歩いたせいで、日見公園へ辿り着く頃には、十二時を過ぎていた。もしかすると、アズミは待ちくたびれて、帰っているかもしれない。


 僕は、日見公園の中へと入り、アズミの姿を探した。相変わらず、人がいない。とても寂しい雰囲気だ。


 公園内を一通り回り、公衆トイレ付近に差し掛かった時だった。人影が見えた。

 アズミだった。公衆トイレの陰に、隠れるようにして、こちらの様子を伺っている。


 僕は、無言でアズミへと近付く。アズミは、僕が歩いてきていても、トイレの陰から出てこようとはしなかった。どこか警戒したような様子が見受けられる。


 僕が目の前にきてようやく、アズミは少しだけ、トイレの陰から姿を出す。


 トイレ側の街灯に、アズミの姿が照らされる。


 アズミはホワイトのブラウスに、ストレートデニムのパンツという服装だった。キャバ嬢のような髪と整った容姿だが、やはり、顔付きはいつものように、険があった。特に今日は、強い陰を宿している。


 アズミは口を開かなかった。目の前の僕の顔を睨むように、じっと見つめている。


 一体、何のつもりだろう。


 僕は口を開いた。


 「話したいことって、なに?」


 アズミは話し掛けた僕へ、汚いものを見るような視線を向けた。僕にとっては、不思議に思えるほどの憎悪を感じる。なぜ、この人は、ここまで僕を嫌っているのだろうか。


 アズミは憎悪のある視線で、僅かな時間、僕の顔を注視した後、話し始めた。


 「あんたなんかと会いたくなかったけど、どうしても必要があってさ」


 「どういうこと?」


 アズミはデニムパンツのポケットから、スマートフォンを取り出した。


 「これ」


 アズミは、そのスマートフォンを僕の眼前へ突き出した。モニターに何か映っている。


 「これを良く観てから、これからの行動を考えて」


 アズミは、意味深なことを言った。


 アズミのスマートフォンには、映像が映し出されていた。どこかのアパートの風景を、夜間に撮影したようだ。


 そして、それを観た瞬間、僕は、自分の顔から血の気が引くのを覚えた。


 二階建てのアパートの廊下で、一人の人間が、部屋前に設置されたメーターボックスを弄っている。


 アパートは、見間違えるわけがない。千尋のアパートだ。そして、廊下の光に照らされ、はっきりと映っているのは、紛れもなく僕であった。


 映像は、その光景を、外部から撮影していた。やや遠く、夜のため薄暗いが、廊下の光と、ズーム機能のお陰で、僕の一挙一動を鮮明に捉えていた。


 映像の中の僕は、メーターボックスの内部へ、黒い煙草の箱のようなものを仕掛けていた。その後、メーターボックスや、千尋の部屋の扉をべたべたと触っている。良く見ると、僕の指には、ゴム手袋と指サックのようなものが、装着されていることが見て取れた。


 やがて、僕は、部屋を離れ、階段へ向かう。それに合わせ、撮影者は移動し、近くの建物の物陰へ到達する。そこから再び、アパートが映し出された。


 アパートの階段から降りてきた僕を、スマートフォンは再度捉える。映像の中の僕は、途中、何かに気付いたかのように立ち止まり、辺りを見渡すが、結局また歩き出し、その場から姿を消した。


 そこで映像は、終わっていた。


 僕の顔からさらに、血の気が引き、額には汗が滲みだしていた。足も震えている。

 これは間違いなく、あの時の光景だった。それを、アズミは撮影したのだ。


 しかし、疑問が生まれる。なぜ、タイミング良く、このシーンを撮影できたのか。僕が千尋の部屋へ盗聴器を仕掛けに行くタイミングなど、アズミにわかるわけがない。


 僕は、停止した画面を凝視したままだった。心臓が不安で、バクバクと激しく鳴っている。


 僕の表情から、疑問を感じ取ったのだろう。アズミは質問を受けることなく、説明を始めた。


 「勘違いしないでね。別にあんたをストーカーしていたわけじゃないから」


 混乱した頭の僕は、意味がわからず、アズミの顔をまじまじと見つめる。アズミの顔は、強い非難と、嘲笑に歪んでいた。


 「たまたまよ。たまたま、二週間くらい前、夜中にあんたをこの近くで見かけたわけ。ひどく挙動不審だったから、何かあると思って、後をつけてみると、案の定、これ」


 アズミは、右手に持っているスマートフォンを印籠のように、軽く掲げた。


 「あんたが少し前から、小山田と仲が良くなっていたことは知っていたけど、まさかハメるためとはね。あんたクズだよ」


 アズミの辛辣な物言いで、僕の頭は、カッと熱くなった。


 「前に、千尋からストーカーに遭っている話を聞いていたけど、やっぱり、あんたが犯人ね。それに――」


 すでにアズミの言葉は、僕の耳に入っていなかった。頭の中は、血が煮えたぎったかのように、真っ赤に染まっている。同時に、芯の部分は、妙に冷静だった。


 僕は冷えた頭の部分で、必死に考えを巡らせた。確かに、撮影されてしまったのは、迂闊だったという他ない。不運もあったが、もっと警戒するべきだった。だが、今は、それを嘆く意味はない。その先へと考えを及ばせる必要があった。


 先ほどの映像は、明確な『証拠』となり得るものだ。もしも、それを警察へ提出されたならば、勾留されている小山田は即日釈放され、次に僕が任意同行を求められる流れになるだろう。あるいは、下手をすると、即座に逮捕状が発布される可能性もある。そうなったら、もう抗いようがない。つまり、この映像を警察へ提出された時点で『詰み』なのだ。


 だが、アズミはそれをせずに、わざわざ僕へと証拠を付き付けた。そこには何か意図があるはずだ。


 僕は、責め続けるアズミの言葉を遮り、質問を行う。


 「どうして、わざわざ僕へ証拠を見せたの? 何が目的?」


 アズミは口を閉じ、僕を真っ直ぐに見据えた。真顔だ。


 アズミは言った。


 「自首をして欲しいから」


 「なぜ?」


 アズミは、温情でも掛けているつもりだろうか?


 僕がそう訊くと、アズミは極めて馬鹿にしたように、笑い飛ばした。


 「なんで、あんたみたいな奴に気を遣わなければならないのよ。大学のためよ。あんたが自首してくれた方が大学の評判は下がり難いから。後、私はあまり関わりたくないのよ」


 おそらく、本音は後者だろうと思う。しかし、これで意図はわかった。僕のことを慮ってではないのだ。むしろ少しホッとする。僕を案じての行動なら、これからの僕の所業に、僕自身が罪悪感を覚えてしまうから。


 アズミは続けた。


 「三日間待ってあげる。その間に自首しなさい。その時は、私の名前は口にしないようにね」


 僕は頷いた。頭の中では、スーパーコンピューターのように、思考をフル回転させる。


 「三日経っても自首する気配がなかったら、警察署へこれを見せに行くから。そのつもりで」


 アズミはそう言い残し、その場を去っていった。


 僕は、その背中を見送りながら、必死に頭を働かせていた。オーバーフローしそうなほどの思考の奔流の中、考える。


 残り三日間で、アズミを殺害する、その方法を。



 

 六月を少し過ぎ、日差しも夏の強さを見せ始めた。それと同じく、長崎も梅雨入りをしたようだ。雨はまだそれ程多くはないが、これから辟易するくらい、過ごし難い日々が訪れるのだろう。


 元々僕は、梅雨になると体調を崩しやすい体質だったが、今抱えているメランコリックな気分は、それを憂いてのことではなかった。


 昨夜のアズミとの出来事である。僕にとっては、窮地とも言える展開だった。アズミが提言した三日間が、僕の寿命である。それを越えたら、今の僕の生活は終わりを迎えると言っていいだろう。つまり、それは、もう千尋とは会えないという意味を表している。それは、死ぬよりも辛いことのように思えた。ようやく千尋との仲が急接近したのだ。僕は、この幸せな環境を手放したくない。


 だから、その願いを阻むものは、消去デリートする他ないのだ。


 しかし、元凶であるアズミを殺害する計画は、まだ少しも固まっていなかった。いっそのこと、昨夜、隙を突いて、絞め殺しでもすれば良かったかもしれないと思う。あの時間帯だと、まず目撃者はいないだろうし、殺したアズミの死体を家まで持って帰る際も、運が悪くなければ、誰にも見咎められる恐れはないはずだ。


 そうやって持ち帰ったアズミの死体を、アパートで解体し、少しずつ処分する。幸い、近くに広大な橘湾が広がっていた。母なる海に、アズミを還すのだ。


 単純だが、その方法はいけるかもしれない。僕は考えた。


 もう一度、今度はこちらからアズミを呼び出すのだ。そして、現れたアズミを殺す。殺害方法は、撲殺か、絞殺がベスト。刃物を使えば、後始末が大変だ。そして、後は、死体となったアズミを、迅速に『処理』すればいい。


 僕はその『計画』を推し進めようと思った。そもそも時間がない。一刻も早く事を運ばなければ、あっという間にタイムリミットに到達する。


 しかし、冷静に考えると、その計画はあまりにも無謀だった。まず第一に、アズミが僕の呼び出しに応じるかどうかわからない。むしろ、拒否の可能性が大であった。仮に呼び出しに応じても、警戒される恐れがある。そうなると、殺害の成功率が大幅に下がってしまう。


 それに、上手く殺害が成功し、アパートで解体できても、今はヨットのシーズンなのだ。廃棄に海を使うのは危険極まりない。かと言って、他の方法も、危うい。この住宅街の中、死体を廃棄する方法は限られてくるし、自動車免許すら持っていない僕では、移動距離も限られる。山奥になど、とてもじゃないが、入って行けない。そうこうしている内に、死体は腐敗を始めるだろう。


 僕は、この案を却下する。そして、再び頭を抱えた。


 昨夜、アズミと別れてからも、僕は、ずっと考え込んでいた。アパートに帰った後もだった。


 アズミの暴露と、それによるショック、そして、殺害計画。その三重苦のせいで、ろくに眠れないまま夜を過ごした。そして、一睡もしていない状態で、大学へとやってきたのだ。


 アズミも大学にいたが、何事もなかったように、普段通り過ごしているようだった。もちろん、僕には一言も話しかけてこない。


 僕は、そのアズミを殺すため、講義の最中も、頭を悩ませていた。よほどうわの空だったのだろう、隣の席に座っていた千尋が、心配そうに、声を掛けてくる。


 僕は、そんな千尋に大丈夫、と返事をした。だが、実際は大丈夫ではなかった。それが、声に滲んでいたのか、なおも千尋は食い下がった。千尋に心配して貰えるのは、とても嬉しいが、このままでは、君と一緒にいられなくなるのだ。僕は気が気でない。


 僕は、心配する千尋を宥めた。近くの席に座っていた男子学生が、羨ましそうにチラリとこちらに視線を向ける。


 そう、このように、僕は、羨望の眼差しを向けられる立場にいるのだ。それほど魅力的な千尋と親密になっている。その上、この大学において、より深い関係に進める可能性を一番孕んでいるのは、僕だと言っても過言ではなかった。


 今の、この満たされた境遇を、絶対に奪われるわけにはいかない。だから、死に物狂いで考えろ。


 やがて、時間は過ぎ、時刻は夕方になった。


 未だに妙案は生まれない。僕はやきもきした気持ちのまま、帰宅に入る。


 大学の坂を下り、県道三十四号線から、僕のアパートがある田中町方面へ歩く。


 僕は思案していた。


 単純に、標的を殺せばいいというものではない。当然ながら、僕が疑われる方法ではアウトだ。そのため、事故に見せかけた方法がベストである。その上、例の映像が保存されたスマートフォンも、同時に破損、あるいは入手する必要があった。


 もっとも、アズミが他者に、例の映像の件をリークした可能性も考えられる。しかし、証拠さえ消してしまえば、後は何とでも申し開きはできそうだ。それに、アズミがそれを伝える可能性のある人間達の様子を見ても、何か知っている風でもなかった。全員が演技の達人ではないのだろうから、おそらく、アズミは、誰にも僕の件を話していないのだろうと思われた。


 ただ、懸念があり、他者には話してはいなくても、証拠を分散している可能性はある。例えば、部屋に書き置きを残したり、映像データを、パソコンなどの他媒体へと移したりなどと、僕が把握するには難しい方法でだ。それらは、アズミに何かあった場合、発見される可能性が大きい。そうなると、僕へと警察の魔の手が伸びる危険性がある。


 様々な思考が、僕の脳内を駆け巡り、やがては渦に飲まれたように、消失する。それの繰り返しだった。


 僕は大きく溜息をついた。ほとんど前進できていない状態だった。


 四方から、刃物を突き付かれているような、圧迫感と強迫観念があった。このままでは、まいってしまいそうだ。


 日見公園の近くの道路を抜け、田中町へと入る。


 海岸線沿いから、海原が見える。燃えるような、赤い夕日を背に、ディンギーが波間をかき分けている。力強く、猛々しい。


 その勇猛さに呼応するように、帆は、夕日受けて、情熱的な赤色に染まっていた。ディンギーは、帆を聖火のように燃やしながら、波間を進んでいるのだ。


 そのような錯覚を受ける。


 僕の頭に、電撃のような光が差した。


 そうだ、炎だ。


 僕は、海岸線沿いにある、低めの防波堤から、身を乗り出すようにして、ディンギーを見つめた。


 そう、炎なら、懸念事項をいくつかクリアすることができる。古来より、炎は、邪悪なものを焼き払うのに使われてきたのだ。


 それに加え、好条件も整っている。


 僕は、これまで知っているアズミの情報を頭に書き出した。


 おそらくいけるはずだ。


 僕は、燃え盛るディンギーから目を逸らし、再び歩き出す。強い光を見つめたため、目の奥に眩しさが残っている。目を閉じても、焔のような光は、しばらく消えることはなかった。




 

 光明を得た僕は、その日の内に動き出した。


 アパートへと帰宅した後、すぐさま、長崎市内へとバスで出掛ける。そして、大型のドラッグストアで、粉状の塩化アンモニウムを購入した。


 これは食品添加物として販売されているものであった。ビニールでパックされており、外観からは、市販されている塩の袋のように見える。


 食品添加物としての用途は、主にパンなどを膨らませる膨張剤としてが多い。しかし、れっきとした塩化アンモニウムであり、これが、銅に触れると、酸化され、緑青が発生する。緑青は、文字通り青緑色をした、いわゆる錆だ。


 これを加熱すると、次は酸化銅になる。


 この酸化銅こそが、これから行うことに必要な物質である。


 僕は、塩化アンモニウムの他に、必要な道具をいくつか購入し、ドラッグストアを出た。そして、そのまま、アパートへ直帰する。


 自身のアパートへ戻った僕は、部屋の隅へ置いたままにしていた道具箱から、アルミパウダーを取り出した。


 小山田を犯人に仕立て上げる時に、使ったものの残りだ。まだ随分と余っている。


 このアルミパウダーを所持していたことが、今回の『計画』を閃いた一助であった。


 僕はさらに道具箱から、介護用ゼラチン寒天のパッケージを取り出した。アルミの片手鍋に水を張り、熱した所でゼラチン寒天の顆粒を投入する。量は、百対五の通常通りの分量にした。


 ある程度、混ぜ合わせた後、溶けたゼラチン寒天を、タッパーへと流し込む。そして、そこへ、塩化アンモニウムとアルミパウダーを入れた。


 完全に固まる前に、かき混ぜる。白色と灰色の粉により、黒ゴマゼリーのような色合いへと変化した。


 やがて、ゼラチンが固まり、プルプルとした質感を得ると、ゼラチン寒天は、なおさら黒ゴマゼリーそのものの様子を見せた。


 僕はさらに、それを崩し、押し潰す。完全にペースト状になった所で、僕は外観を確かめた。


 やや汚らしい見た目になったが、これでも食べ物としての外観は損なわれていない。黒ゴマソースと言って、人に見せても、信じるだろう。


 これは、ゼラチン寒天の力のお陰だ。ゼラチン寒天の質感が、混ぜた物を食べ物然とした外観へと、カモフラージュしてくれているのだ。


 もしも、これに、トマトやカレー粉を入れて、同じようにペースト状にしたとしても、ケチャップや、カレーのルーとして成立するレベルだろう。僕の腕でも、調味料程度なら、食品サンプル並みの精度は再現できそうだ。


 僕は、部屋にある壁掛けのカレンダーを見た。


 アズミが設けたタイムリミットまで、後二日。正確には、警察署へ提出しに行くと言っていたので、本当の限界は、その翌日の朝までだろう。


 極めてギリギリのスケジュールだが、何とかできるかもしれない。


 僕は、道具類を全て片付け、カリキュラムが記載された用紙をチェックする。


 二日後の午後に、僕にとって都合の良い講義があることを確認した。後は、そこへさらに『好条件』が重なる必要があった。それはもう運を天に任せる他ない。だが、ある程度は、可能性が高いはずだ。今までの傾向を鑑みるに、勝算は充分あった。


 大丈夫、いけるはず。僕は自分に言い聞かせた。僕には天使がついている。愛と幸運を運んでくれる天使が。


 僕は、それからシャワーを浴び、床に着く。着くと同時に、どっと疲労が押し寄せてきた。

 昨夜は一睡もできなかったため、疲労困憊していた。精神もひどく擦り切れている。

 にも関わらず、今夜も眠れないのかと危惧をしていた。しかし、解決の糸口が見えたお陰か、予想に反して、睡魔は順調に襲ってきた。


 いつしか、沈み込むような眠気と共に、僕の意識は暗闇の中へと飲み込まれていった。



 

 翌日、昼になると、僕は校内にあるフードコンビニへと足を運んだ。この店は、いわゆるキャンパスコンビニの一種で、大学生協が運営をしている。利用するには、生協の組合員になる必要があるが、基本、全学生が加入する形となっているため、実質、この大学に通うものならば、誰でも利用が可能と言えた。


 僕は、フードコンビニの中へと入る。


 中は、通常のコンビニと似通った間取りだ。しかし、売っているのはサンドイッチや、弁当などの食べ物がメインである。


 昼時なので、人が多い。僕は、他学生を避けながら、奥にあるコーナーへ向かう。


 ここは、持ち帰りの惣菜が置いてある一角だった。一人暮らしの学生に適した、簡単な調理で済む惣菜がセットで売られている。種類自体は少なく、いつも二、三種類しかない。しかし、日替わりでメニューが変わるため、毎日これを利用しても、栄養が偏ることはなかった。


 今日のメニューは『真鱈とナスのあんかけセット』と『焼肉セット』『野菜炒めセット』の三種類だ。いずれもボリューム満点で、おまけにワンセット五百円と安い。袋詰めにされており、半分だけ調理済みだ。後はこれをフライパンで焼くなり、鍋で煮るなりすれば、完成という簡易食材だ。


 ここで重要なのは、今日のメニューではない。


 あまり会話を交わすのは得策ではなかったが、僕は、近くで品出しを行っている店員へ尋ねる。


 「明日の惣菜メニューを教えて貰っていいですか?」


 おそらく、学生アルバイトであろう、僕と同い年くらいの男性店員は、嫌そうな表情を作った。そして、鼻を掻くと、制服のポケットから用紙を取り出し、読み上げる。


 「デミソースハンバーグと鯖の照り焼き」


 明日は二種類だけのようだ。これはついている。しかし、もっと詳細が知りたい。

 僕は、目の前の店員が持っている用紙へ着目した。用紙には、写真がプリントされているようだった。


 「それ、ちょっと見せて貰っていいですか?」


 店員は、さらに表情を歪めた。だが、特に拒否をすることなく、持っている用紙を僕へと手渡す。


 僕はその用紙に、目を落とした。


 用紙には、持ち帰り惣菜の一週間のメニューが、写真付きで記載されていた。店員の言う通り、明日は確かに『デミソースハンバーグのセット』と『鯖の照り焼きセット』である。袋の中で小分けされており、いずれもメインの他に、サラダやひじき等の付け合わせが添えられていた。


 僕は、その写真を目に焼き付けた。運良く二種類だけだったので、容易であった。

 僕は礼を言い、無愛想な店員に用紙を返す。そして、フードコンビニを後にした。

 その日の講義が全て終わり、僕はアパートへと戻る。その前に、途中にあるスーパーマーケットで、材料を購入した。


 部屋に入ると、六月の太陽に暖められた熱気が、僕の体を包む。最近、部屋を換気していないので、空気が篭っていた。薄暗い地下にあるボイラー室のような、淀んだ重い空気だった。


 僕は、スーパーの袋をテーブルの上へ置き、いつものように、カーテンを少しだけ開ける。今日も、窓は開けられない。


 道具箱から、アルミパウダーと塩化アンモニウム、ゼラチン寒天を取り出した。そして、これまでやってきたように、ゼラチン寒天をアルミ鍋で溶解させる。


 そして、昨日と同じく、タッパーへと注いだ。今回は二つだった。


 それぞれのゼラチン寒天に、アルミパウダーと塩化アンモニウムを混ぜ合わせ、再び『黒ゴマゼリー』を作成した。


 ここまでは、昨日の作業とほぼ同じだった。


 大事なのはこれからだ。


 僕は、テーブルに置いたスーパーマーケットの袋から、購入した商品を出す。それらはどこにでも置いてあるような、デミソースのボトルや、ソースの瓶等の調味料だ。


 全てを開封し、デミソースの方を『黒ゴマゼリー』になっているゼラチン寒天へ入れる。


 フードコンビニにて確認した『デミソースハンバーグのセット』を頭の中で、鮮明に思い出しながら、ソースの量を調整していく。やがて、本物と変わらないほどの色合いと質感になった所で、調整を止めた。


 もう一方のゼラチン寒天も同じように、今度は『鯖の照り焼きセット』で使われていたソースの色に合わせて、再現する。


 タッパーに入った、両者のゼラチン寒天を見て、僕は満足げに息を吐いた。


 どちらとも、完璧に近い再現度だ。本物のソースと変わらない。


 アルミパウダーと酸化アンモニウムも、充分な量を加えてある。当初は、そのせいで難航すると考えていたが、案外すんなりと完成させることができていた。ここ最近、様々な工作を行ったお陰で、手先が器用になったのかもしれない。


 だが、油断は禁物だ。本番は明日なのだ。一発こっきりの勝負である。


 僕は、作成したダミーソース入りのタッパーを二つ共、冷蔵庫へと入れた。


 そして、明日へと備える。




 

 朝になった。アズミが設けたタイムリミットの日だった。


 僕は、冷蔵庫へ入れたタッパー二つを、確実にデイバックへと入れ、大学へと向かう。


 今日、僕はアズミの一挙一動を全て把握しなければならない。それこそストーカーのように、アズミの動きに合わせて、行動を行う必要がある。それも、本人に気付かれないようにだ。


 午前中は、特にアズミは特別な行動を取らなかった。いつものように、友達と楽しそうに過ごしている。


 昼を過ぎても同じだった。アズミは狙い通りの場所へ行かない。不安が徐々に募っていく。もしかして、今日は『買わない』のか。


 僕は、焦燥感に駆られ始めた。今日が最後のチャンスなのだ。今日を逃したら、もう勝ちの目はなくなる。


 僕は心の中で、チャンスが到来するのを祈った。千尋と結ばれるためなのだ。必死に願う。


 その思いが通じたのか、アズミは、動いた。今日最後のコマである選択科目の前に、行動を取った。講義がある教室へ行かず、別の場所へ向かったのだ。


 アズミに気が付かれないように、僕はその後を追う。


 アズミが辿り着いた先は、予想通り、フードコンビニだった。昼を過ぎているので、客は少ない。


 アズミが店内へ入った後、タイミングを見計らい、僕も中へと続く。


 アズミは奥にある、持ち帰りの惣菜コーナーへと近付いた。そして、商品を選ぶ。僕は、その姿を商品を選ぶ振りをしながら、伺った。


 やがてすぐに、アズミは商品を手に取り、レジへ歩いていく。当然だ。今日のメニューは、二種類しかないのだから、すぐに選び終えるだろう。


 僕は、アズミが選択した惣菜が『デミソースハンバーグのセット』であることを確認した。


 アズミは、最後まで僕に気が付くことなく、買い物を終え、フードコンビニを出て行った。


 アズミがいなくなった後、僕も惣菜コーナーへと行き、同じ『デミソースハンバーグのセット』を購入する。


 そして、その足で、トイレに足を運んだ。


 個室に入り、蓋をした便器に座って、デイパックを開く。


 中から『調理済み』のデミソースが入ったタッパーを取り出した。同じく、先ほど購入した惣菜のパックも開封する。個室中に、トイレに似つかわしくない食べ物の臭いが充満するが、気にしていられない。個室の外にいる者も気が付くだろうが、問題にはならないはずだ。


 僕は、用意していたスプーンで、惣菜セットの方のデミソースを可能な限り、掻き出す。その後で、タッパーのデミソースを全てパックの中へと入れた。そして、元通りに封をする。


 これで、『塩化アンモニウムとアルミパウダー入りのデミソースハンバーグ』の完成である。効果は絶大だ。


 僕は個室の中に、忘れ物がないかチェックを行い、外へと出た。


 そして、今日最後の講義がある教室へ急ぐ。


 この講義は、履修生も少なく、小さな教室で行われる。以前、千尋の部屋の鍵を盗み出したのも、この講義の時だった。


 教室の扉を開けて、中へ入る。中には、アズミと、その友達数人しかいなかった。

 教室へ入ってきたのが僕だと知ったアズミは、意味深な目線をこちらへ投げ掛ける。そして、すぐに目線を逸らした。


 「ねー、トイレ行かない?」


 アズミは、周りの友達にそう声を掛けた。友達は容易く同意し、揃って教室を出て行く。


 入れ替わる形になった僕は、すぐに行動へと移した。このチャンスを逃してはいけない。いつも僕を避けるアズミの習性が、作り出した僥倖だ。


 僕はアズミが座っていた席へと急行し、荷物をチェックする。そこに、アズミが愛用しているサマンサ・タバサの黒のトートバッグを発見する。


 中を確かめると、フードコンビニの袋に包まれた惣菜があった。僕は、自分のデイバッグから、惣菜を取り出し、アズミの物と入れ替える。


 そして、全て元通りに戻した後、僕は奥の席へと着く。


 僕は深く深呼吸をした。自分でも意外なほどすんなりと達成でき、胸の鼓動を抑えきれない。しかし、これはある程度の予測の範囲ではあった。アズミのこれまでの行動を予測し、導き出された計画だ。


 後は、結果を待つだけである。


 その後、アズミ達が戻ってきたが、惣菜が入れ替わっていることに気が付くことなく、再びお喋りを始めた。


 おそらく、アズミにとって、これが人生最後の友人達との語らいになるだろう。


 今夜アズミは、この世からいなくなるはずだ。




 

 テルミット反応というものがある。


 治金法の一つであり、金属アルミニウムを用いて、金属酸化物を還元する、酸化還元反応の一種だ。


 金属酸化物と、金属アルミニウムの混合粉末に、着火、あるいは高温を与えると、アルミウムは極めて強い高温を発しながら、金属酸化物を還元する。


 その高温の火力は凄まじく、ガソリンの比ではない。特に酸化銅に対しては、急激な化学反応を見せ、わずか十グラム程の量で、鍋が吹き飛ぶほどの爆発と燃焼効果を発揮する。


 この実験による事故は、後を絶たない。


 僕はそれを利用した。アズミが銅の調理器具を使用していることを、以前聞いたので、それを素材にできると踏んだ。


 そこで活躍するのが、塩化アンモニウムだった。


 塩化アンモニウムは、銅へ触れると、酸化反応を示し、緑青が発生する。これは銅による錆であり、十円玉等に発生しているものと同じだ。


 これに熱を与えると、酸化銅に変化する。そして、その酸化銅とアルミニウム粉末が還元反応を起こし、膨大な熱を生み出すのだ。


 当初は、塩化アンモニウムではなく、酸化銅を直接混ぜる方法を考えたが、調べると、塩化アンモニウムで銅を酸化させた方が、酸化銅の抽出量が大きいことがわかった。また、銅鍋自体が素材になってくれるため、外への被害も大きくなるだろうと考えた。


 欠点は、還元された純粋な銅が残るのだが、これも銅鍋の一部として、鑑識を誤魔化せると踏んでいた。何より、テルミット反応の甚大な燃焼により、証拠もろとも燃えてしまう可能性が高かった。


 家に帰ったアズミは、調理するために、アルミパウダーと塩化アンモニウムが混ざったハンバーグを、銅鍋で調理するだろう。


 塩化アンモニウムは、銅鍋を酸化させ、緑青を作り出す。それが熱により、酸化銅になり、アルミパウダーと混合される。そして、高温により、酸化還元反応が起こり、爆発、炎上する。その直近にいたアズミは、当然、無事では済まない。発生する酸化銅は、十グラムなどと生易しいものではないため、キッチン中を焼き尽くすほどの火力を見せるだろう。


 ちなみに、還元反応が起こる際、あまりにも莫大なエネルギーのせいで、強い発光が生じる。溶接の光のような、眩い光だ。


 おそらく、アズミが、生涯最後に目にするものになるはずだ。彼女には、しっかりとそれを目に焼き付けて貰いたい。僕からの死出へのプレゼントだ。

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